入学式は波乱に満ちて-3
春の息吹に花咲乱れる今日この頃。
しかし季節外れの嵐に、咲いた花々が空を舞う。
灰色の曇天のもとまるでバケツをひっくり返したような雨が地上に降り注ぐ中、少女は目の前の光景に言葉を失った。
「……生きてる……のよね?」
地面に出来た幾つもの大きな水たまり。
そこに一人の少女が俯せに倒れていた。
「あの、大丈夫?」
しゃがみ込んで体をゆらすが、全く反応はない。
まさかと思い、その体をひっくり返す。
「……………良かった……生きてるみたい」
微かだが、きちんと呼吸をしている。
しかし、ふとよくその顔を見て驚いた。
「……………渦巻き眼鏡?」
少女は渦巻き眼鏡をかけていた。
「…………………………」
取り敢ず、深くは突っ込まないようにしよう。
そして少女は、水たまりに倒れている少女の手を掴むと自分の背に少女を背負った。
身長差が余り変わらない分、それはとても苦労する作業だったが、それでもこの少女をこんな雨の中置いておくわけには行かない。
ましてや、少女は意識を失っているのだ。
そうして、雨の中ずぶ濡れになりながらも少女は自分の家へと足を進めた。
暗闇しかなかったそこに、一筋の光が差し込む。
そしてその光はどんどん強さを増していき、その眩しさに思わず目を細めた。
「気がついたみたいね」
ゆっくりと目を見開いていった蒼麗に、聞き覚えのない声が耳に入る。
続いて、見覚えのない天井を遮るように一人の少女が此方をのぞき込んできた。
「……………あ……」
「何処か痛い所はある?具合悪いところは?貴方、雨の中地面に倒れてたのよ?」
矢継ぎ早の質問に、蒼麗は戸惑いを覚える。
って、此処は何処?
「あ、あの……此処は」
「此処?此処は私の家よ。驚いたわ。塾の帰りに私の家の帰り道に倒れてるんだから。見たところ怪我はなさそうだったけど……
一体何があったの?」
「何が………」
少女の言葉に、蒼麗は自分に何が起きたのかを考える。
そして
「っ!あぁっ!!」
蒼麗は思い出した。
そうだ。自分は確か入学式会場に向かう為のバスから放り出されたのだ。
突如現れた、蒼花を狙った黒ずくめの男達の攻撃によって。
(そうだ!私、あの人達に蹴り飛ばされて…………って、蒼花は大丈夫なんだろうか?!)
あいつらは蒼花を狙っていた。となると、蒼花の身が心配だ。
妹は大丈夫だろうか?
――元々、蒼花は物心着くと同時に、常にその身を刺客に狙われる日々を送っていた。
彼女に幼馴染み達で構成された護衛がついたのもそういった経緯からだ。
蒼花を狙う刺客は主に二つの種類に分れる。
一つが彼女の命を狙う者。そしてもう一つが今回来たように、蒼花の身を狙う者達だ。
そしてどちらかというと厄介なのが、この蒼花の身を欲する者達だった。
そもそも、聡明で美しく気品に富んだ蒼花は老若男女問わず一目見た瞬間相手を虜にし、花嫁に迎えたいと思う者は数多くいた。
その為、縁談の数はそれこそ星の数。どんなに断っても次から次へと新しいのが、また断っても諦めないで再挑戦してくる者達も
併せて年々増加の一途を辿っていた。
はっきりいってそこまで思ってくれれば女性としては嬉しいとしか言いようがないだろう。
しかし、だ。
蒼花には許嫁が居る。幼い頃からの、それでいて相思相愛の許嫁だ。
