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「――――は?」




清奈は思わずあんぐりと口を開けた。その様子に、目の前の人物はにっこりと笑った。


「だから、俺達今日限りで別れようって言ったんだよ」


そういけしゃあしゃあと言い切ったのは、2週間前に恋人同士となったばかりの少年。
それなりに気が合い、特にケンカすることも無く今までやってきた。と言うのに……



「と、突然何が……」

「いや、心変わりだよ。人間よくある事だろ?あ、っていっても別れるからって全ての縁を
切る訳じゃないから。ぶっちゃけ、俺、お前の事が好きだし、友達としてなら大歓迎だからさ!!」


その言葉に、清奈は裏を読み取った。そして、それは何時もと同じく……


「ねぇ……」

「何?」

「もしかして誰か他に好きな人が出来たの?」

「正解!!よくぞ気がついてくれました!!」


彼氏、いや、この場合は元彼氏はパチパチと手を叩いた。


「実はさ、俺この前街で凄く可愛い子を見つけたんだよ!!なんか、こう守って上げなきゃっていう
儚さと可憐さを漂わせてるんだけど、同時に凛とした強さと大人びた雰囲気を纏ってる子でさ。
ああいうのを絶世の美少女って言うんだろ。何せ、すれ違う奴らは男女も年齢も問わずみんな
振り返って呆然と見つめていたからな。しかも、その子が通学しているのはなんとあの名門私立光聖宮学園。
ほら、金持ちとか旧華族とかの良家の子女や、品行方正でめちゃくちゃ頭が良い奴ばかりが通う
学園の!!いやぁ〜〜、最初見たときから絶対良いところのお嬢様だとは思っていたけれど、
まさかあの光聖学園の子だったなんて……俺にとっては正に高嶺の花」


「なら諦めたら」

清奈はばっさりと切り捨てた。しかし、元恋人は諦めなかった。

「で、その子の後をつけた所、なんとこれまた大きなお屋敷で……で、住所とか見たら」

ストーカーかこいつ、と清奈は心の中でだけ突っ込み先を促す。


「なんとお前の家だったんだよ!!」


清奈は半ば予想していた事とはいえ、脱力した。
こいつ…………私の妹に目をつけたわね!!
此処までは正に、何時もと――今までの男達と同じだった。
そしてその後もたぶん……清奈は脱力しながら口を開いた。


「それで?そのあなたが好きになった女の子――私の妹に繋ぎを取ってくれと?元彼女に?」

「そう、そうだよ!!話が早くて助かるよ。神有財閥の令嬢なんて、普通なら俺なんて全く相手に
されないけれど、同じく財閥の令嬢で、しかもその子の姉のお前が助けてくれたらきっと
上手く行くって!!だから――」


元恋人は最後まで言う事はなかった。


繰り出される拳が下あごを直撃し、そのまま空高く舞い上がる――――
そして当然ながら、重力というものに従って地面に落下し、転がっていった。
因みに、二人が居たのは坂道の途中。きっと、かなり下まで転がり落ちていくだろう。
そうして元恋人が目の前から消えたのを見計らい、清奈は手をパンパンと打ち払った。



「さよなら」



日本でも有数の財閥の令嬢――神有 清奈  14歳   


同じく財閥の令嬢であるにも関わらず、今日で妹が原因で男に振られること連続1000回目

















「はぁ〜〜……とうとう連続1000回目に到達しちゃったのかぁ……」


付き合っていた恋人が、何時もの如く才色兼備の妹に惚れた挙句自分を捨てると言う行為が。


深く大きな溜息をつきながら、元恋人と別れてから只管テクテクと家路を歩いていた清奈は、
近くの公園に入る。
ペンギンの形をした水場に向かい、蛇口を捻る。勢いよく出てきた冷水をハンカチに染込ませ、
赤くなった手に乗せると、近くのベンチに腰を下ろした。
夕陽に染まった人気の無い公園が、清奈の心の中を表しているようだった。


「………ま、仕方ないか。西華は本当に可愛いくて綺麗だし、清純可憐で庇護欲もおおいに
そそられて………その上、頭も凄く良くて、聡明で打てば響く様な機知、当然家柄も財力もあって、
極めつけはその性格も極上だから……」


――簡単に要約すれば、妹はまさしく男達の理想を具現化した様な少女なのだ。


幼少時より眩いほどの大輪の花と賞される容姿を持ち、しとやかで大人びた雰囲気を纏った
絶世の美少女として名高かった。また、性格も良いので人望も厚ければ人気も高い。
話しでは学校内外関わらずに多くのファンクラブが設立されてるとの事だった。
華やかな舞台に出ても、なんらその存在感が薄まることはない妹に惚れる男は星の数に昇り、
更には家柄と財力の良さから当家の花嫁にと言う縁談も、豪雨の如く送り付けられて来る。


逆に、同じ両親から生まれた自分はといえば――――




いえば……………




……いえば……………



…………いえば………………



…………………………………





「はぁ〜〜……私って……どうしてこう男運がないんだろう」



清奈は本気で悲しくなった。
自分が今までに付き合ってきた男達の全てが妹を見ると自分を捨ててしまう。
いや、中には最初から妹目当てで、姉である自分を通して近づこうとする為に
恋人になってきた者達も居た。
因みに、その対比は半々という嬉しくないちょっきりと言う比率。
――が、共通するのはやはり同じ。
どの男も、妹を好きになる程には自分を好きになってくれないと言う事。
大きく息を吐き、清奈はごそごそと鏡を取り出し、夕陽の光を反射する鏡面を眺めた。
たぶん……この平凡な容姿がその原因の何割かを担っているのだろう。
清奈は、自分の雀斑のある平凡な顔と、日に焼けた健康的な肌を見詰めた。
容姿居端麗な3人の兄、そして下の妹とは全然違う容姿。同じ親から生まれた兄弟なのに、
どうしてこうも自分は……。



