第六章−1
「お疲れ様、蒼麗」
「華依璃もお疲れ様vv」
港にある連絡船の待合室にてお互いの健闘をたたえ合った。
あの後、船長や乗組員達に私達が手伝った事は内緒にするという事で今回の件に決着をつけた。
いくら非常事態だからといって、子供が手伝ったなんて知られれば彼らが罰せられるかも知れない。
船長達はそれでも私達の行動は表彰ものだと言ったが、最終的には納得してくれた。
だが、何人かの乗組員はせめてお礼をと家に招きたいと言い、それならばと承諾した。
もしかしたら何処かから話が漏れるかもしれないが、そこの部分は何とかして誤魔化せばいい。
乗客にはばれていないし、何とかなるだろう。
「にしても、とんだ事態に巻き込まれちゃったね」
「そうだね〜〜。でも、みんな無事で良かったよ」
乗客達は自分達を無事に港に戻してくれた船長達に泣きながら握手を求めていた姿を思い出し、私は微笑んだ。
此処にも乗客達は十数人ほどいるが、殆どは今も船長達を追いかけて別室で歓声をあげているのが先程トイレに行く際に見えた。
「でも、喜んでばかりもいられないね」
蒼麗の言葉に私は頷いた。
『この船は運が良かったよ』
そう言った港関係者の言葉が今も耳に残る。
出航を見合わせた船が5隻の他、満身創痍になりながらも他の砂浜に数隻が座礁し何とか助かったものの、
他の10数隻はなんと今も嵐の海の中に取り残されているという。
しかも、状況は悪化の一途を辿り、今にも沈没寸前だった。
その為、応援の船を出そうという事になったが、未だ突風が吹き荒れ、波も高く思うようには行かないとの事だった。
だが、こうしている間にも沈没へのタイムリミットは近づいていく。
「何とかしてあげたいな・・・」
「・・そうだね」
此方の世界に不必要に関わる事は禁じられている。
しかし、それでも助けたいと思う気持ちまでは止められない。
その時だった。
「華依璃、少しいいか?」
一等航海士でもあるあの医師が部屋の入り口から此方に手招きしていた。
「船長が重傷?!」
別室に通されると、そこには先程生死を共にした船長達が集まっていた。
乗客は一人も居らず、あるのは緊迫した雰囲気だった。
私と蒼麗が椅子に座ると、船長が重たい口を開き、もたらされた情報に私は開いた口が塞がらなくなった。
「ああ。船長だけじゃない。主立った乗組員の殆どが。機関士達や通信士達は無事だそうだが」
嵐の海を漂っている船の一隻が出してきたSOS信号。
しかし、それは他のどの船とも違い、なんと乗組員達が怪我をして動けなくなってしまったとの事だった。
「たぶん、波にもまれているうちに操舵室内を転げ回ったんだろう」
「でも、操舵する人がいないと」
「ああ。嵐を乗り切っても船は遭難する。だから、操舵できる人物が乗り込む必要がある」
「・・それって、つまり」
「ああ、俺が行く」
「そんなっ!!無茶ですっ!!」
「だが行かなければ船は沈没する!!それに、もう既に何隻かは転覆したんだっ!」
「っ?!」
「投げ出された生存者の一部は他の船が助けたらしいが、まだ多くの者達が海を漂っている。
俺はその人達も助けたい」
「華依璃、私達も何の手段も講じずに行くつもりじゃない。話し合いもした」
航海士の中でも年長の人物がそう言った。
「けど、此処に帰り着けたのは本当に運が良かったんです!!皆さんだってそれぐらい分かってるはずですっ」
「だからこそだ。だからこそ他の皆を助けたい。海で困っている奴らを見捨ててはおけないんだっ」
「だからって・・・・」
「それで、頼みがある」
「え?」
「本来なら、こんな事に巻き込みたくない。いや、本当ならいますぐにでも止めたい。
けど・・・・一緒に着いてきて欲しい」
思わず目を見開き船長を凝視する。
「分かってる。身勝手だと言うことは。けど、華依璃の指示は本当に的確だった」
「ああ、まるで長年危機を乗り越えてきた船長のようだ」
「あの指示がなければぼく達は誰一人として生き延びることは無理だった」
「頼む。一緒に来てくれ」
船長がその場に土下座する。
「来てくれって…………」
「一般人をまたあの危険な場所に連れて行くなんてとんでもないと思う。けど、華依璃だけなんだ。
きっと華依璃が居なければ俺はSOS信号を発している船にすら近づけない」
船長の予感は当たっている。
先程よりも酷くなった雨と風、そして高波はもはや何人たりともその立ち入りを禁じている。
「華依璃ちゃん・・」
蒼麗が不安そうに私の名を呼ぶ。
船長達の必死な思いと、今も危険な状態で海を漂っている船の乗客達。
だが、果たしてこれ以上関わっても良いのだろうか?
私達には今危険な状態になっている人達の運命を変えてしまう力を持っている。
本国は不用意に人の運命に関わる事を禁じている。
これ以上関われば、確実に運命を変えてしまうかも知れない。
「頼むっ!!」
船長立って下さいと叫ぶ部下達の言葉も聞き入れず、ひたすら船長が頭を下げる。
「・・・・分かりました」
「っありがとうっ!!」
怒られたらそれまでだ。
私はそう覚悟を決めた。見れば、蒼麗も嬉しそうに頷いていた。
そして私達は再び船へと乗り込んだ。