入学式は波乱に満ちて-2
「・・・・・嫌だ」
「蒼麗、しっかりして!」
「そうだぞ、もうこうなったら諦めろ。それが男の生き様だ」
「私はこれでも女だって!」
会場までの移動手段としてチャーターされたバスの中で、蒼麗は男呼ばわりしたクラスメイト一名の胸倉を掴んで叫ぶ。
普段はおっとりとして温厚な蒼麗だが、今は妹のやらかした事で頭が一杯なのだろう。
相手の胸倉を掴み、鬼気迫る表情を浮かべていた。さすがのクラスメイト達もその様子には脅えを見せる。
「お、落ち着けっ」
一番不幸だったのは胸倉をつかまれて間近で蒼麗の変貌を見てしまったクラスメイトだろうが、
彼の前言を思えば同情の余地はない。
「ああもうっ!ってかどうしてあの妹はこんな大事なことを突然決めるのよっ!」
「いや、あの女王様なら前々から決めてたね」
「そうよ!あの完璧で麗しく素晴らしい『お姉様』なら事前に完璧な計画をたてておいでよっ」
「だよな。ってか、あの人の頭の中にはとにかく蒼麗しかないし」
「けど、まさか合同入学式だなんて。二つの学校に同意させてしまうなんてやっぱり女王様だよね」
「そこで納得するなぁっ!」
妹達が通う学校において、妹こと蒼花は自他共に認める多くの信望者を持つ『聖華学園の女王様』と呼ばれる。
そもそも、その容姿はもとより、聡明で才能豊かな上、文武両道、その上財力も権力も持つ名家出身たる彼女は
正しく文句のつけようのないお姫様として蝶や花よと、此処に来てからも誰からも大切にされてきた。
しかし、それ以上にその人を統べる才能の高さや絶対的なカリスマ性は、お姫様というよりも女王様という方が
相応しかったのだろう。
そして、何時しか蒼花は学園の女王として学園の皇帝ともいうべき己の許婚と共に学園の権力を掌握してしまった。
クラスメイト達も当然それを知っており、故に今回の事に関しては特に驚いてはいない。
蒼花ならば例え世界中がそれを黒と判断したものでさえ白に出来るほどの力を持っている。
そんな彼女にとっては合同入学式なんて朝飯前。寧ろ、自分がやりたいと思えば何だってやる。
因みに、蒼花の信望者は天桜学園にもいる。いや、殆どが皆蒼花の信望者だ。
だから、今回の事に反感を持つものは殆どいない筈だ。それは、教師や学校経営者も含まれる。
蒼花を教祖とする宗教でもやってるのかと思わずにはいられないほど、蒼花の人気度は、いや、自分の幼馴染達はとにかく人気が高い。
絶対的な敬愛と敬慕、尊敬と崇拝、さらには畏怖を捧げられている。
はっきり言って、もし家族や幼馴染でなければ近づきたくないと何度願ったことやら。
「うぅ・・今からでも逃げ出したい」
思わず泣き言が漏れる。すると、あちこちから一斉に声が上がった。
「ちょっ!そんな事したらどうなるか分かってるのか?!」
「蒼麗ちゃんがいないって分かったとたんに蒼花様が暴走するよっ」
「ヘタしたら二つの学園で争いが起きるぞっ」
「どうして私が出ないだけで争いが起きるのよっ」
そう叫ぶが、クラスメイト達はまるでこの世の終わりでも見たかのような顔をして必死に止めようとしてくる。
ってか共に学校生活を過ごしてきた私を売るのかあなた達はっ!
しかしそう聞いた所でクラスメイト達は一斉に頷くだろうから敢えて口にはしない。
わざわざ自分で傷口を広げるような事は馬鹿らしいと、この数十年できちんと学習した。
「え、えっと・・・そ、そこまで沈み込まなくても、今回は大丈夫だと思いますわ」
「何を根拠にそんな言葉が出るの?」
聖の台詞に蒼麗は思わず口を開く。
今までの妹の行動を見てきたというのに、どうしてそう楽観的思考が出来るのか。
すると、私の視線にたじろぐようにして聖は視線を彷徨わせた。
どうやら、私の質問に答えられるだけの根拠がないらしい。
当たり前だ。今までの経験からそう答えられたならばよっぽどの許容範囲の広さである。
因みに私にはそんな許容範囲はない。寧ろ狭い。
「ふふ、ここから飛び降りたら楽になれるかな」
「蒼麗っ!ヤケを起こさないでっ」
ガラッと窓を開けて走行中のバスからの脱出という名の飛び降りを試みるが、後ろから聖達に羽交い絞めにされる。
何かが自分の中で弾けた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!もう降りるぅぅぅぅぅぅぅぅぅうっ」
叫びながらなりふり構わずに暴れまくる。クラスメイト達が驚いて止めにかかるが、それを振り払い窓の枠に足をかける。
しかしすぐに後ろから引き摺り下ろされる。だが、それで諦める自分ではない。
もはや正常な判断は出来なかった。とにかく、何としてでも悪の巣窟に向かうこのバス(そんな所には向かっていない)から降りなければ!!
「いやぁぁぁぁ!放してぇぇぇぇぇっ」
「そうよ!お姉様を放しなさいよっ」
後ろからバキっという何かを殴る音とクラスメイト達の悲鳴が聞こえた。
突然の事に危うく窓の外に落ちそうになったものの、何とか窓の枠を掴んで踏みとどまった蒼麗だが、後ろを振り返り後悔した。
ってか、声から誰か分かっていたはずなのに!
