入学式は波乱に満ちて-1
蒼花の意味深発言から一夜明けたあくる日。
雲一つない晴れ渡った空の下。
この都市内にある数多の中学校で入学式が開催される中、此処――都市でも第二位の歴史を誇る天桜学園の中等科でもまた、
新入生を迎える入学式が開始されようとしていた。
「はぁ・・・・・」
「蒼麗、大丈夫?」
そういって心配そうに声をかけてくれるのは、もちろん聖だった。
というのも、彼女だけが私の心にかかる暗雲の原因を知っているからである。
「今からそんなんでは式の途中でバテてしまいますわよ」
「うん、それは分かってるんだけどね・・・」
教室についてからつくため息も、もはや30回を超える。
こうもため息をつき続けていれば、そんな事を言いたくもなるだろう。
心なしか、教室に居る他のクラスメイト達もまた、此方を心配そうに見ている。
「一体あの子は何をしてくるんだろうってとにかく気になるの」
あの子とは勿論、双子の妹のことだ。
そんな妹は、昨日の夜、入学式で楽しいことをするといった。
楽しいこと。普通なら何かの催し物でもあるのかというレベルの予測だが、あの妹に関してはそれは通用しない。
何せ、あの妹がやることは昔からとんでもない事が多かった。度肝どころか心臓が口から飛び出しそうになった経験は一度や二度ではない。
なもんだから、今回は一体何をやらかされるのかハラハラしてしまうのは当然の事と言えよう。また、下手に頭が良い分、妹のやる事は悪い意味で完璧であり、
ちょっとやそっとでは実行される前に止めることも不可能である。こういう時に自分の平凡な能力が恨めしく思う。
他の人に迷惑をかけなければいいが。
いや、例え迷惑をかけられても、相手が蒼花ならば即座に許してしまうのだろうが。
「ああ・・何とか何事もなく式が終わらないかな」
無駄だと思うが、それでも心からそれを願う。
そうして、席を立つと気分転換もかねて窓の外を眺めた。
まだ気分は落ち込んでいたかったが、さすがにこれ以上は他の人達にも悪い。
今日は入学式。出来るなら晴れ晴れとした気分で迎えたい。
と、――校門の方を見て驚いた。
「今年は凄い数の外部入学者だね」
そこには、多くの新入生が期待に胸をふくらませて門をくぐる光景が広がっていた。
その凄さに、妹が何をしでかすのかという不安が頭の隅へと追いやられる。
周囲に居たやはり初等科からの繰り上がり組であり、初等科から同じ特別クラスに属していた長年の付き合いであるクラスメイト達が
それぞれ窓の方に移動してきた。
「そういえば、今年は外部からの入学者が何時もと比べて+3割って話だったな」
「だから今回は学校もいつも以上に大忙しって話だよ」
隣で窓の外をのぞき込むクラスメイトの言葉に応じながら、蒼麗は再び窓の外をのぞき込んだ。
元々、この学校は幼稚舎からそのまま大学まで繰り上がる者達の方が多く、途中入学自体が珍しいといえる。
本来なら、今年の十分の一程度の入学者・・・数で言うと15人程度しかいないのが常だった。これは、新入生全体から言うと本当に少ない割合だろう。
とはいえ、この人数の少なさは、元々の志望者が、この学校が不人気で倍率が低いというわけではない。
寧ろ、この都市でも古い歴史を持つ名門校として人気は非常に高く、倍率も馬鹿みたいに高かった。平均倍率は常に20倍を超す。
が、それに比べて何故入学者が少ないかと言うと、この学校の途中入学の為の試験が激がつくほど難しいためである。
試験は主に面接、実技試験、筆記試験の3つだが、その難易度は凄まじいものがあった。
そのため、募集人数を多くしても試験に突破出来ずに落ちる者が続出し、結果として入る人数が少なくなってしまうのである。
しかし、今年の中等科は例年に見ない3割という外部からの入学者が出たと言うことで、それほどの優秀揃いが?!などと、
色々な意味で騒ぎとなっているらしい。
但し、話ではこの特別クラスに入る予定の外部入学者はいないそうだが。
「可愛い子が居たらぜひとも特別クラスに入ってほしいのに」
頬を膨らませて呟く蒼麗に、クラスメイト達が苦笑する。
蒼麗よ、それは正に親父発言だ。だが、敢えて誰も声に発しては言わなかった。
「まあ、それはそれで嬉しいけど……でも、他のクラスならばまだしも、この特別クラスに途中から入ってくる人は殆どいないと思うよ」
キランと光る分厚い眼鏡を軽く動かしながら、このクラスの委員長たる少年が穏やかに述べた。
「う〜ん、それはそうだけど……」
確かに、委員長の言うとおりだ。この特別クラスに途中から入学するような者は滅多にいないだろう。
そしてそれこそがこのクラスが特別クラスと言われる所以であった。
そもそも、この学校では各学年ごとに幾つかクラス分けがされており、それぞれ超特進クラス、
特進クラス、普通クラス、そして蒼麗達が所属する特別クラスの4つに分かれていた。
