入学式は波乱に満ちて
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なんだかんだとやっている内に、爆発までの残り時間はあと5分まで迫っていた。





「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!ど、どうしようっ!!」





色々と試してみたが、カウントダウンを止めない爆弾を前に、蒼麗は悲鳴を上げた。



このままでは、ここに居る全員が死んでしまう。


しかし、どうやって止めればいいのか分らない。

八方塞である。



って、そんな事を考えている暇があったらさっさとどうにかしなきゃっ!!





「えっと、えっと!」





あせればあせるほどパニックになる。




が、その間にも爆発までのカウントダウンは無常にも進んでいく。




残り、4分。



もう、間に合わない。






このままでは、全員死んでしまう








「―――っ」




そんなの絶対に嫌だ!!



蒼麗は立ち上がった。その手には、仕掛けられていた爆弾がある。
それをしっかりと抱え込んだ。




そして――





ダンっ!!




ステージから飛び降り、一番後ろの出入り口の扉に突進していく。




最初にどれだけ叩いても開く事はなかったその扉。

しかし、もうそんな事は言っていられない。
なんとしてでもこじ開けて、この爆弾を外へと持ち出さなければ。


それは、最終手段だった。



何故なら、扉があいたからといって無事に外に出られる可能性は低いからだ。
でなくとも、自分が此処に来る前は本来会場への出入り口となっている扉が開いた瞬間闇の中に放り出されてさ迷う羽目となった。
向こうからでそれなのだ。こっちからも当然向こうにきちんと繋がっていないのは明らかであろう。
きっと、扉が開いた瞬間そこに広がるのは漆黒の闇だけである。そしてそれに加えて、凄まじい勢いで吸い出されるだろう。


それも全ては、扉の外の次元が歪んでいる為。



そして今度そこに落ちたらどうなるか分らない。


永遠に闇の中をさ迷うかもしれない。



しかし、扉を開けなければ爆弾を外には出せず、その扉を開けるには自分がそこまで行って開けるしかない。



蒼麗は自分の死を覚悟する。



そして願う。



せめて、ここに居る人達だけでも









そして彼女は扉に体当たりをする











直前、扉が開いた。




「え?」




目前に迫るのは、見覚えのある廊下。


そう――入学式会場出入り口外の廊下だった。



しかも、そこに立っているのは銀河と緑翠、そして青輝と蒼花だった。




更に言えば、向こうも呆然としていた。




因みに、蒼麗は知らないが、実は自分達の術が完成する前に勝手に次元が戻った挙句扉が開いた事に対して
驚きの余り固まっていたのだ。





が、腕の中の爆弾の爆発時間まで残り少ない事で頭一杯な上に、予想とは違いきちんと元の廊下に出られた事に対する
驚きに支配されている蒼麗には、相手の事を思いやる暇は勿った。





「ど、どいてっ!!」



そう叫び、開いた扉を通り抜け、未だに呆然とする青輝達の間をすり抜けて外へと走り出す。




爆発まで後2分30秒。



と、その時蒼麗の叫び声にわれに返った青輝がすぐさま蒼麗を追いかけ始めた。



すれ違う一瞬目に入ったそれに、会場内で起きていた出来事、そして蒼麗が何をしようとしているのかを悟って



「待て、蒼麗っ!!」


「絶対に待たないっ!!」



蒼麗は走った。少しでも、この爆弾をこの場から引き離す為に。




爆発すれば、このホールは……いや、この都市は崩壊する。




幾ら、普通の人間よりも強く頑丈だとは言え、無事ではすまない



――だとて、完全な不老不死ではないのだ。
死に匹敵する大怪我を負えば死んでしまうのだ。



そして、この爆弾にはそれを行うだけの力を持つ。




蒼麗は確信し、それは当たっていた。







だから、一刻も早くこれを遠ざけなければ――





しかし、そんな焦りは蒼麗の動きを鈍らせる。



ガツっ!!



「きゃっ!!」



ホールの外に出るその瞬間、入り口の段差に足を引っ掛けてスッ転ぶ。
腕の中から、爆弾が飛ぶ。



残り、10秒。



それは宙を舞い、そして重力にしたがって落ちてくる。






もう、駄目だ






蒼麗の心を絶望が支配する。







パシっ!



