入学式は波乱に満ちて-4
「さあ、お姉様?その御髪を綺麗にしましょうね?」
部屋の隅に追い込まれ、半ば半泣き状態となっている実の双子の姉に蒼花は櫛を肩手に天使の笑顔よりも愛らしく清らかな笑みを浮かべた。
しかし、そんな万人にとっては決して抗えない笑顔も、蒼麗にとっては悪魔の笑みにしか見えない。
それこそ、匂い立つ様な甘酸っぱい色香を纏い、男性達の性的本能を刺激する愛らしく婀娜っぽい小悪魔の笑みだろう。
そしてそんな小悪魔に襲われる自分=獲物。
って、いうか……同じ12歳なのに、どうして此処まで自分と妹は違うのだろうか?
頭のよさも、運動神経も、その他全ての能力才能共全て妹の方が上な所もそうだが、一番人々がすぐに目の着く容姿も正に正反対。
その垂涎モノ間違いなしのボンっ、キュっ、ボンっという抜群なスタイル、ほっそりとした手足、華奢な肢体は老若何女問わずに
強い羨望と性的欲求と独占欲と支配欲を抱かせるであろう。また、その白く滑らかな肌は吸い付く様な極上の触り心地であるだけではなく、
香り高い芳香さえ放っている。しかも、長い髪は編み込むのも一苦労するほどにサラサラの艶々――見事な光沢さえ放っていた。
本当に、似ているのは顔だけしかない。
しかも、性格だって妹の方が華やか且つ社交的で愛想もいい(いや、性格には外面が完璧なのだが――家族や幼馴染達の一家と同じく)
そう、そんな完璧な妹。
いや、例え完璧でなくても私の妹。
可愛くて、愛らしくて仕方のない大切な妹だ
だけど
「さあ、お姉様!!次はお洋服を着替えましょうね?お姉様に似合うと思って夜鍋して作ったこのお洋服!!是非とも着て貰いますわよっ!!
さあ、その邪魔で忌々しいあの学園の制服なんて脱いで私の前にその白く艶かしい肌を露にして下さいなっ!!」
許せるものと許せないものがあるだろう?!
って、聞くもの全てを魅了するかの様な甘く軽やか且つ艶めいた美声で何てことを言うんだっ!!
しかも、気づけば三つ編みにした髪の毛を解かれてるしっ!!
あ、でもそのお洋服はとっても可愛いかなvv――私には似合わないけど
(淡い水色の上品で清楚なワンピースで所々にレースとリボンをあしらったもの)
「ひぃぃぃぃ!!いやぁぁぁぁぁあ誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
このままだったら実の妹に何だかとってもいけない事をされてしまうっ!!
しかし、この事前準備バッチシ!用意万全な妹のこと。
幾ら叫んだって外には聞こえないようにきちんと防音結界を張っている事だろう。
それを裏付けるように、妹は全く動じない。って、例え結界を張ってたって動じないんだろうけど……。
何せ、この妹を止められるものは数少ない。鶴の一声で制止可能な両親や幼馴染達の両親達は此方にいないし、
幼馴染達でもその殆どは蒼花の行動発言を制止出来ない――いや、本気でやれば出来るけど、蒼花にベタ甘な奴等は絶対にしない。
そう――蒼花に対する幼馴染達は、加えて幼馴染達の家族や自分の家族も蒼花には心底ベタ甘だった。
それこそ、黒砂糖と砂糖に蜂蜜をかけたよりも100兆倍甘い。
だから、例え近くを通りかかってこの状況を目にしたからといって、絶対に助けてくれる事はないだろう!!
