入学式は波乱に満ちて-12
「ふむ……とうとうお出ましのようだな?出来損ないの道化が」
「ふふvv死んだ振りとはいい度胸だったわね?といっても、あんた以外のは本当に死んでいたけど」
そこで、蒼花は言葉を切った。
そして、くすりと笑う。その妖艶なる笑みに、銀河と緑翠はこんな状況にもかかわらずそれに魅入った。
が、蒼花の次の言葉に、彼らは愕然とする。
「でも、その死んでいた奴らは全員あんたが殺してしまったんですものね?自分の正体がばれかけたという理由で」
え?
「蒼花様、それは……では、まさか彼は本当に生きて……いや、彼が!まさか本当に彼が殺したのですかっ?!」
そう叫ぶ銀河が呆然と見つめるその先にいる一人の男
それは――ロビーで死体となっていた自分達の仲間の一人。
加えて、その手首に嵌っている銀のアンクレットが疑いようのない事実と知らしめる。
「くくく――上手い具合に騙されてくれて寧ろ可笑しくさえあったよ、銀河、緑翠」
「「っ?!」」
「名無しの権兵衛が青輝の側近二人を呼び捨てだなんて態度がでかいわね?」
蒼花の嫌味たっぷりの嘲りの言葉に、男は苦々しく唇を嚊んだ。
「――ええ、確かに私はその他大勢でしたよ。能力も容姿も頭脳も青輝様の側近達に劣る。唯一の取りえは家柄の高さ位」
そう言う目の前の男の家柄は、確かに銀河や緑翠よりも高かった。名門中の名門の一つである。
だが、そんな素晴らしい家柄を持っていようとも、その家柄一つだけで出世できるほど甘くはないのが現在の世。
いや、昔ならば可能だっただろう。金で官位を買うといった事もできたしほぼ日常的だった。
しかし、青輝達の両親達が統治して以降は完全なる能力主義。能力があれば何処までも出世でき、逆に本人が無能であれば
どれほど名門の家出身だろうと一兵卒または下っ端官吏どまり。自分の力が全てだった。
だが、それはこの目の前の男程度の能力では決して上に上がれない事を示す。
と同時に、彼よりも家柄が低い――けれど、優秀な銀河達が上官として自分を見下ろすのだ。
それは、プライドの高い彼にとっては非常に苦痛であるのは火を見るよりも明らかであろう。
「何時もねたましく思ってました。何故、貴方たち如きが私の上に立つのか?私の方が身分も地位も上だというのに。
しかし、一番腹立たしいのはあの無能の落ちこぼれっ!」
上に上がりたいならば努力すればいい。だが、そんな事は馬鹿馬鹿しかった。
自分は名門出身。そんなものは、平民どもがやればいい。苦労なんて大金を払ってでもしたくない。
そして思いついた。自分の妹を青輝の妻として嫁がせて姻戚関係を結べばいいと。
そうなれば、幾らかは此方が有利になる筈だ。そればかりか、もし青輝が妹にのめり込めば繁栄は約束されたも同然。
そうして、自分の美しい妹を青輝の後宮へと送り込んだ。
しかし――青輝は一切見向きしなかった。
美しい妹。多くの名門の子息達に求婚されるほどの美しさを持ちつつも、控えめで大人しい彼女は必ずや青輝にも気に入られる筈。
勿論、青輝には既に許婚が居たが、その相手はあの落ちこぼれ。
文武両道にして聡明且つ打てば響く様な機知と博識さを持ち合わせた絶世の美少女である双子の妹ならばまだしも、
あんな無能な姫に自分の妹が負けるはずがない。
なのに、どれほど青輝にそれとなく妹を売り込んでも、彼は決して妹の所に足を運ばなかった。
宴でもその存在すら無視する。
が、一番許せなかったのが1ヶ月前の宴の時だ。
自分自ら青輝に妹を売り込んでいる最中に、たまたま宴に参加していた蒼麗が割り込んできたのだ。
勿論、当然ながら自分達は無視したが、事もあろうか青輝は蒼麗を連れてその場を立ち去ってしまった。
今でも思い出せる。あの時の屈辱を。周囲からの失笑と嘲りを。
あの美しい妹の方ではなく、無能な姉にコケにされたと彼らは嘲笑っていた。
許せるものか。
そもそも、あの少女さえ居なければ全てが上手く行ったのだ。
だから、自分を恋い慕い蒼麗の通う学校に在籍する少女達を言葉巧みに操って嫌がらせを続けた。
時には罵倒し、時には嘲笑い。
そうして――ようやくその少女を葬るチャンスを得た。
「月光石は本当に面白い過去を見せてくれたわ」
蒼花はクスクスと笑った。そう――月光石は【タルテトギストス】の製作者の正体以外にも、実に面白い過去を見せてくれた。
彼が行ってきた事の数々を。そして今回の騒動の裏でどの様に暗躍していたのかを。
「あんたがお姉様を葬るチャンスを狙っていた事。そして、今回の件に眼をつけたこと。勿論、今回の事は本当に偶然。
