入学式は波乱に満ちて-11
ガンっ!!
完全に閉ざされた扉。押しても引いても動かない式場内の入り口に、銀河は苛立ちを覚えた。
この向こうに、大勢の人々が居る。学生達やその家族達、来賓や学校関係者。そして――自分の妹も。
今頃、彼らは何も知らずに入学式に出席しているはずだ。この――死の箱の中で。
銀河は唇をかみ締めた。
誰か一人でもこの異変に気づいているものがいれば……。
居る筈である、他の仲間達には幾ら携帯で連絡しても全く連絡がつかなかった。たぶん、何かの妨害がなされているのだろう
また、何時もは唯一の頼みでもある妹は、今回の事について何も知らされていない。
それも全てはせっかくの晴れの日である入学式だからと知らせずに居たのだが、
今となっては逆にそれが仇となった。お陰で、向こうは今もその異変に気がつかない。
銀河は、大きく体をそらせると力の限り扉を殴りつけた。
しかし……扉が開く事も……ましてや、壊れることはなかった。
「くそっ!」
思わず舌打ちをする。しかも、腹が立つのは唯扉が開かない事だけではなかった。
「奴等……ふざけやがって……」
何度も殴りつけられた扉。
しかし、これほど殴りつけているにも関わらず、向こうでこの異変に気づく者は一人も現れる事はなかった。
幼いながらも一流の能力者である妹でさえも……。
が、それもその筈。この扉には、特殊な結界が張られているのだ。
それも――外で起きた全ての音も衝撃も吸収してしまうというものである。
しかも張られている結界はもうひとつあった。それは、中の者達に関与する結界であり、無意識に扉を避ける様にするもの。
お陰で、本来ならば少なからず出入りしても良い筈なのに、誰一人として扉から出ようとする者も居なければ、
扉に近づく者さえ居なかった。
あの暗殺者達にこんな強力な結界を張る力があったなんて――
いや
「あの腐れ皇子の仕業か……」
わが君と同等の力を持つと謡われるあの羅雁ならばこの位の結界を張る事など簡単な事である。
但し、今回の場合は本人が自分で張ったのではなく、きっとあの暗殺者どもが羅雁から奪い取ったもので張り巡らせたのであろう。
本当に忌々しい奴らだ
「力ずくで開けてしまいましょうか」
自分が本気になれば、この程度の結界などわけはない。
それこそ簡単に壊してくれる。
しかし――
銀河の脳裏に浮かぶそれが、それを実行させてはくれなかった。
なぜなら、ここで力をふるったが最後――
「………やはり穏便な方法で進めましょう」
銀河はきっぱりとそう言い切った。はっきりいって洒落にならないのは目に見えている。
「そう−−何事も地道が一番です」
「じゃあ頑張って結界を壊そうね」
「はい――」
って、え?
聞き覚えのある声。ってか、さっき別れたばかりで今はここにいない筈の少女の声に銀河はくるりと後ろを振り返った。
そうして目に映りこんだのは
やっぱり
「蒼麗様……」
銀河はその少女の名前を呼んだ。
その後ろでは、緑翠が「ごめん〜」と手を合わせている。
このボケナスっ!!
銀河の額に青筋が浮かんだのは言うまでもない。
「緑翠……お前……」
「う、だ、だって……」
「それより、銀ちゃん!!早くしないとっ!!」
その顔に一発右ストレートでもかましてやろうかと構える銀河に、蒼麗は必死になって言い募る。
その言葉に、確かにそうだと思い矛先を収めた銀河に、緑翠はホッと息を吐いた。
ただし、後で絶対に殴り飛ばされるんだろうが……。
「ってか、蒼麗様も蒼麗様です。どうして危険だというのに来るんですかっ」
「危険だからこそ、一人だけ安全な場所にいるのは嫌なんですっ!!私だって二人のことが大切なんです!
