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ガチャリと電話を切られ、ツーツーという音だけが虚しく耳に木霊する。
千鶴は大きく息を吐いた。


「清奈……」


清奈に電話を切られた後、無茶をしかねない親友を止めるべく、そしてクラスメイト達を助けるべく神有一族本家に電話をかけた。
本来ならばこのような時間の電話は無礼に当る。しかし、自分がその世界では神有家よりは劣るものの、あの石崎家の娘として
歓迎はされずとも礼儀正しい対応でもって、10分少々という短い待ち時間の末、当主に連絡をつけられた。
はっきりいって、通常であれば1時間以上待てされてもおかしくはない。


真夜中とはいえ、清奈の父である当主はとても優しく対応してくれた。
自分の父の長年の友人でもあり、自分が親友の娘、そして己の娘の友人という事もあるかもしれない。
千鶴は突然の電話を詫びると共に、直球で用件を切り出した。


自分達の通っている学校でクラスメイト達が危機にさらされていること。
そして、清奈がそこに飛び込もうとしていること。


当主はすぐに事情を察してくれ、協力すると約束してくれた。
そして折り返し電話をすると約束してくれたのだった。


しかし


ほどなくかかってきた折り返しの電話に、千鶴は唖然とした。

電話の内容は思っても見ないものだった。



神有家はこの一件には一切手を出さない



それは、先ほど当主が約束してくれたものとは正反対だった。


電話の相手は、清奈の妹である西華。
何時もと同じく玉響の如き声音で、千鶴にとって到底許容できるものではない報せを齎してくれた。


唯一、許容納得できたのは清奈を学校に行かせる前に止めたということだけ。


しかし、それもその後の言葉に千鶴は言葉をなくした。


『そうそう、お姉様ですけど明日にでも転校届けを提出するつもりです。転校先は私が通う学校の高等部。
千鶴、もしお姉様と一緒に居たいのなら貴方も転校することね。大丈夫、貴方の学力ならばすぐにでも編入できるでしょうから』


そして切られた電話。
千鶴の中に胸騒ぎが起きたのはそれとほぼ同時だった。


「清奈………」


電話での西華の様子では、例え今自分が清奈に会いたいと訪れても拒否してくるに違いない。
そして自分には、その拒絶をねじ伏せられるだけの力は持たない。


神有家の至宝の宝


その世界で名高い名門一族である神有家



西華はその神有家にとってはそれこそ大切な大切な掌中の珠


美しく気品に富み、聡明にして文武両道。その上成長すれば、現当主はおろか次代当主にさえ勝ると言われる潜在能力を持ち、
また数多の術に精通している歴代の神有家の能力者の中でも1,2を争う実力者としてその将来を大いに期待されている。


また、美しくしとやか且つたおやかな西華を慕うものは数多く、一族の者達ならば彼女の為にはどんな事だってする。


それに比べて、自分は石崎の娘とはいえ、己が持つ能力はそう強くはない。
一族の者達は慕ってくれているが、もし神有家と全面対決ともなれば石崎の立場はかなり悪くなるだろう。
勿論、一族の者達はそれでも慕ってくれるだろう。両親も力を貸してくれるかもしれない。


しかし、そんな一族を危機に陥らせる決心はどうしても千鶴にはつかなかった。


とはいえ、清奈の事も見てみぬふりは出来ない。


「何か方法は……」

どうにかして、清奈と連絡をとる方法はないだろうか。
千鶴は部屋を見回し、ふと押入れに目を留めた。

「そうだ、あれなら」

もしかして、あれならば神有家の結界を越えて連絡を取れるかもしれない。




両手を振り上げ、目の前の扉を思い切り叩きながら声を張り上げ――ようとして、清奈はハッとして思いとどまる。

「って、んな事したら此処から出してくれるかもしれないけど学校には向えなくなるよね」

此処は、中庭――母屋と離れの間の丁度中間辺りに作られた場所にある倉庫。
距離にすれば、30m離れているかどうか。
なので、当然此処で大騒ぎすれば気付いてもらえるだろう。
しかも、今は母屋は電気がつけられ、人の行き来や話し声も微かに聞こえる。十中八九成功する筈だ。

