入学式は波乱に満ちて-2
演劇やオーケストラから始まり、講演会なども多く行われるこの街一番の広さを誇るその多目的ホールである総合ホールに、
今続々と人々が集まり始める。それらは全て、今回この総合ホールにて行われる聖華学園と天桜学園の合同入学式に
出席する生徒達とその家族、そして学校関係者達であった。
急遽決まった入学式開催場所に、それぞれの学校で用意したバスでもって駆けつけ、ゾロゾロと降りてはホールへと入っていく。
そんな中、他と同じく学校で用意されたバスに乗って辿り着いた天桜学園中等科1年特別クラスの面々は、
悠々とした様子でバスを降りてホールへと入っていった。
と、玄関に入ってすぐの所で係りの者達が、先に来ていた入学式に出席する生徒達を案内しているのが見えた。
「あの、入学式に出席する生徒の方達ですか?」
自分達に気づいた係員の一人が此方に声をかけてくる。
「あ、そうです」
取り合えず一番先頭に居た蒼麗が頷きながら答えた。
「それでは、此方へどうぞ――ああ、すいませんが貴方だけはそちらへ」
蒼麗だけは別の方から入れという係員の指示に、蒼麗は首をかしげた。
「へ?」
「実は、入学式の際に色々と授与式が行われます。確か、入学式の案内に
書かれてあったと思うのですが――」
「え、あ、そういえば」
入学式の案内に書かれていた文章を思い出し、蒼麗は頷いた。
「それでですね、その授与式で賞を授けられる方達に対しての説明が
式開始前に別室においてなされることになっています。今回は通常とは違い、
場所も式の仕方も合同入学式と言う事で色々と変わっておりますので、
事前に夫々の学校でなされている説明は残念ながら無効となってしまっています。
その為、こうして賞を授与される方達を呼び止めさせて頂いております。
確か貴方は錬金術・開発部門で優秀賞を取られていると此方では
伺わせて頂いているのですが――」
係員のそんな言葉に、蒼麗はしばし首をかしげ――
「あ――ええ、一応」
と、同意した。
それは昨年のこと。蒼麗が作った『祝福の神酒』という美酒が街開催の
錬金術展において優秀賞を取ったのだ。そしてその授与式は、今回の
入学式にて行われることになっていた。当然ながら、係員の言うとおり
蒼麗も説明を受ける必要がある。
「それでは、此方にご案内致します」
「解かりました。じゃあ皆、また後でね」
そして蒼麗は、係員に案内されて授与者達の集まる別室へと向かったのだった。
「此方です」
係員に促され、目の前の扉を開ける。
その瞬間、中からそれは飛び出してきた。
「お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁvv」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
部屋を間違った?!いや、係員の人に案内されたからそんな事はないっ!!
って事は此処は授与者の控え室?
突然部屋の中から現れた蒼花に混乱する蒼花に、しっかりと姉に抱きついた蒼花はふっくらとした
紅く塗れた口唇を姉の耳に寄せて囁いた。
「そのどれも違うわvvだって此処は授与者の控え室ではないんですものvv」
「へ?」
「ふふvv此処は私達の控え室よ♪そう――聖華学園の生徒会の控え室vv」
聖華学園の生徒会の控え室――
蒼麗の脳裏に、目まぐるしく聖華学園生徒会の面々が浮かんでいく。
それ全員私の幼馴染達(怜悧冷徹冷酷非道で自己中、更には唯我独尊で
我侭の鬼畜腹黒大魔王な内面を持つ)!!