しかし、聞いた瞬間誰しもが振り返ってしまう力を持つのがその人物の美声なのである。
そしてその人物は今、満面の笑みを浮かべてそこに居た。
昨日と同じように
「お姉様、おはようございますですわvv」
今日も光り輝く様な美しさと華麗且つ神秘的な美しさと妖艶な色香を漂わせた双子の妹がにっこりと微笑む。
それも、自分から1mも離れていない距離で、しかもバスの中から。
いや、そもそも外はありえないだろう。何せ今自分達が乗るバスは走っているのだから。
しかし、中というのもこれまたありえない。ってか、何時乗ったんだ!
確か乗る前に人数を確認した時にはいなかった。そして、このバスは天桜学園を出てからまだ一度も停車してない。
つまり、外から乗り込むのは不可能である。
ただ、力に制限がなければそんな事は誰もが可能であるのだが、実際には此処では普通の人間の能力者より少し強いぐらいの力しか出せないようになっており、当然瞬間移動なども、例えやっても失敗する筈だ。
そう、つまり何度も言うが、現在のようにバスが走っていれば停車でもしてくれない限り、外からは誰も乗れないのだ。
なのに・・・
「どうして此処に居るのぉ?!」
どうして同じクラスでもない、ましてやこのバスに乗るはずのない妹が此処に居るのか?
いや、どうやって乗ったんだ!!
「ふふvvお姉様を待ちきれなくて」
そうしてにっこりと微笑む蒼花は、本当に可憐で愛らしくとっても可愛かった。
例え、辺りにクラスメイト達が倒れていたとしても。そして、そのクラスメイト達をのしていったのが蒼花だとしても!!
え?何故解ったって?そんなの蒼花がニコニコと微笑みながらちゃっかりと血のついた手を倒れ伏すクラスメイトの
服でふいてるのを目の当たりにしてしまったからだ。
・・・・何時もながらすっごく容赦ない・・・・
基本的に蒼花は手加減をしない。だから何時も本気。
しかし、そうやってのされたにも関わらず、意識を取り戻し始めたクラスメイト達は蒼花の美しさを称えていく。
その瞳には心酔と敬慕の光が入り混じって宿り、中にはそれふするものさえ現れる。
うちのクラスはマゾ揃いなのだろうか。
普通そこまでボコられたら殺意とか抱いても可笑しくないと思う。
「ふふふ、お姉様vv」
ビクっ!!
その瞳はハンターのものだった。
さしずめ、自分は狙われた子羊か。
ジリジリと蒼花が間合いを縮めていく。
「そ、蒼花?」
「うふふふvvお姉様ってば恥ずかしがり屋さんなんだからぁvv」
「恥ずかしがり屋ってちょっそんな問題じゃ」
「ふっ!覚悟して下さいな!!今日こそ私のものにしてみせますわっ!!」
「うぇ?!っていきなり何でそんな事態になってんの?!」
妹の瞳に宿る本気の二文字に慌てながら逃げようとするが、すぐに蒼麗は悟った。
後ろは窓。今居る場所は走行中のバスの中。時速は70qを超えており、落ちたらまず間違いなく死ぬ。
いや、例え死ななくても後続車に轢かれて死んでしまうっ!!
「逃げ場はないようですね?」
「ひぃぃぃぃっ!!」
微笑みながら近づいてくる妹に、蒼麗は恐怖の余り悲鳴を上げた。
もはや袋のネズミ。
「さあ、お姉様vv私と一緒に行きましょうねvv」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!変なところに連れ込まれるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
実の妹なのに、連れ込まれる。普通ならあり得ないが、この妹には当て嵌まる。
もう、多少の怪我など構わない!!蒼麗は窓からの脱出を試みた。
しかし、それより早くに蒼花が飛びついてきた。
「逃がしませんわ、お姉様vv」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げるがしっかりと羽交い締めにしてくる体はビクともしない。
ああ、さようなら私の平穏な日々。
「お姉様ってば最高ですわvv」
最高って何が!!そう叫ぼうとした時だった。
ガッシャァァァァァン!!
後方の窓硝子が割れる。続いて、黒ずくめの男達が数人バス内に入ってきた。
「え?」
「きゃあぁぁ!!一体何?!」
「ちょっ!どこから入ってくんだよっ!!」
騒ぎ出すクラスメイト達だったが、黒ずくめの男達は見向きもしない。
男達が視線を向けて離さないのは
「蒼花公主!!我が主が花嫁として所望しておられる。よってその御身を頂戴させて頂くっ!!」
一人の男がそう言った瞬間、男の仲間達が狭いバス内を縫うようにして此方に近づいてくる。
どうやら、彼らは蒼花を狙う刺客。それも、蒼花の身柄そのものを狙う方らしい。
「蒼花っ!!」
蒼花を守ろうと蒼麗が男達の前に立ちはだかる。
しかし
「どけ小娘っ!!」
腹部に重い衝撃を受けたかと思った次の瞬間、蒼麗の体は後ろの窓から車外へと投げ出されていた。
「お姉様っ!!」
邪魔者を消し、意気揚々と自分を捕まえようとした男達の手をすり抜け、蒼花は窓際に足をかけ
そして車外へと飛んだ。
クラスメイト達だけではなく、黒ずくめの男達も顔色を無くす。
当然だ。自分達の主の花嫁となる少女に傷がついてしまうかもしれないのだから。
しかし、バスは無情にも進み、車外へと飛び出た二人を置き去りにしていく。
聖が悲鳴を上げた。
「蒼麗!蒼花様ぁぁっ!!」
もの凄い風の抵抗を受けながら、蒼麗は自分の体が宙に投げ出された事を悟った。
しかし、だからといって何も出来ない。このまま行けばすぐに地面にぶつかり大怪我をする事は間違いなかったが、
腹部にダメージを負った体は重くただ風と重力にされるままとなる。
(やばいかな……)
蒼麗は待ち受ける衝撃に目をつぶった。
そしてそのまま意識を失った。