入学式は波乱に満ちて
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それは、蒼麗が蒼花に拉致られてからしばらく後。入学式開始5分前という時間に起こった。


『え〜〜、ご来場の皆様。実はこちら側のトラブルで、後1時間ほど開始が遅れる事が決まりました』


入学式会場に響く放送。
その突然の発表に、会場内にどよめきが起きる。既に、本来の入学式開始時間から何時間も遅れているのだ。
また、もう間もなく昼食の時間でもあり、そろそろお腹もすいてきた。人間、お腹が空くと苛立ちを覚える。
よって、あちこちから怒りの声が響いて来た。



しかし――



『皆様にはご迷惑をおかけしますが、どうぞもう少しご辛抱を――と、聖華学園の生徒会一同のお言葉です』



その瞬間、会場内に自分達の短絡さを恥じると共に、「大丈夫です!!私達貴方様達の為ならば何時までも待ってます!!」という
叫び声が響いた。



余りの変わり様。だが、それも仕方がない。
何故なら、此処にいる入学式に出席する生徒達及び、手伝いの学生達、または教師達や
生徒の家族達の殆どが聖華学園の生徒会メンバー達のファンクラブ加入者だからだ。
その程度の差はあれ、その美貌や能力の高さ、また聡明で優秀、そして名門の家出身の生徒会メンバー達に
ファンクラブの面々は心からの敬愛と忠誠、はたまた心酔し切っているのである。
しかも、生徒会メンバー達の学校運営の手腕は正に見事であり、今まで数々の功績を残している。
更に、そんな彼らの神々しいまでの圧倒的な存在感や溢れるほどに
凄まじい絶対的なカリスマ性は正しく人の上に立ち統治するもの。支配するもの。そんな彼らに支配されたい、
いや、命すら捧げたいと思う彼らにとって、生徒会メンバー達の決定に拒否などある筈がなかった。



よって、会場内は何時までも待ちますコールに包まれる事となる。



そしてそんな彼らに、放送は続く。



『但し、皆様も此方までの移動には多大なご負担とご心労をかけ、更には開始時間を遅らせるという負担を負わせてしまう事から、
そのお詫びとして別室にて早めの昼食をご用意しております。また、入学式までの時間までの暇つぶしとして映画なども上映する
との事ですので、皆様どうぞそちらへの移動をお願い致します』



そこで放送は終った。



と同時に、会場内からは歓声が響き渡った。














「会場内への放送及び生徒達の移動は終了致しました」


聖華学園生徒会メンバー達の部屋――蒼花が現在入る部屋から少し離れた場所に設置された入学式本部にて、
放送を終えた青年は静かにそう告げた。



「そうか……ご苦労だった、銀河」



側近の報告に、それまで書類の整理を行っていた聖華学園生徒会メンバーの一人であるその人物は悠然とした態度でそう呟く。

その言葉に、銀河と呼ばれし銀髪銀瞳の麗しい美青年は己が崇拝し、永久の忠誠を誓いし主へと敬愛の眼差しを向けた。



そう――誰よりも優秀で美しい――月神の君に。




彼に勝るのは、彼の両親やその友人夫妻達位であり、同等なのは彼の幼馴染達と兄弟位であろう。



そんな銀河の主――聖華学園生徒会メンバーの一人にして、現副会長たる彼の青年の名は青輝という――
腰下までの長い銀髪と青銀の瞳を持ったこの世のものとは思えない程の絶世たる美貌を持つ青年だった。
その薔薇色を一滴落とした白磁の様な肌は絹の様に滑らかさを持ち、また芳しい芳香を放っているばかりか、
薔薇の様な紅く塗れた唇はふっくらと、そして鼻梁はすっきりと整っていた。更には、ほっそりと伸びた手足に
鍛えられながらも中性的な肢体は妖艶で艶美な色香を溢れんばかりに沸き立たせている。
だが、彼が凄いのはその超絶美形の容姿だけではない。その頭脳は飛びぬけて高く、正しく文武両道。
多くの武芸に通じ、また芸術や政治関係などの多方面の才能も多く開花させ、それこそ何でも出来る完璧たる存在であった。
また、他者を従える圧倒的なカリスマ性と、静を思わせる何処か神秘的な様は、夜空に静かに浮かんでいる
満月を思わせる。それこそ、月そのものが人型をとったかのような存在だと言えよう。

因みに、聖華学園生徒会メンバーの一人と言う事で、当然ながらその他の生徒会メンバー達と同じく、
蒼麗や蒼花とは双方の両親達同士が大親友という理由による生まれた頃からの幼馴染の一人でもあった。




そんな彼に、彼の直属の側近でもある銀河は「勿体無きお言葉」と発し、頭を深く下げる。



美しい主



誰よりも美しく、それでいて冷酷で怜悧冷徹、唯我独尊で鬼畜の腹黒たる内面を持つ



けれど、その鋭い視線一つで、どれほどの者達がその心を捉えられるだろうか?


