入学式は波乱に満ちて
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――――――





(傀儡香を使ったのか……)



銀河の猛攻撃をすべて交わしながら、羅雁は移動していく多くの気配の原因を感じ取った。
それに伴い、意識の一部を向こうにとばして様子を探り、その原因が傀儡香だと知る。
傀儡香――その名の通り、嗅がせた相手を自分の傀儡としてしまう力を持つ。幾ら薬に強いといっても抗う事は難しい代物である。
と、別の場所でも多くの気配が動くのを感じた。受賞者達も誘導され始めたようだ。
向かう場所は会場だろう。さっき見てきたが、それはそれは数多くの爆発物が仕掛けられていた。



全員を集めてドッカ〜〜ンという事だろう。



馬鹿なやつ等だ。確実に報復がいくだろう。確かに別世界への介入は難しいが、青輝達のことだ。
いろいろとやりようはある。


いや、それ以上に自分達の存在がまだ気づかれていないと信じきっている所がすごい。
まあ、それもすべては青輝達と――この俺の手腕の凄さだろうが。偽の情報として、居もしない凶悪なテロ犯をでっちあげて、
その為の警備の厳しさだと思わせておいてやったのだから。



だから――まだ、受賞者達も式参加者達も生きていられる。



自分達が手に入れたいくつ物手札が優位だと信じているからこそ。





しかし――





(それにしては結構妙な所があったがな)




慎重かと思えば無謀なまでに大胆に、物静かかと思えば激昂しやすく、常識的かと思えばとんでもない事をする。
そして言動が常に不安定なのだ。まるで、何かの薬でも使っているかのように……







「………まあ、ありえなくもない」



ビュンっと、顔の横を銀河の鞭が通り抜けていく。



ああ、いい腕だ。意識を目の前の銀河に戻す。
激しい怒りの中にも確固たる意思と冷静さを保っている。
と、その瞳に小さな戸惑いを見つけた。


羅雁は笑う。


彼も、微かに感じる沢山の気配の移動を感じ取ったのだろう。



見事だ。だが、それだけではだめだ。
それに対してどう対処するか――





このまま、自分との戦いを続けていれば手遅れになるだろう。




と、そうこうしている間にも、沢山の気配はホール内へと集まっていった。
そして、ホール内の全ての扉が閉まり、鍵がかけられた。舞台は整った。




後は、時が来るまで待てばいい








しかし――




(それでは面白くない)



あがいてあがいてあがきまくった方がよっぽど楽しいではないか!



羅雁はにやりと笑った。



さあ、その為の道を示そう



そうすれば、後は自動的に進んでくれる



整った赤い唇が、ゆっくりと動いた。




「早く行かないと手遅れになるぞ?」



たったそれだけ。何が?そんな目的語は全くなかった。
だが、それだけで、銀河は全てを悟った。




何が、手遅れになるのか




今、何が起きているのか




暗殺者たちに、出し抜かれたその現実を悟った





「行け。もう無駄かもしれないが――やれるだけやってもみればいい」




そして、俺も調べてみるとするか




その裏の真実を




きっと面白いことがわかる




最後に、羅雁は含みのある笑みを一つ残してその場を立ち去った。




「銀ちゃん……」



「緑翠、蒼麗様を連れて先に外へ」


「銀ちゃんっ?!」



「ホール内の全ての者達が会場内に集められました。もう、時間がないっ」



暗殺者達はそこで全員を殺すつもりだ。もう、誰が製作者なのか心底関係ないらしい。
疑わしきもの全てを殺しつくす――それが、実行されかけている。




「緑翠っ!頼んだぞっ!」


銀河が走り出す。



「銀ちゃん、待って!」


叫び、走り出そうとした蒼麗だったが、後ろから腕をつかまれて止められる。


「緑ちゃん?離してっ」


「蒼麗様」


「私一人だけ逃げるなんて絶対にいやですっ!確かに力はないけれど、私にだってできる事はひとつ位ありますっ!
お願い、行かせてっ!」


蒼麗の必死の懇願に、緑翠は問いかけた。


「……死ぬかもしれませんよ?すでにこちらの被害はかなり出ている」


「それでもっ!ここで一人で逃げ出したほうが亡くなった人達の思いを無駄にするわっ!ってか、亡くなった人達を手にかけた
人達をこのままになんてしておけないっ!みんなが危ないのに、自分だけが安全な場所に居るなんてできないっ!」



「蒼麗様………仕方ありませんね」



「緑ちゃん」



「但し、どうしても危なくなったら問答無用で外に連れ出しますからね」


「ありがとう!」



うれしさのあまり、思わず緑翠に飛びつく。



「それじゃあ、行こうっ!」



「ええ」



走り出す蒼麗に、緑翠も跡を追いかけ始める。




しかしその心中は




(蒼麗様に抱きつかれた………うれしいけれど、青輝様達に見られたら絶対に殺される――)



とても複雑な心境だった。




























「それでは、これより第125回聖華学園及び天桜学園の合同入学式を行います」



入学生とその家族、そして来賓達と学校関係者達併せて数百人という
大人数によって埋め尽くされた式場内に響くのは、開会の言葉。



それは、静まり返っていた式場内の隅々に響き渡り、そして消えていく。



逆に、深まるのは厳かで厳粛な空気。
司会に促され、両校の学長が壇上へと上がっていく。




しかし、ここに居る誰も気づいては居なかった。







この会場内に設置された多くの爆発物の存在を。






両校の学長達が今日という喜ばしい日について、そして入学してくる学生達に歓迎と励ましの言葉を送る。










爆発まで後35分













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