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「まあ……だから、そんなに疲れてたのね」
明くる朝、教室にて痛む体にうめき声を上げていた清奈に、親友である石崎 千鶴がくすくすと笑った。
その気品漂う様に、クラス内の男子の視線が釘付けとなる。
って、私が笑った時には見向きもしないだろ、お前ら。
しかし、男子達の気持ちも分る。千鶴のまるで我が子を慈しむかの様な優しさに溢れた笑顔は、
長年の付き合いである自分ですら魅入ってしまう。
そんな千鶴は正真正銘の正統派和風美少女だった。
肝斑一つ無い白く滑らかな肌とは対照的な腰まである長い黒髪と黒い瞳を持ち、非常にたおやかで
楚々とした美貌は古風で清楚な大和撫子を思わせる。
しかもスタイルも抜群によく、同性ですら惑わせる色香を放っているのだ。
反対に、自分は思い切り10人並。
色素が抜けた生まれつきの茶色の髪は手触りも悪く、鼻の上には雀斑が散っているばかりか、
肌も黒めでスタイルは寸胴というのが相応しい。色気?そんなものは微塵も存在しない。
「そんなに痛むのならマッサージして差し上げましょうか?」
その言葉に、男子生徒達が一斉に俺も俺もと叫び出す。
それを一睨みで黙らせながら、その申し出を断った。
「いや、遠慮しとく」
「あら、清奈でしたら喜んでして差し上げるのに。もう至る所までしてさしあげますわ」
男達が再び騒ぎ出す。今度は筆箱を掴んで一番近かった相手の顔面に叩付けて黙らせると、再度千鶴に断りを入れる。
ってか、丁重にお断りさせて頂きます。
「残念ですわね」
「また今度御願いするわ」
たぶん永久に御願いする事はないだろうけど、取り敢ずそう言っておいた。
「そういえば、清奈は参加しますの?」
「へ?」
「あら、昨日言ってましたでしょう?この学校で肝試しをしましょうって」
「……あ〜〜、そういえばそんな事も言ってたっけ」
確か、クラスの誰かが明日の夜に校内を使って肝試しをしようとか何とかを言っていた気がする。
が、元々そういったものに興味がない事もあり、右から左に聞き流していた。
「全く馬鹿な事を………んで、いつだっけ?」
「今夜ですわ」
「へ〜〜今夜………って、今夜?!」
清奈が驚きに声を上げる。
って、それってマジ?大マジ?!
「ちょっ!それやばいって!!今夜は新月なのよっ!」
月の無い夜――新月は月が満ちた満月よりもやばい時だ。
なのに何処の世界にそんな時に肝試しなんてやる馬鹿がいる!!
しかし、千鶴は淡々と言った。
「そうですが、普通の人には新月も満月も関係在りませんわ」
辛辣な千鶴の物言いに、清奈はは言葉を詰まらせた。
確かにそうだ。何処の世界とは言ったが、それは自分達のであって、普通の人には当てはまらない事がある。
いや、普通の人であれば千鶴の言うように新月も満月も同じようなものかもしれない。
「けど、今夜は最悪に危ないわ!!特に午前0時前後には何が起きるか分らないのよ?!
しかも、こんな場所で肝試しなんてすれば何を引き寄せるかっ」
「それも、普通の人では分りませんわ」
「分らなくてもそんな危ないことは止めさせなきゃっ!」
「止めさせられますの?相手はあの子ですわよ」
ちらりと後ろに視線を向けてそう囁く千鶴に、清奈もあわせてそちらに視線を向けた。
千鶴の視線が向かう先にいるのは、このクラスでもリーダー格の子だった。
ゲッと、反射的に清奈の口から小さなうめき声が漏れた。最悪な相手である。
その子は容姿こそ千鶴に少し劣るものの、数多くの雑誌のモデルとして活躍するほどに可愛らしい子だが、
その性格に関しては最悪としか言いようがない相手なのだ。
何でもかんでも自分が中心でなければ気が済まず、自分に刃向かうものは徹底的に苛めぬく。
この学校で起きている苛めの8割は彼女が主犯だとさえ言われている。
また男に対しての顔と女に対しての顔が違いすぎ、そのブリッコさ加減には清奈でさえ呆れを通り越して
尊敬さえしてしまったのが記憶に新しい。
と、その当のブリッコクラスメイトが此方にやってくる。
「何を騒いでいるのか知らないけれど、煩いわよ」
居丈高、高慢に溢れた女王様のごとく窘めてくる相手に、清奈は一瞬気圧されたものの、すぐに我に返った。
「あのさ、肝試しなんてのは止めた方がいいわよ」
「何ですって?」
ブリッコクラスメイトの顔が更に恐ろしいものへと変わるが、清奈は気にせずに続けた。
「貴方は知らないと思うけど……夜は月が支配する時間。月の光は神聖にして清浄なる力を持つと
同時に、闇と魔を支配しその秩序を司る」
太陽が光と聖を統べしものであるのと同じく、月は闇と魔を統べしもの。
「けれど、今夜は新月。月の力は弱まり、同時に闇と魔を縛る枷が外される。つまり、それは本来
動きを封じられている者達にとっては自由に動き回れる時間という事。特に、真夜中は危険がつきまとうわ」
「はぁ?あんた頭可笑しいんじゃない?一体何語喋ってるのか全然分らない」
ブリッコクラスメイトがそう嘲笑すると、取り巻きの少女達もクスクスと笑い出す。
その様子に、清奈は歯がゆさに手を握りしめた。
自分にとっては、これほど大事な事はないというのにこのブリッコには全く効果はない。
勿論、自分とこのブリッコの家の事情は違うのだから仕方がないのも事実だ。
「なら、はっきりと言うわ。そんな馬鹿な事は止めなさい。後で後悔するのは私じゃなくて貴方達なのよ」
「っ?!煩いわねっ!!なら、あんたが来なきゃいいだけの話でしょっ!!」
「良いから人の忠告は聞きなさいっ」
「嫌よっ!!」
「死んでも構わないのっ?!」
自分の言葉に従わない相手に、とうとう清奈はその言葉を叫んだ。
その瞬間、教室内が静まりかえる。
「いい?自分にとっていくら興味半分でやったとしたって、それら全てが冗談ですむものじゃないのよっ!!
怖い目に遭いたくなかったら、そんな事はやめなさいっ!!」
その剣幕に、クラスメイト達はおろか、ブリッコクラスメイトとその取り巻き達も小さくなる。
そしてついに
「わ、わかったわよ……やめればいいんでしょ?やめればっ!!」
ブリッコクラスメイトは観念したかのように、そう叫んだ。
その言葉に、清奈は安堵する。と、静まりかえった教室に担任が入ってくる。
どうやら気付かないうちに一時限目のチャイムがなったらしい。
「ん?どうした?」
教室内の異変に気付いたのか担任が声をかけてくる。
しかし、それに応える者はなく、それぞれが席へと戻っていった。
そして何事もなかったように授業が始まったのだった。