メモリーループ3
一週間後、王妃様が王宮を訪れた。
もちろん、王妃様の周囲には彼らーー上層部が集い占拠するのであたしの様な下働きは会うなんて無理だ。
でも、なんでだろうね〜
あたしの側に王妃様が居るのは。
「果竪が望んだので」
それ以外に何の理由があるのかと鼻で笑うのは陛下その人。
すいません王妃様、あたしキラキラ苦手なんです。
こんな金塊よりも金剛石よりもキンキラキンの美形集団の中に呼ばないで下さい。
「紫蘭、何してるの。早く行きましょう。王妃様をお待たせする気ですか?」
そうしてスタスタと歩いて行く紅葉様。
あれですね、勇者ですよ貴方は。
いや、この魔女のサバトの様な状況に溶け込んでいる時点で実は一員ですね!!
ってーー神ですよね?皆ーーいえいえ神です、はい。
もの凄い目付きで睨まれたあたしは正しく蛇に睨まれた蛙のように固まった。
う〜〜、王妃様にはそんな顔しないくせにいぃっ!
陛下の腕の中に居る少女には皆とろけるような笑みを見せている。
ええ、まじでとろけてますよ!!
王妃様は怯えてるけどーー
あ、陛下の腕抜け出してこっち走ってきた
……………こっち?!
「紫蘭さんっ!」
「のおぉぉぉっ!」
まさか王妃様を突き飛ばすわけにもいきません。
でも、災厄にも匹敵するその小さな存在があたしに抱きついた瞬間、魔女のサバトは異様な熱気に包まれた。
そうーー殺気と言う名の熱気に。
どう痛めつけて嬲り殺してやろうか……そんな声がマジで聞こえるんでけどっ!
いやだぁぁ!まだ死にたくないしっ!
「くっ……どうして……」
「まあ……枷仲間だし」
ぼそぼそと誰かが何か言っているが聞こえない。
「ってかいつまで……」
「仕方ない……じゃないと」
「そうよ……このままじゃあの子……」
こちらを見てひそひそと囁く彼ら。
でも何を言っているのかはやっぱり分らない。
「煩い」
それまで黙っていた陛下の一言に、その場が一気に静まりかえる。
いや、凍てついたといってもいい。
「今更ぐだぐだと。話し合って受け入れたのは私達です」
「そ、それは」
「わかってるよ」
頬を膨らませたのは朱詩様。
相変わらず垂れ流しの魔性の色香が凄まじい。
少しでいいから分けて下さいそれ。
指をくわえて見ていたら、なんか馬鹿にした様な笑いをされた。
お前みたいなブサイクに分けてやるようなもんはないよーーてな感じで。
あれだろうか?被害妄想が強すぎ?
「とにかく」
宰相様が口を開く。
「一度決めた事は最後までやり通します。そもそも、そうでなければ最初からこんな面倒事は抱え込みませんよ」
「そうですね」
「それにーー人ごとではありませんからね」
そう言うと、宰相様があたしを見る。
その瞳にーーあたしはふと何かを見た。
あれ?
昔もこんな……
いや……
あたしは、宰相様を、陛下を、そしてこの場に居る方達全員を見る。
そして最後にーー紅葉を。
「紫蘭?」
知らない筈だ
知らない
あたしは何も知らない
知っているのは、あたしが下女でこの王宮に仕えていること
そして彼らとは上司部下の関係であること
何も知らない
いや、何を知っているのだというのだろう
思い出せないではないか
そうーー最初から、知らないから
でも、一度芽生えたものはしっかりと根を張る。
それは、王妃様と一緒にいる中で、デジャブみたいなものを感じた時のように。
知らない
しらない
シラナイ
膝から力が抜けた。
「まずい」
「嘘! また?!」
「でも、今回は」
「だってまだあいつと出会ってさえいないっ!!」
あいつ?
ズキンと鋭い痛みが走る。
「これが起きるのはあいつとーーだけでしょう?!」
聞こえない
よく聞こえないです
「もしや」
何か言っているけど、分らない。
頭がズキズキする。
立っているのも辛くて、その場に膝を突いた。
「ループしやすくなってきているのかもしれない」
ループ?
「でも、今までは」
「今まではそうだ。でも、少しずつ変わってきている」
変わっている?
「そうーーただ一人だけ忘れていない」
忘れていない
何を?
その時、温かいものが頭に触れる。
「……王妃……様?」
「ーーーーー」
何かを言っている。
でも、聞こえない。
あたしは何を忘れているの?
何が変わってきているの?
でも、もう分らない
あたしの意識は沈んでいく
全てが綺麗に消されていきながら
忘れて
忘れなさい
もう二度と、あんな哀しい目にあわないように
そしてあたしは再び目覚める。
全てを忘れて新しく始めるためにーー
「ふわぁぁぁ〜」
静まりかえった部屋の静寂を、あたしの欠伸が破る。
眠くて仕方が無い。
なんだか、体が重い。
「今日から仕事始めか……」
あたしは大きく伸びをした。
なんだか記憶がぼんやりする。
う〜ん、まだ寝ぼけてるのかな〜。
歯磨きして顔を洗い、着替えてもまだ眠い。
ふと時計を見れば、出勤までまだまだ時間がある。
ならばと、これからあたしが長く住む部屋の掃除をした。
「緊張して眠れなかったからかな〜」
昨日は仕事の説明会。
今日から、凪国王宮で下女としてあたしは働く。
ってーーまだ眠いしぼんやりする。
ともすれば、今何処に居るのかすら分らないほど思考がだらけていく。
って駄目駄目!
