入学式は波乱に満ちて
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と、その頃――入学式会場の方でも一騒動起きていた。



「皆さんしっかりして下さい!!」



そう叫ぶのは、15分ほど前にこの会場内に落っこちてきた存在である蒼麗。
彼女は声をからす勢いで必死に叫び続けていた。それが例え無駄なあがきだと分っていても――



あの時、突如開いた扉の中に吸い込まれた蒼麗は、あっと思うまもなく闇の中に投げ出された。
そして閉まるドアの音が響いた後、何処までも続く漆黒の闇の中を、上も下も分らぬ無重力が支配するその場を漂った。
が、実際には、そんな漆黒の闇の中をさまよったのは驚くほど短い時間だった。というのも、ほどなく訪れた眩暈に
意識を失ったからだ。そうして気づいた時には、入学式の会場の後側に自分は倒れていた。


会場内に響く来賓の挨拶を、蒼麗は呆然とした面持ちのままねっころがった状態で聞いていた。


が、ほどなくして自分の身に何が起きたのか、此処がどこかを理解した後は、必死に皆に事情を話して外に逃がそうと行動を開始した。
手始めとしては、来賓からマイクを奪い取って何度も叫んだ。普通ならば、皆驚きにパニックになっている事だろう。
しかし――そんな蒼麗の努力を嘲笑っているのか、そんな事態に陥っているにも関わらず、誰も動こうとはしなかったのである。



一体なぜ?



だが、それはすぐに分かった。



原因は、傀儡香。

濃度は中ぐらいだろうか?



意識を完全に失わせないものの、本来の思考力や判断力、危機感などを著しく低下させられているというその姿を見て、
いや――そもそも自分が倒れていたにも関わらず彼らが一切反応していなかった事も考慮して、すぐにその厄介な香が
原因だと悟った。おかげで、蒼麗が何を言っても、何をやらかしても無駄。誰も反応せず、ひたすらここに止まり
命じられた事だけをする。




すなわち、ここに止まり爆発が起きるまで入学式を行い続けるという


たぶん、その香を相手が使った際にしっかりと吹き込んだのだろう。



「みんな、お願いだから正気に戻って下さいっ!!」



無駄だと分っている。けれど、それでも一縷の望みを欠けて蒼麗は再度叫んだ。
が、彼らは反応しない。その瞳も先程と同じく空ろなままであり、強い自我は感じられなかった。



そればかりか、誰も蒼麗の存在に気を止めない。

蒼麗は悔しさに唇をかみ締めた。




こうなったら仕方がない。




「私一人でどうにかするしかないですね」



このまま、ここに居る人達を殺されてたまるものか!


何が何でも誰一人欠けることなく助かってやる!!



そんな思いを胸に、蒼麗は辺りを見回した。



探すのは、暗殺者達がしかけた筈である爆発物。



「きっと……ううん、絶対にそれを仕掛けている筈」



此処には暗殺者達が居ない。意識を取り戻してから今まで、蒼麗はそう確信していた。
というのも、此処の者達を殺そうとしている彼らが居れば当然発せられる殺気が全く感じられなかったからである。
それどころか、不審な気配もない。