しかも、その許嫁というのがこれまた絶世の美青年にして何でも出来る完璧な天才であり、彼に勝てる男は自分達の
父親か彼の父親、または幼馴染み達の父親達ぐらいしか知らない。なもんだから、縁談を申し込んでくる男達など全く相手にならない。
そして大抵が、蒼花の許嫁を知るやいなや諦める。または、勝負してもコテンパンに負かされて諦めさせられる。
が、中にはとてもあきらめの悪いのもいた。
自分達の主が蒼花を花嫁として望んでいると叫びながら今回襲ってきた奴らが良い例だ。
そいつらを仕向けてきた相手。
そのように、蒼花の身柄を狙う者達の殆どが蒼花を自分の花嫁とする為に刺客を送り出してくる相手が実はかなりの数いるのだ。
そしてそれは、蒼麗に縁談を申し込む本人だけではなく、その周りの者達も含まれる。
彼らは、何としてでも蒼花を手に入れようと大量の刺客を時間も場所も考えずに送り込んでくるのだ。
はっきりいって馬鹿としか言い様がないが、彼らもなりふりを構ってはいられないらしい。
そしてそう言った者達に、蒼花は常に狙われてきた。
それ故に、彼女は常に護衛達に守られ、その自由を制限されてきたのだ。
しかし、今回バスの中に現れた蒼花は一人であそこに来ていた。
蒼麗の中に、もしかしてという不安が込み上げる。
思わず、強く手を握りしめる。爪が食い込み、掌に痛みが走った。
(蒼花…………)
と、ふとクラスメイト達の事が脳裏に浮かび、蒼麗はアッと心の中で声を上げた。
(そうだ……あそこには誰もいなかったわけじゃない!そう……大丈夫、きっとみんなが守ってくれているはず)
確かに、護衛の姿はなかった。しかし、あそこには自分のクラスメイト達が居た。
そう、彼らなら………彼らならば、きっと自分の妹を守ってくれたはず。
いつもは何だかんだとめんどくさがりやだが、目の前でつれ浚われそうになっている相手がいれば、彼らは決して傍観したりはしない。
助けるために全力をふるってくれる。だって、今までもそうだったから。
それに、きっと蒼花の危機を察知して護衛のみんなもあの後すぐに駆けつけてくれた筈だ。
もし、蒼花があの刺客達の手に落ちても、雇い主の前に連れて行かれる前にきっと助け出してくれた筈。
そう考えると、蒼麗の中に安心感が生まれた。
まだ妹の姿を見るまでは安心し切ることは出来ないけれど、それでも先程よりもずっと心が落ち着いた。
そしてふと自分の身の上に考えが行く。
(けど、どうしてバスの車外に投げ出されたのに私は此処にいるんだろう……)
自分を助けてくれたらしい少女は此処を自分の家だと言っていた。
しかし、バスから投げ出されて道路に転がったのならば、寧ろ自分は病院送りな筈。
「どうしたの?」
少女が心配そうに声をかけてくる。
「あ、あの……此処は貴方の家なんですよね?」
「ええ、そうよ」
「それでは……この家はなんていう場所にあるんですか?」
「なんていう?ああ、街の名前のこと?此処は札幌よ」
札幌?
「…………………………ワンモアプリーズ」
「だから札幌だって」
札幌
札幌?!
「札幌?!って事は此処は人間界?!」
「はぁ?」
一体何を言ってるんだと言わんばかりの少女に、完全にパニックに陥っていた蒼麗だったが自分の失言に気付き口をつぐんだ。
しかし、驚きを完全に落ち着けることは無理だった。
って、え?え?
どうして自分はこんな所にいるのか?