そんな黒い内面ですら、他者を魅了し虜にして止まない。


見るもの全てを虜にする抗いがたい魅力と絶対的なカリスマ性に魅入られ
支配される喜びに身を震わせながら、銀河はすっと顔を上げた。



「この後の件についてですが、そちらも順調に運んでいるとの事です」


「そうか……ならば、そのままそれぞれの職務を遂行しろと他の者達にも伝えておけ」


「御意」


主に一礼し、立ち去るべく踵を返す。だが、そんな銀河に青輝はふと思い出したように質問を投げかけた。



「そうだ――蒼花の方はどうなっている?大人しくしているか?」



蒼花――それは、先程も述べたとおり、彼の幼馴染にして、同じく生徒会メンバーの一員たる少女の名前。
そして、その他の聖華学園生徒会メンバー達と共に親同士が大親友同士である事から、生まれた時からの深く長い、
もはや腐れ縁とも言えるまでの付き合いであり、まるで家族の様に共に育ってきた幼馴染達の一人でもある少女の事だった。
そして今まで、いやこれからも起こす騒動の共犯者であり、またかの少女を追って共に此処に来た
仲間にして、かの少女の双子の妹。そして――彼が守護せし存在でもある。



それも全ては幼い時からの盟約によるもの。





蒼花を守れ





両親達から下されたその命を受け入れた時より、自分は蒼花の筆頭護衛としてその刀と力を振るった。
蒼花を付けねらう者達全てから守り、彼女から危険を遠ざけ、その身を脅かす者達を叩きのめしていった。
そして幸福になれるように、常に傍に侍って守り続けてきた自分の主君でもある少女。



自分が離れている間にその少女の安否を聞くのは既に日課ともなっている事であり、それこそ何気なしに聞いた青輝だったが、
次に銀河から齎された言葉に何時もは冷静沈着な彼の堪忍袋の緒は叩き切れた。



「蒼花様ならば、控え室にて双子の姉君であられる蒼麗様と一緒に御寛ぎになられております」






は?






しばし、青輝は何を言われたのか理解できなかった。


だが、それも数秒。ほどなくその言葉の意味を理解した彼は、完全に切れた。




というのも





「ふざけるな――一体全体どうしてそんな事になっている。あのシスコン女王が姉を連れ込んだが最後どうなると思ってるんだ?」






蒼花の姉に対するシスコン度を、幼馴染ゆえに痛いほど知り尽くしている青輝は静かな、けれど激しいまでの怒りを露にした。
その怒りの大きさに、銀河は即座にその場に傅き頭を下げた。まるで体を貫くかの如き怒りの雷に、話す事もままならなくなった。



「え、えっと、蒼花様は青輝様もご存知だと――」


「俺がそんな事をご存知な上で了承なんて出すと思うか?誰が悲しくてあんなシスコン女に幼馴染、
いや、人の許婚の貞操を危機に晒すと言うんだ」


そう――蒼花の双子の姉――蒼麗は、青輝の幼馴染にして彼の未来の花嫁――許婚たる存在でもある少女だった。
友人同士である互いの両親によって幼い頃に決められた正式な婚約により許婚となった彼らは、
蒼麗が17の年を迎えると共に夫婦となる事が決定付けられている。


但し――それは順調に行けばの話しだが。


というのは、未来の花嫁となるべき蒼麗がこの婚約に余り乗り気では無い事が原因だった。
それどころか、婚約自体を破棄しようと何度か行動さえ起こしていた。それらは全て未然に防ぐ事が出来、一度も成功はしていないが、
関係者達にとってはまだまだ油断は出来なかった。そもそも、蒼麗は7歳の時に家出をしてから殆ど実家に帰ってこない。
そうして、不特定多数の異性――男達と接触している。その誰とも深い関係にはなっていないが、何時いかなる時に間違いが起きるともしれない。
それでなくとも、蒼麗はどんどん年頃の少女へと日々成長していっている。はっきり言って色気はないし、体型も寸胴。双子の妹に比べれば
男の目を引く事なんて殆どない、いや、そこらに落ちている石ころ同然に思われてさえいるが、それでも油断は出来ない。
何故なら、蒼麗の価値はその奥深くにあるからだ。表面上の付き合いでは知りえないその深き場所に、その光り輝く宝は埋まっている。
そしてそれを知ったが最後、男達はその宝を求める。蒼麗という名の宝を。