と――実は、蒼花にベタ甘な幼馴染達が、蒼麗に関してはその態度を少なからず変えて蒼花を諌めるという事実を
全く知らない、というか気づいていない蒼麗は心の中で涙した。
って、鬼畜で蒼花にベタ甘な幼馴染達も蒼麗に関しては、蒼花に対しての甘さと同じ位実は甘いのだ。
そしてもしそれを知っていれば、蒼麗は心の中で助けを求めたかもしれない。
本来、自分で出来る事は自分でやる。自分で出来なくても努力してやる。
人に頼る前に自分で出来る限りやるを信条とし、余り人に頼らない蒼麗だが、妹に関しては自分の力だけでは止められない事を熟知していた。
ああ、妹一人諌められないなんてなんて駄目姉……
そう更に心の中で涙する蒼麗だったが、本当の所を言えば、蒼麗が本気で拒めば蒼花も言う事を聞くだろう。
だが、蒼麗に本気で拒まれる事は蒼花にとっては死ぬよりも辛い事であり、またそれを本能的に知りつつ、また蒼花に対して甘い蒼麗は
知らず知らずの内に本気で拒絶する事を拒む。
が、それ故に妹を更に暴走させているのだが……。
と、そうこうしている内に、蒼花の手が蒼麗の胸元にかかる。
「さあ、お着替えしましょうね?」
何処の変態親父だ的発言をしつつも、それを発するのが変態親父とは似ても似つかない清純可憐且つ華やかで愛らしい絶世の美少女。
しかも、その顔には蠱惑的な笑みさえ浮かべ、姉の体にのしかかってくる。
ああ、さようなら私の平穏な人生
胸元のリボンを解かれ、次々と制服のボタンを外されていく。
そして露にされた胸元
色気もそっけもないどころか、全く膨らんでいない真っ平らな胸元に、妹の白くほっそりとした指が這う。
「やっ///」
「あんvvお姉様ってば可愛いvvにしても……綺麗ね………本当に……私とは全く違う」
極上の絹の様な触り心地を持った白磁の様な肌を持つ妹の呟きに、蒼麗は驚いて妹の顔を見つめた。
って、ちょっと待て
蒼花の肌は黒子もシミ一つすらないまっさらの白くて滑らかな肌じゃないか!!
逆に、自分は健康的だが日に焼けた肌であり、その触り心地も結構ガサガサ、特に水仕事をしている手の部分などはアカギレだとかが
沢山出来ている。それこそ、妹の白魚の様な指とは正反対である。
しかし、反論しようとする姉を他所に、蒼花は姉の胸元に顔を近づけていく。
肌を掠める吐息。それに続いて、ふっくらとした紅く塗れた薔薇の唇が、蒼麗の胸元に触れていく。
(うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお?!)
最初は軽く触れるだけだった。だが、ほどなく胸元に這わされた柔らかい唇は、触れた部分にきつく吸い付いていく。
「ひっ!や、あっ!!」
「姉様、姉様……」
唇を離し、蒼花は姉の名を呼ぶ。そしてまた胸元に吸い付く。その繰り返し。
しかし、それを何度目か繰り返した後は、今度は蒼麗の首筋に蒼花は顔をうずめた。
そして首筋に己の唇を這わせ、きつく吸い付いていく。
「蒼花、やめなさいっ!!」
「嫌よ!やめない、やめてなんかやらない――だって此処でやめればまた離れ離れになってしまうものっ!!」
愛する姉
誰よりも尊敬し心から慕う姉
その姉と離れて暮らす日々を耐える為にも、絶対にやめられない。
心地よい姉の香り、体温、肌の感触
それを得るとともに、刻み付けるのだ
片割れたる自分の存在を
元は一つだった自分達
生まれる前から共に居たのだ
だから、生まれた後も一緒に居なければならない
けれど、それがどんなに抵抗しても許されないのならば
どれだけ離れていても姉が自分の事を忘れないように………自分の存在を刻み込む
その思いが狂気だろうと何だろうと構いはしない
蒼花は、自分が自分の中に潜む狂気に引きずられているのを感じた
といっても、それは何時もの事だった
何もせず、一人きりになるとよく起きる何時もの現象である
が、姉が傍に居るときにこうして狂気が出てくる事は珍しい
狂気の中でも上から数えてダントツトップといってもいいほどに深く暗いこの狂気が出てくるのは………
けれど、それが何だという。その狂気こそ自分の本当の思いだ。
自由に生きる姉が好きだ
何時も一生懸命に努力している姉が好きだ
姉の微笑み喜ぶ顔が好きだ
そしてそれらは、翼を捥ぎ自由を奪って鳥かごに閉じ込めれば決して見られないもの
姉を永遠に自分のものにする為には、その心を奪えばいい、また殺してしまえばいい
けれど、それでは駄目だ。姉の体だけが欲しいのではない。骸を抱いたって意味はない。
姉の体に姉の心が宿っていて初めて自分が心から欲する姉となる。
故に、閉じ込められない、翼をもぎ取れない
それに自分は……自分達は知っている。
昔、まだあの事件が起きる前に自分達は何度か蒼麗を捕えて閉じ込めた。