だって自分が居たのは――
「ちょっと大丈夫?頭打ったんじゃない?」
「え、あ、すいません!ちょっと混乱して」
「何処かおかしかったら言ってね?うちはお金だけは有り余ってるんだから医者くらいは呼ぶわよ?」
「え、あ……ありがとうございます。けど、そうお世話になるわけには」
ってか、急いで帰らなければ。
まさか人間界に居るなんて、きっとみんなが心配するに違いない。
いや、そもそもどうして人間界に来てしまったのか……。
そうして、蒼麗は体を起こし
パタン
その場に顔から倒れ伏した。ポスンっと羽布団に体が沈む。
そこで初めて自分がベットの上に寝ていたのだと知った。
「ちょっと大丈夫?!」
慌てて少女がやってくる。
「あ、すいません……」
体に力が入らない。それどころか、一気にだるさが襲ってきた。
また、何だか体が熱い。
「ちょっといい?……熱があるわね。医者に」
「呼ばなくていいです!!そこまで迷惑をかけるわけにはっ」
体を起こしてそう言うが、視界がグルグルと周りだし、再び体がベットに沈む。
「やだ!凄く具合が悪いじゃないっ!先生を呼んだ方が良いわ」
「いえ、少し寝てたら治りますっ」
どうせこの位で死にはしない。いや、人間のかかる病気はどんなものでも自分を死に至らしめる事は出来ない。
蒼麗は必死に頼み込む。
すると、蒼麗の状態を心配しつつも必死の懇願に、少女が迷い始める。
それを見計らい、蒼麗は更に懇願する。
「なら、少しだけ此処で休ませて下さい。それで大丈夫ですから」
「けど………どうしても看て貰うのは嫌なの?」
「はい」
「……分かったわ」
少女の言葉に、蒼麗はお礼を言おうと口を開く。
しかし、それより早く少女は言った。
「但し、完全に調子が戻るまで此処にいること」
「え?」
「それが出来ないなら、お医者さんを呼びます」
「そ、それはっ」
「なら、此処にいること。さっきも言ったけど、うちはお金だけはあるんだから費用の面は気にしなくて良いわ」
「けど、他の方にご迷惑が」
「大丈夫。うちは両親も仕事仕事で忙しいし殆どいないの。それに、うちの両親は結構お人好しで慈善家としても名の通っている人達だから、
行き倒れの一人や二人何も言わないわ。けど、そうね。貴方の家の人が心配するわね。連絡しておこうか」
「あ、えっと……その、家には誰もいなくて」
「え?」
「あ、実はちょっと家族は外国に出かけてて!!」
「なら、代わりの同居人とか」
「あの、後で自分で連絡しますから気にしないで下さいっ!!」
「そ、そう?なら、電話のある場所を後で教えておくわね」
「はい。御願いします。えっと――」
「ああ、私の名は美樹。寿 美樹って言うわ。年は12才で今年中学1年生になるわ」
「美樹さんですか……えっと、私の名は蒼麗と言います。年は……私も12才で、今年中学1年になります」
「あら?同い年?」
「はい、そうですね」
「へ〜〜、住んでるのは何処なの?もしかしたら一緒の中学かもね」
「え、えっと……」
「ってか、どうしてあんな場所に倒れてたの?」
「えっと……」
そうして黙ってしまった蒼麗に、美樹は言葉を紡ぐ。
どうやら、聞いてはいけない事を聞いたらしい。
「ま、まあいいわ。とにかく、早く元気になりなさいよ」
「すいません……けど、助けて下さって有り難うございます。すいません、見ず知らずなのに家にまであげて貰って」
「良いのよ。どうせ家に帰っても一人なんだし。話し相手が出来て良かったわ。治るまでこの部屋を使って。一応客室だけど、
他にも部屋はあるから此処一つ使用していても問題ないし」
「そ、それじゃあお言葉に甘えて……」
「じゃあ、後で夕食を持ってくから」
そう言うと、美樹は部屋から出て行った。
一人残された蒼麗は、熱に魘されながらも部屋を見渡した。
家具はタンスに戸棚、テーブルなど生活に必要なものは一通り揃っている。
また、蒼麗が寝ていたベットもダブルベットほどの大きさがあった。
部屋の広さは見たところ15畳程か?これで客室だというのだから、きっとこの家は美樹の言うとおりかなりのお金を持っているのだろう。
部屋の内装もきちんと整えられており、とても品が良かった。
「にしても……人間界」
確かに、バスの車外に投げ出された筈なのに、どうして自分は此処にいるのか?