クラスのみんなが、みんなの事が大切なんですっ!!みんなを助けられるならどんな危険だって跳ね返して見せますっ!!」
そう言い切る蒼麗は、とても輝いていた。
例えどんな闇に飲み込まれても、決して輝きを失わないほどに。
また、そうきっぱりと言い切る蒼麗に、銀河はため息をついた。
しかし、それは呆れではない。
「仕方ありませんね……分りました。一緒にやりましょう。但し、本当に危険になったら力ずくで外に出しますからね」
それは、緑翠と同じ言葉。自分の事を心底案じてくれる銀河に、蒼麗はしっかりと頷き返事を返した。
「は〜〜いvv」
そして、とてとてと会場の入り口である扉に向かう。それと入れ違いに、銀河は扉から離れた。別の進入口を探す為に。
しかし、それが悪かった。
術を掛けられた扉。故に開かないはずの扉。
そう――銀河が何度叩いても、中から開くこともなかった扉が
バンっ!!
「へ?」
蒼麗の手が触れた瞬間、前触れもなく開いた。
「「はい?」」
何それ?
そう銀河達が思った瞬間だった。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!!
開いた扉の奥に広がっているのは入学式の会場――
な筈だが、実際には全てを吸い込むかのような暗い暗い闇が広がるだけ。
しかも、そんな闇が広がる扉の内部に向かって凄まじい風が流れ込んでいく。
気圧が違う。そう気づいた時には、蒼麗の体は扉の内部へと吸い込まれていく。
「きゃっ!!」
「「蒼麗様っ」」
銀河達が必死に手を伸ばす。
後、もう少し
しかし、触れ合う瞬間無常にも扉は閉まった。
押そうが叩こうが全く開かない。
「蒼麗様っ?!」
銀河の叫び声が廊下に虚しく響き渡る。
カツン――
「「誰だっ?!」」
自分達の他には誰もいない廊下に響き渡る足音に、二人の鋭い声が上がる。
が、そこに居たのは
「……青輝様……蒼花様っ!!」
それは、羅雁の術によって別の次元に飛ばされた筈の二人であった。
どうやら、術を破って出てきたらしい。
が、凄いのはあれだけの術にも関わらず、疲れた様子もなければ呼吸、服装一つ乱れていない所である。
やはり、我が君と蒼花様はお凄い方達だ。不謹慎にも、銀河達は心のそこからそう思った。そして改めて忠誠を誓う。
と、それまで黙っていた青輝が疲れた様にため息をついた。
「あの馬鹿の術を破って駆けつけてみれば………あの馬鹿は」
最初の馬鹿は羅雁の事であり、次の馬鹿は蒼麗を指しているようだ。
と、その言葉に瞬時に我に返った銀河達はすぐさま青輝達の元に駆け寄り傅いた。
「も、申し訳ありませんっ!!」
「我等がついていながらっ」
とんでもない失態を犯した。それこそ、殺されても文句は言えない。
しかし、青輝が彼らを手にかけることはなかった。
「気にするな。逃げろと言ってるのに留まったあの馬鹿にも責任はある………」
そう言う青輝の額には青筋が一つ、二つ。整った口元も微かに引きつっていた。
しかし、そんな様子でさえ蠱惑的なのだから、やはり青輝の美貌は相当のものだと言えよう。
「いえ、その様な事は……」
銀河は必死に言い募ろうとした。
が、そんな銀河の言葉は青輝の次の言葉よって遮られた。
「あの馬鹿……自分が作ったものぐらいきちんと把握しろとあれほど言ったというのに……」
「「は?」」
「姉さまの事を馬鹿って言わないでよっ!!姉さまは悪くないわっ!悪いのは姉さまの研究を勝手に忌むべきものとした奴等の方よっ!!
ってか、姉さまの作ったものを別の世界に投げ込んだ馬鹿よっ!!」
姉を馬鹿呼ばわりされた蒼花が猛然と青輝に抗議する。
って、はい?
