1−7
世に名高い神有家至宝の宝と謡われる神有当主夫妻の次女――西華は今、
その愛らしい顔に悪鬼も裸足で逃げ出すほどの凶悪な表情を浮かべ、怒りに打ち震えていた。
その紅く塗れた唇から極寒のブリザードにすら勝る冷たい声音を紡ぐ。
「お姉様は見つかったの?」
「い、いえ……」
何時もは一族の者達が全員集合する際によく使われる大広間。
その下座にて、清奈の捜索を命じられた一族の者達は西華の怒りの前に土下座する。
誰一人として顔を上げられず、ただ震えるばかりだった。
それほどまでに、西華の怒りは強かった。
「いえじゃないでしょう?!早くお姉様を見つけて此処につれて来なさい!!」
「は、はいっ!!」
更に、縮こまり何とかそう返事を返す。
その時だった。
「西華、落ち着きなさい」
低く、けれど落ち着いた声。
それをもたらしたのは、上座に座る西華の父にして神有家の美貌の当主その人だった。
その隣に座る、西華に似た容姿を持つ美しい当主夫人もやんわりと西華を窘める。
「お父様の言うとおりよ。そんなに焦っていてもどうしようもないわ」
そうして優しく微笑むその姿は世間でも教養高く、品位を極めた最高の女性として謡われるに
相応しい姿だった。他の一族の中でも、最も美しく気高く凛々しい真の貴婦人。
それが、神有家当主を一目でも見た者達の言葉である。
そんな母は、西華にとっても理想の女性。そしてそんな母を見事に妻とし、また一族の当主として相応しい
才能と実力を持つ父は理想の男だった。
この父に勝る男は居ない。次ぐ男としても、自分の兄達ぐらいだ。
そんな尊敬する、また大好きな両親に諭され、流石の西華も怒りを抑えた。
「けど、お姉様は他の一族の者達と違って力は弱く、もし何かあれば危険な目にあってしまいますっ!」
叫ぶ姿は、正しく姉を心配する健気な妹。
その可憐な姿は、見る者全ての庇護欲を激しくそそり、何でもしてあげたくなる。
それは、此処で土下座する者達も同じだった。
恐る恐る顔を上げ、西華の必死なその姿に、彼らは何としてでも清奈を連れ戻す事を心に誓った。
「もう一度、清奈様を捜しに向かいます」
「頼んだぞ」
当主は静かにそう告げる中、一族の者達は再度頭を下げると一斉に大広間から退出した。
後には、西華と当主夫妻だけが残される。
「それにしても、貴方も実の姉をあんな暗い倉庫に閉じ込めるなんてちょっとやりすぎではないのかしら?」
西華から清奈を倉庫に閉じ込めた事を聞かされていた当主夫人は待っていたようにそう言った。
すると、西華は大反論する。
「あれはお姉様が聞き分けがないからです!!」
あのお人好しで、それこそ他人の為なら自分なんてどうなってもいいという、普通は現実には
あまりいなさそうな正真正銘の純粋培養タイプの姉を止めるには普通の手段なんて用いていられない。
「でも、だからって」
「それに、お姉様だけを倉庫に閉じ込めたりなんてしませんわ!ちゃんと私も中に入って朝まで
二人っきり一つのお布団で愛を語り合うつもりだったんですから!!」
「何?!そんな羨までなく実の姉といかがわしい事をするつもりだったのか?!どうしてこの私も
呼んでくれないっ!!」
「混ざるつもりでしたの?」
夫の発言に妻は冷静にツッコミを入れる。
「西華、私だってこの数日間仕事仕事で清奈とロクに会話が出来ていないんだ!