欲しいものはなんだって与えるつもりだった。唯一つ、自由を除いては。
けれど、姉は決して何も望まなかった。自分達が与えることの出来ない自由を除いては……。
此処から出して
家に帰して
姉の家は此処なのに、姉は………自分達の所ではない別の所に戻る事を望んだ
そして少し目を離せば、その瞳に強い意志を宿して己を捕える鳥篭から逃げようと大暴れしたり、あの手この手を使って実際に脱走した事さえあった
それに怒り、脅せば脅したで、姉は自分達を見てはくれなかった
どれだけ話しかけても、傍にいても
強い意志の光をその瞳に宿らせているのに、これっぽっちもその心を自分達に向けて開いてはくれない
それこそ、まるで姉にそっくりな人形と会話しているような――砂を噛むような思いだった
そう――あんな思いはもう嫌だ。
けれど、姉と離れて暮らすのも嫌だ。
自分達の居ない所で、姉が他の人に笑いかけ、共に過ごすのが許せない。
そうしている間に、自分達の事を忘れてしまったらと思うと恐怖さえこみ上げて来る。
だから……
ならば、せめて自分達の事を忘れられないように……自分の事を忘れずに覚えていて貰うために
「刻み付けるの――そうよ……決して忘れさせるものですか……姉様の心の中にいるのは常に私達だけ」
その瞳に狂気を宿しながら蒼花は妖しく囁いた。姉の瞳には恐怖は浮かんでいなかった。
あるのは、戸惑いだけ。
ああ……本当に優しい姉。とても……とってもお優しい。
だからこそ、失えない。
そこで、蒼花は気づいた。
珍しく、姉が傍にいる時にこうして狂気が出てきた理由
それは………
(そうだったのね……)
ああ、それはとても簡単なこと。
それは怒り
それは憎悪
あいつらへの
何の関係もない姉を、疑わしきものは消せという――標的をきちんと調べきることもせずにターゲットとしてその手にかけようとし、
また現在もしている奴等への深い深い怒りと憎悪からその狂気は生まれた
蒼花はクスリと心の中で笑う。
それは、奴等への侮蔑交じりの笑みであり、自分への嘲笑だった。
まだまだ揺らぐ事を完全に律する事が出来ない己自身の精神面
その未熟さに、蒼花は己を嘲笑う。
(私もまだまだね……)
いや、これが他のことならば自分は完璧に自分の感情を制御する。
だが、姉に関してはそんな制御は瞬時に崩れてしまう。姉の身に、心に危険が迫ったと知った途端にその完全な制御は崩壊してしまう。
といっても、完全なる崩壊ではない。けれど、その一瞬が時と場合によっては命取りとなるだろう。
って、まあ姉に関しての事ならば別に命取りになろうがどうでもいいという思いも事実なのだが……
とは言え、こうして何時もは心の奥底に押し込めている狂気はそんな揺らいだ感情の隙間をぬってこうして浮かび上がってきた。
姉の危機を知った瞬間に芽を出し、時間を置いて今ではこんなにも大きなものへと変化を遂げている。
そしてその狂気は姉を求めて止まない。
ほんの少し、自分の理性を崩せば姉の全ては自分のものに
ああ、それもいいかもしれないわね
そうなればきっと姉は永遠に傍にいてくれるはず
そう、傍に――
「いさせてたまるかっ」
何かがスウィングする様な風を切る音。それが毒づく蠱惑的な美声と共に後ろから聞こえてきた瞬間、
蒼花の後頭部に強烈な痛みと衝撃が走った。目がチカチカとし、赤や青、黄色と複数の光が激しく入り乱れる。
「っ……いったぁ~~!!」
叩かれた部位を抑え、蒼花は痛みに顔をしかめた。
しかし、それすらも可憐で健気な風情を醸し出していた。
本当に、蒼花の美貌の凄まじさは人々が謳う様に正に想像を絶する代物である。
とは言え、次に起きた現象を見れば、そんなものは所詮は初歩中の初歩にしか過ぎない。
何故なら、続く蒼花の仕草――後ろを振り向き顔に浮かべた悪鬼の形相すらも妖艶で
蠱惑的なもの以外には決して見えなかったからだ。
それは、ある意味素晴らしい。そして怖すぎる。
しかし、見るものが見れば、いや、ごく少数を除けば殆どの者達がそれに
コロっと騙されて悩殺されてしまうだろう。
だが、蒼花を殴り、今正にその蒼花からそんな魅惑的な表情と視線(悪鬼の形相&殺意)を向けられている相手はといえば、
そんなものは一切効かないごく少数派。という事で、蒼花がどれほど睨もうが、何処吹く風といわんばかりに飄々としまくるばかり。
いや、それどころか凍えんばかりの冷気を放っていたりする。
そしてそんな相手――猛者の正体はと言うと
「しょ、青輝ちゃん……」
荒い呼吸を吐きながらもようやく蒼花の魔手から解放された蒼麗は、熱っぽさを宿した瞳で妹を殴った美貌の主たる相手を見上げた。
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