美樹は自分が道路に倒れていたと言った。
自分が気を失った後に何が起きたのか。
しかし、それを考えようとした先から意識が遠のいていく。
「ダメだ……今は何も考えられない」
熱によって意識も集中力も乱れ、まともな思考は出来そうにない。
こうなれば、美樹の言ったとおり体調が回復するまで休まなければ。
それに、美樹は見た限り悪い人ではない。寧ろ彼女が纏う清らかなオーラは珍しいとさえ言える。
その人に拾われた自分はとても幸運だろう。そして此処ならば、体調が治るまでゆっくりと休んでいる場所として問題はない。
寧ろ、十分過ぎるといってもいい。
「お言葉に甘えさえせて貰おう」
蒼麗はしばらくお世話になることに決めたのであった。
「蒼麗様ですが、落下されたと思われる付近とその半径数キロに渡って捜索しましたが、やはり見つかりませんでした……」
自分の無力を噛み締めるように、青年は悔しさを滲ませた声音でそう告げた。
「そうか……ご苦労だった、銀河」
側近の報告に、それまで執務机にて書類の整理を行っていた人物はそう言って部下の労を労った。
その言葉に、銀河と呼ばれし銀髪銀瞳の麗しい青年は己が崇拝し、永久の忠誠を誓いし主によりいっそう頭を下げる。
そう――誰よりも優秀で美しい――月神の君に。
彼に勝るのは、彼の両親やその友人夫妻達位であり、同等なのは彼の幼馴染達と兄弟位なものだろう。
腰下までの長い銀髪と美しい青銀の瞳。薫り高く滑らかな、薔薇色を一滴落とした白磁の様な肌。
紅く塗れた唇は艶めかしく、華奢な造りをした鼻梁で形作られたその顔は、一見すると女性にも見間違えられる優美な美しさを称える反面、
周囲に怜悧な印象を与えるものだった。また、鍛えられていながらも、何処か中性的ですらりとした長身の肢体は酷く妖艶で冷たく、
それでいて艶美な色香を溢れんばかりに沸き立たせていた。
だが、彼――主が凄いのはその超絶美形の容姿だけではない。
頭脳明晰にして非常に博識且つ聡明、また多くの武芸に通じている文武両道にして、芸術や政治関係などの多方面の才能も
多く開花させた完璧な能力の持ち主であった。更に他者を従える圧倒的なカリスマ性と、滅多に動じない冷静沈着、そして静を思わせる何処か
神秘的な様は、夜空に静かに浮かぶ神秘的で幻想的な満月を思わせる。
それこそ、月そのものが人型をとったかのような存在だと言えよう。
そんな――この世のものとは思えない絶世たる美貌を持つ主に、彼の直属の側近でもある銀河は「勿体無きお言葉」と発し、頭を深く下げる。
美しい主
誰よりも美しく、それでいて冷酷で怜悧冷徹、唯我独尊で鬼畜の腹黒たる内面を持つ
けれど、その鋭い視線一つで、どれほどの者達がその心を捉えられるだろうか?
そんな黒い内面ですら、他者を魅了し虜にして止まない。
見るもの全てを虜にする抗いがたい魅力と絶対的なカリスマ性に魅入られ支配される喜びに身を震わせながら、銀河はすっと顔を上げた。
「もう少し捜索範囲を広げてみます。必ずや、蒼麗様を見つけ出して来ます」
「2時間だ。それ以上探していなければ他の方法を考える」
「御意」
もう一度頭を下げると、銀河はその場から音もなく姿を消した。
そして静寂が部屋を支配し、ただ書類の上をペンが行き来する音だけが響く。
しかし、それも束の間だった。
もの凄い勢いで扉が開いた。
「青輝っ!!」
自分の名を呼びながら飛び込んできたのは、自分の幼馴染みでもあり、自分が守りし相手でもある少女。
「蒼花、部屋に入るときは静かに入れと言っているだろう」
青輝は整った眉をひそめ、荒々しく部屋に入ってきた少女――蒼花を咎めた。
しかし、それに蒼花は噛み付いた。
「そんな事言ってる場合じゃないわっ!!」
母譲りの絶世の美貌を持つ幼馴染みはその大きな瞳に朝露の如き涙を一杯に溜め、此方を見上げてくる。
その光景は、普通の男ならば思わず抱きしめたくなるほどに可憐で、それでいて悲壮感漂う代物だったが、見慣れている青輝はごく冷静に対応した。