なのに、独り占めなど酷いでわないかっ」
「あら!お父様は清奈お姉様が産まれた頃から一緒だったんですもの。けど、私は数年分短いんですよ?」
「時間が長くたって実際に一緒にいれた時間は短いんだ」
そうして男泣きする夫に、妻は苦笑した。
清奈が産まれた頃は色々と問題ごとも多く、夫は産まれた娘とあまり一緒に居られなかった。
それは、上の息子達も一緒だが、特に娘の誕生を待ち望んでいた夫には酷く応えたらしく、
その反動として現在清奈にちょっかいをかけまくる。それをウザイと思わない娘はもはや聖人の域にまで
達していると言っても良い。我が娘ながら本当に出来た娘である。
他の者達はそうは思わないが、実は一番よく出来た子供は清奈なのだ。
と、そうこうしている内に父と娘の会話は妙な方向に進んでいた。
「なあ西華。来週なんだが久しぶりに清奈と二人でコンサートにでも行こうと思うのだが」
「それはダメです!!来週は私が姉様を水族館に誘おうと思っているんですからっ!!」
「なぬ?!この前も誘っていたではないか!!今回ぐらい父に譲ってくれ!!」
「今の流行は姉妹の近親相姦ですからダメですっ!!」
どんな流行なんだ。
そしてモロに体を狙われてる発言に、きっと当の本人である清奈が此処にいればそれこそ
全力で逃げ出していただろう。勿論、簡単に逃がすほど西華は甘くない。
「それに、どれほど誘っても10回に1度成功すればいい位なんですから、貴重な機会は逃せませんものっ!!」
「ぬぅぅぅ……私だって楽しみにしてたのだが」
「お母様と行って下さい」
「勿論、香奈恵とも行くが、娘とも行きたいんだが……はぁ、早く帰って来てくれないかな……清奈」
娘恋しさにため息をつくその姿は、当主としての威厳もへったくれもなく、ただ娘を思う父親の姿でしかない。
「きっと無事に帰って来ますよ。もし帰ってこなければぶっ飛ばしますが」
何を?とは、西華も父親も聞けなかった。
おほほほほと上品に口元を隠して笑う母に言いようのない恐怖を感じた瞬間だった。
「けど、行き先ははっきりしているし、そんなに時間もかからずに帰ってくるのではないかしら」
行き先は問題が起きている清奈の中学。それははっきりしていた。
「それはそうですけど………でも、何だか胸騒ぎがするんです。全く……千鶴が余計な電話をかけるから
いけないんですわ。今度会ったらこんこんと言い聞かせなければ」
「あらあらvv石崎家の100代目『紫』の名を継ぐ彼女も西華にかかれば、まるで唯人になってしまうのね」
「私にとっては『紫』など関係在りませんから」
「『紫』か……。けど、千鶴ちゃんはその中でも特別な存在だ。『紫』の名を継ぐ存在であるだけではなく、
石崎家にとって禁名となる『紫』の名を産まれながらにして持つ事の出来た少女なんだからな」
「ですね。戸籍での名前も『紫』と出来たのは、神託で許された千鶴さんだけ。他の人達は『紫』の名を
継げたけれど、本当の名は別にあった」
「結局お披露目した名は『千鶴』ですけどね」
「仕方ないわ。長年の歴史を見ても『紫』の名を本当の名として使える人は誰もいなかったのだから………
只一人、石崎家創始者にして霊石加工の画期的な技術を発明した初代『紫』を除いては」
『紫』を継承するのではなく、そのまま自分の名として使うことの許された少女は奇跡にして同時に異端。
それ故、石崎家はその赤子に『千鶴』というもう一つの名をつけそちらで呼び続けた。
自分達が、清奈を守るのと同じように石崎家も『紫』の名と、そして宿命までもを背負った少女を
守り続けたのである。
「何時までもそれは隠してはいられませんけど」
何時かはばれる。その時、果たして他の一族達はどう出るか……。
「西華の言うとおりだ。しかし、何かあれば私達も助けとなろう。それが石崎家との約束だから」
石崎家の当主夫妻は自分達の長年の友人である。