「よしっ! こういう時は頭で何か考え事でもするのよっ」
とりあえず、自分のこれまでの事でも思い出してみよう。
あたしの名は紫蘭。
紫の蘭と書いて「しらん」と読む。何でも、母が好きだった蘭の名から取っているらしい。
だがーー人間界では、紫蘭は「死人の指」という意味もあるらしい。
死人の指ってどうよーーしかも何故に指だけなんですか。
って、つっこんでも仕方が無い。
因みに、花自体はとても綺麗な花である。
が、その名を持つあたしは完全に名前負けしている。
そもそも、ブサイクなのだーーあたしは。
まずあたしを見た相手は小さく呟く。
ちっーーブサイクだよマジもんの
だから、近頃では挨拶がてらに殴り倒すのが常となっている。
ん〜、これってどうなのかな〜
ますますお嫁にいけないし。
因みにまだ二十歳のピッチピチです。
でも不思議なんだよね〜、二十歳って言うと「嘘でしょ?!」と叫ばれるのは。
確かに体付きは子供みたいだけど、流石に叫ぶのは有り得ないよ。
あ、でこれが大事だけどあたし人間じゃなくて神様ーーそう女神様なんだよね〜。
って、この炎水界が属する天界十三世界そのものが神々の住まう世界だから、基本的に民の大半は神なんだけどね。
んで、どうして王宮で働く事になったかと言えばーーちょっとそこはあたしもよく分らない。なんでも、親戚の伝でこの王宮に紹介状を持ってくる途中に事故で記憶が飛んだらしい。
そうーーあたしは記憶喪失。
何にも覚えてない。
自分自身の事も、家族の事も、ましてや王宮で働こうとしていた事も覚えていなかった。
でも、不思議なんだよね〜。
下女頭様と一緒にやってきた女の子。
見た目は普通の平凡な少女で、下女頭様の方がよほど美しいのにーーあたしはその子を見て王妃様と呟いた。
何故って?
それはもちろん、その子の方が王妃様だと知っていたからだ。
知っているのに間違えるなんて普通は有り得ないだろうーーよほどのうっかりミスでもしない限り。
でも、その子を見て王妃様と呟いた瞬間、その場が何故か凍り付いたんだよね〜。
これってなに?まさか何か言ってはいけない事でも言ってしまった?!
それとも、一介の下女が無礼にも王妃様に対して平伏しなかったからだろうか?
とりあえず、今からでも平伏しようとすれば、王妃様が手を横にふってあたしの行動を止めた。
このままでお話ししよう
そう言われた。
うん、この方は紛れもない王妃様だ。
あたしはそう信じて疑わなかったし、実際にそうなのだから問題ない。
ってか、自分の事も家族の事も忘れているのに王妃様だけ覚えているってーー
因みに、王妃様の旦那様である麗しき凪国国王陛下の事は全く覚えていなかった。
不思議だな。寧ろ陛下のあの美貌の方が決して忘れられないと思うのに。
あれかな?あまりに美人過ぎて逆に吹っ飛んだかあたしの記憶!!
でもねーー
あたしは下女頭様の顔を見てしまった。
あたしが王妃様を知っていると分った時の何処か戸惑うような、それでいてホッとするようなーーでも、苦しく辛そうな瞳を浮かべた理由が、最後までよく分らなかった。
その後、一通りの仕事の説明をされ、各部署に挨拶周りをさせられた。
皆とても優しい方達だった。
が、とびっきり美しくて優秀で、たぶんこれほどの方達は他でも珍しいのだろうと記憶を失ったあたしでも分ってしまった。
そうして挨拶だけで昨日は終了した。
「うんうん、そうだったよね〜」
ってか、普通は記憶が飛んだなんてなったら大騒ぎだろう。
けれど、昨日一日だけで分ってしまった、こののほほんとした性格のせいか、それとも周囲の空気のせいなのか、診察に来てくれた医務室長の「無理はしない
で。時間はかかるけど、そのうち戻ると思うよ。何せ俺達は神だから、時間なんて嫌と言うほどある」という言葉のせいなのか。
とにかく、記憶は失ったけど、何とかなるだろうーーそう思ってしまった。
それに、あたしが巻き込まれた事故は実は結構大きいものだったらしく、寧ろ生きていた方が不思議なぐらいだ。
家族にも今回の事はきちんと説明されているという。
けれど、下手に沢山の人達と会うと記憶が混乱するので、少しずつにしようという事で今は面会を先延ばしにしている。
まあーーもう二度会えないと言うわけでないし、寧ろ記憶喪失になりましたーーなんて分れば家族を混乱させてしまうだろう。
そう思えば、王宮での住み込みは良かったかも知れない。
体を動かしているうちに、いつの間にか戻ってくるかもしれないし。
「ん〜、まあ、今は色々考えてても仕方ないか」
命があっただけでも儲けもの。
そう考えて、前を向いて生きていくしかない。