「蒼麗なら今全力で探させている。お前は大人しく待ってろ」
お前が動くと余計にややこしい事になると含ませる青輝に、蒼花は反論した。
青輝は自分にとっては産まれたときからの幼馴染みの一人にして兄代わりの一人。
そして自分の筆頭護衛役として大いに信頼しているが、それでも納得できる事と出来ない事がある。
「私が動かなくて誰が動くのよ!!私のお姉様よ!!私が見つけ出すわっ」
そうして詰め寄ってくる蒼花に、青輝はため息をついた。
端から見れば、どちらも互いに劣らない超がつくほどの絶世の美男美女。
一人だけでも凄いのに、それが二人並べばその美しさはもはや相乗効果で表わす言葉など見つからない。
二人が居るだけで、この執務室は世界の名だたる美しい絶景すら足下にも及ばない場所となる。
しかし、二人はそんな周囲に与える影響など全く気づかない。いや、気付いていても気にしないのが彼ら。
そうして端から見れば美男美女のラブシーンにも見えるような位置関係で蒼花は青輝を怒鳴りつけていく。
「姉様は私が見つけ出すわ!!だから外に出してよっ」
あの時、バスから落ちた蒼麗に続くようにしてバスから飛び降りた蒼花は、すぐに姉を探した。
あんな場所から落ちたのだ。死なずともきっと大怪我をして泣いているに違いない。
姉をバスからたたき落とした相手への殺意を必死に抑えながら、蒼花は姉の名を呼び続けた。
しかし、幾らよんでも返事はなく、またその姿も何処にもない。
姉は何処に行ったのか?
姿の見えない恐怖に、蒼花は自分の護衛達や戻ってきたバスから降りてきた蒼麗のクラスメイト達が駆けつけ、
止めに掛かっても必死に姉を捜し続けた。
しかし、とうとう事情を知った護衛達に止められ、屋敷に連れ戻されたのである。
しかも護衛に常に側に居られ、外に出る事もままならない。
「もう刺客は捕まったんだから外に出てもいいじゃない!!」
「刺客は一人とは限らない。それは今までの経験からも分かっているはず」
まるで砂糖に群がる有りのように、刺客は沸いて出てくる。それこそ、切れ目なくどんな時だってやってきた。
「けど、姉様がいないのっ!!」
「だから探してる」
ドンっと蒼花が机に両手を振り下ろす。その衝撃に、机の上に積まれていた書類が宙に舞った。
「何その冷たい反応!!姉様は仮にもあんたの許嫁じゃないっ!!なのにどうしてそんな風にしてられるのよっ!!」
青輝は自分の双子の姉――蒼麗の許嫁だった。
それも、ついこの間婚約したという浅い仲ではなく、その婚約は幼少の頃より結ばれた長いもの
なのに、その反応は何なのか?
婚約という仲を差し引いても、姉と青輝は親同士が親友同士と言うことで産まれた時からの幼馴染みである。
なのに、他の多くの幼馴染み達に対してよりも青輝は蒼麗に対する扱いが冷たい。
それは、姉を大切にしている蒼花にとっては到底許容出来るものではなかった。
「それとも、姉様の事なんてどうでもいいのかしら?そうよね?青輝ならば引く手数多ですものね!!」
普段は喧嘩も多いが、それ以上に蒼花にとっては兄代わりとして慕っている青輝に蒼花は暴言を吐き続ける。
しかし、青輝はそれを全く相手にせず、淡々と言った。
「何を言おうと、お前が此処に留まるのは変わらない。もう少ししたら会食がある。それまで大人しくしていろ」
「っ?!そんなものなんて出ないからっ!!」
そう怒鳴り散らすと、蒼花は入ってきた時同様もの凄い勢いで部屋から出て行ったのだった。
後に残された青輝は、机の上に置かれた電話の受話器を持つと、番号を押してある場所にかける。
「はい、もしもし。お忙しいところすいません。はい、蒼花を宜しくお願いします」
蒼麗を除けば、唯一蒼花を止められる相手にそう頼むと、青輝は静かに受話器を戻した。
そしてゆっくりと椅子から立ち上がると、背後にある窓へと近寄り外を眺めた。
もう日が暮れる。
蒼麗が消えてから既に数時間。
一体あの馬鹿は何処に行ったのやら。