それでなくても、長年一族同士仲良くやってきたのだ。困れば助けるのが当然である。
しかし――
「だからといって、彼女の意志までは左右できないがな。はてさて……彼女はいつまで『千鶴』で
居られるのかな」
「そうですわね……私が見たところ……そう長くはないと思いますが。案外、数日中に千鶴を
捨てるかもしれません」
まるで、全てを知り尽す予言者の様に西華は言う。
また、その何時もは理知的な光を宿す瞳が、まるで悠久の時流れを見据え、起こる全ての
事象を見抜くかのように遠くを見つめた。
しかし、すぐに再び強い意志と理知的な光が戻った。
「どちらにしろ、私には関係ありませんね。それに――例えどうなろうとお姉様にとってはどちらでも
変わらないと思いますが。そもそも、お姉様は昔から千鶴を『紫』と呼ぶことが許された唯一の人ですからね」
千鶴の両親を除けば、その禁名を紡ぐ事が許されたのは自分の姉只一人。
何故それが出来たのかは知らないが、西華が気付いた時には姉は千鶴を『紫』と呼んでいた。
そしてそれを、石崎家の人達は許した。神託が許したからだ。
「まあ、私としても千鶴の名がどうなろうと余り気にしませんが、取り敢ず呼び慣れた方の名でなくなった
場合はしばし名の呼び間違いが続きそうだとは思いますが」
「本当に、西華は『紫』の事がどうでもいいのね〜〜」
「何であろうと、私には敵いませんもの」
そうして不敵な笑みを浮かべる西華は寒気がするほどの美しさを放っていた。
そんな娘に、両親は満足そうに微笑む。
「それでは、少しでも貴方の力を借りずにすむように一族の者達にハッパをかけなくてはね」
「それって私はお姉様を捜しに行ってはいけないと言うことですのね」
「そうとも言うわね」
にっこりと笑う母に、西華はそれ以上反論はしなかった。
どうせ言っても無駄である。
しかし、だからといって清奈を探しに行くのを諦めるほど聞き分けは良くない。
故に、隙を見て抜け出す機会を静かに待とう。
西華は心にそう誓った。
「う〜〜ん……すんなり行くとは思ってなかったけど、これは大変だわ」
本来なら歩いてもそう掛からない用務員室に、清奈は未だ辿り着けず廊下で立ち往生していた。
もう数百メートルは確実に歩いた気がする。
「いや、1qを超えちゃってるかも……ってか、時間も分からないし」
校舎内に入ってどれぐらい時間が経過したのか把握ではないが、あれから少なくとも1時間は経過しているだろう。
しかし、清奈には正確な時間を知るための手段がなかった。
別に、腕時計を持ってきてないとかそういう話ではない。
教室別にそれぞれ専用の時計が設置されているからそれを見ればいい。
だが、それらの時計は今全くといっていいほど当てにならなかった。
と言うのも
「何だって全部の時計の時間が違うのよ!!」
途中、時間を知りたくなって近くの教室に入って時計を見ればそこにはとんでもない時間が指し示されていた。
現在「8時10分」
夜のか朝のか知らないが、明らかにおかしかった。
なぜなら、自分がこの学校に辿り着いた時はまだ完全に夜が明けていない時間だったからだ。
そうして、正確な時間を知るべく別の教室に入って時計を見ると今度は針は6時50分を指していた。
おかしい
まずそこで思った。
その後、幾つかの教室に入り時計を調べるとそれらは全部違う時間を指し示していた。
それだけではない。その異常を調べようと近づいてみれば、何と時計の針が逆回転していたのだ。
その瞬間確信した。
この場所は時間の流れもまた狂っているのだと。
しかも
「千鶴、やっぱり時間分からない?」
鏡の中の千鶴に問いかけると、困ったように眉をひそめた。
『すいません、時計の調子が……』
何と、千鶴の家の時計も全て狂っているという。
此処がダメなら、千鶴に正確な時間を聞けばいいやという目論見はこれで完全に崩れた。