「え?」




落ちてきたその爆弾が、大きな手に受け止められる。




そして




青輝の手によってそのまま勢いよく上空へと放り投げられた。





別の次元を開いている暇はもうない。出来るのは、上空へと飛ばすぐらい。




それでも、爆発すれば意味がないが、最後まで諦めない青輝のその行動に蒼麗は涙が流れた。




そんな蒼麗を、青輝は強い力で引き寄せると庇う様に抱きしめる。










爆発まで後3秒









こんな時、果たして自分達は誰に祈るのだろう









神でない事は確かだ







何故なら、自分達こそが永遠の命と無尽蔵の力を持つ












――なのだから












けれど、それでも蒼麗は願う。










奇跡が起こることを












と、その時。




空に高く舞った爆弾に異変が起きる。





「っ?!」



蒼麗を胸に抱き、上空を見つめていた青輝は確かにそれを見た。






爆弾が、突如発生した時空の裂け目に飲み込まれていく事を。







その、爆発の寸前に。








「………………」



静まり返った周囲。



と、異変を感じた蒼麗が腕の中で顔をあげた。


「爆発……は?」



既に、爆弾が爆発している時間になっても何の音も聞こえず、ましてや体に異変も起きていない。
これは一体どういう事なのだろうか?


「爆発はしていない」


「え?」



「どこかに消えた。突如出来た時空の裂け目に飲み込まれていった」




偶然にしては余りにも出来すぎている。







「となれば、誰かが……」





誰かがわざと次元の裂け目を作ったという事か




といっても、一体誰が……




「ん?」




視界の隅にふと写ったそれに、青輝は顔をあげた。






羽?





片手を前に伸ばし、その真っ白い羽を受け止める。



柔らかいさわり心地のそれから、温かく優しい気配……それでいて、覚えのある気配を感じる。





これは






「輝夜様……」





それは、この腕の中の少女の母。そして自分にとっては尊敬する相手の一人であり、また両親が忙しい時には
自分達兄弟を預かって沢山の愛情を注いでくれた第二の母の一人でもある。





その相手の気配を宿す小さな羽根に、青輝は自分達を助けてくれたのが輝夜だと気づいた。




「俺もまだまだだな……」



輝夜にまで迷惑をかけてしまった自分はまだまだ未熟者である。
と同時に、助けてくれた事に対して心からの礼を述べる。



(まぁ、蒼麗と蒼花を連れてとっとと逃げようと思えば逃げれたが)



それをしなくてすんだ事に、少しだけホッとした。



銀河と緑翠、そしてその他の部下達を見捨てるのは惜しい。



と、そこで自分のそんな思いに気づきハッとした。



昔ならば、誰が死のうと関係なかったのに。






それも、全部蒼麗とのやりとりによって変わった。







あの、出来事から自分達は変わったのだ。








「青輝ちゃん……」


「ん?」



気づけば、蒼麗が此方を不安そうに見上げてきていた。



「爆弾……危険はもうないんだね?」


「ああ」



そう応えた瞬間




蒼麗がボロボロと涙をこぼし始めた。



「蒼麗?」



「良かった……本当に良かった……」



助かったのだ。皆……これで、もう大丈夫なのだ。





友人達も、クラスメイト達も、皆




そして



「青輝ちゃん達も無事で良かった……」



その言葉に、青輝はゆっくりと目を見開いていった。














爆弾は別の次元で爆発した。




星妃――輝夜の作った時空の裂け目によって飛ばされたその先で





それは、全ての力も効力も失わせる力を持つ特殊な空間




それにより、爆弾が齎す全ての害は全て失った









それを見届け、輝夜はその空間を閉じた。









「ふぅ……危なかったわね」



その空間は、あらゆる空間の中でも作るのが最も難しいとされるものの一つであり、強大な力を持つ自分でもこの短時間の
間の完成にはかなりの苦労を要した。




だが、それも水鏡の中の蒼麗を見ればなんて事はない。



「ふふ、このまま良い雰囲気になってくれればいいんだけど」



青輝に抱きつき泣き続ける娘。現在は微妙な関係となってしまったが、昔は誰よりも仲が良かった。





しかし、そんな輝夜の思いとは裏腹に、そこに駆けつけた蒼花が二人を引き離す。





ああ、また喧嘩が始まった。





といっても、一方的に蒼花が青輝を怒鳴りつけるというものだが。





「ま、先は長いしね」



そうして、輝夜は別の映像を写す。



そこでは、銀河と緑翠が傀儡香によって意識を奪われた者達の治療に当たっている。


彼らは医療や薬に深く精通しており、その作業は非常に順調だった。


これで、もう大丈夫だろう。





「にしても……まさか、あの『タルテトギストス』を作ったのが蒼麗だったなんてね」




別世界では脅威すら覚えさせたその物質。




しかし、それを作った本人は今も尚自分がそんなものを開発したなんて全く思っていない。






「さて、どうしようか?」






果たして、それを蒼麗に知らせるかどうか……





「ま、それは青輝達に任せましょう」



にっこりと笑い、彼女は椅子から立ち上がり、スーツのスカート裾を優雅に翻して部屋の出口へと向かう。
その扉の外で待つ夫――蒼燈と共に、娘達の入学式に出席する為に








―戻る――「蒼き〜」ページ――続く―