そして夫々のクラスは前から1クラス、2クラス、7クラス、1クラスずつからなっており、合計一学年に10クラス存在しているのであった。
因みに、一クラスの人数は特別クラスを除けばそれぞれ50人ずついる。
そんなクラス分けの基準は主に学力テストや能力テストの順位だが、その他に家柄や財力なども含まれていた。
と言うのは、この学校には良家や金持ちの子息令嬢が多く通う学校であり、そういった者達の殆どが
色々な点で恵まれている超特進クラスや特進クラスに所属するのが昔からの慣わしとなっているからだ。
逆に、良家や金持ちの中でも劣っている者や一般家庭の者達の殆どは普通クラスに所属する。
そういった事もあり、数少ない超特進クラスや特進クラスは学生達からの憧れの的であり、半年に一度ある
上のクラスに上がるテストに合格しようとする者達も多くいるのであった。
が、そんな中、絶対にこのクラスにだけはなりたくないと生徒達から敬遠されているクラスがあった。
そのクラスの名は特別クラス。一度そのクラスに振り分けられれば卒業するまで他のクラスに変われないと
言われていた。因みに、それを証明するようにこのクラスの生徒達は他のクラスの生徒達とは違い、
超特進や特進クラスにあがるテストを受ける資格がなく、正に卒業まで一度もクラス替えをする事のない
クラスであった。お陰で、そこに所属する現在40人の生徒達は幼稚園からの付き合いを卒業まで続ける事となる。
そしてそんなクラスに所属する生徒達が何故このクラスに入れられたかと言うと、それは
「元々、僕達は特別だからね――あらゆる意味で」
特別クラスに所属する生徒は、あらゆる意味で特別な部分を持っていた。
そしてそれ故に彼らはこのクラスに叩き込まれたのである。
だが、そのお陰で彼らは他の生徒達から敬遠され、更には苛めや罵詈雑言の対象になるはめとなった。
唯、何故そんなにまで敬遠されるのかは誰も知らない。解っているのは、特別クラスの生徒達は普通ではないと
思われている事。と言っても、全ての生徒達から敬遠されるという事はなく、特に普通クラスの生徒達の中には
彼らと仲良くしてくれる者達も多くいた。
別に、特別クラスだからって関係ないじゃん?――と。
そういって、気さくに声をかけてくれる者達も――確かに存在した。
だから――別にどうでも良くなった。敬遠される事なんて。
特別クラスのくせに
そう罵倒される事は多いけれど
でも、大丈夫。
ちゃんと自分達を認めてくれる人達もいるから。
最初はどうしてこのクラスに投げ込まれたのかと悩み苦しんだが、今ではそんな思いも殆どない。
そう、あの時から自分達は変わった。そして知ったのだ。
自分達を認めてくれる者達がいる事を
あの日、初等科に外部の入学者として入ってきた蒼麗によって
荒れ果てていた自分達はその出口のないトンネルから出る事が出来たのである。
そして今では特別クラスの生徒である事を誇りにする思う
「やっぱり……うちのクラスにも入ってきて欲しいな。新しく友達になれるかもしれないし」
少し不満気な様子で窓の外を眺める蒼麗に、他のクラスメイト達は苦笑した。
時と場合によっては驚くほど大人びている蒼麗だが、こんな所を見ればまだまだ子供だ。
と言っても、自分達も年齢的に言えばまだまだ子供なのだが。
しかし、そんなほんわかとした空気は蒼麗の次の言葉によって音を立てて壊れる。
「6年間もずっと一緒。この後もずっとこのまま同じクラスメイトだと飽きるし」
「「「「「「ヒドっ!!」」」」」」」
温厚で優しく何時も元気で明るく努力家な蒼麗。
しかし、彼女は時々毒舌を吐く事があり、今がまさにそれだった。
とは言え、確かにずっと同じクラスであれば飽きるのも確かだが。
そうして、蒼麗の発言にクラスメイト達が落ち込む最中、その知らせはクラスに入ってきた
同級生の一人によって齎された。
「はぁ?うちの中等科の入学式が、あの聖華学園と合同で行なうですって?」
聖華学園――この都市では天桜学園を抜くエスカレーター式の名門学園であり、その格式や歴史は
正しくダントツトップの位置に位置していた。加えて、この学校に比べて良家や金持ちの子息令嬢の子供達や
一般家庭出身の優秀な生徒達も多く、また入学試験の難易度は凄まじいものがあった。
更に、この学校からは多くの優秀な卒業生達を輩出しており、よってこの学園に、例え途中入学といえ
入学を希望する者達は多く、毎年その倍率は20倍を軽く越えているのが常となっていた。
しかも、この学校は奨学金制度や授業料免除制度が天桜学園よりもしっかりと確立している為、
金銭面で困難をきたす者達もしっかりと大学まで卒業する事が出来ていた。
そしてそれが更に倍率に拍車をかけ、この都市一の名門校の座を常にキープする形となっているのである。
そんな、雲の上の学校と自分達の学校が共同入学式?
