入学式は波乱に満ちて
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蒼花がふわりと微笑む。


ふっくらとした唇から齎される、鈴が転がるような可愛らしい声がそれを紡ぐ。



「でも、その肝心の妹姫がいなければどうしようもないわよね?」


それは本当に自然で、一瞬何を言われているのか分らなかった。



「ふふvv別に私としては嬉しい申し出なのよ?それは確か――」



だって、貴方の妹が青輝の妻になれば



「お姉様は私の花嫁になるんですものぉっvv」




……………………………………………………





それ、絶対に違う




そう思ったのは、銀河と緑翠だけではないだろう。



ってか、姉妹では結婚できないし。



「お前……」



「もうそうしたら、私絶対にお姉様の傍から離れないわ!!何時も一緒にいて、ご飯を食べて、トイレに入ってお風呂で
お姉様と体を洗いっこしつつ隅々まで触りまくって夜は一緒に寝るの!!」



蒼花の眼は輝いていた。その希望に満ち溢れた様子に、銀河と緑翠は何もいえなかった。



というか、この人なら絶対にやる



二人は言いようもない悪寒に襲われた。





「いやん、もうそうしたらパラダイスよね!!そしてたっぷりとスキンシップをした後に――」


ガシっ!



そんな音と共にしっかりと頭が掴まれる。そしてそのまま持ち上げられた。
勿論、それを行ったのは


「そぉぉぉぉぉぉうぅぅぅぅぅぅかぁぁぁ?」



バックに禍々しい闇を放出させた青輝。


銀河と緑翠が悲鳴を上げるのも気にせずに、ギリギリと蒼花の頭を締め付ける。



「ちょっ!イタイイタイ痛い痛い痛いってば!!」


「蒼麗をどうするって?」


「私の奥さんにするのvvってイタイイタイ痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


「そこのボケを始末する前にお前が始末されたいか?」


「青輝様っ!!蒼花様は貴方様が護衛されし主」


「俺の人生の汚点がそれだっ」


「誰が汚点ですって?!こっちこそお姉様の夫があんただなんて人生最大の悲劇よっ!!ふざけんじゃないわよっ!!
私の美しくて可愛くて綺麗で素直で愛らしくて世界、いえ、この世の全ての中で一番素敵なお姉様は私のものよっ!!
後、私の家族のものっ!」