最初はしばらくすれば直るかと思っていたが、どれだけ待っても一向に良くなる気配はなく、
たぶんダメだろうな〜〜と思っていたから余りショックはない。
が、まさか千鶴の家の時計まで……。
「それって、ただ時計が壊れたわけじゃないよね、やっぱり」
『だと思いますわ。一族の者の話では、時間の流れそのものがおかしいと……清奈も気付いていますでしょう?』
「うん。あれからかなり時間が経ってるのに、外は完全に真っ暗よ」
最初に来た時よりも暗くなった外。最初は見えていた校舎の外が、今や完全に見えなくなっていた。
明かりも全くない。まるで、何処か別の空間に来てしまったかのようにさえ思える。
『実は、此方も同じような感じなんですの』
「え?千鶴の方も?!」
此処がおかしいのは当然だ。何かが起きている中心地なのだから。
しかし、千鶴の家は学校から少し離れた場所にある。
なのに、そこも暗いなんて……。
『正確な時間は分かりませんが、たぶんもう夜が明けていてもおかしくない時間です。なのに、
辺りは真夜中のように暗くなっています』
一時は薄暗くなりかけていた空が、再び夜の闇を取り戻したかのように暗くなり始めた。
それには、一族の者達だけではなく近所の家も騒ぎ始めた。
当然だ。本来ならば夜明けの時間にこんなに真っ暗なのだから。
『でも、おかしいのはそれだけではありません。というのも、星が一つも出てないんです』
夜だとすれば星がある筈。しかし、雲一つない筈なのに、その輝きは何処にも見られなかった。
「星が………」
思わず言葉を失う。
星――陰と陽、光と闇そのどちらの属性も持ち、どちらの属性の力も持ったそれは主に
夜の空に輝き月を助ける。
しかし、その星がない。
星は例え月が姿を消す新月の日にも夜空に輝くものだ。
そうして、月の代わりにある程度まで闇と魔を制御する。
それによって、魔と闇、そしてそれに属する者達の無秩序を抑えているのである。
逆に言えば、もし星がなくなれば完全に枷から解き放たれた魔と闇は力を増幅させ、
それに連なる者達を活発化させあらゆる場所で活動を始める。
そうなれば、各地での自然のバランスは崩れるばかりか、同じく魔と闇によって増幅された
負の力によってあるゆる生物の活動が狂わされていくのは必死だ。
そもそも、よく聞く怪奇現象――何処何処で異形を見たやら霊をみたやら化け物に襲われかけたやらを
始め、この場所ではおかしな事が起きているやら悪いことが起きているやら――などは、全て魔と闇の力が
増幅されバランスを崩した事によって起きるとされている。
それらが、あらゆる場所で起きるという事だ。
「やばいわね」
自分の家や千鶴の家など、そういうのを解決するのを生業とするその世界の人達は仕事が増えて
大喜びするだろうが、はっきり言って一般人には大迷惑だ。
いや、それですむならまだいいが、下手をすれば化け物やら魑魅魍魎やら悪霊やら何やらがそれこそ
場所も時間も問わずに平気で街を闊歩しかねない。
闇と魔でも礼儀と秩序、そして法をわきまえているものならばそうでもないが、
そうじゃない者達は大喜びで自分達の糧を得ようとするだろう。
いや、そもそも法と秩序をわきまえている者達は他人のテリトリーでそんな事はしない。
やるのは、先程も言った化け物やら魑魅魍魎やら悪霊やらなんやらの中でも自分の欲望そのままに
動く部類の者達である。これらが一番始末が悪いのだ。
「これは総出になるわね」
特に少しでも力がある者は全部かり出されるだろう。
それこそ一族問わず。
「勿論、うちの一族も」
『ですわね』
神有家は関わらない。
一度はそう決定されたが、こうなればもはやそんな事は言ってられない。
『清奈、事はもう私達の想像を遙かに超えているかもしれません。……十分に気をつけて下さい』
千鶴ももはや家から動けない。
下手に動けば余計に事態が悪化するかも知れない。
