この世には、不思議な力を持つ人間が確かに存在する。  





        それは、その人個人だけが生まれつき持っている者や、後から得た者、または生まれつきで、
            しかも親も子も親戚も持っていると言う、所謂一族単位で持つ者と多種多様だ。    






                  そして――――私の場合は、その一族単位に属していた。






       その世界では5本の指に入るほどの名と権威を誇り、主に京都を中心とする関西地区を統べる、 
               悪霊や化け物と戦う霊能力者一族である神有一族―――その分家、      
             それも末端の分家が………………能力無しである私の生まれた家だった。














バンッ!!





キッチンへと続く扉が勢いよく開き、一人の少女が飛び込んでくる。
それを、朝食の用意をしていた少女の母はにっこりと笑って出迎えた。



「おはよう、香奈。今日も遅刻かしら?」



「だったらやばいって!!1週間連続の遅刻は罰としてトイレ掃除だもの!!」


そう言うと、香奈は急いで朝食を食べ始める。
そんな様子を見ながら、母親は面白そうに口を開いた。


「そうね、遅刻したら大変ね。でも、こんなに早く学校に行って遅刻になるかしら?」


「へ?」


トーストを片手に香奈は自分の母親を見る。今年29歳とは思えぬ若々しさを誇る
近所でも評判の美人な母親の笑顔は光り輝いていた――あらゆる意味で。


「そ、それって」


「現在の時刻、午前6時よvv香奈が何時も学校に行く為に家を出発する時間は午前7時30分。
学校までの所要時間はなんと30分。学校のHRが始まる時間、午前8時20分」



香奈は凄まじい勢いでテーブルの上に乗っている時計を見た―――現在午前6時。



「う、うそ……」


「はいはい、朝食はゆっくりと食べなさいね」


そう言うと、ニコニコしながら残りの料理を皿に盛り始めた。


「ってか、何で……」


次々と朝食が並べられて行く中、香奈は未だに時計を見つめていた。
確かに、部屋の時計では既に8時と―――――。


「そういえば、昨日お父さんが香奈の部屋にマジックを取りにいった時にガッタァァァァァン!!って音がしたけれど」




ガッタァァァァァン?がったぁぁぁぁぁぁん??




何、それ。と思いつつ、香奈はその音の発生源を予測してみた。



「―――――――まさか」



食べかけのトーストを置き、香奈は自分の部屋へと直走る。数分もせずに、香奈の部屋の方から
主の叫び声が聞えて来た。







「やっぱり壊れてる―――――――――――――――――――っ!!」







文の主語がないから、此処から聞いた人であれば何か解らないが、最初から知っている母親は
笑顔でその主語を言い当てた。



「やっぱり時計が壊れてたのねvv」



しかも、自分の夫が壊したのねvvと、そこの部分は心の中で呟き、今正に起きて来たと言う風貌で
キッチンへとやって来た夫を見る。此方は全く何が起きているのか解らないと言った感じだった。



「おはよう、清奈。さっき香奈の部屋から叫び声が聞えて来たけど、一体何があったんだい?」



香奈の母――清奈同様、12歳の娘が居る30歳の父親とは到底思えない若々しさと美しさを持った
香奈の父――蓮理は持ってきた新聞をテーブルの上に置き、椅子に座ると自分の妻へと声を掛けた。


「貴方が時計を壊してしまった事に気がついたらしいの」


「え?!まだ気が付いてなかったのか?!」


「ええ。あの子、結構天然な所があるから」


と、端から聞けば到底娘に対する会話と思えない会話を繰り広げる中、香奈が壊れている
目覚まし時計を片手に猛スピードで戻ってきた。




「お父さん!!私の目覚まし時計を壊したわね!!」




「うん、ごめんね。昨日、足が滑ってコケル中、藁をも掴む想いで掴んで壊しちゃったんだよ」


そんな父の言葉に、香奈は思い切り怒鳴った。
父親は顔が良いだけではなく、体型もまたモデル並で、身長も178cmと高く、筋肉も程よく付いていて
しかも若い……じゃなくて!!そもそも、筋肉と言うのは下手な脂肪よりも当然重い訳であって……
そんな、178cmの成人男性の体を、いかに肥満な体型とは程遠いとは言え華奢な目覚まし時計一つが
支えられる訳ではなく、当然支えるべく力を入れて掴めばぶっ壊れるのが普通である。