蒼麗の目に、蒼花が出てきた部屋の入り口が地獄の入り口に見えた。
「それでは蒼花様、どうぞごゆっくり」
蒼麗を案内してきた係員がスタスタと帰っていく。
「え、あ、ちょっと!!」
「あの子は私のファンクラブの一人で、今回はお姉様を此処に誘き寄せる為に
一役買ってくれたのvvああ、ファンクラブといっても、下品で無礼極まりない
他の子達とは違う、分別が出来てて頭のいい子だから大丈夫よvv」
蒼花、いや、他の幼馴染達にもファンクラブというものが存在していた。
その構成員は聖華学園を超え、此方天桜学園やその他他校にまで及び、
またその人数もかなりのものであった。しかも年齢は様々で、性別も男女問わず。
共通するのは勿論、蒼花達への愛。
しかも、このファンクラブは、他のファンクラブ(他の幼馴染達)とも仲がよく
連携や統率も非常に取れており、更には情報の流通も素晴らしい。
そんなファンクラブには、幾つか掟がある。
1.蒼花達に迷惑がかかる事はしない
2.蒼花達が嫌がることはしない
3.蒼花達が望むことはしない
4.蒼花達の邪魔になる事はしない
5.プライベートな事には口出ししないし手を出さない
6.自宅に押しかけるようなことはしない
などなど。
因みに、これはファンクラブの絶対的な掟とし、破ったものはファンクラブから追放される事となっている。
勿論、ファンクラブの者達にとってはそれは非常に不名誉な事であり、殆どの者達はそれを死守するのが常だ。
但し、何処の世界にも馬鹿な命知らずというものは居り、時たま自分の想いを遂げようと実力行使をしようとする者達が居る。
が、勿論その者達は本人達によって抹殺される事となるのだが。
また、そのファンクラブにはその他もう一つ共通点があった。
それは、自分達が慕い心酔する蒼花達とは違って、無能な落ちこぼれの上、地味で鈍間、全然駄目駄目な蒼麗を嫌っていると言う事だ。
彼女達は言う。
容姿端麗、文武両道、あらゆる才能に恵まれた蒼花達に蒼麗は相応しくないと――
よって、彼女達は蒼麗を蒼花達から引き剥がそうとする。
蒼麗が蒼花達に近づくのを激しく嫌う。時には罵倒し、嫌がらせを行い、最悪の時には苛めたりする。
蒼麗さえ居なければ、蒼花達の完璧さは決して壊れる事のない完璧なものとなるのだと――
それが、蒼花達の逆鱗に触れている事などこれっぽっちも想像せずに
けれど、あの係員は違うという。
そう――数少ないが、蒼麗に好意的な者も確かに居る。
それは、一度なりとも蒼麗と接する機会があった者達や、人の噂に惑わされない者達。
そうした者達は、蒼麗に嫌悪感を持つ事もなく、寧ろ好意的に接していく。
また、そうする内に蒼麗の内面を知り、その好意はよりいっそう強いものとなっていくのが常だった。
先程の係員もその一人である。蒼麗は忘れているが、実はあの係員は、数年前の『水族館事件』で彼女に助けられた一人であった。
それゆえに、蒼花の頼みを喜んで受け入れたのである。但し、その後蒼麗がどうなるかまでは予想していなかったと見られるが。
「ふふふvvさてと、お姉様の疑問も解けた事だし、お部屋に入りましょうかvvとっても美味しいお菓子とお茶を用意してるvv
一緒に食べましょう!!」
「え、あの、いやまだ疑問はあるんですけど」
何で此処に連れて来られたのかとか、授与者の説明はどうなったのかとか、私は無事に入学式に出られるかとか
すると、蒼花はにっこりと微笑んで口を開いた。
「此処につれてきたのは、勿論お姉様と一緒に過ごす為vvってか、元々この合同入学式もお姉様と一緒に居る為に企画したものですもの。
ああ、授与式の説明は私が行って差し上げますわvv後、入学式にも出られるからご心配なくvv本当は何処にもお姉様を出したくは
ありませんけれど、今日はお父様やお母様が忙しいスケジュールを縫ってお出でになってるんですもの。それも、私達の入学式を
見守る為に。ですから、今回は是非とも出席しなければ」
常に大量の仕事をこなしている両親の忙しさは、共に居た蒼花の方がよく知っている。
けれど、それにも関わらず両親は数少ない休みは全力で蒼花達と遊んでくれた。溢れんばかりの愛情を注いでくれた。
悪い事をすれば、本気で叱られた。けれど、嬉しい時には共に喜んでくれた。そして――素のままの蒼花達を受け入れてくれた。
他の者達のように何かを求めることもなく、ただあるがままの自分達を受け入れ、慈しんでくれる両親達。
他の幼馴染達の両親達やごく一部の者達も素の蒼花達を心から慈しみ愛してくれたが、その中でも両親は蒼花にとっては別格であった。
また、その生き様や常日頃の姿勢には心からの尊敬を覚える。
そんな敬愛すべし両親に、自分達が出席しないという落胆を覚えさせる事は絶対に出来ない。
「けれど、だからと言って入学式開始までお姉様と一度も会わないと言うのは私にとってはとても耐えられる事ではないわ!!