「うぅ…………本当に、このままじゃ恋人どころか結婚も夢のまた夢だわ」



大好きな人のお嫁さんになりたいという子供の頃からの夢も、
これでは本気で換え直した方が良いかもしれない。





「…………………………」





清奈は薄闇を帯び始めた空を見上げた。





「何時か……出会えるかな……」





私を本当に好きで居てくれる人に――


















「蓮理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」





玉座に座するこの世界の帝たる父の怒声が、その広い室内を越えて城内一杯に木霊する。
他の者達は皆一様に首をすくめ、中にはガタガタと震えている者さえいた。
その父の隣に居る母と、怒鳴られた当の本人だけがけろっとしていた。




「一体なんですか?呼び出してそうそう怒声を浴びせるなんて」



「どうしたもこうしたもないわぁ!!そなた、またどこぞの女御に手を出したそうだな!!」



麗しい美顔を怒りで真っ赤に染め、立ち上がる父。自分とそう背丈は変らないものの、
玉座がある場所が自分の居る場所よりも高くなっている分、見下ろされる形となった。
まあ、自分は息子である前に、臣下でもあるのだから、当然といえば当然だろう。
それに、父の帝としての才能と能力は自分も傅くに値する。また、父親としてもしかりだ。


「あなた、どうかそのようにお怒りにならずに」


絶世の美男子と名高い父の隣に立つに相応しい美貌と、王妃としての才能と能力に富み、
現帝の寵愛を一身に受ける唯一の妃にして正妃である母が怒り狂う夫を優しく宥めていく。
はっきり言って、その若々しさとしとやかさは到底20数人もの子供を生んだとは思えない。
しかも……何気に今も御腹に子供がいるそうだ。
兄弟が増える事は嬉しいが、いい加減に打ち止めにしないのか父よ。
生まされる母の身にもなってみろ。とは言え、母の為に痛くないお産。
無痛分娩の発展に自ら力を注いでいる父のことだ。
はっきり言って……更に何人か作るだろう。って、母を愛するその思いには感服するが、
それはどうかと思う。友好国にして同盟国でもある天界や幻獣界、精霊界、仙界の統治者達も
其々愛妻家だが、そんなに子供を作っては……………


(あ、仙界にはばっちり居たっけ)


仙界の四大統治者のうちの二人。東王公と西王母は夫婦にしてかなりのラブラブな仲。
そしてそんな二人の間には、十数人以上の子供が居る。
が、向こうはというと、此方とは違い、その誰もがまだ未婚者らしい。
美男美女が勢ぞろいだというのに……。



「いや、しかしな」



「あなた」



ふと、顔を上げると母が此方にちらりと視線を向けていた。
その眼差しは、悪戯っ子を優しく見つめる母性に溢れた物だった。




「今回のことは、蓮理にばかり責任があるわけではありません」




愛する妻の言葉に、帝は怒りを抑えた。苦労して苦労してようやく妻になってもらい、多くの子供達と沢山の
幸せを授けてくれ、命尽きるまで共に歩む事を誓ってくれた妻にはどうにも強く出られなかった。
勿論、それは愛する子供達、そして階下にいる末息子――蓮理に対しても同じである。
が、蓮理に関しては今回ばかりはそうは言っていられなかった。
何せ、事もあろうか、公爵夫人に手を出したのだから。



「しかし、妃……」


「蓮理。貴方もきちんと申さなければ誤解されてしまいますよ」


「別に、どうでもいいですよ。ま、あの公爵夫人はそこそこ楽しめましたから。流石に夫以外の男達に常に足を
開いているだけありますね」


その言葉に、室内の温度は軽く30度は下がった。







「蓮理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」







再び、帝の怒声が上がった。











「ふんっ。別に僕が何をしようといいじゃないか」



謁見の間からの帰り道、蓮理は鋭く舌打ちをした。
怒り狂う父をなんとか宥めた母が、自分に起きた事情を全て暴露したお陰でなんとかお咎めはなかったものの、
暫くの謹慎を命じられた。面倒な事この上ないが、まあ盛りの付いた雌猫どもに追い掛け回されない所は評価しても
いいだろう。だが……




「僕はまだ300歳だってのに、何だってもう結婚の話が出てるんだ」




確かに、他の兄弟達は早くに結婚したり婚約しているが、それは心から愛する相手が見付ったりしたからだ。
相手どころか、それ自体に興味の無い自分に結婚などは、夢のまた夢の話だ。



「全く、父上も……」



心から敬愛する父。しかし、今回ばかりは言うことは聞きたくない。
ましてや、あんな雌猫どもとなど………。自分を見れば擦り寄り、付随する地位や身分、容姿等でしか相手を
判断しない者達。そして、それらを手にするためには誰にでも足を開いていく女達には反吐が出そうだった。
しかも、自分に言い寄る者達の中には、既に結婚し、かなりの年上の者まで居る。
貞淑を守り淑女を演じながらも、その裏では……。



「まあ、女なんていい暇つぶしぐらいにしかならないけどね」



幼い頃から、天才と謡われてきた自分。そしてそれに相応しい高い能力のせいで、何をやっても面白くなかった。
逆に努力する事が馬鹿馬鹿しくさえ思えた。そして、何時しか何事にも興味がもてなくなった。
堕落し、淫蕩にふける日々。家族が心配するのもわかる。けれど………




「退屈なんだよ」




誰か、自分の飢えるこの想いを満たして欲しい。


蓮理は此処では特に珍しくも無い回廊から見える暗い空を見上げた。