「お父さんの馬鹿!!遅刻したら如何してくれたのよ!!せめてコケテ目覚まし時計を掴んで
体を支えるのはお母さんだけにして置いてよ!!」


それも何処か違う気がするが、それでも身長178cmの父親よりは、身長165cm且つ華奢な体型をしている
母親の方がよっぽど目覚まし時計の耐久性には良いと思う。母親も、美しい顔に花の笑みを綻ばせながら
「そうかもね~~vv」と笑っていた。


「う―――――ん、確かに香奈の言う事も一理あるね。今度は何かに捕まらず顔面ダイブをしてみるよ」


と、母に負けず劣らずの笑みを浮かべ、用意された朝食を頬張り始める。


「待って、お父さん!!まだ話は終わって無いわ!!ってか、如何して目覚まし時計を壊した時点で
教えてくれなかったの!!」


もし、午前6時前に目覚しがならなければ完全に自分は遅刻していたのだ。
しかし、父はと言うと



「すまない、忘れていたんだ」



「忘れないで、娘の一大事に繫がる事を!!」


「あはははははははははvvでも、大丈夫だよ。もし遅刻しそうになったらお父さんが送ってあげるから。
この前車を新車にしたし」


「その前に遅刻したくないの!!」


「はいはい、そこまで。それ以上話し合っていたら遅刻してしまうわよ。それに、ご飯も冷めちゃうわ」


これでは何時まで経っても埒が明かない事に気がついた母親が、半ば強引に父と娘の会話を遮断する。
これには、流石の香奈も一先ず怒りを納め、席に着いた。
確かに、このまま時間を忘れて言い争っていては本当に遅刻してしまいそうだ。




「―――ところで話は変わるけど、今日は終業式が終わったらそのまま放校かい?」



「うん。でも、今日は若葉と遊ぶ約束してるから家に帰ってくるのは遅くなると思う」


そう言うと、香奈は頬張ったトーストを流し込むべくミルクの入ったカップを掴む。


「若葉って言うと、石崎さんの所の娘さんかい?」


「うん。表向きは有名宝石店の社長令嬢の。でも、裏では―――力のある霊石を発掘したり加工したり、
鑑定したりする力を持つ一族の当主の娘」


「しかも、その手の一族の中でもトップ10に名を連ねる優秀な職人さんでもあったよね」


ミルクの入ったカップを置くと、香奈は父の言葉に素直に頷いた。
本来、力を持った石――霊石と言う代物は発掘したままの状態で使うには、それ相応の高等な技術と力が必要であった。
昔はそのまま使っていた時代も確かにあったらしいが、現代では特殊な場合を除けば、大抵は発掘した霊石を
一旦加工して出来たものを使うのが常となっている。香奈の親友――若葉の家は、そんな霊石を加工したりする
一族の中でもかなり有名な一族であった。


「とは言え、若葉の話では、元は私達の一族と同じ霊能力者一族だったらしいって事だけど」


「ああ、その話は聞いてるよ。確か、て、て」


「転職だよ、お父さん。ご先祖様がそっちの方に才能があったらしくって、しかも秘術とも称する事が
出来る成功の加工技術を確立したとかで」


「あはははは……確かにそれなら、もう霊石職人になっちゃった方が良いだろうね」


父親と香奈は同時に頷いた。


そもそも、石を加工するには高度な技術と能力が必要となるが、それ以外に独自の加工の仕方と言う物が重要になる。
その加工の仕方によっては、霊石の力がグンと大きくなり、また性能も格段にアップするからだ。
と言っても、その様な成功を遂げるのは本当に極僅かしかなく、殆どの加工技術は失敗に終わり、
何時しか消えていってしまうのが常である。故に、現代までそれが残っている、祖先から今も尚
受け継がれていると言われるものは、正に霊石の加工技術としては成功例であると言う事である。
そして、そういった成功例は親から子へと伝えられ、何時しかそれを秘術として持ち合わせる子孫の集団―――
「一族」が生まれるのである。若葉の家は正にその例の一つだった。所謂、霊石職人界ではエリートなのだ。
――まあ、エリートでなければ有名にもならないだろうが。