「い、一体どうして……」
突然の事に、蒼麗が呆然としながら呟いた。
すると――
「何でも、向こうが是非にという事らしい。生徒会の方も乗り気だって言うから」
生徒会――それは、名実共に事実上学校を支配している中枢機関の事である。
そもそも、聖華学園は天桜学園と同じく教師達には学校を動かす力はなく、いざ何かを決める、または物事が
起きた時にはこの生徒会という組織が中心となって解決していく。生徒会は、生徒会長を筆頭に、副会長、書記、
会計、そしてその他の執行部の者達からなっており、それぞれが個人個人で絶大な権力と地位を誇っており、
かなり大きなお金を動かすことが可能であった。
そして、そんな彼らによって二つの学校のあらゆる機能、財政、法則が統治されているのである。
故に、その絶対的な権力と地位を求める者達にとって生徒会に入る事は正に至上の目標とも言える。
――と、話は戻るが、そんな生徒会が乗り気ならば合同入学式が開催される事になったのも当然だろう。
生徒会の意思は学校の意思なのだから。
が――
蒼麗は冷や汗をかき始める。
「生徒会……」
生徒会が乗り気ゆえの合同入学式。今まではそんな事はなかったというのに。
それは何故?そう考えた蒼麗だったが、そこでふと気付いた。
聖華学園サイドの生徒会メンバーの面々を。
「……まさか」
「そういえば生徒会の面々ってお前の幼馴染達だよな?蒼麗」
クラスメイトの一人が言う。他のクラスメイトが慌てて黙らせるが、もう遅かった。
蒼麗がその場に突っ伏す。
「そ、蒼麗?」
周囲が恐る恐る名を呼んでくるが、今の蒼麗にはそれ所ではなかった。
「も、もしかして……」
聖華学園の生徒会――それは、幼稚舎から大学院まで全て蒼麗の幼馴染達で支配されていた。
蒼麗を追いかけて此方にやって来た彼らが学園に入学して間も無くから。その権力も財力も全てを
握ってしまったのだ。お陰で、現在の学園は蒼麗の幼馴染達の思うがまま。しかも尚悪い事にそんな幼馴染達に
生徒達が心酔し忠誠を誓っている為に誰もクーデターを起こさない。もう全員がイエスマン状態なのである。
蒼麗の脳裏に、昨日の蒼花の言葉が思い出された。
「お姉様、明日は楽しみにしててねvv」
蒼花の言葉と、今回の合同入学式が一本の線で繋がる。
……………………蒼花が言っていたのはこの事かぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!
きっと、あの妹の事だからまず間違いない。
蒼花は、いや、あの幼馴染達は此方の学校と自分達の学校の中学の入学式が同じ日に行なわれるのをいい事に、
合同でやる事を思いついたのだ。たぶん、立案者は自分の妹だ。そして即座に案件を通してしまったのだろう。
向う所敵なしのあの幼馴染達だ。誰にも邪魔なんてさせない。
そうして自分の知らない間に事は進んでいったのだ。
って、こんな事なら昨日何が何でも妹から聞き出していればよかった!!
「大丈夫?蒼麗?」
心配したクラスメイトの一人が声をかけてくる。
その心遣いは嬉しいが、結構大丈夫じゃない……。
だが、そうして悩んでいる間にもどんどん時間は過ぎていく。
そして終に
『中等科新1年生に連絡です。今回の入学式は創花学園と合同で行なう事になりました。よって、会場である
総合ホールへと向いますので、皆様移動手段であるバスが停まっている玄関に集合して下さい』
移動を促す放送がかかった。
どうやら拒否権はないらしい。
蒼麗の口から悲痛な悲鳴が漏れていった。
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