入学式は波乱に満ちて
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「それでは、これより第125回聖華学園及び天桜学園の合同入学式を行います」



現在の時間は午後7時。
普通ならば式なんて完全に終わっている時間にも関わらず、入学生とその家族、そして来賓達と学校関係者達併せて数百人という
大人数によって埋め尽くされた式場内に響く、開会の言葉。


それにより、この度聖華学園及び天桜学園の本当の合同入学式が始まった。



「ようやと始まりましたね」


来賓の一人の言葉に、他の者達も疲れた様に口を開いた。


「ええ、本当に」


「というか、本当にひどい目にあいましたな」



自分達にとっては今日二度目の入学式。しかし、最初の入学式は傀儡香によって自分達の意識のない状態で行われた死の入学式だった。
そしてもし蒼麗が爆弾を処理しなければ、まず間違いなく死んでいたという事実を、意識が戻ってすぐに銀河と緑翠の説明によって聞かされ、思わず肝を冷やした。


また、呆然とする中二人から齎された今回の騒動の説明に、自分達はいかに危険な場所に立たされていたかを痛いほど知った。


そして


「にしても全く――平和の為に、多くの者達を救う事が出来る発明品をその製作者と共に葬ろうなどっ」



『タルテトギストス』


今回の騒動となったその物質


しかし、それは本当に興味深いものであった。あの『超放射線物質』が齎す害を無力化出来るなんて。


それはきっと、その害に苦しむ者達を地獄の様な苦しみから解放できる希望の光。



闇の中に葬られてはいけない代物である



「で、数日後からはその物質についてより詳しい研究が開始されるとか」



来賓の一人の言葉に、他の者達も頷いた。


「ええ。他の効果の解明及び、使いやすいように加工が行われるとか」


「という事は、その物質自体は此処にあると」


「何でも、その製作者が幾つかの予備を家においていたようです」


そうして、彼らは製作者として紹介された少女を見た。






今回の騒動において、自分達を救ってくれた少女であり




また、強く望んで現在行われている二度目の入学式を現実のものとした少女――蒼麗を









最初の入学式とは違い、ガヤガヤとざわめく式場内。
勿論、その原因となる彼らの話題は一様に今回の騒動についてだ。

下手をすれば死んでいた自分達の境遇に恐れおののきつつも、偉大なる物質の発明、そして他の世界からの暗殺者流入や
裏切り者の存在、そして自分達を助ける為に必死に力を尽くしてくれた少女の事と話題はつきなかった。


特に、蒼麗に関しては一部を除けばほとんどの者達が好意的な感情を持ち、恥かしそうに自分の席に座って顔を赤くする姿に
温かい視線を向ける。





「ほら、蒼麗。ちゃんと顔をあげて」


「絶対無理っ」


「って、どっちにしろ学院長の入学許可の時と受賞者発表の時に立たなきゃなんねぇじゃん」


「それでも嫌――っ」



全て小声での会話とはいえ、そう叫んだ蒼麗に周囲のクラスメイト達は即座に口をふさぐ。


「むがむがっ!」


「馬鹿っ!余計に注目されるぞっ」


「ぷはっ!って、皆が恐ろしい事言うからだって!!」


自分の口をふさぐ手を引き離し、蒼麗はそう小声で叫ぶ。


「というか、そもそも今回の事態を引き起こしたのは全て私のせい」


蒼麗が辛そうに顔をゆがめた。


「死んでしまった人もいる」


「蒼麗……それは」



それは、蒼麗のせいではないと宥める聖に、蒼麗は言った。



「その人達の事を考えたら、こんな風にのんきに入学式に出ている権利なんて私にはないのっ!」


それどころか、こんな風に好意的に見てもらう権利もっ!!


「蒼麗……それは違うわ」


聖は言う。


「皆は、今回の件で死者が出た事を承知で、それでも蒼麗に好意を持っているの。だって、皆は知ってるから。
蒼麗が悪いんじゃないって!!」


「そんな事」


「いいえ、よく聞いて。確かに今回の件は『タルテトギストス』がそもそもの原因。けれど、それを向こうの世界へと向かわせたのは、
今回の黒幕と言われるあの男よ」



クラスメイト達も頷いた。




「それに、今回の事態をここまで大きくさせたのもあの男があちこちで暗躍したからだわ」



青輝達の話を聞き、実際の過去の映像を見せられ、誰が悪いのかは一目瞭然だった。


それは、誰が見ても同じ。



蒼麗が自分を責める理由なんて何処にある。


そもそも、今回の件で出た犠牲者自体あの男が手にかけたのだ。



一方、蒼麗は自分達を助けようと必死に駆け回った。そうして最後には闇の中に吸い込まれる危険性があるにも関わらず、
爆弾を持って扉を開けようとした。死ぬかもしれないのに。いや、死ぬ覚悟で。