「はぁ~~……改めて考えてみると……若葉ちゃんって物凄いお嬢様なんだねぇ」


「うん。正真正銘のお嬢様だよ、若葉は。表の世界でお家が経営している宝石店も物凄く繁盛してるし
………………檀家の一人さえも居ない内のお寺とは違って」






瞬間、凄まじいブリザードが辺り一帯に吹き荒れた。








「……………何でうちは檀家さんが一人もいないんだろうね」






吹きすさぶブリザードの中、更に呟かれた娘の呟きに、父親は笑顔を凍りつかせ、母親は絶句した。
そして、二人は同時に思った。





…………………………………………………確かに





香奈の家はお寺だった。と言っても、そんなに大きな寺ではなく、極小さなお寺で檀家も数十件あれば
良い方という位の規模であった。だが、現在檀家は一人も居らず、葬式の依頼さえもなく、寺の敷地内にある
お墓も昔からのがようやく10数個を数える程度しかなかった。
別に、檀家になる人が居ないとか、死ぬ人が居ないとかそういう理由でこのような状況に陥ったのではない。
寧ろ、この市にある他の沢山のお寺は大繁盛をしている。ようは、自分の父親の腕の問題だった。
はっきりいって、自分の父ほど住職の仕事が出来ない住職は居ないだろう、と言う程に仕事がダメダメなのである、
娘の目から見ても。故に、香奈は小さい頃からこんな疑問を抱いていた。
果たして、これで寺だと言えるだろうか?!―――――と。勿論、その答えは当然―――――言えない。
墓の数はともかくとして、お寺の癖に檀家も居なく、葬式の依頼も無いなんて!!
しかし、問題はそれだけではなかった。問題は、それらは同時にお寺の収入源でもあり、それらが無いと言う事は
当然収入が無いと言う事である。よって当然の如く、収入を得るには別の、住職としての仕事以外の職を
こなさなければならなくなった。所謂、バイトだ。そして、父はバイトをした。地方公務員というバイトを――



「住職のバイトが市役所務めだなんて……」



香奈はその、最早換えようの無い事実を改めて口にし、大きく嘆いた。
そもそも、公務員と言う職業はアルバイトを許していないのではないか?
しかも、自分の父の場合、公務員自体がアルバイトである。


「何でよりにもよって」


「だって、固い職業の方が良いだろう?公務員なんてその最たる例だし、何より公務員だと安定してるし、
好き勝手にリストラされないし、定年まで勤めたらきちんと退職金まで出るんだよ?檀家さんが居なくなったら廃業vv
の住職よりもかなり安定してると思うよ、お父さんは。これで香奈を大学まで出して上げられる。
切り詰めれば結婚資金だって」


「いい、結婚資金までは。自分で出すから……ってそうじゃなくて」


淡々と話す父のペースに危うく巻き込まれそうになった香奈は急いで自分を取り戻し
反論を試みようとした。が、それより早く父の追加攻撃が始まった。


「じゃあ、なんだい?ってか、そもそもお父さん、住職に向いてないんだよ。お父さんのお父さんだって、
住職とは名ばかりの農家だったし……と言うか、根本的な問題。お父さん、霊力弱いからねぇ」


「……お寺、畳みなよ」


「あははははははvv無理。一応、此処、何の神様だか解んないけど神様が居るらしいから、
下手に畳めば即効で神様が怒って神罰をスペシャルプレゼントされちゃうってvv」


と、トドメの一撃を素晴らしい笑顔で打ち込んできた父に、香奈は神様の神罰よりも速攻な速さで思う。
私の代で寺を畳もう、と。祭っている神が何か解らない時点でもう終わってるだろう。
大丈夫。寺を畳む際はきちんと神様に話しをするから、何処かの住職にでも頼んで。
と言うか、普通神を祭るのは神社ではないのか?


「もう少し、霊力があれば良かったんだけどねぇ。そうすれば、檀家さんや葬式依頼が無くったって
除霊で食べていけたのに」


住職としては無理だが、除霊を専門とする霊能力者としてやっていける。そう言う父に、香奈は思う。
確かに、そうだろう、と。と言うか、そもそもはそれで食べて行く為のお寺だった筈だ、此処は。
その為に、遥か昔に本家が建てたらしいのだから。きっと、今頃は当時この寺を建てた本家の人々は
草はの影から泣いている事だろう――まあ、今の本家の人達は此処の落ちぶれ度は当然と思っているだろうが。


「ま、仕方が無いよ。永遠なんてものは所詮存在しない。どんなに強いものでも時と共に弱まり、廃れ、風化する。
それが自然の摂理だ。お父さんの霊力の弱さも、きっとその自然の摂理だろう」


「―――そして、私の能力無しもね」


「………香奈」


言葉を止め息を呑んだ父、そして恐る恐る自分の名を呼んだ母に、
香奈は気にしていないと言う笑みを浮かべ、口を開いた。


「いいの――別に気にしてないわ。確かに、名門霊能力者一族、神有一族の一人として生きて行くには
致命的なものだけど、普通の人として生きてく分には力が無くったって何の問題も無いんだもの。
それに、此処は元々一族内でも末端中の末端で、何時消えてもいい家だろうしね……」



