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日本でも有数の神有財閥。
その名の通り、本家とそれに連なる300もの分家からなる神有一族によって明治時代に設立された
大財閥であり、各方面に強い影響力を持っていた。
特に、神有一族の本家がある京都では、神有家は一目どころか十目も置かれる存在であった。
だが、神有家がそこまで目を置かれるのは、何も大財閥ゆえではない。
遥か昔、平安時代から続く神有家は元々別の家業を表立って行っていた。
時代が流れ、何時しかその家業は表から裏に移り、大財閥が家業となったが、それは表の家業としてのみ。
神有家の本当の家業はその裏に回った昔から続く家業。
そして一族達全員が一定の年齢になると、その家業を引き継ぐ。
そうして先祖と同じく幾つもの依頼をこなし、絶対的な信頼を築き上げ、その世界での神有一族の地位を
今も確固たるものとしているのである。
そして、特に日本の古都たる京都では、昔からその世界の筋の人が国内でも多かったせいか、
神有一族の名が強いのである。
そして、そんな神有家の裏家業はと言うと
「あ〜〜……今日はついてなさすぎるぅ〜〜」
彼氏にふられた後、家に帰ろうとしていた神有 清奈。
が、今日は厄日らしく、公園で休んでから家に帰ろうとした所、あれほど綺麗な夕焼けの空が
突然曇天に変わり、あっという間に土砂降りとなった。御陰で傘を持っていなかった清奈は
ずぶぬれとなった。しかも、車が撥ねた泥水を思い切り被ったり、石に躓いてすっ転んだりもした。
そうして、京都中心部の名家や金持ちの家々が連なる区域にある自分の家に辿り着いた時には、
もう誰だか解らないほど汚れまくっていた。
が、清奈にはまだ難関が待ち受けていた。
それは――現在清奈が居る自分の家の門から、自分の部屋のある居住区まで結構な距離があること。
敷地面積300坪。その中央部に清奈が住まう3階建ての純日本風家屋があり、またその近くに離れが
5件ほど、倉が3つほどある。
が、そこまでの距離は……凡そ○○○m。
「くっそ〜〜っ!!」
誘拐や結婚や付き合いを求めてくる者達から身を守る為、車での送り迎えが成されている
兄弟や両親とは違って、何時も此処を歩いて行き来する自分でも、今の状況での歩行は
ちょっと苦行だった。
だって、今も横殴りの風と雨が自分を攻撃しているし(汗)
「って、負けるもんかっ!!」
清奈は決意新たに大雨を降らせる曇天を見詰めた。
が、はっきり言って、全身泥だらけなこの少女を見て、日本有数の大財閥の令嬢だとは
誰も思わないだろう。
が、
「誰です、貴方は」
上空から凛とした声と共に振ってくる。
見ると、タキシードに身を包めた白髪混じりの髪と白髭を生やした紳士。
そのすらりとした体を空中で一回転を決めると、見事に地面に着地する。
しかも、片手に持つステッキはあら不思議。何時の間にか傘に変化し、持ち主を豪雨から守る。
老紳士はその老いても尚秀麗なその顔の表情を消し、清奈を問い詰める。
「今すぐ立ち去りなさい。これ以上進めば、私は貴方を駆逐しなければなりません」
清奈、絶体絶命!!
が、当の清奈本人はと言うと
「この……ボケ執事がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」
その怒鳴り声で、ようやくこの家の執事である老紳士は気がついた。
「ま、まさか、お、おおおお清奈お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ?!」
老執事は何時もの冷静沈着さをかなぐり捨て、震えた指で泥濡れ鼠と化したこの家の令嬢を指したのだった。
「いやいや、清奈様。全く気付きませんでした」
「そうね。でなければ、自分の敷地内で赤ん坊の頃からの付き合いである執事に
攻撃なんてされないものね〜〜vv」
お風呂に入り、汚れを落とし終った清奈は、髪の毛を乾かしながらにっこりと微笑んだ。
途端、老執事があたふたとしだす。
何時もは冷静沈着で仕事も有能なだけに、こういう所を見るとちょっと可愛らしくも思える。
祖父母は世界のあちこちを駆け回っているため、清奈にとっては祖父ともいえるべき相手。
因みに、祖母はこの老執事の奥さんだ。
楚々とした感じの美女で、それは年をとっても変わらず、今も多くの男達を虜にしているとか。
御陰で、老執事――高岡 秋人の心が休まる事はないらしい――と、父が言っていた事もあった。
「で、高岡さん。勿論、襲ってくれた礼はしてくれるのよね?」
「え?……解りました。明日のおやつには、満天堂のイチゴのミルフィーユを5個お届けします」
「やったぁvv」
清奈は大喜びで高岡に抱きついた。品の良いコロンの香がする。なんでも、奥さんからの
誕生日プレゼントらしい。うん、奥さんの物の見る目は確かだ。
「それで、高岡さん。お父様達は?姿が見えない様だけど、もう帰ってきてるんでしょう?」
神有財閥の現会長である父は、仕事が有能なせいか、その処理速度はかなり速い。
そして、終れば他に予定がない限りとっとと家に戻ってくる。社会人としてその姿勢はどうか……と思うが……。
まあ、それは置いておいて……そういうわけだから、清奈が帰ってくる頃には大抵父が家にいたりする。
が、今日は父の姿がない。母の姿も、そして兄達の姿も。
「それが……」
高岡が言いにくそうに言葉を詰まらせる。それで察しが着いた。
「ああ、パーティね。裏の」
裏のパーティ。それは、神有一族が遥か昔から行っている今では裏となっている家業。
その家業を受け継ぐ一族達――同僚達との親交深めるパーティーの事である。
主に、飲み食いして近状の事を話し合うのだ。勿論、何か問題があればそれについても討論がなされる。
その世界で有名な神有家が招待されないわけがない。しかも、父は神有本家の長。
来賓として招かれているはず。
そして
「お母様達も当然招かれたはずね」
