メモリーループ4
あたしの最初の持ち場は洗濯場だった。
冬ならばマジで絶叫ものだが、今はまだ秋。
真冬の水の冷たさに比べればマシーーと思っていたら、なんとお湯の使用が許可されていた。
普通有り得ないよ!下女が豊富にお湯を使えるなんて!
まあ、お湯を沸かす為の薪割りは自分でねーーという制限はあるが、冷え性のこの体をこれ以上冷さない為ならば喜んで薪割り致しますとも!!
って意気込んで薪割り場に向かえば、そこで下女頭様に出会った。
しかも、斧を担いだまま肩にかけたタオルで光る汗をぬぐっている。
そんな手には、当然のように軍手がはめられ、Tシャツの袖も肩までまくり上げられている。長い髪はポニーテールにされ、白い項がいかにも
喰って下さいと誘っている様に思わず子宮がズクンと衝撃を受けた。
もちろん、下女頭様のすぐ近くには割られた薪が山積みになっていて、その有能さにも痺れた。
カッコイイです
マジカッコいいですお姉様!!
いえ、姉御と呼ばせて下さい!!
あ、もちろん恋愛感情ではなく、純粋な尊敬である。
あたしはその場で下女頭様に早朝の薪割りを手伝わせて欲しいと頼み込んだ。
あれ?なんかこれって前にもあったような気が……
「別にいいけど……でも、難しいわよ?」
薪割りは力で割るのではない。
そうーー気合いで割るのです。
って、それも何か違うか。
とにかく、あたしは斧を借りて台に置いた薪めがけて闘魂を込めたそれを振り下ろす。
無駄な力はいらない。
必要なのは
「おりゃあぁぁぁ!」
気合いだけ。
薪は見事に綺麗に割れた。
でも、そのまま手から斧まで吹っ飛んだ。
ドゴォォと、何かに突き刺さる音が聞こえた気がする。
「あ〜、れれ? 何処にいったのかな?」
斧を捜してキョロキョロすること数秒。
あたしの目に、それは映った。
流れる様な朱色の髪。
清楚可憐な美貌。
ダダ漏れな魔性の色香。
垣間見える妖艶な華。
性別を超越したその美貌はどう見ても美少女。
いや、背中に羽が生えていないのが信じられない完璧な天使のようなーー
「朱詩っ?!」
下女頭様が叫ぶ。
確かあの天使様は、書記官長様だっけ。
え?なんで記憶がないのに天使は知っているのかって?
ああ、あたしが忘れた記憶は自分の過去とかだけ。
生活に基本的な知識とか、そういう類のものは忘れていないのだ。
ん?天使は生活に必要かって?
それはあたしには分りませんって。
まあ、とにかく今重要なのは、その書記官長様が壁に背を預けた状態で、顔の真横に斧が突き刺さった状態で震えているという事だ。
そりゃ普通に考えて顔の横に斧が突き刺されば震えるよねーーでも、絶対に彼の震えは恐ろしさから来るものじゃない。
その沸き立つオドロオドロしい黒いものはーー怒り。
「てめぇ……」
あ、これはすっごい怒ってる。
そう思った次の瞬間だ。
「何すんだよこのボケがぁ!」
「すいませんマジごめんなさいワザとじゃないんです」
「ワザとじゃなきゃいいのか?!」
目をぎらぎらさせ、怒声を浴びせてくる書記官長こと朱詩様。
それでもなお麗しいから美人は得である。
「朱詩、落ち着け!」
下女頭様が朱詩様を必死に宥めていた。
そんな朱詩様の手には、既に炎の球が渦を巻いてその大きさを広げていく。
「このボクの顔に傷がついたらどうすんだよっ!」
「落ち着け! お前はそういうキャラじゃない筈だっ」
そういうキャラってどういうキャラ?
確か顔ばかり気にするのはナルシストキャラだけど。
ってか危うく顔を割られて命ごと絶たれそうになったのに顔ですか。
流石は上層部です。あたしには全く理解できません。
あ、理解できないから上層部なのか。
ってか、キャラは大事だよね。
キャラがモロに被ると分らなくなるし、いかにキャラが立つかはある意味神生の最大の課題と言ってもいいだろう。
「うっさい! じゃあボクのこの顔に傷がついてもいいと?!」
「いや、それは」
「言っとくけど、ボクの顔は商売道具! 犯る事しか頭にない単純の淫売達をたぶらかす大事な道具なんだから、傷ついたら価値が下がっちゃうだろうがっ」
そういう問題なんですか
しかし口には出さない。
出したらあの炎の球の的にされる事は分かり切っているから。
「ってか、できもしないくせに斧なんて振るうなっ!」
「何を言うのですか朱詩様! 神だって気合いです! 気合いがあれば」
あたしは転がっていた薪になる前の太い木を目の高さまで投げた。
「おりゃぁぁぁっ!」
目にも留まらぬ速さとはこういう事を言うのだろう。
見事に振り上げた蹴りが木を割り薪を作り出した。
「見て下さい! 気合いですっ」
「なら最初から蹴りでやれっ!」
「薪は斧で作るのが基本ですから無理です!」
ああ言えばこう言う。
とにかく自分の気合いを見せつける事だけしか頭になく、仮にも上層部の中でもかなり王に近しい朱詩様相手に次々と言い返していた。
まあこれは後で思い返しても蒼白もので、無礼と言われて斬首を命じられても仕方が無いーーいや、寧ろ命じられなかった方が不思議だったが。
いやはや、集中というものは恐ろしいものである。