メモリアルループ2


 凪国の上層部にはオトメンが多い。
 が、あたしにとって大事なのは容姿だ。

 え?お前は見た目だけで判断するのかって?

 いえいえ違いますよ。
 だって、ぼーいずらぶを妄想するなら、美形の方がよりそそるってものじゃないですか!!

 ああ、攻めは美形が基本なんですよ奥さん!
 代わりに受けは美形でも平凡でもブサイクでもオッケーだけど。

 あれだね、美形って自分の顔を鏡で見すぎているから美しいものに飽きているんだろうね

 それでいえば、この国の上層部は男女問わずにとんでもない美形揃い

 大人から子供まであらゆる美形が揃っている。

 もちろん美形じゃない平凡な容姿や、声を大にしては言えないがちょっと顔が宜しくない方達もいるが、そういう人達は基本的に性格が良い。
 腹黒じゃないし鬼畜でもない。下の者に対しても優しく接してくれる。

 良い例なのが王妃様や宰相夫人である。

 反対に、美形の筆頭は陛下。
 あの性別を超越した優美な美貌の美人様は、炎水界でも絶対に五指に入るレベルだ。
 陛下の隣に並んで相応しい美貌と言えば、陛下の妹君か、明燐様ぐらいだろう。

 明燐様は宰相閣下の妹君で、凪国一の美姫と名高い侍女長様だ。
 仕事もできる才媛で、結婚してもなお沢山の縁談が来るという。

 いや、結婚してるのに縁談っておかしいだろう。
 けど、他人のものでも奪いたくなるほどの美女なのである。

 ああ、これは他の上層部の方達にも言える事だ。
 人の物でも欲しいと熱望させてしまうほどのそれ。

 でもねーー

 嫉妬とかはあんまりしないかな。
 だって、美しいのは本人のせいじゃない。
 たまたまそう生まれついただけで、頑張って努力した結果更に美しくなっただけ。

 美しいがゆえに、人前に出られないで屋敷の奥深くで暮らさなければならない美姫達の話も良く聞くし。

 美しさは、良いものだけでなく悪いのだって引き寄せる。
 それこそ、略奪したり、強引に伴侶にしようと考えて拉致監禁を厭わない危険な奴等だっているんだからね。

 それに、そういう奴等が上層部を見る目付きも嫌でたまらない。

 彼らをまるで競技の賞品にしか見ない男達に囲まれて、彼らは自分達を手に入れようとする者達の魔手を常に警戒して生きていかなければならない。

 その点、あたしはにはそんな心配はいらない。
 上層部みたいな圧倒的な美はないし、これといった光る才能もないのだから。

 なので悠々自適な生活が営めるってもんですよ、奥さん!!

 と、少しばかり現実逃避に陥っていたが、どうやら医務室の騒ぎも収まったらしい。

 え?何処に居たのかって?

 もちろん、近くの柱の陰に隠れてました!
 先程飛び交っていた水の球ーーいや、水の大玉?
 あの速度と大きさは絶対にRPGゲームのラスボスだって一撃ですよ!!

 こんなか弱い女の子であるあたしなら受けたが最後一気に昇天ですって!!

 って事で、さっさと更なる安全地帯まで逃げないと。
 あたしはゴキブリも真っ青な速さで自分の仕事場へと走った。


 仕事場に戻ると、そこには下女頭様が木箱を運んでいた。

 流れる汗、それをTシャツでぬぐう姿、その際のパンチラならぬ腹チラが最高です!!

「紫蘭は相変わらずのお馬鹿さんですね〜」

 馬鹿じゃなくてよ!

下女頭様の色気に参ってるだけです!!

 といっても、別に女の子好きではありません。
 普通に男の子が好きです。
 ただ、雄々しい女性に胸がキュンとくるあれです、女子校でカッコイイお姉様に憧れるあれなんですよ、みなさん!

「また妖精さんと会話? よほどお暇なのでしょうね」

 軽く無視して自己主張していれば、無視された相手がにこやかに、けれど明らかな怒気を放ちながら歩み寄ってきた。

 やばい

 こうなるとこいつはまずい

「別に無視してません」
「嘘は言わなくて結構よ」

 うん恐い

 とっても恐いです

「紅葉、落ち着こうよ〜」
「貴方が無視するからですよ〜、おほほほほ」

 すいません、まじすいません

 だからその怒りを収めて下さい。
 他の下女ーーしかも新人の年若い子達が怯えてます。
 しかも、紅葉もまた上層部に匹敵する美しい美貌だから余計に恐ろしさが増す。
 年の頃は十七、八。大人の女性になる前の危うい儚さと色香を漂わせた白皙の美貌は、恐ろしいまでに可憐で壊れそうなほど華奢な造りをしている。
 艶やかな火の色の髪は綺麗に結い上げられ、白い項が眩しい。

 首から下は、当然の如く大きすぎず小さすぎずの形良い美乳がしっかりと存在を主張し、服の裾で隠れて見えないが、細い腰と形良い美尻、むっちりとした白い太股があるのをあたしは知っている。

 下女みたいにTシャツを着ていれば、さぞやその蠱惑的な妖しい曲線が露わになった事だろう。

 惜しい

 惜しすぎる!!