そして最後まで諦めずに、彼女は自分達から少しでも爆弾を引き離そうとして走り続けた。







「そう――誰が責めるものですか」





「聖……」





「だから、泣かないで――蒼麗」



何時しかポロポロと涙をこぼす蒼麗に、聖は優しく囁いた。



そうだ、蒼麗が責められる理由も、ましてや悲しむ必要もない。




そもそも、今回死んだ彼らも命の覚悟はしていた筈だ。
それは、青輝に忠誠を捧げた時点で誰しもが通る道。危険な任務の際には、死をも覚悟する。




だから、死んでも悔いはない。




唯、今回は身内の裏切りによるものだからとても後味は悪いけれど……。



けど……それでも、蒼麗が悲しむ必要はない。





そうして自分を優しく抱きしめてくれる聖の腕の中で、蒼麗は泣きながら思った。





本当は知ってる。こんな風に自分をせめてもどうしようもない事を。



責めて、責め抜いて犠牲となった彼らが戻ってくるわけもない。今此処で自分が舌を噛み切った所で、どうしようもないのだと。



失ってしまった命はもう戻らない。



大切な大切なそれ。



だからこそ、とても尊いものだ。



一度失われれば、もうどう頑張っても取り戻せないのだ。





だから、今更どんなに悔やんでも仕方がない。




けれど、だからといって気にしないでいるなんて出来ない。



悔やまずになんていられない。



自分の至らなさに腹が立つ。





私さえ、もっと上手く立ち回っていられれば………





そうして――蒼麗は決意する。




もう二度と、こんな事を起こすものかと。




もう二度と、こんな風に死んでいく者達を出すものかと。




それは、今まで何度も決意した事。



そして今まで何度も破られた誓い。




けれど、それでも願わずにはいられない。




そう――二度と、こんな風に犠牲になる人達を作るものか。



その、大切な命を散らしてたまるものか





その為には、強くならなければ





そしてその為にも、今回の事を決して忘れない



今回の騒動を、犠牲になった者達を、




そして





――自分の罪を――







「聖」


「はい?」



自分を呼ぶ蒼麗に、聖はにっこりと微笑む。



「あのね……明日でいいから、その、花屋さんについて来て」


「え?」



「今回亡くなった人達の合同葬が明日から始まるの。それで、お花の方を青輝ちゃんに頼まれたから……」



彼らに向ける手向けの花。精一杯のものを作って捧げたい。




その言葉に、聖だけではなく他のクラスメイト達も微笑んだ。








「それでは、次に天桜学園の新入生の入学許可を行います」







学院長の言葉。





そして次々に呼ばれていく生徒達の名前。それに応じるように、自分の名前を呼ばれた生徒達が元気よく返事をして立ち上がっていく。






そうして、順番は来た。





「特別クラス 清 蒼麗」



「はいっ」



そう元気よく返事をして立ち上がった蒼麗の目に、もう涙はなかった。

その姿に、学院長はにっこりと微笑み次の生徒の名を呼んでいく。


また、保護者席からは両親が、そして関係者席では青輝達がそれぞれの優しげな面持ちで見守る。




学院長が、最後の生徒の入学許可を終える。





「以上、新入生400名の入学を許可する!!ようこそ、天桜学園の中等科へ。皆さんのこれからの活躍を期待していますよ」






さあ、新しい学校生活の始まりである。






あちこちから歓声があがった。











この日、聖華学園および天桜学園両校で800名の中等科新入生が生まれたのだった。





















次の日。青輝の名の下に、今回の騒動において犠牲となった者達の合同葬が行われた。
参加人数は軽く数千を超えた。これは、一般的には多い人数だが、その内の殆どは今回の騒動に巻き込まれた者達である。
彼らは、今回の犠牲者の遺族達に心からのお悔やみと、彼らの尽力のおかげで命が救われた事に対するお礼を述べた。


また、合同葬の喪主となった青輝の計らいによって、遺族達への見舞いの品と一定の援助を行う事が決められた。




今回の件で尽力を尽くしてくれた者達へのせめてもの礼と、これからよりいっそう輝く筈だった人生を強制的に絶ってしまった事への償い。
更には、遺族達一人一人に頭を下げていくその姿は、彼の正体を知る者達には非常に恐れ多く、やめる様に頼む者達も多かった。

だが、それでもその真摯な態度と、心からの言葉に、遺族達が不覚にも涙したのは言うまでもない。
最初から、こういう時の覚悟をしていた。何時かはこんな事になるのだと自分達に言い聞かせていた。
けれど、それでも彼らを無駄に死なしてしまった事に対して、青輝、そしてその他の者達の言葉は、
自分達が決して使い捨てではないのだと知らしめる。


そして改めて青輝達へと忠誠を誓う。それは、彼らの正体を知っている者達だけではなく、正体を知らない多くの者達も同様だった。



「今回の件で犠牲になった者達に、心からの礼と謝罪を。そして安らかな眠りにつける事を祈る」




その青輝の言葉に、会場内の全ての者達が黙祷を捧げ、彼らの冥福を祈った。



そんな中、会場内の後方で、蒼麗もまた静かに彼らの冥福を祈る。






「助けられなくてごめんなさい……今度生まれ変わる時には、戦いのない世界で幸せに――」







その願いは、聞き届けられる。







死者達の世界――死と生、次への生まれ変わりを待つ静寂の世界たる冥界の王の手によって




























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