第六章−3
「よ、とーぉぉぉっ!!」
ビッタンと、乗り移りに失敗した。何とか向こうの船に乗り移った瞬間、着地に失敗しデッキの床へと倒れ込んだ。
くっ……もう少し体が身軽だったら!!
確実に私の体が標準より重いという事が原因という今回の失敗に、私はダイエットをしようかと半ば本気で思った。
………って、するってこの前決めたし!!
那木達に邪魔されたが、聖達と約束した事を危うく忘れかけていた自分自身に思わず突っ込みを入れる。
蒼麗はそうでもないが、聖は怒らせると怖いし、よく怒る。
そうでなくとも、蒼麗を危険な目に遭わせている現在、聖はたぶん切れまくりだろう。
あの学園の女王様は蒼麗を溺愛しているのだから。
「そんなことないよ、聖って華依璃ちゃんの事がお気に入りだもん」
「うぉっ!!私の心読んだ?!」
「ううん、口から出てたよ」
って、どんだけ口からだだ漏れなんだ私って……。
「華依璃、蒼麗」
先に船に乗り移り操舵室を見に行った筈の船長の声に、とりあえず後で考えることにして返事をした。
「どうしました?!」
「今、操舵室の方を見たんだが誰もいない」
「え?」
「それは本当か?!」
一番最後にやってきた景が驚きの声をあげる。
「誰もいないってそんなことあるわけないだろ?!」
「それがあるんだ。ただな………」
「どうしました?」
「……いや、実は操舵室の中に入って調べたわけじゃないんだ」
「え?」
「その、扉の窓から中をのぞき込んで………入るのを止めた」
「なら、見えないだけで誰かがいるかもしれない」
早く操舵室に入ろうと言う景に、船長は首を横に振った。
「いや、無理だ」
「なぜ?」
「それは……………おまえらはここでオレに喰われるからだよっ!!」
船長の顔が大きくゆがむ。
ボコンっという音とともに、その姿が変わりだした。
まるで、タコの化け物のような姿に、私は固まった。
「うわぁぁぁ!!」
悲鳴をあげる景。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げる蒼麗ーー
「なんて美味しそうなタコっ!!今夜の夕食はこれで決まりだわ!!」
「はい?」
思わずガクっとその場に転びかける。
蒼麗の目は輝いていた。
と、その腕にどこから取り出したのか、サバイバルナイフが現れた。
「ふっ!あんなに大きいんだったらお刺身にマリネに煮物に、あぁ!食費が浮くよきやぁぁぁぁぁぁ!!」
「ってあれは船長さんだよ!!」
「え?どう見てもタコだよ」
「だって数秒前までは船長さんだったわ!!」
「それもそうだね。ふむ、その美味しそうなタコさん、船長さんはどこにいるの?」
タコの化け物にも生存本能はあるのだろう。
蒼麗のランランとした眼差しに文字通り喰われるという恐怖を感じたそいつは今にも逃げ出したいとばかりに後ずさりしていた。
だが、蒼麗の質問にそいつは空笑いしながら言った。
「そ、そいつなら今頃操舵室でおだぶつだろう!!」
「あ、そうですか」
トンっと蒼麗がその場で軽やかに跳躍すると、あっという間に間合いを詰めた。
タコの化け物が驚きのあまり目を見開く。が、その目玉に蒼麗の跳び蹴りがめり込んだ。
タコの化け物が悲鳴をあげてもんどりうつ。
「あなたの境遇には 心から同情します。けれど、だからといってこんな事は許されない。
闇に染まった魂に救済を」
その言葉とともに、蒼麗はサバイバルナイフを振り下ろした。
タコの化け物が光に包まれ霧散する。
後には、タコの化け物がいたらしい粘着液が残されているだけだった。
「って!蒼麗っ!!」
ここにはまだ景がいる。
普通の少女がそんなにも強いなんてばれたらいったいどうなるか!!
下手をしたらこちらが化け物扱いされかねない。
「貴方たちは」
医師が秀麗な容姿に驚きの表情を浮かべているのを見て、私はどうやってごまかそうかと頭を回転させる。
「………あ、あの」
ジーーとこちらを探るように見る景に、私は半ばパニックになる。
ど、どうしよう!!
はっ!ここは殴るか?殴って記憶を失わせるか?!
いやいやまて落ち着けわたし!!やっていいことと悪いことがある!!
「あのね、華依璃ちゃん」
「うわぁぁぁぁあ!!どうしようぅぅぅぅぅっ!!」
「華依璃ちゃん、だから」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!絶対に化け物扱いされる!!さっきのタコと同類呼ばわりされる!!ってか私ブスだから絶対にタコよりもランク下の扱いされるぅぅぅぅぅっ!!」
「いや、それ自虐過ぎだと。ってか華依璃ちゃん可愛いから」
「あぁぁぁぁぁぁ!!あのタコ、タコと同じ!!…………………ってこんな事してる場合じゃないし!!」
すっかり船長の存在を忘れていた私は思わず自分で突っ込みを入れた。
タコはなんと言っていた?操舵室でおだぶつ!!いや、きっとまだ無事なはず!!