 ボンッ、キュッ、ボンッこそが男のロマン!!
 いや、女だって憧れるよあの体!

 くぅぅ!凪国王宮は美男美女の聖地か?!

 いやいや、同盟国の津国とか別の国にも美しい者達は多い。
 特に上層部とかに多く集まる。

 つまり、美人が見たければ上層部を見れば良い!!

 ってか、もともと神々って美形が多いんだよね〜

 でも、各国の上層部はレベルが違います。
 もちろん、これは炎水界だけでなく、他の十二世界にも共通するんだけどね。

 あーーでも一番は、やっぱり天帝夫妻と十二王家とその子供達である。
 ってか、彼らの美貌は制御せずに見たらそのまま冥府に直行なほど完璧らしいから、まだ命の惜しいあたしはきっぱりとご遠慮致します。
 全てを捨ててまで見たいと願うほど神生生きてないんですよ〜。

 なので、紅葉ぐらいの美形を時折影からなめ回すようにじっくりと見るだけでいいんです〜。

「何かしら? 寒気がしました」
「うふふふふ」

 あ〜〜、相変わらず綺麗だな〜、もう女神様だよ女神様

 ってか、この世界の女性はみんな女神だけど、紅葉はその中でも人間達が絶世の美女を女神と褒め称える時に使うような女神様である。

 これなら、誰がなんと言おうと上女になる筈だよ。
 むしろ侍女や女官にならない方が不思議だ。

 因みに上女とは、凪国王宮が内政部の雑下省に属する役職名だ。
 雑下省には、あたしの役職である下女を始め、下男、上女、上男という役職がある。

 因みに、下女と下男は王宮で働く官吏達の炊事や掃除などを行い水回り担当で、その他の雑用などにもかり出される正真正銘の下働きである。
 一方、上女と上男は接客や王宮を訪れる貴族や来賓達の身の回りの世話をする。
 その為、綺麗どころが揃っているのだ。といっても、別に体を使って奉仕なんて事はこの国ではさせていない。それどころか、手癖が悪く寝台に上女や上男を引き込もうとしたが最後鉄槌が下されるし、上女や上男達からも手ひどい報復を受ける。

 上女や上男の一番大事な適正は、そういう風に強引に手込めにされかけたり、関係を結ばされそうになった際に上手くかわせるかどうかいう事だ。
 それを考えれば、美しい者達の方がそういう目に遭ってきた回数も多いとして、綺麗どころが率先して集められただけである。

 美しいってやっぱり大変だよね〜

 良かった、ブサイクで

「今、何か失礼な事考えてましたね?」
「いえいえ、何にも考えてません」

 頬をひくつかせた紅葉を前にぶんぶんと首を横に振る。
 紅葉は怒らせたら恐い。
 その美貌は、この国一番の美女と名高い明燐様に次ぐのだから。

 ってか明燐様の美貌は本当に凄い。
 何せ、あの陛下の隣に並んでなんら遜色ないし、寧ろお似合いの二人と謳われている。なんでも、本当の王妃様が地味で平凡だから、絶対に最初に見た人達は明燐様こそが王妃だと勘違いするんだって。
 それってかなり失礼な事だけど、更に真相を知らされると「明燐様の方が王妃に相応しい!お前など邪魔だ!」と、王妃様を邪険にするから困りもの。

 当然、上層部の方達がそういう奴等を徹底的に潰しているけれど、王妃様かすれば針のむしろだろうね〜。

 まあ、もしかしたらそれもあったのかもねーー王妃様が長きに渡ってこの国から姿を消されていたのは。

 でも、今はちょこちょこ帰って来てるんですよ王妃様。
 なんでも記憶がなくなっていて、何も覚えてないらしいけれど、王妃様を助けた少女が時々連れてきてくれて、その度に王宮は歓声に沸く。
 だから、王妃様が帰られるとまるで葬式のようになる。

 けど仕方ないよねーーだって、もう二度と戻って来ないと思っていた王妃様が帰ってきてくれるだけでも、本当に恵まれているのだから。

 まだまだ怯えた様子の王妃様。
 でも、王妃様はとても優しくて素直なの。
 しかもただ素直なだけでなく、とても勉強家で奥深い知性が感じられるんだよね〜。

 ん?なんであたしがそこまで知ってるかって?

