1−3
バンっ!!
暗闇に包まれた校内に、激しく何かをたたく音が響き渡る。
そのあまりの音の凄まじさに、さすがの彼女達も慌てた。
「ちょっと落ち着きなさいよ」
「これが落ち着いていられる?!」
怒りのあまり、自分の取り巻きの言葉に怒鳴り返す。
「確かに、私もあの女にはいらつくけど」
「いらつくなんてもんじゃないわっ!!」
せっかくこの私がクラスの交流を深めてあげようと計画した肝試しに、わざわざ参加させてやろうとしたのに...あの女っ!!
「神有 清奈!!むかつく忌々しい女だわ相変わらずっ」
そしてバンバンと壁を殴り続ける自分達のリーダーに、取り巻き達は必死に宥めにかかる。
何時もの自分達のたまり場と違って、ココは夜の校内。それも、肝試しをする為に無断で忍び込んでいるのだから。
さすがに午後十一時というこの時間に教師達はいないだろうが、見回りの用務員はいる筈だ。
下手に騒げば駆け付けてくるかもしれない。
「そうなったら、他の奴に押しつければいいのよ」
今、自分達と同じくこの 校内を回っている他のクラスメイト達にすべて押しつければいい。
というか、そんな事も頭が回らないのか。
そうして怒りまくるリーダーに、彼女達はため息をついた。
放課後からずっとこうだった。
一度は、清奈の剣幕に止めると約束したが、だからといって自分達が黙っている筈もない。
清奈と千鶴という邪魔者が下校した瞬間、クラスメイト達に肝試しの続行を伝えた。
何人かは清奈の剣幕を思い出して辞退しようとしたが、自分達がそれを許すはずもない。
強引に脅し、教師達が全員帰るまで外で時間をつぶした後、肝試しは無事に開催された。
しかし自分達のリーダーは、開始の時刻である午後10時に学校に来て実際に肝試しが始まってからもその怒りは収まらなかった。
こうなったら、とことん怒らせておくしかないだろう。
「けど、何もないわね」
「やっぱり、ただの噂じゃない?」
「だと思ったわ。そうそう、あるわけないじゃない」
それを聞いたのはただの偶然。
この学校には昔から伝わる言い伝えがある。
神が姿を消し、集いて現われし月
神が現われ、姿を消し日
学びの宮に伝わりし7つが揃えられるなば
鏡の中にそれはあらわれる
それを見た者はすなわち永遠を授かるだろう |
詳しいことは知らない。
しかし、ただ単純に面白そうだと思った。
そして調べていくうちに、その内容に当て嵌まるのは今日しかないと分かった。
今日を逃せば、来年になる。だから、急いで計画を立てた。
クラスメイト達を巻き込んだのは、雑用が必要だったから。
自分達だけで用意するのには人手が足りない。しかし、詳しい事情は何も知らせない。
ただの肝試し。当然だ。おいしい所は全部自分達が貰うのだから。
しかし
「もうすぐ十二時になるわ」
「うわっ!さすがにもう帰らなきゃやばくない?」
どれほど待てど、条件を揃えても何も起こらない。
流石に疲れてきた彼女達は帰ろうかと話し出す。
「ねぇ、どうする?」
リーダーに声を掛けたときだった。
突如、その場が真っ暗になる。
「きゃ?!」
「な、何?!」
「ちょっと!!誰が懐中電灯を消したのよっ!!」
口々に騒ぎ出す。はやく灯りを!と叫ぶ声が部屋に響き渡る。
「全く、ふざけてんじゃ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」
絹を切り裂く悲鳴。
「なっ?!どうし」
そして彼女達は見た。
決してみてはならない、そのものを
「お姉様、一緒に勉強しましょう?私、月曜日に社会のテストがあるから教えて下さいな」
「ごめん、今社会は出張中よ」
自室の机に向かって一人宿題をしながら、清奈は後ろから聞こえてくる声に淡々と応えた。
もうすぐ夜の1時。夕食後すぐにとりかかり始めたのだが、苦手な教科の為か思ったよりも時間が掛かってしまった。
明日は土曜日で休日とはいえ、早くやってしまわないと朝に差し支える。
「では、数学を教えて下さいな」
「あ〜〜、今買い物に出かけたわ。因数分解に必要な材料を買いに」
「それでは理科を」
「社会さんの出張についていったわ。国語ならいるんだけど」
「勿論国語もありますわっ!!」
「あ、たった今開店休業中になっちゃった」
「お姉様っ!!」
次の瞬間、ドスンっという衝撃を背中に受けた。
グェッと潰れた蛙のようなうめき声が口から飛び出る。
って、苦しい!マジ苦しいって!!