けれど、向こうの世界から来た暗殺者達が、お姉様と同じく今回の入学式での受賞者の一人であり、何時までたっても
その正体を明らかに出来ずに居たのを知ってあんたは喜んだ。そして囁いた」
『そんな面倒な事をせずとも、皆殺してしまえばいい』
「受賞者全てを殺してしまえばいいとあんたは言ったの。勿論、反論されないように、貴方の家に伝わる傀儡香を薄めて少しずつ自分の
思いどおりにしていった。けど、それだけじゃない。あんた、麻薬まで使ったわね?それが、現在も続く暗殺者達の無謀な行動、
暴走へと繋がったのよ」
「流石は蒼花様。そこまでお知りとは」
「けど、その過程には幾つかの障害が生じたのも事実。まず最初の障害は、暗殺者達との接触を少なからず他の者達に感づかれた事よ。
いえ、正確には少しばかり疑いを持たれたと言う所ね?けど、どんなに少しでも疑いをもたれれば貴方は動きにくくなる。だから、貴方は
他の者達を殺すように暗殺者達を操ったわ。そして暗殺者達は、丁度羅雁から借りた力で彼らを殺した。そして次の障害は、羅雁。
青輝並に頭が回り能力を持つ彼ならば、ほどなく暗殺者達と自分の繋がりを知ることになるわ。実際に、疑いを持っていたから。
しかしこのまま野放しにしていれば、せっかく暗殺者達を操りホールごと爆発させてお姉様を殺す計画に支障をきたしてしまう。
しかも、暗殺者達の計画やら何やらについて彼は知りすぎていた。けれど、だからといって彼を引き込むだけの力もない。
だから、これまた隙を突いて暗殺者達に葬らせた。けどまあ、最終的には失敗したけどね」
「ああ……やっぱり生きてたんですか」
「生きてたわよ?ってか、そんな暗殺者ごときに倒されるわけがないじゃないvv」
「そうですか……忌々しい男だ」
「忌々しいのはお前の方だ。今回の騒動を此処まで大きくしてくれたんだからな?いや、全てはお前が、お前こそが元凶といってもいい。
なぜなら、蒼麗の作った【タルテスギストス】ごと材料を外に放り投げて、別世界に飛ばす原因を作ったのも、お前の命を受けた女ども。
辿って行けば、そんな事を命じたお前が今回の元凶だ。つまりお前さえそんな事をしなければ今回の件は起きなかった」
そう――そんな事さえしなければ、どんなに蒼麗が自分の作ったものに対して無頓着でも、こんな事はおきなかった。
なのに、この男は更に野望を膨らませた挙句、此処まで事態を悪化させた。元々忌々しい男だと思っていたが、これにはもう我慢は出来ない。
「で、どうするの?私達の前に姿を現して――全てが分ってしまった今、今回の件の黒幕とも言うべき貴方に
この先に待っているものは破滅だけよ?」
既に、両親にも連絡を入れており、程なく援軍は来る。暗殺者達も全て確保されるだろう――生きていれば。
勿論、目の前の男も。出世どころか、待つのは破滅だけである。しかし、それも当然。
多くの者達を殺し、ホールに居る者達を危険な目にあわせ、更には蒼麗の抹殺計画まで練っていたのだ。
が、彼はくすくすと笑うだけだった。
「何が可笑しい?」
「いえ――確かに私の前に待っているのは破滅。しかし、それだけではありません。この切り札がある限り、私の未来はバラ色ですよ」
「切り札?」
「ええ、あの落ちこぼれ姫のね?」
「「っ?!」」
眼を見開く銀河と緑翠
「貴様っ」
「それに、現在入学式に出ている方達の命も皆私の手の中に握られています」
そうして、彼はニタリと笑った。
「さて、どうしますか?青輝様」
その言葉の裏には、自分の妹を妻とし、自分を取り立て一族に繁栄を齎すようにとの脅しが含まれていた。
「どうしますか?青輝様――って、考えるまでもありませんよね?確かに、あの落ちこぼれ姫の実家には私の家は格段に劣ります」
というか、足元にさえ及ばない。そう思う銀河と緑翠の心の中をよそに、彼は話し続ける。
「しかし、それさえ抜かせば私の妹が負ける筈がない。そう、全てにおいて勝っている!!しかもきっと優秀な跡継ぎも設けられる筈だっ!!」
自分の家を繁栄させる為の子供が
彼にとって、自分の未来の甥か姪はその為の道具だった
というか、そうでなくてはならないのだ
そうして悦に入る彼
その姿も口調も恍惚を通り越し、狂気すら垣間見える
唯、自分の望む未来だけを見つめていた
だから、気づかなかった
青輝と蒼花が浮かべたその残酷な笑みに
気づいたのは銀河と緑翠だけである
そして彼らは悟った
この目の前の男の末路を
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