だから連れて来て貰ったのよ」
入学式までの僅かな時間でさえも姉と過ごしたい。
その思いのまま、姉を此処に連れてくるように命じたのだという蒼花に、蒼麗は大きなため息をついた。
「蒼花……」
何だろう……頭痛までしてきた気がする。
そうして項垂れる蒼麗だったが、頬にかかる息を感じ、ふと視線を横に向けた。
と、そこには美しい瞳を潤ませ、魅力は何時もの5割り増し、色香は何時もの8割り増しとなった妹の姿があった。
「お姉様ぁ」
必死に訴える様に呼びかけるその様は、更に持ち前の芳しい色香を倍増させるが如く。
またその中にきちんと形作る健気な仕草は、蒼花の清純可憐さを更に際立たせていた。
だが、それ以上に凄いのはその艶めいた妖しさ。それはまるで、名高い高僧でさえも瞬時に堕落させてしまうかの如き妖艶さだった。
そしてその愛らしさは……もはや表現する言葉が見つからない。
実の姉であるにも関わらず、少しクラリと来た。
すると、それがチャンスとばかりに蒼花は更に姉に近づく。
その長い睫が頬に触れるのではないかという位、いや、少し動けばその唇が頬に触れてしまうかの如き近さに、蒼麗は我に返った。
「そ、蒼花っ///」
「あん!もう正気に返られたの?つまんない〜」
このまま行く所まで行く気だったのに――
しかし、蒼花も唯では起きない。あたふたとする蒼麗の隙を突き、
そのまま部屋の中に押し入れる。
「ふふ、今この室には私だけ。他の皆はそれぞれ仕事で出かけてるの。だ〜か〜ら、私と一緒にいい事しましょうお姉様vv」
魅惑的な声で囁かれた危険な誘惑。
身の危険を感じた蒼麗は全力で暴れる。
「大丈夫よお姉様vv私が優しく――」
突如言葉を止める蒼花。それに伴い、体を抑え付ける腕の力が弱まった。
その隙に、蒼麗はなんとか妹を振り払い、逃げ出そうとする。
が――
「っ?!」
視界の上部を、何かが煌く。その色は――
だが、確かめる暇はなかった。
「ふっ!絶対に逃がすもんですかっ!!」
後ろから聞こえてくる声は妹のもの。
次の瞬間、嫌な予感を感じて振り返った蒼麗の頭上を数本の小刀が飛ぶ。
「ひいっ?!」
その内の一本が、天井を突き抜ける。
が、驚きの余り固まる蒼麗はその事に気づく事はなかった。
「そ、蒼花?」
悠然と近づいてくるのは、とうとう姉に刃物を投げつけてきた双子の妹。
今、彼女はこの世のものとは思えないほどに美しい笑みを浮かべていた。
そして――
「いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
笑顔で姉を部屋に引きずり込んだのであった(合掌)
そしてパタンと扉が閉じられる。
そうして誰も居なくなった廊下。
だが、まもなくそこに一つの異変が起きる。
蒼花が回収しなかった天井に突き刺してしまった小刀を伝い、小刀が刺さった天井の部分から、床に真っ赤な血が滴り落ちる。
その量は時間を増すごとにどんどんと増えていった。また、小刀がささった部分の純白の天井の周囲も今や真っ赤に染まっていた。
蒼麗は知らない。自分の命が狙われていたことを。
そして蒼花が放った小刀が、実は姉の命を狙う不届き者を人知れず葬った事を。
その小刀が突き刺さった天井裏では、天井を突き抜けた瞬間その形状を変え幾つもの刃を持った小刀に
串刺しにされて息絶える男の姿があった――
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