Chapter.1
東京某所で騒がれている、連続無差別殺人事件。
最初の事件は、先月の六月初めの火曜日に発生した。
最初の被害者は夜遊び中だった男子高校生五名で、人気の少ない高架下で発見された。
四肢をバラバラにするという残虐な殺し方から、報道は過熱し、新聞もテレビも『現代の切り裂きジャック』と大々的に書き立て、多くの者達の恐怖を煽った。
しかし、本当に恐ろしいのはそこからだった。
最初の事件から一週間後の火曜日の朝、OL一名が、やはり人気の無い場所で遺体となって発見された。
これが第二の事件である。
何でも、前日に飲み会にあったらしく、殆どの者達が数人で帰宅する中、被害者だけは一人で帰ると言って何時のまにか姿を消していたらしい。
すぐに捜査が行われた結果、捜査陣は先週の火曜日に行われた殺人事件とのある共通点を見いだした。
被害者や殺害場所に共通点はなんらなかったが、殺害方法、殺害の日時――最初と同じ火曜日、それも同じ時間帯に殺害されている事から、これは先週起きた殺人事件と関連しているとの予測が立てられた。
だが、最初の事件は午前三時で二回目は午前二時で一時間の差がある。
また、模倣犯の可能性もあるとして、断定までは行かなかった。
それから間もなく、連続無差別殺人事件である事をはっきりと決定づける第三の事件が、次の火曜日に発生した。
今度は家族連れ。
たまたま県外から遊びに来た親子連れが、車中泊していた人気の無い駐車場で、火曜日の午前二時〜午前四時の間に殺された。
やはり、同じ殺害方法だった。
ここでようやく殺害に使われた凶器が同じでは――という鑑定結果も出る事となる。
だが、その凶器が何かまでは分からなかった。
一瞬にして肉と骨を断ちきれる凶器など、果たしてこの世に存在するのかという疑問が出たからだ。
しかも、当然相手は逃げようとするのに縛った後もなければ、睡眠薬の類も発見されない。
なのに、傷は四肢を切断したそれだけ。
捜査はすぐに行き詰まってしまった。
目撃者も証拠も何もなかったのだ。
その上、殺害場所に共通点が一切無いことから、何処を張り込んでいいのかさえ分からないという有様だった。
ただ、火曜日の午前二時〜午前四時の間に殺害が行われているとして、その時間には出歩かない事、また警察達がパトロールをする事になったが、後者は何とかなっても前者を完全に封じることは出来ない。
事件を恐れて外出を控える者達も居るが、逆におもしろがって外出する者達も居た。
その結果、先週には第四の事件が起き、今日の火曜日の朝には、第五の事件が報道される始末。
報道は『火曜日の切り裂きジャック』とか『火曜日の悪魔』とか騒ぎ色々と犯人像を好き勝手に予測するが、有益な情報は何一つ掴めていないのが現状だった。
*
「でさ、実は私気付いたんだけど」
それまで熱心に事件の概要を語っていた梓の言葉に、香奈は首を傾げる。
「何が?」
すると、梓が楽しげな光を宿したつり目で香奈を見つめ、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「この事件、実は犯行現場が少しずつ郊外に近づいて来てるって話よ」
一瞬、香奈は固まった。
「……は?」
「だ〜か〜ら!! 現場が少しずつ、都心から離れて郊外に近付いてるの!!」
最初の事件は都心で起きたけれど、少しずつ距離が此方に近付いて来てると梓が騒ぐ。
「まあ、近付いているっていっても、本当に少しずつだけど」
「けど、そ、それって、このままだと私達の住む場所もあ、あ危ないって事?」
気弱だが、クラス一の秀才と言われる眼鏡をかけた友人――野宮 理佳の言葉に、梓が笑う。
「その通りよ!! 流石は我が校一の秀才!!」
「そ、そそ、そんな事ないよ」
「理佳、過ぎたる謙虚は寧ろ嫌味よ」
理佳の決死の突っ込みに、梓がビシリと突っ込み返す。
一応この中学は、学区内にある三校中では一番下だが、それでも東京都全ての中学の中では一般的な学力レベルである。
他の学校からは、たった十人で正確な学力を測るも何もないだろうという侮蔑を受ける事も多いが、所詮は負け犬の遠吠えだと梓は断言する。
まあ、平凡な香奈には特に関係ないが。
四月に受けた三校合同学区テストの順位は、460人中300位だった。
因みに、理佳の順位は460人中25位だから、その凄さが分かるというものだ。
「けど、恐いよね〜」
「そう?」
「香奈、反応薄い〜」
梓がぶーぶー文句を言う中、香奈ははっきりと言った。
「確かに恐いけど、犯行時刻が決まってるなら、その時刻は出歩かなければいいじゃない」
「そ、それは……」
「それに、普通の中学生ならまず出歩かない時刻だよ」
「けど、お父さんとかお母さんとか出歩くよ。飲み会とかあるし」
「でも、ここまで被害者が出てるなら、飲み会とかも自粛するか、別の日程にするんじゃない?」
火曜日の午前二時〜四時の間に起きているというなら、それ以外の日にすれば良い。
「もう!! 香奈ってばノリが悪いんだから」
梓の言葉に、香奈は溜息をつく。
「ノリとか言う問題じゃ無い」
面白可笑しく話し、むやみに恐怖心を煽り立てようとする梓に、香奈は不快感を覚える。
いくら子供だとはいえ、人が沢山死んでいる事件に対してこの様な事をして言い訳では無い。
「何よ〜! 別に嘘は言ってないじゃない!! 犯行場所だって、本当に近付いてるもの!!」