「お姉様、私本気で御願いしてるのよっ!」
「本気だったら余計に私に聞くべきじゃないって!」
そう叫ぶと、お腹に力を込めて一気に後ろからしがみつく相手を振り払う。
「きゃっ!」
小さな悲鳴と共に、相手は後ろのベットに倒れ込んだ。
但し、その衝撃は弱かったらしく、ポスンっと小さな音が聞こえるのみ。
当然だ。手加減して上手くベットの上に倒れるようにしたのだから。
清奈はキャスター付きの椅子をくるりと回してベットへと向き直り、座り込む相手に目をやった。
そこに居たのは、自分にとってはなじみ深い、けれど誰しもが認める美少女だった。
長く艶やかな黒髪。黒曜石の様に輝く大きな瞳。
華奢且つ非常に繊細な造りをした形良い顎と鼻筋と、瑞々しい木苺を思わせる紅い唇。
白く滑らかな肌に至っては薄暗い中も淡く光るかのようであり、また年齢に似合わない色香と儚さを纏った肢体は
これまた年齢に似合わないほどに成熟した抜群のスタイルを誇っていた。
そんな、同姓すらも見蕩れ羨望する程の可憐な美貌を持つ美少女の名は神有 西香。
神有当主夫妻の次女であり、つまり清奈の妹だった。
自分の妹が愛らしい美貌に不満げな表情を浮かべて此方を見上げてくるのを、疲れた様子で見返しながら、清奈は口を開いた。
「私は自分の勉強で精一杯なの。だから、テストの勉強はお兄様達に見て貰いなさい」
ってか、こんな時間に部屋に入ってるんじゃない。
「私はお姉様に教えて貰いたいんですっ!!」
そうしてテキストを差し出す妹に、清奈は切れた。
「だから!たかだか普通の一般レベルの公立しか受からない私が、名門中学で既に大学レベルの勉強をしてる西華の学校の
問題なんて解けるはずがないでしょうがっ!!」
何時もは聞き分けがいいくせに、どうしてこうなのか。西華は時々とんでもない事を自分に求めてくる。
「お姉様なら出来るものっ!」
「出来るかっ!」
何を根拠に出来ると言っているんだこの妹はっ!!
しかし、妹も粘る粘る。
「今日の私は違いましてよっ!!お姉様が私と勉強して下さるまで絶対に此処を動きませんっ!!」
「何の嫌がらせよそれはっ!!」
美貌や能力だけではなく性格もいい妹は、誰からも愛され人気も高く人望も厚い。
その上、しとやかで大人びた雰囲気を纏うその姿は正しく女神のようであり、多くの者達から女神と崇め奉られていた。
聞いた話では通っている学校でも多くのファンクラブや信望者が存在しているという。
なのに、今の妹にはその欠片さえ伺えない。まるで小さな子供のように駄々をこねてくる。
「ってか、他の人には常にしとやか且つ大人の雰囲気で聞き分けよくしている上のにどうして私の時はそういう風にしてくれないの?!」
清奈の言うとおり、西華は他の人には常にしとやか且つ大人の雰囲気で接し、また控えめだけれど冷静さに富んだ行動をする。
なのに、何故か清奈に関しては、このように我儘めいた事ばかりするのだ。
勿論、そうやって我儘を言ってくれるのはそれだけ信頼されている証だろうし、自分が元気がない時には気遣ってくれたりとする優しい妹でもある。
全体的に見れば本当に極上の良い性格をしていた。しかし、はっきり言って他の人に比べれば西華に一番我儘を言われるのも自分だった。
「いいから、とにかく今日は部屋に帰って寝なさい。そして明日お兄様に教えて貰いなさい」
「嫌です」
「西華っ!」
「酷いです酷いですっ!!お姉様は私の事なんてどうでもいいんですわっ!!」
「んなっ?!」
どうしてそんな話になる。
しかし、その大きな瞳に朝露の様な涙を溜めた妹に、清奈はたじろいだ。