となれば、暗殺者達が此処には居ない事が容易に推察される。


しかし、そんな此処には居ない彼らはここに居る者達を殺そうとしている。
となれば、遠距離から操作できる術やら何やらを事前に設置したのは間違いない。



そして一番可能性が高いのが爆発物だった。加えて、先程も緑翠達によって取り除かれてはいたが、幾つかの爆発物を設置していたし。


「何とかして探し出さなきゃ」


そう決意し、蒼麗は会場内の捜索を始める。


此処でまともに意識を保っているのは自分だけ。外部からの助けも求められない今、自分が頑張るしかない。




「え〜〜と、こういう時は深層心理を元に見つけにくい場所を考えなきゃね」



すぐに見つかる場所には絶対において置かないのは確かだ。というか、すぐに見つかってしまえば速攻で撤去されてしまって意味がない。



って、いっても此処にいるもの達は皆意識混濁。もし自分が此処にこなければ彼らは爆弾に気付く事はまずなかっただろう。



と言うことは、暗殺者達の思いもよらない予定外は自分と言うことか……。



「けど、果たして運が良かったのかどうなのか……」



何の力もない出来損ないの自分一人がここに来た所で、そう出来ることが多くはない。
場合によってはそのまま何も出来ずに一緒に爆死する恐れだってある。


むしろ、足手まといになりかねない。




と、それらを考えれば自分だけが此処に来たことは此処にいるもの達にとっては非常に運が悪いと言えよう。




「う………け、けど仕方ないよね。銀ちゃんと緑ちゃんが来る前に扉が閉まっちゃったんだし」




もし、彼らが一緒に来てくれていればもっと事態は違った筈。きっとすぐに此処にいる者達を正気に戻して助け出してくれた筈。


勿論、今このときにも銀河と緑翠はこっちに来ようと頑張ってくれている筈。


しかし、何処に爆発物があるのか、そして後どのくらい時間があるのか分らない今、蒼麗は一刻も早く彼らの到着を願った。




はやく、はやくここに来て





それまで、私が頑張るから




自分は力なし、落ちこぼれの無能



けれど、それでも頑張る。彼らが来てここに居る人達を無事に助け出すまで




此処で自分にできる事をするのだ




と、そんな蒼麗の強い願いに応えたのか、ステージ上の演台の裏に回った蒼麗の前に、それは現れた。





「……うっそ……」





見つかった




それは、蒼麗の予想通り爆発物だった。






しかし、その大きさと種類からとんでもない事実が判明する。









なぜなら、その爆発物の種類は










【超核子爆弾】



現在問題となっている別世界の兵器にして、【タルテトギストス】によって無効化されなければ絶対的な高い致死率を誇る
最悪な超放射性物質を高濃度に含んでいる爆弾である。




「ど、どうしよう………」





爆弾は見つけた。だが、それでどうにかなるというレベルではないそれ。
しかも、備え付けのタイマーには、爆発時刻まで残り10分を示している。



その事実に、蒼麗は呆然とするしかなかった。




もはや、時間は残り少ない。











その頃、遠く離れた場所でその光景を水鏡で見ている者がいた。


「あらあらまあまあ」


白い頬にほっそりとした手をあてながらそう呟くのは、20歳になったばかり位の若い女性。
しかし、それでいて大人の女性の色香と溢れんばかりの母性愛を漂わせた、優しげで温かく、
また清らかな雰囲気を放つ絶世の美女であった。
加えて、圧倒的な存在感と絶対的なカリスマ性、そして纏う神秘的な空気と溢れんばかりの
気品を放つその姿は、正しく人の上に立つべき存在であると言っていいだろう。
いや、実際に彼女は人の上に立つ存在であり、聡明にして勇猛と名高い偉大なる賢君且つ名君と謡われし若き王の正妃――
星妃の地位についている。

しかも、夫同様に聡明且つ博識にして文武両道という夫に勝るとも劣らない政治能力と有能さを持ち、またその穏やかで
優しく誰に対しても礼儀正しい性格から夫同様貴族や一般市民、また文武官問わずに多くの尊敬と忠誠を集め、
心から慕われている女性でもあった。



そんな彼女の名は輝夜。



あの蒼麗と蒼花を始めとして、総勢3児の母でもあった。




輝夜はふと見た水鏡に映し出される自分の娘の危機的状況に、眉をひそめる。



ようやく仕事が終わり、合同で行われる事になったお陰で双子の娘――蒼麗と蒼花二人の晴れ姿を見るべく嬉々として準備をしていた。
といっても、既に規定の開始時間は過ぎており、途中参加となる事になっていたが、それでも全く参加できないよりはマシだった。
特に、蒼麗の小学校の入学式は参加できず、今回が初の入学式参加となる。



それをどれほど待ち望んでいたか



夫と二人で何としてでも出席するぞ!!



そう決意し、死に物狂いで仕事に励んだ。さらには、そんな自分達の思いを知る周囲の者達の助力によって無事に仕事は終わった。



それも、1週間の休暇を得る事ができたというオマケつきで!!


これは滅多にない事だった。が、これで蒼麗と久しぶりに親子の語らいが出来る。



2歳の時に手放して以来、殆ど親子の時間を持てなかった自分達。誕生日にも帰れず、蒼麗が病気になった時も傍についてやれなかった。



そうして見逃して来た蒼麗の成長。



しかも、7歳の時に蒼麗が家出をしてからは更に会えなくなった。というのも、蒼麗が家に帰る事を拒否し、家に頼る事を良しとしなかったからだ。
お陰で、音信不通になる事もしばしば。あの時は本当に苦しかった。




が、今は違う。今回は何としても蒼麗の入学式に行くのだ。



愛する二人の娘達の晴れ姿を見るのだ。






なのに、準備が出来て夫を待つ間にふと見た水鏡に映し出されたのは、娘の危機。




これは一体どういうことか?