「あ、あの、それはどういう……ってか、研究とか忌むべきものとか、他の世界に投げ込んだって……」
それって、もしかして
銀河達の脳裏に浮かぶ一つの推測。
それははっきり言ってあたって欲しくないもの。
しかし、ほどなく自分達の予想は当たる。
「お前達の考えた通りだ。今回の騒動となった【タルテトギストス】。それを作り、今回の暗殺のターゲットとされたのは
他の誰でもないあの馬鹿――」
「私のお姉さまよ」
蒼花が胸をそらせて言い切った。
銀河達は強い眩暈を感じた。
や、やっぱり………
「ってか、どういう事ですか?!というかどうして分ったんですか?ってか何時?!」
緑翠の叫びに、青輝は口を開いた。
「分ったのはついさっき。羅雁りの作り出した異次元に居た時だ」
そこで、突如光り輝いた月光石。その宝珠から放たれた光が閃光となってあたりを覆った後、周囲は激変していた。
気づけば、目の前に広がるのは過去の光景だった。
月光石は過去を見る力も持っている。故に、月光石の発動と共に過去の光景が現れた所でおかしい所は何もなかった。
が、なぜかそこに映し出されたのは蒼麗の姿。
どうやら、何かを作っているらしく、彼女が愛用している学校の研究室がそこには映し出されていた。
作っているものと、様子、そしてカレンダーの日にちから、どうやら今回の入学式で受賞予定の『祝福の神酒』を造っているのが分った。
と、そんな青輝達の前で過去の蒼麗は液体やら何やらをドポドポと鍋の中に突っ込んでいき、グルグルとかき回していく。
その表情から、どうやら経過は順調そうであった。
しかし、そこで問題が起きる。
それまで、蒼麗唯一人だった研究室に数人の女子生徒達が現れたのだ。
いかにも性格が悪そうな上、蒼麗に対して敵意を抱いている事が一目瞭然な彼女達は蒼麗を罵倒した挙句、彼女が作っていた
鍋の中身をぶちまけようとした。それを必死に阻止しようと蒼麗も抵抗する。そうこうしている内に、リーダー格の女子生徒が
蒼麗が抵抗した際にバランスを崩して転んでしまったからさぁ大変。怒り狂った女子生徒が鍋の中身を辺りにぶちまけ、
呆然としている蒼麗の顔を叩いた後、鍋の材料に使う筈だった幾つかの宝珠の様な球体が入った箱を窓の外へと投げてしまったのである。
そしてその一つ――テニスボールほどの大きさをした、透明味を帯びた青黒色の球体が空を舞った時
突如発生した異次元の穴。
それはとても小さかったけど
けれど、その球体一つを吸い込めるほどのそれは一瞬にしてその球体を吸い込み、別の次元へと送った。
そしてそれは、別の世界へと流れ着き
【タルテトギストス】
その名の下に、その国を脅かす事となったのである
因みに、その後蒼麗は作りだめしておいた【タルテトギストス】を改めて鍋の中に放り込んで泣きながら『祝福の神酒』を完成させ、
そこで過去の映像が終わった。
絶句したのは言うまでもない。
同じく過去を見る力を持つ青輝がどれほど力を尽くしても決して見つけることが出来なかった製作者が明らかとなったのだ。
今まで、その部分だけもやに包まれるようにして見る事が出来なかったその相手の姿が――
流石は月光石。
強大な力を持つ、自分の家の秘宝。その力をもってして見えない過去はないと言われる。
それ故に、使い方が難しく、滅多な事では発動しないように封印がかけられているが、それでも尚自分達に見せてくれた真実。
しかし、それに深く感動する暇はなかった。
何故なら
よりにもよって、赤の他人だと思っていた【タルテトギストス】の製作者が、自分達に関わりが深すぎる蒼麗だったからだ。
しかも、映像を見て思い出したが、そういえば前に蒼麗が授業で青黒色の宝珠を作ったという報告を受けていた。
但し、何の力も発動せず、その授業での評価は一番最低のEをつけられたらしいが。
しかし、それでもめげない蒼麗は、それを『祝福の神酒』の材料に使える事を突き止めたのであろう。
蒼麗が表彰される予定だったお酒は、それはそれはとても美味だという。
あの、【タルテトギストス】の入った『祝福の神酒』は……。