その姿は、普通の男、いや同性ですら思わず抱きしめてしまいそうなほどに可憐であり、例え自分が悪くなくても思わず誠心誠意謝ってしまいそうな力を持つ。
「私はお姉様と一緒に勉強したいんですっ!!」
そう言ってにじり寄ってくる妹に、清奈は後ずさった。
「いや、だから」
「お姉様は私のことが嫌いですの?!」
そうして見上げてくる西華。
きっと自分以外の相手ならば、今流行の白いレースをふんだんにあしらったネグリジェを身につけた、]
可憐で愛らしい西華のこの問いかけに思い切り首を横に振るだろう。
「ねぇ、お姉様?」
油断した隙に、西華がベットから居り、ぴたりと抱きついてくる。
身長の差から視線をおろせば、服の合わせ目から垣間見える深い胸の谷間と大きく形作られた胸のふくらみが目に入った。
また、押しつけられる柔らかく張りのあるその感触は、男であれば瞬時に理性を飛ばす代物だろう。
それこそ、まず間違いなくその胸に顔を埋め、貪りつくそうとするに違いない。
そして何よりも
「ねぇ、お姉様ぁ?」
甘く艶を秘めたその笑みと濡れた大きな瞳での上目遣いは、それを向けられたが最後、相手は確実に堕ちる。
但し、清奈は奈落の底に堕ちるのを踏みとどまった。
「西華、良い子だから部屋に帰って寝ましょう?」
「チッ!」
チッ?!
「え、今舌打」
「お姉様ってば宿題のし過ぎで疲れてるようですわ」
舌打ちしなかった?と聞く前に、西華が口早にそう言った。
………西華の言うとおりかもしれない。そうよ、西華が舌打ちなんてする筈がないもの。
そう半ば自分に思い込ませていると、西華がニッコリと笑った。
「それでは、仕方在りませんわね。勉強は諦めます」
「西華……」
「その変わりといたしまして、ボディートークを致しましょう」
「はい?」
何それ。
すると、西華が妖しい笑みを浮かべて近づいてくる。
「大丈夫ですわ。何も怖いことはありません。只、私に全てを任せて黙っていて下さればよいのですから」
そう言ってにこやかに笑う西華のその笑みは壮絶なまでに美しく艶やかだった。
その魅力と迫力に、清奈は思わず頷いた。
「ふふvv良いこね?お姉様」
ふわりと、西華から花の匂いが香る。不思議だ。西華は香水の類を全くつけていないというのに。
しかし、その香りはそこらの香水とは比べものにならないほどに甘く扇情的なものだった。
「さあ、お姉様。姉妹の仲を深めましょう」
ゆっくりと、西華の顔が近づいてくる。
しかし、甘い香りにおかされた頭と体は重く、逃れる事は出来ずただ近づいてくるのを待つのみ。
そして、西華の唇が姉のそれに重なろうとした
その時だった。
ジリリリリリリリリリ
耳をつんざくような電話のベルが木霊する。
それは、自分の部屋専用に置かれた電話機のものだった。
実は清奈の部屋は他の家族とは違い、母屋ではなく、廊下で繋がっている離れの一室に住んでいた。
その為、いちいち母屋まで電話をかけにいったり、または取ったりするのが面倒だと専用の電話をつけて貰っていたのだ。
そしてそのベルが、危機に瀕していた清奈を救う。
一瞬にして我に返った清奈は西華の手から逃れると、急いで電話へと向かい受話器を取った。
「はい、もしもし?あ、千鶴?どうしたのこんな時間に」
『それどころじゃありませんわ!!大変ですのっ!!』
「大変って?」
続く千鶴の言葉に、清奈の顔からみるみるうちに血の気が引いていった。
「なんて馬鹿な事を!!」
あれほど肝試しを止めろと言ったのに、それを無視して行ったなんて………。
しかも、そこで何か異変が起きたらしいなんて!!