その為、関係者達は蒼麗を不特定多数の男達から引き離す為にも家に連れ戻そうとするが、蒼麗は蒼麗で絶対に帰ろうとしない。
そしてその間にも、蒼麗の周りには不特定多数の男達が現れる。


何時蒼麗がその男達に心惹かれるか、男達が蒼麗の魅力に惹かれるか



そしてもしそれが起きてしまったならば、青輝と蒼麗の婚約には決定的な皹が入るだろう。


但し、それでも婚儀は実行されるだろう。蒼麗が泣いても喚いても、周囲の思惑によって。



いざとなれば、蒼麗の意思は無視される。



無視して押さえ込まれる。だが、それを周囲は望んでいない。出来るならば互いに心を通わせて欲しい。



だが、それさえもままならない、それこそ砂上の城の様な不安定な関係。



それは、こうして蒼麗を追いかけて此方に自分達――蒼花を初めとした青輝達幼馴染の
面々――がやってきた後。そして、聖華学園に入学し生徒会メンバーに
就任した後、今現在も同じで……。



とは言え、周囲は決して諦めないだろう。そして望み願う。




蒼麗が青輝の妻になる事に




そして………





ガタンっ!!


「しょ、青輝様っ?!」


椅子を蹴立てて立ち上がった青輝に、銀河は恐る恐る声をかけた。
すると、冷たい視線を向けつつ彼は言った。


「お前はこのまま任務に戻れ」


「ぎょ、御意。で、あの、青輝様は」


「あの馬鹿の所に行く。何かが起きる前に止めなければ本気でまずいからな」



別に、蒼麗が傷物になっていたとしても、青輝は蒼麗を花嫁にするだろう。


だが――



「蒼花もシメる必要があるからな」


その瞳に、酷薄な色を浮かべて青輝は呟いた。



あのシスコン女王に、蒼麗の双子の妹でもある蒼花に傷物にされるのだけは許せない。
いや、誰が手を出すのも許せないが、特に奴だけは絶対に嫌だ。

彼は、幼い頃からの幼馴染にして己が守りし相手、そして共に此方の世界に来た家族同然の強い絆と
信頼を持つ仲間とも言うべき少女の姿を思い浮かべながら毒づいた。



昔から、双子の姉に異常なまでの愛着を抱き、時には――いや、何時も青輝の邪魔をしてきた。
といっても、本来であれば蒼花と青輝の仲はとても良かった。それこそ、互いに信頼しあえる戦友とも言うべき存在であった。
だが、蒼麗が関わるとそれは一転する。姉大好きな蒼花にとって、姉を奪うも同然の姉の許婚である青輝の存在は許せないものであった。
幾ら、青輝が美しく優秀で聡明だろうが関係ない。絶大な信頼を置き、深い絆を持つ幼い頃からの付き合いである幼馴染でも関係ない。



とにかく、自分から姉を引き離す存在が嫌なのだ。



はっきり言って、彼女から姉を引き離しても彼女が許せるのは、彼女達の両親と弟、そして自分を含めた幼馴染達の親達ぐらいである。
それ以外はその美貌に悪鬼の表情を浮かべ、可愛らしい口から牙を生やして威嚇してくる。いや、攻撃してくる。
しかも、その武芸の腕前や潜在能力の高さが半端でないものだから洒落ではすまさない。



ってか、絶対に殺る気満々だろう。




………何だか余計に腹が立って来た。




「あんのクソ馬鹿女が………」



守るべき対象+幼い頃からの幼馴染+共に蒼麗を追って此方に来た仲間――だとはいえ、許せるものと許せないものが人にはある。
青輝にとっては今の状況が正にそれだった。



さあ、行こうか





人のモノに手を出すあの馬鹿娘に制裁を加えるべく





その怒気に、銀河が怯えるのも構わずに青輝はクスリと妖艶な笑みを浮かべながら部屋を出て行った。





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