すぐに行かなければ!!
が、再び景の視線を感じその場に固まった。
めちゃくちゃ疑われてる。
「そうか……普通の少女ではないと思っていたけど」
「すいません、ブスで巨体な少女で」
「華依璃ちゃんは可愛いって!!」
「うん、ぼくも可愛いと思うよ」
「あぁぁぁぁ!!きっと化け物って罵られて………はい?」
驚いて景を見ると、彼は優しさに溢れた笑顔を浮かべていた。
「大丈夫だよ。ぼくも同じだからね〜」
「え?」
「君たち、人間じゃないだろ?」
「え?」
まさか、私達の正体を。
「うん、ぼくも同じだから。人間じゃないよ」
「……………なん……どう……して」
驚く私に彼は微笑んだ。
「ぼくの名前は景。改めて紹介するよ。海を支配する蒼海守家に仕えし八分家の一つ、鱗家の次男です」
「……………蒼海守?……って、那木と椎木の家?」
「那木様と椎木様を知っておられるんですか?!……………もしかして、天埜守 華依璃様ですかあなたは?」
「はい、その華依璃です。あのボンクラにいじめられてる」
「え?」
「華依璃ちゃん」
「だって!!いつもいつもあの二人はっ」
「でももう苛めないって言ってたよ」
「それはそうだけど………」
「ふむ、お二人は素直ではないですからね」
「はい?」
すると、景がクスクスと笑った。
「いえ、何でもありません」
「それより、本当にあなたは鱗家の人なんですか?ってかそんな人がどうして」
「100年交代の仕事なんです。うちの家はここの海域のほかいくつかの海域を管理し、不可思議な出来事が起きた場合はそれを解決するのが役目です」
「……もしかして、船長も?」
「はい、あれはぼくの兄です。だから」
ドゴォォォォォォォっ!!
操舵室から爆発音が聞こえてくる。
もうもうとこみ上げてくる煙とともにドアの開く音が聞こえた。
コツコツと看板を歩いてくる音に身構えるが、景が心配ないというように微笑む。
「案外時間かかったね」
「煩いな、なかなかしぶとい奴だったんだよ」
景に負けず劣らずの美しい顔を不機嫌そうに歪ませた船長がゆっくりと此方に歩いてきた。
その手には、先ほどまでなかった鉄パイプが握られている。
「で、その二人は同族か?」
「うん、すごかったよ〜。蒼麗なんて、おまえに扮したタコの化け物を退治してくれたし」
「へぇ?あれをか?と言うことは、どこかで訓練でも受けてるんだな」
「天桜学園でね」
「は?んじゃ……その子、天埜守の」
「うん、那木様と椎木様お気に入りの子だよ」
「なっ?!本当か?!」
「まあ、そうです」
「へぇ〜〜……普通の子供じゃないなとは思ってたけど」
「それが分かってたから連れてきたんだけどね」
「え?」
「君たちの正体についてはぼく達の方でも色々と考えていたんだ。分かっているのは、君たちが害をもたらすものではないということ。それどころか、荒れ狂う海で沈没しかけたぼく達の船をきちんと港まで導いてくれた。だから、信用した」
「君たちも知っているように、俺たちの種族は子供のうちは外の世界に勝手に出ることは許されない。必ず保護者が同伴する。
そうでない場合はすみやかに保護し送還する」
「とはいえ、君たちの様子からして何か事情があるだろうと考えて、とりあえず話を聞いてその上でという事にした」
「が、話を聞く前に連絡が入った」
「この船に異変が起きたというね」
「船長が重症というあれですか?」
「いや、違う。船長は重症なんかじゃない」
「え?」
「最後の通信はこうだ。自分達の船に何かがいる。何かが人を襲っている。そして人が消えていく、だ」
「……そんな」
「だから、すぐに駆けつける必要があった。だが、君たちをおいてはいけない」
「で、一芝居打ったと」
「すまない。君たちの人柄を詳しく知らないうちは、こちらも手の内を明かせない」
「危険な目にあわせるつもりはなかったんだ。ただ、君たちを二人だけ向こうに残しておくのも心配で」
申し訳なさそうに言う景の様子に、あっけにとられていた私はようやく息を吐いた。
確かに、何だか事が上手く行きすぎていたとは思ったが・・。
「けど、まさかあの華依璃様だったなんてね」
「那木様と椎木様が気に入られる方だからどういう人物なのかと思えば・・なるほどな」
ふむ、と船長もとい三津木さんがにやりと笑う。
その不敵な笑みは、彼の精悍で男らしい美貌をより引き立てるものだった。
「海や船への知識も充分。何時蒼海守の家に入られても大丈夫か」
「能力の低さはどうとでもなるしね」
「は?」
今、なんて?
「さて、話がだいぶそれたが、取り敢ず船の中を捜索するか」
「いや、あの」
「生存者を助けなければならないしな」
「いや、その」
「何故貴方が此処に居るのかという理由については、その後で」
有無を言わせない景の言葉に、私はただ頷くしかなかった。