 それは、王妃様と仲良くさせてもらってから。

 基本的に身分制度は確かにあるけれど、王妃様は身分の垣根を越えて接してくる。
 公式の場は無理でも、日常の時には下働きのところにも顔を出して仕事を手伝ってくれたりする。
 最初はなんて恐れ多いと思ったが、上層部は好きな事をさせてやれと言うし、まあ上が良いのならと黙ってみているうちに、色々と話をして仲良くなったのだ。

 確か、次は来週来てくれるんだっけーー

 王妃様の好きな大根のお菓子でも作ってあげよう

 そうーー王妃様は大根がお好きだ。
 昔は、いや、今でも大根王妃と言われるほど大根を愛している。

 最初は頭の方を心配してしまったが、その熱い思いを聞き心打たれてしまった。

 周囲からは

『お前、王妃様と頭の中身が同レベルだよな』

 と、言われる始末。
 その時の溜息混じりの何処か諦めた眼差しは絶対に褒め言葉ではないだろう。

 別にいいんだ

 王妃様と一緒にいるのは楽しいからね

 でもーー不思議なんだよね。
 王妃様と一緒に居ると、いつも思うのよ。

 前にもこんな事があった気がする

 だが、そんな事があるわけがない。
 だって、王妃様と会ったのはつい数ヶ月前の事。
 それより昔に会った事はない。
 それに、此処に勤め始めたのも王妃様がいらっしゃらない時だったしーー。

「なに百面相してるんですか」

 白魚の様な指が伸びてきたかと思えば、びよ〜んと、ほっぺが伸ばされる。
 おわわわ!前は堅かったほっぺたがこんなに伸びるなんてこれは一大事!!
 すぐさまほっぺのストレッチをしなければ!!

「お待ちなさい」

 ぐわしと服の帯を引っぱられそのまますってんころりん。
 ぴかぴかに磨かれた床とお友達になった。
 いや、たぶん帯を掴まれていなければそのまま滑っていき、運悪く歩いていた通行人をストライクしていたかも。

「この私を無視していくなんて良い度胸ですね」
「顔がぁぁっ!」
「顔なんてどうでも良いです」
「のぉぉ!」

 それは美人だから、美しいさで苦労している者だからこそ言える言葉!!

 あたしのようなブサイク顔からすれば、マジ切れもんですよ?

 おわかりですか?紅葉様?

「マジムカツクっ!」
「何ですかその言葉使いは!」

 教育的指導!!とばかりに、紅葉にハリセンで叩かれた。

 痛いですマジでっ!

 ってか、一応友人ですよね?あたし達っ!!

 ある日突然やってきて

『ちょっと此処に紫蘭という子はいるかしら? ああ、いましたね。私の名は紅葉。これから私と貴方は親友になりますので宜しく』

 親友って、そう宣言してなれるものだったっけ?

 しかしいつまでたっても頷かなかったけ、紅葉は笑顔で私の肩に手を置いた。
 その時、ミシリと肩の骨が悲鳴をあげたのは言うまでも無い。

『はい、は? 頷くのでは駄目よ。はい、お願いしますーーと言いなさい』

 いやです

 なんて言ったら殺される。
 掴まれた肩からはシュゥシュウと黒い煙が出ていたのを確かに見た。
 助けを求めようにも、全員が安全地帯に非難済み。

 後で言われました

『貴方も知っての通り、紅葉ってちょっち特殊な子なの。だから貴方に生贄になってもらって紅葉の暗黒の力を封じて貰おうかとーーそう、貴方は紅葉の暗黒の力を封じる為に創世の二神様が使わした偉大なる生贄なのよ』

 生贄生贄酷いです

 そこに誰しもが持つ基本的神権など微塵もない。
 まあ、それでも向こうが親友と言うのだから、それなりの扱いはしてくれる。

 そう思ったのが甘かった。

 何時でも何処でも向こうの気の向くままに現れ、人を散々にいたぶりまくっていく。
 ちょくるなんてレベルじゃない。あれは完全にいたぶっている。

「おや? 紅葉さんじゃないかい。今休憩中かい?」
「ええ、ですから中庭で紅葉でも見ようかと」
「あ〜、今は見頃ですからーーって、紫蘭抱えて?」

 武官の彼の言葉に、あたしはキラキラとした眼差しを向けた。


 た す け ろ


 む り で す


 通じ合ったのは一瞬。
 微かな望みを砕かれたのも一瞬での事だった。