メモリーループ1
忘れないで
忘れたい
忘却は生物がこの世に生きていく上で得た防衛手段
いつか時が癒してくれる
それは、忘却というものがあるからこその言葉
人は忘れていく
哀しい事、辛い事、苦しい事
そして楽しい事を覚えていようとする
でも――時に叫ぶ
全てを忘れたい
全てのことを
忘れて、忘れて、忘れて
ただ、心を守る為に行われるそれ
忘れて、新しく生きていく
でも、それが何処かで壊れたとしたら?
苦しく辛い出来事
それがまた繰り返されそうになった時
人はまた忘れる事を望むだろう
同じ事が起きないように
同じ目に遭わないように
そして忘却は繰り返される
メモリーループ
記憶は巡る
終わりと始まりを失い、何処までも――
止めて!
それ以上言わないで!
もう二度とあんな目に遭いたくないの――
ああ、繰り返される
繰り返される忘却
もう幾度目か分らない
何も分らない
でも、それでいい
だって、もう二度とあんな目に遭うぐらいなら忘れていたい
いつまでも
何もかも
凪国王宮の下働きの朝は早い。
でも、寝付きが良く寝起きも良いあたしに問題などない。
睡眠快眠バッチリ爽快!!
今日も今日とて誰よりも早くに起き、顔を洗い服を着替えて、あたしはある場所に向う。
そこは、薪割り場。
ここで、王宮で使う薪が大量生産されている。
電気や石油が主要エネルギーだが、やはりご飯をふっくら炊くには薪はかかせません。
もちろん、薪割り生産は下働きの仕事だ。
「おや、紫蘭じゃないか」
「下女頭様、こんにちわ〜」
ここで最初の胸キュン、これ大事。
斧を支えにして、タオルで汗をぬぐう下女頭様の男らしさにウットリする事からあたしの一日は始まる。
という事で――
下女頭様はとっても男らしいです!
流石は宰相夫人――涼雪と張る雄々しい女性!
この前は素手で熊倒してましたね!
一撃でしたね!
そして旦那様である下男頭様の胸をキュンキュンさせていたのを、バッチリ拝見してしまったあたしも、思わず惚れてしまいましたっ!
って、まずい――危うくキュン死する所だった。
いや、本当に下女頭様の旦那様が羨ましいです。
というか、もともと別の省の長になられる筈だったのに、奥様である下女頭様の仕事を側で支えたい――とは建前で、余りの雄々しさにいつ妻を取られるかと
危ぶんだただの嫉妬心から下男頭に就任した事は誰もが知っています、奥様以外は。
あれですね、健気ですね、凄いですね、重たいですね――愛。
因みに最後の部分は、前に口にした途端に下男頭様に血走った目で追いかけらたので口にはしません、ええしませんとも!!
まだ命が惜しいですからね
恋愛もしてないのに死ねません
あ〜でも、下女頭様の雄々しさにキュンキュンします
姉御と呼ばせて下さい
決してマッチョではないですが、Tシャツをまくり上げて露わとなったお腹の腹筋が凄いです。割れてないけど、割れる一歩手前のそれが波打つ様に思わず生唾が零れます。
が、これを言うとみんなが言うんです。
筋肉馬鹿か――と
失礼な
マッチョが好きなんじゃありません
マッチョ寸前まで鍛えられた体が好きなんです
そこが違うのに、誰も分かってくれない。
「あ――、ちょっといいか?」
「はい?」
「輸血が必要になる前に医務室いけ」
あらあら大変。
いつの間にか出ていた鼻血で血の池を造ってしまいました。
しかし時既に遅く、あたしは失血で倒れ、下女頭様に抱きかかえられて医務室まで連れて行かれたのです。
ふっ!もう悔いはない。
このまま昇天したっていい。
と、そう叫んだら医務室長に殴られた。
あ〜〜もう!目の前に火花が散ったし!記憶が飛んだらどうする!
だが、そう叫んだら、本当に飛んだかどーか自己紹介してみろと鼻で笑われた。
ちくしょう――本気で性格悪いな、こいつ。
お前なんて女官長にふられまくっているくせに!
って、思えば凄まじい目で睨まれました。
いえいえ、何にも思ってませんよ。
さ〜て、記憶記憶。さっさと思いだそう〜と。
あたしの名は紫蘭。紫に蘭と書いて「しらん」と呼ぶ。
ぴっちぴちの二十歳、しかも女神である。って、この世界では神々が殆どだしそこまで言わなくてもいいか。
ん?ぴっちぴっちと言えるのは十代まで?
のんのん、そんな事言ったら二十代に突入した麗しいお姉様達にボコボコにされてしまいますよ。
性格は――まあ、のんびりというか、のほほんというか、細かい事を気にしないというか……ああ、でもよく言われるのはトラブルメイカーかなあ。
でも、それは違う。トラブルが勝手に来てるだけであたしは断じて呼び込んでいません。さてさて、そんなあたしの職業は凪国王宮の下女――所謂下働きです。
やる事と言えば、薪割りに掃除洗濯で、体を動かす事が好きなあたしには天職と言っても言い。
特に、朝の薪割りなんて――きゃっ!