そして、それは自分が生まれた事で特に顕著になった。何故なら、自分が一族にとって祝福されない子供だったから。
そして、父と母の結婚が祝福されないものだったから。故に、今から13年前の分家の、それも末端に位置する
父と本家の娘である母の結婚は、それは最大のスキャンダルと誹謗中傷を持って迎えられた。






―――神有一族。
本家と、それに連なる多くの分家から成立ち、主に京都を中心とする関西地区とそこに住まう霊能力者達を
統べる超名門霊能者一族。母は―――その一族の本家直系の娘であった。
そして父は今と同じ、一族の分家、それも末端中の末端の息子。本来なら決して結ばれる筈の無い二人が
どうやって出会ったかは知らないが、とにかく出会って恋仲となった。二人曰く正に互いに運命の相手だったと言う。
だが、そこからが問題だった。昔で言えば、天皇の娘と一般の農民程の差がある二人の仲を当然、周りは認めなかった。
母には、本家の娘に相応しい婿をと考えていた母の両親及び親戚は猛反対し、また分家の者達からも
非難の嵐だったそうだ。だが、二人は諦めず、終には駆け落ちして結婚し、自分を身篭り産み落とした。
その結果、母は完全に家から勘当され、父も一族追放こそ避ける事が出来たものの、
代わりに一族内のあらゆる行事への出席を停止させられてしまった。そして、今現在葬式の依頼や
檀家さんが居ないのも、これが多く関係していた。本家に逆らった末端の分家に依頼をするキチガイは誰も居ない。
けれど……父と母の不幸はそれだけでは終わらなかった。
二人の愛の末に、一族にとっては禁忌の末に生まれた自分はまさかの能力無しだった。
一族始まって以来の能力なしの誕生。凶兆の証だと一族は騒ぎたて、両親を責め立てた。
二人が悪い訳ではないのに……そしてその誹謗中傷は自分が大きくなるのと同時に自分にも向けられていった。
しかし、そんな誹謗中傷の嵐から、唯でさえ自分達への風当たりが酷いにも関わらず、両親は強い愛情でもって
今まで守り続けて来てくれた。今自分があるのは、父と母が居るお陰。例え、一族の全てに存在を否定されても、
父と母さえ居れば、自分は生きていける。だから、どれだけ馬鹿にされても、罵倒されても、気にはならなかった。
でも、せめて……せめて自分が力を少しでも持っていれば……此処まで両親が馬鹿にされる事も……


「香奈」


娘の心を機敏に感じ取った父親が、優しい眼差しを向け、その名を呼んだ。
香奈は、ゆっくりと顔を上げて父の顔を見る。


「一族との縁が消え様が、落ちぶれ様が、香奈は気にする事は無いんだよ。寧ろ、僕は一族と殆ど関係が
無くて良かったと思うんだ。確かに神有一族は関西地区を統べる名門一族。けれど時として、それが自由を縛る
大きな枷となる事もあるんだ」


「お父さん」


「僕は、娘には例えどんな物であって、自由を縛る枷を作りたくは無い。娘には無限の自由を与えて上げたい。
自分の進む道を自分で決められる様な………そりゃあね、名門は確かに素晴らしい付加価値だと思う。
でも、それで君が不自由さを味わったり、悲しむのであれば、そんな物はいらない。例え、一族から追放されてでも、ね」


「……うん、そうだね」


「香奈、君は自由に生きなさい。一族も何もかも、そんなものに囚われず、自分の力と意志で君の未来を
勝ち取るんだ。それがお父さんとお母さんの願いだよ」


自分達が自分の意志で、互いの伴侶を選び、全てを捨てでも一緒になる事を選んだように。
優しく語り掛ける父の言葉に、香奈は頷いた。


「さてと、もう7時過ぎだ。急がないと本当に遅刻してしまうよ」


「え、あ、大変っ!」


香奈は急いで昼食を平らげ始める。そんな娘の様子を、両親は優しい眼差しで見守った。









「行ってきま~~す!!」



午前7時30分。町外れの森の中にあるお寺に隣接した一軒家から、その家の娘が元気よく飛び出していく。


「行ってらっしゃい、香奈」


「気をつけて行くんだよ」


町外れの此処から凡そ30分かけて学校へと向かう娘の後姿に、両親は優しい笑顔で
その姿が見えなくなるまで見送ったのだった。





――続く