「黙れ、くたばれ、俺にわびろ」


「ずぇっっったいに嫌よっ!!お姉様は私の子供を生むのよっ!!その為に日々科学者どもに研究をさせてるんだからっ!!」


「は?ってか、あれはお前が原因かっ。何馬鹿な研究をさせてやがる」


「未来と希望を背負った偉大なる研究と呼んでっ!」


「呼んでたまるか」



青輝の魅惑ボイスの音程が下がる。それは、まるで地獄のそこから何かが這い上がってくるかの如き。



と、それまでムシされた状態となっていた彼が怒鳴り声を上げた。



「私を無視するなっ!!それよりも、私の提案を受け入れるかどうなのですか?!というか受け入れるしかないでしょうね?!
なんたって私は多くの者達の命を――」


「だから、その妹が居なければどうにもならないって言ってるでしょうが」


蒼花が指をパチンっと大きく鳴らす。



そして現れる幾つもの――






「あ――」







バラバラの肉塊とかした妹だったもの






その内の一つ――血でぬれた髪を掴み、その首を彼へと放り投げる。






「プレゼントvv」




「ヒっ!」




生前の面影はない。共にすごしてきたはずなのに、その醜さに彼は投げつけられたそれを思い切り振り払う。





その瞬間、体に大きな衝撃を受けた。







「え――」



「取引は決裂。お前の裁判を行うのも面倒だ。よって、月家の公子――月 青輝の名の下にお前を処刑する。罪は反逆罪と大量殺人」



自分の胸から突き出た青輝の血にぬれた腕。



それが、彼の最後の記憶だった。





物言わぬ肉塊と貸したそれが、青い炎に包まれて燃え上がる。
そして数秒もしないうちに、灰一つ残すことなく消えて行ったのだった。







「馬鹿な男だ――」





青輝は小さく呟く。




最後の最後で、自分から格好の処刑理由を作った男に向けられるのは嘲笑唯一つ



それは、その隣で己が殺した彼の妹の顔を持ち上げ同じように燃やし始めた蒼花も同じだった






「さて、残りは暗殺者達を始末してお姉様を助け出すだけね」


「だな。で、問題はどうやってこの扉の中の次元を元に戻すかだ」




どうやら、奴はこの扉の中の次元と此方の次元をずらしていたようだ。
蒼麗が扉を開けたときに闇しか見えなかったのもそれが原因だろう。
因みに、次元をずらしたのは中から逃げられないようにする為に他ならない。
となれば、問題はそのずらされた次元をどうやって戻すかだ。




そうして何事もなかったように次の行動に移る彼女達に、銀河と緑翠は互いに目配せする。



そんな二人の心中は勿論



決して、何があっても彼らにだけは逆らわないようにしよう――




であったのは言うまでもないだろう。




一方、そんな配下の心中など一ミクロンも気にする事のない青輝と蒼花は淡々と扉を目の前に突破口について話し合う。



「だから、この方法で行きましょうってば!これしかないわ」


「ちょっと待て。それだと余計な手間がかかる」


「じゃあ、こっちならどう?これなら速いわ」


「どっちにしろ術を発動させるのは俺だろうが」



只管提案を続ける蒼花に対し、青輝は冷静に判断していく。
その見事に息のあった様子は一流の漫才師もはだしで逃げ出すほどのもの。




が、そんなやり取りの半ば、突如感じたのは禍々しさを帯びた――嫌な気配。




唐突に言葉を区切り、青輝は未だあーだこーだと騒ぐ蒼花を黙らせて背後にかばう。




また、それまで呆然としていた銀河と緑翠も、瞬時に後ろを振り返り何時でも戦闘に移れる体制をとった。










ズチャ………キィィィィィィィィ……










気づけば、いつの間にか暗くなっていた周囲。その廊下の奥から聞こえてくる不気味な音。
何かが此方にやって這いずってくる様なそれと、何かの鳴き声のようなそれ。しかも、一つではない。



「………青輝、あれってさ………」


普通の人ならば恐怖に悲鳴をあげても可笑しくないこの状況にも関わらず、蒼花は寧ろ楽しそうに笑っていた。



「ああ………どうやら、あいつ――此処に来る前に始末していたようだな」



そういえば、あの男は蒼麗を含めた会場内の人間の命を盾に自分に契約を迫った。
が、完全には殺そうとしていたかと言うとそうではなかった。いや、蒼麗に関しては始末する気だっただろう。
しかし、その他の者達に関しては、そこまでは考えていなかったに違いない。が、それも当然だ。
会場内に居る者達はああ見えて有力者達が多く、それら全てを敵に回すにはあいつ程度では無理がある。
出来て、受賞者達を全員始末するぐらいであろう。


という事は、そこで利害の不一致が生じたか――




全員を皆殺しにする事を望んでいた暗殺者達と




青輝は笑った。





既にあの男ではもうどうにもならない所まで暴走を始めていたのだろう




だから――





暗殺者達を殺した







青輝は、自分達から既に5mまで迫ったそれ――化け物となった暗殺者達を一瞥した。







「死んでも死に切れない思いからの化け物化か……」






とすると、哀れな者だと青輝は敵ながら哀れんだ。




この世界にさえ来なければこの様な事にはならなかったというのに……








「せめてもの救いだ。この俺自らの手で滅しよう――蒼花」


「はいはい。私はこっちで扉を開く為の作業を行うわ。緑翠、あんたは青輝の援護につけ」


「ぎ、御意っ」


「銀河、あんたはこっちを手伝うのよ」


「しょ、承知致しました」


そしてそれぞれが術を発動させる。







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