しかし、それは此処から出して貰えるというだけに関してだ。

そもそも、自分は誰にも知られずに一人中学に乗り込むつもりだった。
なのに、ヘタに騒いで家の者達に此処にいる事が分かれば当然ながら事情を聞かれるだろう。
そうなれば、自分の計画はバレ、全力で咎められた挙句に、部屋に戻されて見張りをつけられる筈だ。
中学に向かうどころの話ではなくなってしまう。

「あ、危なかった……」

幾ら急いでいるとはいえ、わざわざ自分から狼の巣に飛び込んでいく真似は避けなければ。

「けど、早くしないと西華が戻ってきちゃうし……」

西華が居なくなってから10分は経過しただろうか。
妹は此処に戻ってくると言っていた。
となれば、早く何とかしなければ妹は戻ってきてしまい、きっと朝まで此処から逃げ出せなくなってしまう。
同時にそれは、クラスメイト達を助けられなくなってしまう事を意味する。

しかし、照明一つさえ持っていない清奈に出来ることは殆どなかった。

「うぅ……せめて懐中電灯があればなぁ……」

妹が持っていたのとは別に、自分が持ってきた懐中電灯。
しかし、それが入った巾着袋は西華によって取り上げられたまま。

おかげで、倉庫の中に何か役立つ物はないかと探すことすら出来ない。


「ああもうっ!どうして今日は新月なのよぉっ!」

せめて月さえあれば、その光によって少しは周囲が見渡せるというのにっ!

「ちくしょうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

清奈は思い切り手を振り回してその場で大暴れした。
と、振り回した手が何かに当たる。続いて、何かが落ちる音がした。

「ん?」

ゴロゴロと自分の足元に転がってきたそれを掴み、感触を確かめる。
柔らかくて、スイッチみたいのがあって………。

清奈はそのスイッチを押してみた。

カチっという音と共に、白い明かりが辺りを照らした。

「っ?!これってっ!」

清奈は驚いた。それは、自分が幼い頃に持っていたウサギのヌイグルミだったからだ。

「もう無くしたとばかり思っていたのに……」

幼い頃は何時も一緒に居た自分の友達。
ロビンと名づけたそのヌイグルミの首には自分の手のひらと同じぐらい大きなペンダントから放たれる光が清奈と周囲を照らす。
実はこれ、スイッチを入れれば光るようになっており、その明るさは懐中電灯と同じぐらい。
但し、懐中電灯とは違って、その光の強さや照らす範囲をある程度変える事が出来、そこらの懐中電灯よりもよっぽど使い勝手が良かった。
小さいときは夜本を読むときなど、照明代わりとしてロビンをよく横においていたものだ。そうして何処に行くにも一緒だった。


だから、ロビンが無くなった時には思い切り泣いた。
代わりの人形を貰っても納得できなかった。

「それが、まさかこんな所にあるなんて」

清奈は嬉しくなりロビンを抱きしめた。
暗くジメジメとした場所に置かれていたせいか、その手触りは余りよくなかった。後できちんとお日様に当ててあげなければ。

「けど、よく明かりがついたものだわ。かなり昔の電池なのに」

ロビンの電池を取り替えたのは、自分がロビンを無くす少し前。今から10年程まえだ。
なのに、こうして電気がつくとはよほどいい電池なのだろう。

そしてふと気付く。

「ちょっと待って。確か、電池を取り替えた時に」

清奈はロビンをひっくり返す。すると、そこにはリュックサックがあった。
これは、ロビンがしょっているリュックサックで小さな小物入れとなっていた。
小さい時はこの中にお菓子をよく入れていた。
しかし、確か無くす前に入れていたのは

