メモリーループ5


 三日後ーー

 薪割りも少しずつ板に付いてきた。
 でも、斧は初日から使用禁止にされている。

 というのも、朱詩様を危うく殺りかけてしまった後、ほどなく二人目の犠牲者を出しかけたからである。

 その犠牲者とは、なんと宰相様。
 宰相夫人である涼雪様がそもそも薪割り場に来たのが運の尽き。
 宰相様の正妻となっても率先して侍女仕事をしている涼様は、手が空けば下女仕事も手伝いに来られるのだ。

 そうして、人手の足りなかった薪割り場まで足を運ばれた涼雪様に用があったらしく宰相様までやってきた。
 そこに襲ったのだーーあたしの振り下ろした斧が。

 またまた手からすっぽ抜けた斧は宰相様の頭上の壁に突き刺さった。
 宰相様の怒声と共に、一斉に鳥が飛び立った。
 その時あたしも覚悟しましたよ。

 ああ、これで斬首決定だなーーって。
 一日で二人も、しかもどちらも高官でかたや宰相様。
 その顔をたたき割りかけて無事ですむ筈がない。

 しかし数時間にわたって説教はされたが、その後無罪放免になったから驚きだ。
 普通下女が宰相に害を及ぼしそうになったら、速攻で地下牢行きだろう。

 あれか?寧ろ虐げられる事に悦楽を覚えるあっちの人だったのか?!

 でも口にした途端に宰相様に追いかけられたからたぶん違うだろう。
 あの時の宰相様、こう言うと不敬罪だがとっても可愛かったですよぉ〜。

 顔を真っ赤にし、涙目で追いかける麗しの美女ーー

 え?男だろ?

 だってあんなに華奢で線が細くて妖艶な人はどう見ても美女にしか見えませんよ〜!!

 そして二時間ほど「うふふふふ」、「止まれこの馬鹿っ!」という追いかけっこに勤しみましたとも!!

 ああ、もちろんあたしは次の日は適度な運動のせいか寝起きもばっちり。
 反対に、宰相様は体が痛くて起き上がれなかったとか。

 あれですね?

 励みましたね?

 涼雪様と励まれたのでしょうが、ぼ〜いずらぶ好きのあたしとしてはですね

 陛下とむつみ合って欲しいです

 え?なんで陛下かって?

 だってあの方に勝てる鬼畜っていないでしょう?

 炎水家の方々はよく知らないしーーってか、あの方達は駄目です、そんな事を思ってはいけない方達です。
 なので、あたしの脳裏では宰相様と陛下がむつみあい、マウントポジションを巡って激しく戦いーーでも、結局は宰相様は上になろうと下になろうと受けなんですけどね〜。

 宰相様を一目見て気づきましたよ!

 彼が天性の受けなのだとっ!

 あ、お小遣い稼ぎに王宮の方達で小冊子作ったら良い儲けになりそう〜!

 そうなると、薪割りにも気合いが入る。

「ん?紫蘭、さっきよりも回転が速いな」
「はい! 何時もより気合い五割増しですからっ!」

 他の下女仲間がぽんぽんと投げてくる太い木を次々と蹴り割っていく。
 三日目にもなれば、コツも完璧。
 それどころか、斧で割るよりもずっと効率が良かった。

「はい! これ大きいよっ!」
「ほわちゃぁ!」

 周囲からは気の抜けるようなかけ声らしいが、あたしには大切なかけ声。
 下女仲間が投げた特大の木に一蹴りを食らわせると、見事に数本の薪と変わった。

「凄い紫蘭!」
「こんな太いのまで割れるなんてもう何でも割れるわね!」

 当たり前だ。
 今のあたしは何でも蹴り倒される。

 そうして調子に乗ったのがいけなかったらしい。
 全ての薪を蹴り割った後も、明日の薪割りの為に蹴りの練習をしていたあたしの前に、とことことやってきた王妃様。

 いやちょっと待って下さい

 そこ危ないです

 って、うわわわわっ!

 バランスを崩すも、蹴りは止まらず

あたしは何とか王妃様を避ける事だけは成功したがーー

「あ」

 それは誰がハッしたものだろうか。
 でも、そんな事は関係ありません。

 あたしの蹴りに吹っ飛ぶ黒ずくめの男ごと、根元がばっきり行く樹。

 それは

 朱詩の大切にしている白梅だった。

 数分後ーー騒ぎを聞きつけてやってきた朱詩様にあたしはなんと言葉をかけていいか分らずーー

「不慮の事故です」
「言うに事欠いてそれかぁぁぁ!」

 あれ?謝ろうと思ったんですけど

 すいません、この口が勝手にーー

「あの、朱詩様落ち着いて」
「様はいらない!」
「はいいぃっ」

 オロオロとしていた王妃様が朱詩様の怒声に怯える。
 あ〜駄目ですよ、王妃様。
 上層部の方達は貴方様に様付けで呼ばれたり他人行儀に接されるのが何よりも嫌いなんですから〜。

「ってか俺の、俺の、俺の白梅がっ!」

 あ〜、朱詩様。
 完全にお言葉が男言葉になっておられます。
 いつもの小悪魔さが完全に消えてますよ〜。

 でも大丈夫、その麗しい美貌も魔性の色香も増す事はあっても消える事はないので!!