側に行けなくてごめんと謝る千鶴に、清奈は元気づけるように笑った。
「気にしないで。ここに来たのは私の意志。それに、こうして千鶴の顔を見れるだけでとても心強いわ」
『清奈……』
千鶴は清奈の言葉に胸がいっぱいになる。
せめて、せめて
『私が『紫』でなければ……』
本当ならば、無理をすれば清奈の所に行ける。
それだけの力は自分にはあるのだから。
しかし、自分が『紫』。
石崎家にとっては無くてはならない存在である故、こうして行動を制限される。
外に異変が起きてすぐに、一族の者達によって幾重にも結界が張られたこの場所へと連れてこられ
厳重に警護されるこの状況では、満足に外に出る事さえ叶わない。
籠の中の鳥
その言葉が相応しいだろう。
本来であれば、こういう時に一番力になるはずの称号が今の自分にはただの足枷同然である。
「千鶴、私は大丈夫だから」
すっきり思い詰めてしまった千鶴に、清奈は慌てて言葉をかける。
『でも、やはり私が』
「千鶴、いいから」
『私が『紫』として産まれたばかりに』
「紫っ!!」
『っ!』
自分の本来の名で呼ばれた千鶴は驚いて目を見開く。
一方、親友を本当の名で呼んだ清奈はしっかりと千鶴を見た。
「そんなに思い詰めないで。いい?もし紫が『紫』でなくても、此処に来ると言うのならば
私は本気で止めるから」
『清奈?』
「だってそうでしょう?大事な親友をこんな危ない所につれてなんてこれないもの!!」
『清奈……』
『紫』だからだとかそういうのではなく、親友を危険な目に合わせられないという清奈の思いに
千鶴――紫は思わず涙がこぼれた。そう言ってくれるのは、清奈しか居なかった。
今まで自分と友達になってくれた子は、どうしても自分に付随するものにばかり目がいっていた。
表の世界しか知らない者達は会社社長令嬢としての千鶴を、その世界では石崎一族の千鶴を、
そして一族の者達は『紫』としての紫しか見てくれなかった。
皆が自分達の思い描く勝手なイメージを紫に押しつけ、紫の外見しか見なかった。
紫個人を、只の千鶴としては両親を除けば誰も見てくれなかった。
そうして何時しか、皆が望む完璧な少女を演じ始めた。
けれど、清奈だけは違う。清奈だけは素のままの自分を見てくれる。
そのままの紫を受け入れてくれる。
例えどれほど皆が思い描くイメージから外れていても、全く気にしない。
いや、清奈は人に勝手なイメージを押しつけない。
描いても、自分が思ったのとは違ったら
「あれ?思ったのと違うね?けど、私が思うより凄く魅力的だわ!」
そう言ってニコニコと笑ってくれる。
その笑顔だけで、嬉しかった。
西華達が清奈に執着する理由も同じだ。
勝手にイメージし、その思い描いたイメージを勝手に相手に押しつけ、それからずれれば落胆し批難する
身勝手な人達。その人達に囲まれて育った西華達にとってありのままを受け入れてくれる清奈は本当に
貴重な存在なのだ。
「いい?だからそんな事は気にしなくて良いの。大丈夫、絶対にみんなを助けて無事に戻るから」
そうして安心させるように微笑む清奈に、千鶴もようやく微笑んだ。
『それでは、清奈の好きな料理を沢山作って待ってますわ』
「本当?!じゃあ、ポトフと肉じゃがと炒飯とえっとそれからっ!」
次々と自分の好きなものを言っていく清奈に千鶴は苦笑しながら勿論と応えていく。
「後はエビチリに〜〜……って、あ!」
『どうしました?』
「あ〜〜……って、私、千鶴のこと紫って呼んじゃったよね……」
千鶴の本来の名である『紫』は本来禁名であり、外で軽々しく呼んではならない。
特例として、清奈は呼ぶことが許されているが、それでもこんな場所で言っていいものではなかった。
「ご、ごめんね……」
『ぷっ!ふふふ、今更ですわ』
千鶴はクスクスと笑った。
そんな事はもう今更。清奈に名を呼ばれる幸せに比べれば、その程度の事は全く気になりはしなかった。