話の内容はこうだった。
10数分前。自室にて眠りに落ちていた千鶴は一本の電話によって叩き起された。
電話の相手は、クラスメイトからだった。夜遅い時間の電話に千鶴がどうしたのかと聞くと、必死に助けを求めてきた。
その様子に冗談ではない事をすぐに悟った千鶴が何とか落ち着かせて話を聞き出すと、今現在学校に居て肝試しを行っていた事、実は肝試しが
ブリッコクラスメイトの手によってあの後続行される事になった事を説明してきたという。
その後、今どういう状況なのかを聞こうとしたが、向こうで何か起きたのか大きな悲鳴が上がった後、電話は切れた。
「あれほど言ったのに!!」
『仕方在りませんわ。きっと皆、怖かったのでしょう。それに誰もこんな事が起きるとは予想もしてなかったと思いますし』
「けど実際に起きちゃったわ。ううん、起きてからでは遅いのよっ!!分った、すぐに学校に向かうわ」
『な?!危険ですわ清奈!!それよりも、一族から誰かを出して向かって貰った方が』
「これは私の落ち度。一族にまで迷惑はかけられないわっ!」
『清奈っ!待っ』
ガチャリと強引に電話を切る。
そのまま暫く、清奈は受話器に手を置いたまま目を閉じた。
心を落ち着かせ、これからやるべき事を頭の中で系統立てる為だ。
ゆっくりと大きく息を吐きながら、清奈はゆっくりと目を見開いていった。
「何処かにお出かけですか?お姉様」
ビクリと清奈の体が震える。
完全に忘れていた。この部屋に居るのは自分だけではなかったと言うことを。
「お姉様?」
後ろで全てを聞いていただろう妹の呼びかけに、清奈は恐る恐る後ろを見た。
「…………………」
にっこりと笑っている西華。しかし、その瞳は全く笑っていない。
「西華、あの」
「いけませんわ、こんな時間に外に出るなんて」
「って、そんな場合じゃ!!」
早く行かないとと焦る清奈は、何とかして見逃して貰おうと説得に掛かる。
しかし、電話のやりとりを聞いていたにも関わらず西華は中々納得してくれず、そうこうしているうちに、清奈は西華に事の状況を一から話してしまう。
また、学校でのブリッコクラスメイト達との言い合いについても事細かに説明した。
「だから御願い!!見逃してっ」
清奈は必死に頼み込む。
どうにかして西華に見逃して貰わなければ元も子もなくなってしまう!!
「御願いっ!!」
叫ぶように言った。
そしてしばし沈黙がおちた。
1分、2分、3分…………
時間が経つにつれ、早く行かなければならないという焦りも加わり始めていき、清奈はもう一度頼み込むべく顔を上げた。
が、その前に西華が口を開いた。
「仕方ありませんね」
「西華・……」
西華の言葉に、清奈は自分の御願いが通じた事が分った。
「それでは、此方に着いてきて下さいな」
「え?」
「今の時間、正面玄関から出るおつもりですか?そんなことをすれば門番にすぐに捕まってしまいますわよ」
表の仕事である財閥もそうだが、裏の仕事も危険を伴うため、この家の警備は厳重になっていた。
正面の門には3人、裏門には2人、そして庭にも数人の人間が警備のために交代を組んで見回りを行なっている。
下手に動けば見つかって騒ぎになるのは目に見えていた。
「抜け道を一つ知ってますの。そこからなら、誰にも気付かれずに外に出られますわ」
「西華、ありがとう」
思わぬ妹の強力に、清奈は嬉しくなり妹を抱きしめる。
すると、西華も抱きしめ返してくれた。
そして、耳元で囁く。
「お姉様の為ならば、私はなんだってしますわ」