第八章−2








ふと頬に触れた手の感触に私は一気に我に返った。


見れば、先程よりも距離を詰められすぐそこに女性が立っていた。
いや、立っていただけではなく私の頬に手を当てている。


「声も同じ・・・もっとその顔を」

そこまで言った女性はそこで周囲を見回した。

「此処は余りに暗すぎますね」

そう言うとゆっくりと手を横に凪ぐ。
瞬間、廊下の明かりがパッと付いた。

余りの眩しさに思わず目をつぶる。
まるで昼間だ。


いや、船に異変が起きるまではこの明るさだった。


白い光が廊下を照らし、隅々まで明るくする。

「これでよく見える」


女性の声に私は目が眩んでいるにも関わらず瞼を開いた。


すぐ近くに白皙の美貌があって驚いた。
って、このまま少しずれればキスできそうな位置だし!!
しかも、凄く良い匂いが女性からした。


その心地良さに思わず警戒心が薄らぐ。


「三津木があれほど慌てていたのがよく分かりました・・・・・これでは無理もありません」
「あ、あの」
「名は・・華依璃ですよね」
「は、はい」
「海璃という名は?」
「え?」
「海璃という名をご存じありませんか?」
「ご、ご存じって・・・その、友人のお姉さんの名で」
「友人?それは那木と椎木の」
「二人を知って居るんですか?!」
「それは勿論。弟みたいなものですよ」
「弟?・・・あの、貴方は」
「ああ、申し遅れました。私の名は洪凛」
「あ、私は華依璃と言います。天埜守 華依璃です」
「天埜守・・・」
「はい・・・どうしました?」
「いえ、では本当に海璃という名に心当たりはないんですね?」
「いや、ないというか、だから那木達のお姉さんぐらいしか・・・その、何か私にそっくりって・・・って、ちょっとまって下さい!
那木達を弟みたいって・・それは結構つまり深い関係ですよね?じゃあ、もしかして貴方は」
「ええ、貴方と同じ同族ですよ。三津木と景もですね」
「っ?!や、やっぱり!!」
「やっぱりと言うことは貴方も気づいていたのですね?」
「ついさっきです。だって、貴方も三津木さんも景さんもみんな私を見て同じ反応をしました。まるで此処に居ない人を
見て驚くように。死んだ相手を見たかのように。で、貴方は海璃と私を呼んだ。私の知っている海璃は只一人。
その人は私によく似ていて、既に死んでいる。そしてその人が死んだのはもう100年以上前。でも、貴方がたの外見は
30にも見たない。海璃という人が何かの理由で此方に来た時にあったとしても、普通の人間であれば産まれる前であり
計算が合わない。となると、貴方がたは産まれる前に・・・本来なら産まれていない歳に海璃にあったと言うこと。
すなわち、貴方がたは外見どおりの年齢ではないという疑問を持ったんです。そしてそんなに長寿なのは」
「つまり自分の同族でしかあり得ないという事ですか?」
「そうです」
「ふふ、素晴らしい洞察力です」

褒めらた私は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。

しかし、先程の蝋燭に照らされた姿も酷く扇情的だったが、今この蛍光灯の白い明かりの下、
細部まではっきりと見える洪凛という女性は本当に美しかった。髪の毛の一本や爪の先からも気品が溢れ出ているようだった。
その立ち姿はしなやかに伸びる柳を思わせ、こんな時だというのに私はほぅ〜〜とため息を漏した。

こういう人を伴侶とする人は一体どんな人なのか。
こんな素敵な女性に愛される男性はきっととても幸運だろう。

何せこの洪凛という女性の美しさは見かけや外見だけではなく、内面からのものだと言うことは
一目見れば誰もが分かるほどだから。


けど・・・聖にしろ誰にしろ、どうして私の周囲にはこうやって内面も美しい絶世の美女レベルが集まるのか?


本当に不思議である。


「貴方は海璃ではない・・・でも、余りにも似ている」

「それは那木達からも聞きました。凄くよくそっくりだと・・・でも、私は違うんです」


何とか分かって貰おうと私は必死に説明した。
すると、まだ何処か納得していないようだったが、それでも一応の納得を見せてくれた。

「あの、貴方は海璃の何なんですか?」


「それはご想像にお任せします。といっても、別に変な関係ではありませんが。三津木と景との関係は彼らに聞いて下さい」
「は、はい・・・あ」
「どうかしましたか?」

「あの洪凛さんは私を探しに来たんですよね?」
「はい」
「三津木さん・・心配してましたよね?」
「それはもう・・」
「・・・ごめんなさい」
「それは三津木に直接言ってやって下さい。かなり気にしていましたから。自分が目を離したからだと」
「い、いえ!!私こそ勝手に立ち止まって・・たぶんあの時に入れ替わったんでしょう」
「それで、貴方は三津木とはぐれてからどうやって此処まで?よくあの偽物から逃げられましたね」


私は洪凛さんに今までの経緯を話した。






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