「まさか、【タルテトギストス】の件についてまだ決着がついてなかったのかしら?」


【タルテトギストス】の件――それはとある物質が別世界に落ち、そこでとんでもない効果を持つ事が明らかになったために
その製作者に向けて暗殺者が差し向けられ、此方の世界へとやってきている一件の事である。


そしてその件は、現在青輝と蒼花が中心となって事を進めている。
あの二人の有能さならばすぐに決着はつく筈だ。



が、それがまだ決着がついていないらしい。



となれば――色々と予想外の事がおきたという事か



「考えられるものとしては裏切り」



そういえば、今回の件では青輝が愚痴っていた存在も人員として計画参加を果たしていたっけ。
因みに、その存在の妹も問題児で、彼女は青輝の後宮にいて色々と面倒を起こしていると蒼花も言っていた。


『凄く嫉妬深いお姫様でね、勝手に被害妄想にかられては他のお姫様達といざこざを起こした挙句に暗殺者に始末させるのよ。
お陰で、青輝も関わりたくもないのに後宮の治安に力を注がなきゃならなくて――ってか、はっきりいってあの女は邪魔だわ』


蒼花の言うとおり、蒼麗の事しか眼虫にない青輝にとって後宮は忌まわしく関わりたくない場所である。
が、だからといって完全にほうっておく事はしない。
罪を犯した者が居ればきちんと処罰するし、一定の援助は行っている。それも十分すぎるぐらいに。


しかし、それで後宮内に居る者達が皆納得するかといえばそうではない。


もっともっと――他よりも優遇されたい。青輝の寵愛を受けたいと騒ぐ者達も多く存在する。



その中でも、その存在の妹はかなり厄介な存在であるのだった。
その上、彼女は外面はか弱く控えめな姫を演じているが、その実蒼花の言うとおり嫉妬深く、自分よりも優遇されているものには
暗殺者を送る。ライバルを減らすために。自分だけが青輝の寵愛を得るために。



そして正妃の座に君臨し、あらゆる富と栄誉を手に入れるために。



彼女は青輝が厭って余りある兄にそっくりの性格をしていた。






けれど







「そこまでして正妃の座を得ても、必ず幸せなれるとは限らないのに」



輝夜はポツリと呟いた。



幾ら権力者の寵愛を得ても、それだけでは幸せに離れない。
その例を、彼女は今まで沢山見てきた。


中でも最悪なのが、望まずに嫁がされ、望まぬ寵愛を得る者達だ。
それはもう不幸としか言いようがない。



それに比べれば、自分はまだ良い方だろう。


輝夜も望まずに、望まない相手――今の夫に嫁がされた。そして望まぬ寵愛を得る羽目となった。
若く美しく、文武両道であり、周囲から絶大な人気と尊敬を集める夫だったが、無理やり結ばされた婚姻が自分に
齎したものは屈辱と怒りだった。それでも、最初は必死に抵抗した為に正妻ではなく側室の一人とされるに留める事に成功した。
が、それでもすぐに筆頭側室の座につけられた。
そしてその後子供を身ごもった後は夫の熱望と、周囲の薦により、正妃の座に押し上げられたのだ。
特に、王妃として相応しい素質と能力を持ち、また幾つもの功績をあげ、その魅力的な人柄に魅了された結果、
何としてでも輝夜を王妃にしたいと願う周囲からの立后には凄まじいものがあったという。



しかし、それでも自分は夫と心を通い合わせた。悲しい前世も全てを受け入れ、乗り越え、夫が自分を身代わりとしてではなく、
自分自身を愛してくれていると知った。そしてまた、自分も夫を愛していることに気づいた。




そうして、初めての子供達――蒼麗達が生まれる前に自分達は本当の夫婦となった。



しかし、もし心が通い合わなければ――正妃の座に着く事は悲劇だったに違いない。



正妃になれば確かに多くのものを手に出来る。煌びやかな衣装も素晴らしい装身具も、そして大いなる権力すらも。



けれど、愛する人と穏やかで慎ましい家庭を築き上げる夢を持っていた自分には過ぎたるものだ。
いや、そんなものは欲しくなどない。



だから、そういうものを欲する為だけに、大いなる権力を得る為に正妃の座に着こうとする者達の事を理解は出来ても
同意する事は出来ない。






とはいえ、否定するつもりも自分の考えを押し付ける気もない。






と、輝夜は水鏡の上に手を向けると、そのまま横に軽くないだ。


すると、映し出されるのは、『タルテトギストス』に関するこれまでの経緯。



そして――映し出された裏切り者の存在。



今回の件を余計にややこしくし、また蒼麗の命まで狙った相手は、やはり青輝が忌々しく思った相手であり、
後宮の問題児である姫の兄。







すぐに始末されたが、それでも彼が残した面倒ごとはそのまま続いている。





「死しても尚解けない次元の歪み――」



それは見事だ。そして同時に残念に思う。



もし、彼が自分の家柄だけにすがらなければ。


銀河や緑翠と同じく己を磨き続ければ。そうすれば、彼は青輝の側近として重宝されたに違いない。





しかし、彼は道を誤った。





敵に回してはならない相手を敵に回したのだ。



青輝と蒼花



そして自分をも





輝夜はゆっくりと目を閉じる。



そして再び目を見開き、指をパチンっと鳴らした。








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