第六章−2
今度乗り込んだ船は、一番最初に助け上げられた船よりは小さい船だった。
だが、小回りがきき、船の操舵は最初の船よりもかなり楽だった。
そんな中、私は蒼麗と一緒に隠れてダウジングを行ない、海に漂っている人達に向けて進路を進めていった。
勿論、船長達にはそんな事は言わない。向かう先々で人々を発見し救助出来ている事に驚いている船長達の姿を蒼麗と共に見守った。
「これで50人目だ」
生存者の救出が50人目に到達した。
残念ながら、生命反応の感じられない部分は全て避けてきた。
本当ならば亡くなった人達も全員引き上げて上げたいが、今はそんな余裕はない。
ただただ一刻も早く砂浜へとたどり着けるように祈るのみだ。もしくは、上手くその海流にのせてあげるしかない。
「全員乗り切りれるかな」
「たぶん・・この船は500人乗りだし、何とかなると思う」
問題は、助けられた人達がどれだけがんばれるかだ。
体力も気力も消耗しきっている生存者達。最初はパニックに陥っていた彼らも最初に助けられた方はようやく平静を取り戻し始めたが、
今度は強力な睡魔に襲われていた。だが、はっきりいってこの状態で寝れば確実に死ぬ。
今回の救助に向けて、船長及び志願した乗組員の中には、数名の医師と看護師がおり、医療器具も持ってきたが、なにぶん治療する対象が多すぎる。
乗組員は航海士、機関士、通信士、その他あわせて50名だが、全員が生存者に関われるわけではない。
だが、それでも皆一生懸命に働く。
「華依璃、進路を頼むっ!!」
船長の言葉に、私は次の進路を告げた。
「おい、見えたぞっ!!」
「・・・なぁ、何か様子がおかしくないか?」
ようやくSOS信号を発した船に辿り着いた時には、港から出て1時間近くが経っていた。
また、それまでに助け上げられた生存者は全部で200名にも上っていた。
「船長」
「ああ、確かに変だな」
船を、対象の船から50メートルほどの所で停止させると、船長の指示の元に通信士が通信を送る。
しかし、何度送っても向こうからの返答はない。
もしかしたら海水で通信機材が全てダメになっているのかも。
そう想い、モールス信号が発信された。
だが、モールス信号への返答もやはりなかった。
「一体どうしたんでしょう?」
幸いなことに、ここら一体は風も波も弱く、比較的穏やかだった。
でなければ、舵を取れる人間がいない向こうの船は今頃海の藻屑となっていたに違いない。
「何か異常事態が起きているのかも知れない。船を横付けして乗り移ろう」
「で、ですが」
「何の返答もないぐらいだ。早くしなければ人命に関わるかも知れない」
その言葉に、船員達の目つきが変わる。
自分達は生存者を助けに来たのだ。既にいくつかの船は沈み、多くの者達が今この時も命の火を消しているかも知れない。
ならば、少しでも多くの者達を助け出したい。
「船を操縦する者が必要だというから、操縦技術を持った者が行くべきだろう」
「ですね」
「まずは、私と、景っ!」
医師として働き、丁度操舵室に戻ってきたあの医師兼一等航海士を呼ぶ。
「ああ、ぼくが行くよ」
「他の者達は取り敢ず此処に留まり、連絡後来てくれ」
「分かりました」
「あの、私も行っていいですか?」
「え?」
「何かお手伝い出来るかもしれませんし」
すると、船員達が一斉に不安そうな眼差しを向けた。
って、どういう事ですか?!
「華依璃が此処から居なくなったら不安だよっ」
「そうだよ!!此処にいてくれよっ!」
大の男達が何を言う!
そう思ったが、彼らの様子に私は口を閉じた。
まあ、確かに不安な思いは分かる。
だが、彼らに引き留められても私は向こうの船に向かう気持ちを揺らがすことはなかった。
私の中に生まれた何ともいえない胸騒ぎがすぐに船の中に向かうように警告しているのだ。
「じゃあ、こうしましょう!こっちの船にお守りをおいておきます」
私は紙と筆を持ってくるように頼むと、ほどなく渡された紙に筆でさらさらとそれを書き始めた。
「絶対安全?」
真ん中に書かれた言葉を乗組員の一人が首をかしげながら読み上げる。
ちょうどその言葉の周りを取り囲むように文様を描き、最後に線で結ぶとそれは完成した。
「私の家に古くから伝わるお守りです」
「見たことないやつだな」
「昔、海の事故が多かった時に相談した神社の神主さんが教えてくれたそうです。効果のほどは、このお守りをもった漁師さんは事故に遭わなかったとか」
「とかって……」
乗組員の一人が苦笑する。
すると、それは他の人にも広がった。
だが、先ほどとは確かに場の雰囲気は変わっていた。
「………わかったよ、行ってらっしゃい」
「大丈夫です、すぐに帰ってきます」
本当は自分だって怖いところには行きたくない。
本当ならこのまま船をUターンしてもらいたい。
だが、それが無理なことはわかりきっているし、きっと自分自身後悔するだろう。
それに一度引き受けた事には最後まで責任を持たなければならない。
「それではこのお守りはそこの壁に貼っておいてください」
私の言葉を受けて船員の一人が壁にその紙を貼り付ける。
すると、紙に書かれた文字をなぞるように光が走った。
どうやら上手くいったようだ。
「それでは、早速向こうへと乗り移るっ」
船長の言葉に、船は再び動き出した。