って、脱線したらどこからともなく殺気が来た。
駄目ですよ〜、下女頭様はみんなのアイドルなんですから〜。
なんて思えば、十pはある針が飛んできました。
あなた殺る気でしょう、やめて下さい、まだ神生謳歌してないんですから――って、神だけど考え方が人間的な思考になってきてるな。
と、話が脱線したけど、王宮には住み込みで働いている。
同僚も上司も良い人達で、職場にも恵まれている。
難を言えば、もう少し給料を……と言いたいが、まあ下働きの中でも末端だしな〜。それに、部屋代と光熱費はタダだし、食事も食堂で食べれば
相場よりもよほど安くて恵まれているのだから文句は言えまい。
でもでも、やっぱり普通の女の子(え?子じゃないだろ?うっさい!)となると、もう少しおしゃれもしたいわけで――。
まあ、いかに安い給料でおしゃれするかが女としての腕の見せ所なのは確かだ。
でも、一部の奴等は言うけどね。
お前の顔でおしゃれなんて無駄だろ――って。
え?言ったのは医務室長かって?
違うって。
ん?じゃあ同僚や上司、上層部とか?
いやいや、彼らはそんな事は言いませんよ。
言うのは、王宮に出入りする貴族の馬鹿息子達や馬鹿姫達で〜す。
そりゃあ確かにあたしはブサイクですよ?
鼻は低いし、目は一重で小さいし、顎だってしっかりとしている。
どう見ても線が細いとか華奢とかからはほど遠い。
ならば体付きはと言えば、肩はがっしりとしているし、胸は平らではないが豊かでもなく、か〜な〜り寸胴に近いんですよ。
って事で、正真正銘のブサイクなあたし。
たぶん、ブサイク検定なんてあったら級飛び越して段位に突入するわ。
あ〜〜、駄目だ。
人間だけじゃなく、神も第1印象が肝心。
特に造形美の美しさが全てを決めるといってもいい。
中身?確かに大事だけど、そんなのは長く付き合わないと分らないしね。
はあ……これであたしの夢の幸せな結婚なんてできるのかしら?
一生独身で終わりそう――いや、その時は大いに下女頭様のファンクラブの一員として活動させてもらいますけど?
え?何々?殺すぞ貴様?
酷い――
殺気立つ下男頭様に医務室長が慌てて止めにかかっている。
そんな風に心が狭いから駄目なんですよ
少しは奥様の媚態を周囲に披露してくれるという心の広さも――あ、また針だした。
しかもそれ暗器ですよね?殺傷能力ばっちりですよね?
もう本当に心狭い上司なんだから。
いつもは優しいのに、奥様に関しては駄目駄目ですね――って
「おわぁぁぁぁ!」
針の乱れ打ちが襲って来た。
でもかわす。全部寸前でかわしました。
あたしも学習しているんですよ。
そして最後は鼻で笑うのが、相手の心を上手にえぐるスムーズなやり方です。
え?余計に火に油を注いでる?
それを気にしていたら働いてなんていられませんよーーこの腹黒鬼畜達の巣窟で。
「馬鹿落ち着けっ!」
「落ち着いてられるかぁぁぁ!」
妻命。
妻の雄々しさに胸キュンキュンの下男頭様は、その時奥様に負けず劣らずの雄々しさで――。
「いや、それよりは医務室長との絡み合いがグーです、グー」
飛び散る汗
激しい肉弾戦
引きちぎられ宙を舞う服の切れ端
その末に、マウントポジションを取られて組み敷かれていく麗しい男――
「まあ、どっちも下手な女性よりよほど美女ですけど」
まさしく女顔。
女と見紛うばかりの、冷たい美貌。
端整というよりは、妖艶なそれ。
とはいえ、その鋭すぎる眼光から決して女性と間違われる事はない――って、下男頭と医務室長が鋭すぎる眼光を持っていていいのか。
ってか、その眼光で何をする気なんです――特に医務室はゆっくりと体を休める所です、傷を癒すところです、むしろその傷をえぐり倒し病人にトドメをさすんですか。
陛下、絶対ここ人選間違ってます
人相も大切ですよ〜
「おぎょわぁぁ!」
二人に投げつけられた――針。
「安心しろ、殺しはしない」
「眠らせるだけだ」
「いやいやいや! 思い切り殺る気でしょうがっ!」
奴等はマジだ。
眼光の鋭さが三割増したし。
ってか、その体勢でよく針なんて投げられますね。
それよりマウントポジションの奪い合いの方に集中して下さい。
あたしとしては、下は絶対に下男頭なんですけどね〜。
うふふふ、最近はまったBL。
特にあたしは鬼畜責めが大好きだ。
そして受けは強気子犬系受けが大の好みである。
まあ――医務室長は見た目は子犬……というよりは、あれだ、子猫だがまあいい。
見せて下さい
その絡み合う未知なる世界を
私はマッチョ寸前も好きですが、BLもいけます
あ、でも実際の無理矢理とか強姦とかは大嫌いです。
この王宮、いえ、大戦中には見目麗しい少年や青年達の多くが拉致監禁され愛妾や妻として囲われ凌辱されたり、奴隷同然に扱われてきたんです。
ですので、本人同意の上でない実際のBLは断固拒否です。
まあ、頭の中で想像するだけ――小説とか作り物の世界でならいいんですけどね。
けど、何度も言いますが実際の強姦や凌辱は駄目で〜す。
ピッピ〜と笛吹いてレッドカード出します〜強制隊場させま〜す。
「という事で、レッドカードも準備万全!さあっ!」
「「何がさあだっ!」」
同時に叫ばれ、そのまま医務室から叩き出された。
あれですね、この後はもちろん激しいまぐあいが開始ーー
医務室の扉が吹っ飛び、あたしはその場から逃げ出した。
とりあえず、何をするにしても命は大事だーーうん。