蒼き星の創生




それは、星振るような満天の星空の夜の事であった。
何処までも澄み切った漆黒の空。輝く星々、夜空に静かに浮かぶ満月の中――美しく華やかながらも荘厳な宮殿は、
一つの喧騒に包まれていた。




おぎゃあ、おぎゃあ!!


おぎゃあ、おぎゃあ!!




その瞬間、2つの命がこの世に生まれ出た。





「生まれたのかっ?!」



扉の外、その瞬間を今か今かと待ちわびていた者達。その中でも、その二つの命を生み出した一人――父たる存在がいち早く反応する。



それに呼応するように開け放たれていく扉。が、まだ開ききらないうちにこじ開けるようにして中に入室した。


すると、そこには二つの白いものを抱えた女官が二人待っていた。





「陛下――お生まれになりました。母君に良く似た可愛らしい双子の姫君です」



その言葉に、陛下と呼ばれ、一番に部屋に入室した美しい青年は駆け足で我が子に駆け寄っていく。
そうして、それぞれから渡された二人の娘。


「どちらが先に生まれた?」


「陛下と同じ紺碧色の髪をした姫君が先に、妃殿下の母君と同じ黄金色の髪をした姫君が後にお生まれになられました」


「そうか……という事は、此方の娘が姉で、こっちが妹になるのか……いや、どちらもそっくりで可愛い」


まだ目も開いていない赤子。
顔も真っ赤な上、とてもくしゃくしゃだが、それでも青年はようやく生まれた双子の娘に愛しさが込上げていった。
まるで尽きる事の無く水が沸く泉の様に。それが溢れんばかりとなるのにそう時間はいらなかった。


愛しい、可愛い、この小さな存在を守りたい。
大切に育てて、沢山の愛情育て、大きく成長していくのを傍で見守りたい。





そうして、大切に二人の娘を抱きしめる青年に、部屋の入り口に立つ長年の友人達は優しく微笑んだのだった。




だが――それも短い間の事。青年の視線がその存在に移ると、皆の顔から笑みは無くなった。


青年から少し離れた天蓋付きの大きなベットの上に静かに横たわる存在。今も、数人の女官達、そして長年の友人の一人であり、
今回の出産を手助けしてくれた産婦人科医の資格を持つ夫妻がその存在を見守っていた。
時折、脈を計り、近くにある心電図などの機械をチェックしては辛そうに顔をゆがめる。



青年は、小さな二人の娘を背後に居た友人達に任せると、ゆっくりと、ベッドに横たわる存在――己の愛してやまない唯一の妻に近づいていった。




色々あった。けれど、ようやく思いが通じ合い、手に入れた妻。
自分のせいで辛い目にあわせたけど、全てを許し、更には自分達の幸せを願ってくれた妻。
やって、やっと手に入れた……かけがえのない愛しい存在。そして……可愛い二人の娘を今まで守り育て――この世に送り出してくれた。





そんな妻は――半年前から昏睡状態に陥っている。
目覚める可能性は低いと言われた。体の傷は癒えたが、どんなに刺激を与えても目覚める事の無い。


医師達は悔しそうに、辛そうに宣告した。




『妃殿下が目覚める事はありません……このまま、機械と術を使う事でしか……生きていけません……一種の……植物状態です』




脳が死んでいるわけでもない。呼吸が止まっているわけでもない。けれど……妻は目覚めない。
そして、ゆるゆると死に向っている。いや、機械と術がなければ今にも死んでしまうだろう。








「――か……」



青年はゆっくりとベットに近づいていく。気持ちを考慮した友人夫妻、そして女官達は静かにその場を離れる。



「――生まれたぞ……可愛い、双子の娘達だ。お前の言っていた通りだな」



『娘よ。双子の娘――大切に育てなければね、この贈り物を』



そう言って、身篭った事に気づいた妻は、聖母のような笑みを浮かべた。
まだ膨らんでも居ない腹部に手を当て、優しく語りかけた。





生まれておいで、私達の元においで




そして生まれてくる日を今か今かと待ち望んでいた






なのに







青年の脳裏に浮かぶ。



血に濡れた手。崩れ落ちていく妻の姿。



大切な者を守ろうと、奴等に立ち向かい――そして………




目覚める事の無い眠りに付いた





「名前、どうする?まだ決めてなかったな」



中々いい名前が無くて、すぐには決まらなかった。
大切な大切な存在。それを呼ぶ名前だからこそ、とびっきりのものをつけてあげたかった。
その存在を呼ぶ名――生涯のものとなるそれを。


「沢山候補があってな……はは、俺も優柔不断な所があるからな……最後まで一つに決められなかった」



政治その他では、驚くほどに冷静に物事を決めていく。
けれど……



「なあ、お前の方はどうだ?」



お前はどういう名を決めたんだ?