 なんでも、この白梅は朱詩様が愛した人が植えたものだという。
 その恋人は数百年前に死亡し、今ではこれが形見だという。

 因みに、恋人になったのは彼女が死んだ後という驚きの事実。
 死んだ後に恋人になれたっけ?あれですか?もしや死後婚と同じノリですか?!

「聞こえてるよ、そこ」

 ズゴゴゴと何時もの真っ黒いオーラが三割増しですね〜。
 ってか、髪が金色に輝いている感じですけど。
 あれですか?別の何かに変身途中ですか?
 それか、ラスボスの第二形態突入ですか?

 とりあえず、一歩ずつ此方に歩み寄ってくる朱詩様の、一踏みごとにズシャ、ゴス、メキョ、と地面が沈んでいくのがとても気になります。

 本気ですね?

 いえいえ、すいません、本気で悪気だけはありませんでした。
 でも、大切な形見を傷つけた(寧ろ根っこから蹴り折った)報復は受けます。
 あたしだって、大切な下女頭様の隠し撮り写真とか、ぼーいずらぶの小冊子を傷つけられたらマジで切れます。

 それこそ、地の果てまで追いかけ、樹海に沈んで貰いますとも!!

 という事で覚悟していたあたしでしたが、いつまでたっても衝撃は来ない。

 あれれ?油断させといてバッサリですか?

「あははははは、油断なんてとんでもない。ボクはやる時は一撃でやるよ〜」

 それはそれで驚きです。
 朱詩様みたいな方だと、相手を徹底的にいたぶり持ち上げ弄んだ挙げ句に天国から地獄に叩き落としそうなんですけどーー。

 むぎゅ〜ん、むぎゅ〜んとほっぺたを引っぱられた。

「やめて下さい! これ以上のストレッチはいりません!」
「ボクがそんなとこまで面倒見るかあぁぁ!」

 あ〜〜、朱詩様どんどん壊れていきますね〜。
 飄々とした小悪魔という印象が強かった分、その壊れていく様は驚きです。
 でも幻滅はしませんよ。あれです、ギャップ萌えがまだありますもの!!

「しかも攻めも受けもいける貴重な逸材ですものね!」
「殺す! マジ殺すっ!」
「うわわわ! 落ち着け朱詩! それは駄目だっ!」

 下女頭様が朱詩様を背後から羽交い締めにする。
 あ、女(攻め)×男(受け)も受付てますよ〜。

 しかし不思議だ。
 絶対にこの国の上層部の方達は読心術を心得てますね。

 朱詩様が生み出す何本もの炎の柱が一気にあたしに向かってきました。

 あ、これ死にます

 流石に死にます

 あたしは皆さんみたいに化け物級の強さなんて持っていない、ただの少女なんですから。

「朱詩!止めて〜〜」

 もう止めて、私の為に争わないでーーみたいな感じで叫ぶ王妃様に、炎の柱が消える。
 流石は王妃様です。朱詩様の「しまった」という顔と、すぐさま顔を赤らめてふいっとそらす姿。

「紫蘭、何をしているの?」
「いえ、何も」

 平凡顔の王妃様に懸想する陛下の側近。
 王妃様は陛下のものだけれど、募る恋心は抑えきれず、また王妃様も側近の思いに気づき夫との思いとの板挟みになりながらも次第に惹かれていきーー。
あ、勿論陛下にも別の想い人を用意してーー。

「朱詩様、どうしたの?」
「いや、なんだか急に目眩がしてきてさ」

 目眩がするほど王妃様が好きなんですね!愛してるんですね!
 あ、でも朱詩様にも死んだ恋人がいるから、その人の中もーーああ複雑な関係になってきた!

 って、ギンって睨まれましたよ

「君、それ以上考えを進めたらーー」
「違います! 広げてるだけですっ」

 その数分後ーー

「ちょっ! 玲珠、何してるの! 柳様も酷いです!」
「いや、俺達は」
「ごめん美琳! 朱詩様の命令でっ」

 朱詩様の配下である玲珠様と柳様にロープでグルグル巻きにされて吊されました。

 蓑虫です

 あたし、蓑虫になりました

 あ、因みに美琳様は玲珠様の奥方で、同じ下女仲間です。
 初日にお友達になりました〜。
 とっても気さくな方で、旦那様も紹介して下さったので、玲珠様とそのお友達である柳様とその奥方とも仲良くなっております。

 でもでも、どんなに仲が良くても公私は別に。

 いいんですよ〜、これも試練です!

 そしてそのまま吊されましたーー夜まで。

 あ、でも白梅はきちんと治療しましたよ、次の日に。
 それと、白梅と一緒に吹っ飛ばした男の人が、実は王妃様を狙った暗殺者という事で恩赦で許して貰えたし。

 でも、それよりも一生懸命に白梅の治療をした事が、一番許して貰えた理由の一つだと思うね。

 すいませんでした、朱詩様

 今度蹴り倒してしまう時は綺麗に根元から行きます!!

 そう宣言し、またほっぺたを引っぱられたのは言うまでもありません。

 だから、伸びますって!!