長の妻や子供達も、当然ながら招かれているはずである。
特に、子供達は本家の未来の長になる可能性は十分にあるのだ。
「え、ええ。後は分家の方達も何人か」
「それはそうね。分家の方が力がある一族も居るし」
長い歴史の間、本家が衰退し、代わりに力ある分家が本家にとって代わる事もある。
また、そうでなくとも、多くの分家の中でも本家に連なる有力な分家は、こうしたパーティーで
本家同様に招かれることも多かった。そして、パーティーでは、千に近い一族の本家とそれに連なる
幾つかの分家達が会し、和やかに語り合うのである。
――が、実はそれは見せかけの事も多かった。
裏では脈々と続くその世界を司る裏家業。だが、年々その家業を受け持つ一族が減っていた。
それは、その力を持って生まれる子供の数が減ったり、別の家業に転身したりなど様々だが、
中でも同業者達の諍いや蹴落としによって絶えてしまう家も多かった。
下手をすれば、表よりも辛くキケンな裏家業。その為、一族は力のある子供の増加を望み、
その為に力ある者との婚姻を望む。また、勢力争いの為に別の勢力と手を組んだりと、
そう言った駆け引きが、パーティーで行われているのだ。
勿論、全てではない。けれど、そう言った者も確かに居る。
そして、特にそれは分家にその傾向が多かった。
そして、そう言った者達にとっては、神有家の子供達は絶好の的。
何故なら、神有家の血を引くものは分家の細部に到ってまで全員が今の所力持ちなのである。
中でも、特に強い力を持ち、美しい容姿と地位を持つ神有本家の子供達は絶好の婿がね、
花嫁として見られる。
その為、パーティーでは何時も引っ張りダコとなっていた。
清奈以外は。
「まあ、別にいいんだけどね」
きっと、今回だって清奈は呼ばれて居ないはずだ。
因みに、父や母も引っ張りダコである。父の場合は、正妻が居ても娘や姉妹を愛人や
妾にして力ある子供を生ませようとし、母の場合は父親の違う子供を生んで欲しいと迫るのだ。
そしてその子供を引き取るなんて馬鹿な事を言ってくるものも居る。
が、そう言った者達は全て父に葬られている。
と、話はそれたが、清奈は自分がパーティーに呼ばれない事をきちんと熟知していた。
何故自分が呼ばれないか?
それは簡単だ。自分の力はそれほどでもないからだ。
両親や、兄妹達とは違って。
しかも、容姿もそれほどではないし、通っている学校だって自分だけが公立だ。
そんな出来損ない。誰が嫁に貰おうとする。
特に、力のある子供を望む傾向が強い一族達に至っては、思い切り結婚リストから素敵なまでに外されている。
また、そう言った傾向に疎い、一族からも、出切るならば容姿が良い方が良いとやはり結婚リストから外されていた。
まあ、そう言った傾向に疎く、力のある子供がきちんと生まれてくる神有家だけは、自分の出身一族でもあるせいか、
そう言った風当たりは少なかったりするが。
だが、分家の中には、小うるさく言うのも中にはきちんと居る。
そして、大抵が父や四天王にボコられているが。
四天王――それは、叔父や叔母達の事だ。
「じゃあ、今日は泊まりかしらね」
「いえ、それはないでしょう。下手に止まれば夜這いかけられます」
そういえば、それでお母様が襲われかけて……まあ、勿論無事だったが。
「それに、清奈様を一人で此処に置いておくなどしませんって」
「一人じゃないわよ」
家政婦や使用人がわんさか居る。
それに、一族の者達もいる。
「でも、血の繋がった家族ではありませんし、いくら一族とはいえ本当の家族とは違うでしょう」
「血は繋がってなくても家族です」
その言葉に、物陰に隠れていた家政婦や使用人達は一斉に持っていたハンカチで己の涙をそっと拭った。
そして、家政婦や使用人達の清奈に対する愛情はよりいっそう増すものとなる。
「それに、一族の人達も私の本当の家族です。この家で暮らしてるみんな私の家族同然です」
すると、影から見守っていた一族の人達も熱くなる瞼を手で押さえる。
「いえ、そのお言葉は嬉しすぎるのですが……そもそも、今日だってパーティーに行く際には清奈様を
ギリギリまでお待ちしてましたからね」
清奈が来るまで行かないと駄々をコネまくった家族達。時間が間近となり、ようやく出発したが、
それでも未練タラタラだった。
そんな、清奈を溺愛する家族が帰ってこないはずがない。
あの家族にとっては、どれほど清奈が大きくなってたくましくなったとしても、その目には
ひ弱で可憐な少女にしか映らないらしい。
って、今日はその右腕の拳で元彼をノックアウトしてきたのだが……。
「別に、もう子供じゃないんだし大丈夫だって………」
ちょっと感じた嫌な予感。だから、既にその足は自分の部屋に向っていたのだが――
キキィィィィィィィィィィィィィィッ!!
表から車の急停止の音が聞こえてきた。
そして
ズドドドドドドドドドドドドドドドっ!!
「「「「「「清奈(お姉様)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」」」」」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!来ちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
「清奈様、帰ってきたというのですよ、この場合」
冷静な高岡の突っ込みも耳半分に、清奈は自室に逃げ帰ろうとする。
そして、部屋に鍵をかけて、引篭もり――ではなく、閉じこもりで
が、遅かった。
「清奈ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
一番最初に飛びついてきたのは、絶対に二十代にしか見えぬ母。
そして、父、兄達、最後に妹。
当然ながら
「ぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
清奈が圧死しかけたのは言うまでもなかった。