まるで愛する妻が起きているかのように話す。聞いた事がある。例え眠り続けても、耳だけは聞こえていると。
耳は、最後まで動く器官であると。だから……必死に語りかける。


生まれたわが子を見る為に、抱く為に、今にも妻が起きてくるかもしれないという儚い願いを抱いて



そんな青年に、皆は辛そうに顔をゆがめる。中には、嗚咽をもらす者達も居た。



「起きてくれ……二人で、娘達の成長を見守っていこう」



二人で育んだその命を




けれど――妻が起きる事はなかった。





そして――




「もう……いいか?」


赤子を取り上げてくれた夫婦――その夫の方が質問した。



「まだ――まだ」


青年は振り向かずに言った。必死だった。


「妻は生きている、もう少ししたら起きるんだっ」














それは約束。



陣痛が置き――出産に入る前の




でも、本当はその前から言われていた



『――を……もう解放してやろう』



目覚めない。機械と術でしか生きられない。けれど、それでもゆるゆると死に向っている。そして――一生このまま。




やれるだけの事はやった。手を尽くした。
皆、眠る事も食べる事も忘れて、必死に――。





でも……



彼女は目覚めない。そして待っている未来は今と同じ。






だから下された。



出産前――



出産後、もしこのまま目覚めなければ………






生命維持装置と生命を保つ術を停止する事








そして









繋がれて強制的に生かされているその命を










開放する事









つまり――死なせてあげること














受け入れられなかった。拒んだ。抵抗した。




けれど




最終的には受け入れた。



知っていたから。皆がどれだけ頑張ってくれたか。自分と共に、妻を目覚めさせようと――。
精神的にも肉体的にもボロボロになるぐらい。泣いて、苦しんで、何も出来ない自分を激しく罵ってまでも……。




だから……受け入れた。




例え、どんな手段を用いても、苦しめたとしてもこのまま生かし続けたい




でも、それを妻も望んでいるだろうか?



悩んで、悩んで、気が狂うほど悩んで………





そして、決めたのだ





と同時に、儚い望みも持った



子供が生まれれば、妻は目覚めるかもしれないと




あんなに望んでいた子供だ




可愛さに、抱きしめたさに、目覚めるかもしれないと









けれど







「起きてくれ……子供達を抱いてくれ……」



妻は目覚めない


今までと同じ様に眠り続ける



「お願いだ……」


青年は妻を抱きしめた。



「俺の傍に居てくれっ」




何の反応もない。






そうしてどれだけ時が過ぎただろうか?





赤子の激しい泣き声で、青年は我に返った。


そして




「そうだな……お前達も母が恋しいよな」


青年が、友人を見る。
すると、泣き喚く赤子を丁重に手渡してくれた。



「おお、よしよし。今、お母さんに触れさせるからな」



すると、それまで黙っていた女官長が口を開いた。


「すいません、本来ならばすぐにでも母である妃殿下の傍に寝かせなければならないというのに」



それが、生まれて直ぐ引き離してしまったという事実を物語っていた。



「いや――気にするな。――の容態確認その他と忙しかったのだから」



元々、帝王切開するしかないと言われていた。しかし、それは奇跡のように始まった陣痛によって阻止された。
そうして、開き始めた産道。けれど、自分で生む力がなかったから、女官達が上に乗ることで赤ん坊を押し出した。


自然分娩。帝王切開よりは負担は少ない。けれど……それでも、今の妻には負担である事には変わりない。


だから、一度も触れさせることなく赤子を放した。妻の容態を確認するために。
そして、もしそこで目覚めれば……




「さあ、お前達の母だよ」



青年は、双子の娘を母を挟むようにして両隣に寝かせた。そして、その体が触れ合うように密着させたのだった。
すると――それまで泣き喚いていたのが嘘のように、ピタリと泣き止んだ。それに、思わず苦笑する。やはり……母親には敵わない。




「――か」



夫婦の夫の方が声をかけてくる。今にも泣きそうな顔をして。



「最後になるかもしれないからな……」



生きている母と触れ合えるのが




「……時間は何時まででもいいから」



自分にも子供が居る。5歳になる息子と、3歳になる息子。そして――生まれて数ヶ月の小さな娘。
どの子も、生まれて直ぐに母に抱きしめられた。そして、両親に溢れんばかりの愛情を注がれている。
勿論、生まれてくるまでも本当に大切にその経過を見守っていた。