「あった……」

それは、自分が今回持っていくために巾着袋に入れていた品々。

オイルがなみなみと入ったライターと新品のマッチ箱だった。
確かめてみると、どちらもきちんと火がつく。

「昔の私ナイスっ!」

思わずガッツポーズをする。
また、ライターとマッチ箱以外にも照明用の換えの電池が数本入っており、どうやらこれも使えそうだった。

「ありがとう、ロビン〜♪あ、と、まだ何か入ってる?」

リュックサックはヌイグルミがしょうタイプのものだから、そんなに大きなものではない。
しかし、感触からまだ何か入っているのに気付き、清奈はそれを取り出した。

「鏡と……塩?」

袋に入った小さな鏡と、塩とかかれた小さな小瓶。中には塩らしき小さな粉が入っていた。
蓋を開けて一粒ペロリ。

「……塩だわ」

確かに中身は塩だった。

「………何でこんなもん入れたんだろう」

しかし、全く覚えていない。

「ま、まあいいか」

とにかく、必要なものは揃った。
これで、安心して中学に向かえる。

「よし、それじゃあ早速っ!」

清奈は力を使うべくライターを握り締めたその時





大きく地面が揺れる




「え?きゃぁっ!」



辺りに木霊する地響き


「いやぁっ!」


何とか地面に臥せって頭を抱える清奈の上に、物がいくつも落ちてくる。
幸いな事に重いものや硬いものではなかったが、これ以上揺れればそれも分からない。



その揺れはおよそ10秒は続いた。




そしてようやく揺れが収まり、清奈はロビンを片手に自分の上に落ちてきた物から這い出した。


「つぅ………一体何が……え?」


清奈は驚き言葉を失った。

自分の前方。先ほどまで閉まっていた筈の扉がしっかりと開いていた。

「これは……って、きゃっ!」

一歩踏み出した清奈だったが、足元にあった壷みたいものに気付かず足を引っ掛けてそのまま前にすっころぶ。

ドシンっという音と共に、白いホコリが舞い上がった。

「イタタタ……って、ロビンっ!」

腕から転がり落ちたロビンに気付き、清奈は慌てて辺りを探った。
そして見つけた。

「ごめんロビンっ!痛かったよね」

ロビンが発する明かりを頼りに、清奈はロビンを拾い上げる。
そしてしっかりと抱きしめながら立ち上がった時だった。

「え?」

まるで何かに引き寄せられるように、清奈はロビンが転がった方を見た。
そこには、一冊の古い書物が落ちていた。
清奈はしゃがみこみそれを拾った。

「……何の本かしら?」

元々自分の家は幾つもの古い書物を持っているが、大抵それらは此処とは別の倉庫――別名図書室に保管されている。
なのに、この本はそれとは違いこの倉庫の中にあった。それが、清奈の興味をそそった。

「何が書いてあるんだろう」

パラリとページをめくると、そこには色々な――が描かれている。

「凄い……初めてみるものばかりっ!」

ふと手が止まった。というのも、そのページに書いてあるのは自分にも馴染み深いものだったからだ。


使える


清奈は直感した。

「よし、これも持っていっちゃお!」

これから行く先には何が起きるか分からない。出来る限り使えるものは持っていきたかった。

それには、この本はうってつけのものだろう。しかも、他の本よりも分かりやすく使用方法が載っている。

「ちょっと重たいのが難点だけど」

A4の大きさのそれは、500ページからなる厚い本だった。しかし、持って歩けないという事はない。

清奈はロビンとその本を抱えると、開け放たれたままの扉を見る。


「それでは出発!!――と、その前に、一つやらなきゃね」


そして清奈は倉庫から出ると、母屋の裏へと回った。





「おいっ!急げっ!」

「報告をっ!」

庭に面する廊下を忙しく行き来する家人達。

「にしても、不幸中の幸いだな」

「ああ。怪我人が出なくて何よりだったよ。物はいくつか落ちてきたが、当主様一家はおろか誰も怪我をしていない」

「それに、家自体の被害も少なかったし」




「どうやら、みんな無事みたいね」


廊下から10メートルほど離れた茂みに隠れて様子を探っていた清奈はホッと息を吐いた。

中学に向かう前にどうしても確かめたかったのは皆の無事。
しかし、家人達の話では誰も怪我をしていないし、家自体にそんなに被害は出てないようだ。



「さてと、それじゃあ行くとしますか」


これで心配ごとは取り敢えず解消した。
となれば、後はクラスメイト達を助けるのに全力を尽くすだけ。


そして踵を返した清奈だったが




「西華様お待ち下さいっ!」



「離してっ!お姉様の所に行かなきゃっ」



すばやく木の影に身を隠して清奈が声のほうを見れば、先ほどまで自分が居た倉庫へと向かおうとする西華とそれを止めようとする
家人の姿が。離れてはいたが、母屋からもれる光に照らされた西華の顔には心配の色が濃く、
一目見ただけで自分の身を案じているのが分かった。




「西華………ごめんね」




西華の暴挙。それが自分を案じての事だと分かっている。
けれど、自分は行かなければならない。



清奈は帰ったら妹に必死に謝ろうと決めながら、裏門へと走っていった。