って、そんなもんが入ってたのか――
まあ、飲んだら別世界の有害物質に対して耐性が付く事はまず間違いなさそうだが……。
にしても、灯台下暗しとはこういう事を言うのか。
余りにも身近に居た製作者の正体に、青輝が思わず泣きたくなったのは言うまでもない。
「という感じで………あの馬鹿――もとい、蒼麗が製作者だと判明した」
「流石はお姉様だわvv」
蒼花が眼を輝かせてながらうっとりと呟く。が、青輝はそれをスルーし、また銀河と緑翠にもスルーさせた。
「そ、そんな……まさか、蒼麗様が……」
「いや、けどそれなら色々と説明がつく。過去を司る青輝様の力でさえ、過去を遡っても尚製作者の正体を掴めなかった事も」
過去を司り、それを自由に見通す力に関しては、両親を除けば他とは比べ物にならない程に強い力を持つ青輝の力をもってしても、
決して明らかとならなかった製作者の正体。
だが、緑翠の言うとおり、それも相手が蒼麗ならば全て説明がつく。
というのも、およそ過去の出来事ならば見通せない物はないとされる青輝の力は、とある一部の者達に関してはその効力を失うからだ。
その相手というのが、自分の家族や幼馴染達、そしてその家族達であった。
因みに、その理由は、まあ色々とあるが一番の理由はプライバシーの問題だった。
と、他の者達に対しては傍若無人に振る舞い、プライバシーなどあって無きに等しいにも関わらず、
彼らは自分達が認めた者達――親友達――に関してはしっかりと尊重しているのである。
そして当然ながら、蒼麗も彼の幼馴染の一人である。なので、力の及ばない相手の方にしっかりと入っていた。
故に、探せなかったのだ。
いや、それだけではない。そもそもの一番の理由は、
まさか、自分の身近の者である筈がないという固定観念のせいだろう。
だから、製作者の正体が霧がかかったかのように見えなかった事に対しても、こんな風に見れないのは
自分の身内が製作者だからと疑う所か、考える余地すらなかった。
他の何かによっての妨害だと信じきっていた。
青輝は自由且つ幅広く考えられなかった自分の思考を反省した。
と共に、自分で作ったものに関して無頓着な蒼麗に怒りと諦めを覚える。
というのも、彼女がお酒を作る時に入れていた材料の数々。
しかし、その半分も今回の受賞作品の製作レシピに描かれていなかったりする……。
とはいえ、【タルテギストス】という名前は向こうの世界が勝手に名づけ、蒼麗自身は別の名前をつけていたからどっちにしろ
レシピを見ても分らなかったと思われるが……。
「という事は、正真正銘蒼麗様が製作者………」
自分達が捜し求め、今回の騒動の原因とも言うべき製作者
それが、蒼麗だったなんて……
「憎いか?」
青輝の言葉に、銀河と緑翠は肩を震わした。
その言葉が、何を指しているのか
彼らの脳裏に、今回の件で犠牲になった仲間達の姿が思い浮かぶ。
彼らの無残な死。それらは、製作者の存在さえ分れば防げたかもしれない。
しかし
「いえ、憎いなどとんでもございません」
銀河ははっきりと言った。
蒼麗が悪いわけではない。
勿論、知らなければそれで良かったと言い切る事は出来ないが、だからといって蒼麗が完全に悪いとは言えない。
でなくとも、彼女は必死に他の受賞者達を助けようとしていた。
例え、能力なしでも、それでも自分にできる事をしようとしていた。
蒼麗だって知りたくなくて知らなかったわけではない。自分が今回の騒動の原因の一つであったなんて……。
だから――
「蒼麗様は……悪くありません」
銀河が、そう断言する
その時だった。
「悪くないなんて冗談じゃない。あの無能のせいで私の計画は狂わされた」
「え?」
振り向く銀河の顔の横を、数本のナイフが飛んでいく。
しかし、銀河は反応できなかった。それは、緑翠も同じ。
二人はナイフが飛んできた方向を振り返ったまま固まってしまった。
唯、青輝と蒼花だけが冷たい眼差しで彼を見る。
その、人物を――
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