早く生まれておいで




自分達の下においで




そう心の中で願いつつ





だから――痛いほどその気持ちが解った。





そして、静かに時が過ぎていく。













それからどれほどの時間が経ったのか……







とうとう、その時が来た。




友人達がベットを取り囲むようにして集う。
ボロボロに泣く者も居た。支えられなければ立てない者も居た。主に女性陣。
男性陣はその強靭な精神力で必死に己を奮い立たせる。けれど――心は悲鳴を上げ、泣き叫んでいた。




友人の命をこの手で奪う。





幾つもの試練、危機を一緒に乗り越え、此処までやってきた友人。切っても切れない強い絆で結ばれた大切な存在を……自分達が。



まだ生きている。生きているのだ。




機械と術でしか生きられないけれど、でも、それでも





どうか目覚めて。




今もそれを願っている。



術と、機械が止められるその最後の瞬間まで自分達は願い続ける。




お願い、お願いだ





どうか、目を覚まして




その美しい瞳を見せて、その美しい声で名を呼んで、優しい笑みを見せて





『おはよう、もう大丈夫よ』





そう言って笑いかけて








皆、貴方を待っているの






殺したくないの






また皆で一緒に――いたいのっ!!






けれど……目覚めない。






青年は、涙を流しながらゆっくりと言った。





「機械と術を止める」








それはまるで死刑宣告、いや、死刑宣告そのもので







「娘達を」




部屋の隅で泣き伏す女官達の変わりに、友人達が生まれたばかりの娘達を抱き上げる。





ああ、これで終わりだ。もう二度と――生きている母とは触れ合えない。



愛する娘達は母を失う。




何物にも変えがたい――至高の存在を





と、その時だった。





今まですやすやと眠っていた二人の赤ん坊が、母のぬくもりが消えた事に気づいたのか、激しく泣き叫んだ。





まるで、母から引き離さないでと言う様に。





必死に友人達があやすが、赤子達は声の限り泣き叫ぶ。
見ていられなかった。



「………もう一度だけ」



青年は言った。



「もう一度だけ、傍に寝かせてあげてくれ」



青年の言葉に、友人達は戸惑ったが……最後には頷き、赤子を元の位置に戻していく。




「これが最後だから……」



そう――これで最後。この後は、どんなに泣いても……例え恨み憎まれても引き離す。




「だから……たっぷりと甘えるんだよ」



そうして、二人の娘達は再び母に触れ合った。




それから、数秒も経たない時だった。


先ほどとは違い、眠らず起きたままの二人の娘が声を上げ始める。


「一体どうし……っ?!」



二人の娘の小さな手に、淡く輝く白い光が生まれる。驚き、誰もが言葉を失った。



「こ、これは」



その間にもどんどんその光は大きくなる。と――光りは、それぞれの手を離れ1mほどの高さの所で一つに融合し、虹色の光を放ちだす。
それは……優しい、とても優しい慈愛に満ちた光だった。そして、何よりも美しかった。



と、その時だった。そのふわふわ浮かんでいた光が、赤子の声に呼応するようにゆっくりと動き始める。


赤子の母の方へと



「え?!」



止めようとする間も無く、その光は眠り続ける妻の中に溶け込むようにして入っていった。



次の瞬間、妻の体が先ほどの光と同じもに包まれる。




「っ?!」





妻の体が、ベットから離れ50cmの高さで浮かび上がる。優しい風が、妻を中心に吹いていく。



そうして、間も無く光りは消え、妻の体がベットに降りていった。




誰もが動けなかった。




一体……何が起きたのか





キャアキャアvv




赤子の嬉しそうな声が聞こえてくる。


見ると、母の両隣で二人の娘はキャッキャッと声を上げていた。
それは、とても嬉しそうな声に聞こえた。





「一体、何が………っ」




次の瞬間、その場に居た誰もが目の前で起きた光景を信じられなかった。




最初は、ピクリと動いた指先、そして微かに揺れる長い睫毛、小さな呻き声を放つ唇――




そして――ゆっくりと開いていく………その瞼。今までその奥に隠されていた瞳が、静かに現れていく。





「………か?」


目を開け、此方に視線を向けてくる妻。その口が……動く。



「泣かないで……」



「――っ」



青年は、ようやく目を覚ました妻を抱きしめた。
何時もは唯我独尊な夫のそんな仕草に、妻は暫し黙っていたが――それでも、手を伸ばし抱きしめ返した。


「ずっと――傍に居るから………生きて……傍に居るから」


その言葉に、他の者達も涙を流す。



そして気づいた。あの白い光が広い室内に幾つも浮いていることを。そして、それは虹色に変化すると、開いていた窓から飛び出していく。
生まれては色を変えて飛び出し、それは暫くの間続いた。数え切れないほどの光の玉が夜空を流れていく。
また、その光の玉の幾つかがその部屋にいた者達の中にも入り消えていった。