「それは別にいいよ。だから、気をつける。それでいいじゃない」
「それじゃ面白くないわよ」
「面白い面白くないの話じゃないじゃない」
「何よ!! 自分だけイイ子ぶって!! 香奈のイイ子ちゃんって本当ムカツクっ」
梓の酷い言い草に、香奈はカチンと来る。
「イイ子とか関係ないと思うけど」
「煩いよ!! そういう所が腹が立つのよ!! 何よっ、いつもいつも私は特別みたいな空気出してっ!!」
「いつ私が特別って言ったのよ」
「言ってるわよ!! 何さっ! あんたの何処が特別なのよ!! この学校に通ってるくせに!!」
「この学校が好きだからね」
「好き?! こんな学校が?!」
その言葉に、香奈は梓の顔を見る。
そういえば、この梓だけは違ったっけ。
他の友人達がこの学校に一目惚れして入学した中、この梓だけははっきりと言ったのだ。
『こんなとこ、来たくなかった!!』
確かに、本来行きたかった学校に入れなかった梓にとって、ここに入学する事は不本意だっただろう。
彼女を心配した祖母が、自分や息子が入ったこの学校に入れたが、それは梓の心を余計に傷付ける事にしかならなかった。
「あ、梓ちゃん〜」
理佳が、激しく罵倒し続ける梓を止めようとするが、一度壊れた堰は中々戻らない。
「香奈なんて大嫌い!!」
「梓……」
肩を怒らせて自分の席に戻る梓に、香奈は溜息をつく。
一度こうなると梓は絶対に他人の言う事を聞かない。
それが梓の短所である。
普段はクラスの中心となるリーダー格。
性格は気の強さが全面的に出ているが、明るくハキハキとし、どんな相手であってもきちんと意見する所に頼もしさを感じている同級生達は多い。
しかし反対に、その気の強さが災いして自分の意見に口出しされるとすぐに癇癪を起こして手が付けられなくなる。
元々、お金持の娘で、言い方は悪いが、梓は我が儘に育てられていた。
仕事で忙しい両親は殆ど家に居らず、祖父母にベタベタに甘やかされた梓は、良く言えば明るく元気で積極的。
悪く言えば、気の強い我が儘娘。
去年まで通っていた小学校でも、その性格から色々と問題を起こしていた。
特に、現在は別の中学に通っている、小学校時代に学校一の才媛として多くの男達の憧れだった桜子には、何かにつけて一方的にライバル視し、喧嘩をふっかけていた。
そもそも、梓と桜子は学校の二大美少女と言われていたが、実際には桜子の方が断然可愛かった。
しかも、桜子の方が梓よりもお金持で、頭も良く運動神経も抜群。
一方、梓は成績はそこそこで、運動神経もごく平均。
ただ、金持ちの娘で、それなりに可愛いという事実だけが光る――そんな少女だった。
その一方でプライドはエベレスト級で、それが桜子への異常な嫉妬心を生み出した。
だが、桜子の方は全く相手にせず、それが余計に梓の気に障り、結果として二人の仲――というか、梓の桜子へのライバル心は卒業まで続き、卒業後は更に酷くなった。
桜子が、梓の落ちた学区内の三つの中学の一つ――エスカレーター式の超名門校に中学受験で合格したからである。
おかげで、梓からは毎日のように桜子への罵倒を聞かされ、香奈はうんざりしていた。
香奈としては、別に梓を嫌いでは無い。
流行チェックに余念がなく、話し上手で色々と楽しい話題を教えてくれたり、クラスの中心となって動く姿は好感が持てる。
梓も梓なのだ。
何でも桜子桜子と敵視するが、梓にだって良いところはある。
だから、いい加減諦めて自分の良いところを伸ばしていけば、十分可愛い女の子になれるだろう。
しかし、余りにも桜子が凄すぎて、そう思う余裕すらなくなっているらしい。
そうして、自分の良い所まで消していく梓に、香奈はもったいないと思う。
梓だって、沢山良いところがあるのに。
だが、今は自分が何を言っても無駄だろう。
心配して梓の下に向かった理佳にまで怒鳴り散らす梓に、香奈は額に手を当てた。
と、チャイムが鳴った。
五十年毎日の様に時を知らせてきた鐘の音は、ずんっと体に染み渡る。
木の床を歩く足音が聞こえ、生徒達が慌てて席に着いていく。
何時のまにか、香奈が来た時には居なかった友人達も来ていたらしい。
がらりと教室の引き戸が開けられ、担任が入ってきた。
出席簿を教卓の上に置き、黒板を背にして自分達を見回す。
「はい、皆さんおはよう〜!!」
今年教員試験に合格し、教師になったばかりの新人教師。
元気だけが取り柄というオーラを全面に出した23歳の綺麗系女性。
カジュアルなベージュのパンツスーツに身を包み、背中まである髪をアップにして清潔感もばっちりの担任は、そこでようやく梓の様子に気付く。
「梓さん? どうしたの?」
「何でもありません」
とげとげしい声と態度に、担任の方が気圧される。
何時もは穏やかな眼差しの瞳が戸惑い気味に瞬き、口紅で染まる唇が震えるのが見えた。
素顔でも十分綺麗な顔に、みるみる内にオドオドとした色が浮かぶ。
「そ、そう?」
「そうです! それより、さっさと始めて下さい」
「は、はい」
自分の半分の年齢の少女の言葉に、担任は慌てて出席簿を開く。
出席が取られて行く中、教室に入ってきた当初の元気さはすっかり担任からそげ落ちていた。
これではどちらが教師か分かりゃしないと、香奈は再度溜息をついた。
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