だが、そこにいた者達は知らなかった。実はその光が――この世界のあちこちの夜空でも生まれて居た事を


そして流れていくそれら。



それは――まるで流星群のようであった。














ようやく、光の玉が出現しなくなった頃――また、青年や友人達が落ち着いた頃


自分の力で体を起こした妻――少女は己が生んだ娘達を抱きしめながら語りだした。





「声が聞こえたの」


それは、泣き続ける二人の赤子の声。
すぐに、それが自分の子供達だと解った。


けれど、体にまとわり付く闇の触手は自分を放さない。



「それでも、必死に頑張ったの。娘達に会いたい、そして皆に会いたいって」


赤子の声が聞こえた後、皆の声も聞こえ始めた。


自分に語りかける声、悲しみにくれる声、奇跡を願う声



何時しか、自分も涙を流していた。
そして、必死に手を伸ばしていた。




帰りたい――と




その時だった。淡い白い光が自分の下に来た。そしてそれは虹色に変化すると、自分を包み込んだ。


驚いた。


何故なら、光に包み込まれた瞬間、闇の触手は離れたのだ。そして、漆黒の闇に包まれていた世界は色を取り戻し、温かな陽光が差し始めた。



突然の事に呆然としていると、自分の前に一つの大きな扉が現れた。



その向こうから、赤ん坊の、皆の声が聞こえてくる。





そうして、自分はゆっくりと両開きの扉を押し開けていった。










「で、気がついたらベットの上にいたの。で、皆の泣き顔が見えたの」



戻ってきたのだと思った。


溢れる安堵。と同時に、子供は何処にいるのかと思った。自分が生んだ娘達。


けれど――


目の前で泣いている自分の夫の姿を見て、先にそちらをどうにかしようと思った。



きっと、とても心配させてしまっていたのだろうから








「凄く心配させちゃったね」


少女が困った様に笑う。
すると、友人達は口々にこれまでの事を我先にと語りだした。そして再び泣きながら目覚めてくれた事を喜ぶ。
抱き合い、その温かさを確かめ合った。




そして、暫くした頃――




「信じられないわっ」


目覚めてすぐに行なった少女の検診の結果に、赤子を取り上げた友人夫妻は驚愕した。


「なんてこと――あれだけダメージを受けていたのに、何処もなんともないわっ!!」


表面的な傷は治った。けれど、それよりももっと深い所は駄目だった。


なのに――今は何処もなんともない。完全なる健康体である。



「一体……あの光りは」



すると、青年が口を開いた。


「別に、あの光りがなんだろうと関係ない。大切なのは、――が助かった事だ」


「……か……」


「娘達が生み出した光で、妻が助かった。それだけだ」


そう――娘達が生み出した光の玉が、奇跡を起こしたのだ。




目覚める事のなかった一人の存在を救ったのだ。




「それで十分だっ」



嬉しそうに笑う青年に、検診の結果に驚いていた者達も顔を見合わせ――そして笑った。




そうだ。それがなんであろうと関係ない。自分達の大切な存在が助かった。それだけだ。






「ありがとう、お前達の母を助けてくれて」




娘達から生まれた光。それが、自分の妻を、そして娘達の母を助けた。




自分が求めて止まなかった奇跡を起こしてくれた娘達を、青年は妻と共に抱きしめる。



そんな青年達を、周囲は優しい眼差しで見守っていった。






だが、実は奇跡はそれだけでは終わらなかった。



その後続々と齎される報告。


不思議な白い光が夜空から大量に流れ落ち、体内に溶け込んでいったことを。
それと同時に、怪我や病気は完治し、死にかけていた者達が死の淵を脱したことを。




それは正に奇跡。









それから数時間後――朝の始まりと共に、一つの知らせが齎された。





二人の星姫が生れ落ちたことを。




姉は蒼麗、妹は蒼花と名づけられたその赤子達が――その奇跡の元となる光りを生み出したことを。







そして後にその奇跡はこう呼ばれることとなる。













―星の奇跡―





















それ以降――人々はより深い忠誠を彼らに誓い、これまでにない強い崇拝、畏怖、敬愛を向けたのであった。












「〜蒼の双星姫〜」

序文―蒼き星の創生にて





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