第一章−1
天桜学園中等科1年陰宮の教室に、何時ものようにその声は聞こえてきた。
「や〜〜い」
「お〜〜い」
「「醜女の登場だぁ!」」
「くたばれぇっ!!」
込み上げる怒りのままに繰り出す鉄拳。
次の瞬間、見事なまでの軌跡を描き吹っ飛んだ男生徒×2。
その余りの美しさに、まず格闘好きのクラスメイト達が熱い咆哮を上げた。
「おぉぉぉっ!!すげぇっ!!」
「あんな技、格闘ゲームのキャラでも出来ねぇって!!」
次に騒ぎ出したのは、比較的冷静なクラスメイト達。
「うわぁ・・・何時もながら凄いね」
「日々鍛錬を怠らないその姿勢に心から敬意を表するよ」
「ってか、あの強さ。もう女じゃないわ」
「何か言った?」
とびっきりの笑顔でもって指をバキバキと鳴らしてみせると、あっという間に辺りが静まった。
それもそうだ。
誰が好きこのんでわざわざボコられたい奴がいるのか。
わたし、天埜守 華依璃は勉強も運動もダメ、けど腕っ節にだけは自信がある。
それというのも、幼い頃から母が世間には悪い人が沢山いるのよ!!といって私にあらゆる護身術を習わせたからだ。
おかげで、空手、柔道、剣道、合気道、弓術、その他諸々かなりの腕前となり、今では先生の元新しく入った子の
指導も任されている。しかし、これらを習い始めて数年後に私は気付いてしまった。
大抵そういった悪戯される標的になるのは可愛くて綺麗な子なのだと。
そのどちらにも縁のない、寧ろ醜いとさえ言える私の容姿ならば全く心配などいらない。
鼻の辺りには濃い雀斑、白さとは無縁の日に焼けた肌、ふっくらというよりは太りすぎといった方が良い体型、
背中の中頃まである髪もごわごわで、平凡にすら到達しない。
そう、私はブサイクだ。
けど
顔を合わせる度に言われるのは我慢ならないっ!!
「那木、椎木、あんた達いい加減にしなさいよ」
ヒョイっと床に降り立った二人に私は怒りを滲ませた。
「椎木、どうする?」
「どうもしないさ。全部本当のことだしね」
「「華依璃がブスなのはねvv」」
ガコンっ!!と、床に固定されている机を持ち上げる。
「「おお!!ブスの上に怪力だし!!」」
「だまらんかこの馬鹿兄弟がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
思い切りそれを二人に向かって放り投げた。
その忌々しい美顔に傷の一つでもついてしまえ!!と、残忍な思いが頭を擡げる。
が、それは難なく交わされてしまった。
「那木、行くよ!」
「オーケー!椎木っ」
那木と椎木が違いに視線を交わし、私の方へと走り寄る。
思わず構えるが、一瞬の隙を突いて私の視界から二人が消えた。
「ど、何処?!きゃあっ!!」
スカートが前後両方から捲られる。
ヒィィィっ!!今日は履き古したパンツなのにっ!!
「いやぁ!!」
「うわぁ!!クマさんのパンツっ」
「ブスのくせになにはいてるんだよ」
那木と椎木が口々にはやし立てる。
「標準体重+20キロの巨体にそんなの似合わないぜっ」
那木の勝ち誇ったような顔に、私の堪忍袋の緒は切れた。
「今日こそ冥土に叩き込んでくれるわぁっ!!」
「「やれるもんならやってみろぉ!!」」
そうして、怒り狂った私とツインズの戦いは朝のHRが始まるまで続けられたのだった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!もうっ!腹が立つっ!!」
「華依璃ちゃん、落ち着いて……」
昼休み。
教室にて昼食のサンドイッチをほおばりながら那木と椎木への怒りを称える私を蒼麗が必死に宥めていた。
だが、そんな蒼麗の頑張りも私の怒りの前には何の効果も果たさなかった。
「確かに私はブスよ!!けど、毎回毎回人の顔を見る度に言わなくてもいいじゃないっ!!」
昔からあの二人は人の顔を見れば馬鹿にしてきた。
それはもう、初めて出会った時から始まっていた。
那木と椎木。
名門蒼海守家の姓を持つ彼らと出会ったのは幼稚部の時だ。
幼稚部の入園式の日、丁度席が隣あった彼らはまず第一声にして人のことを「ブス」と叫んでくれた。
それからは正しく地獄の日々だった。。
毎日毎日、何処からともなく現れては人のことをブスと言い続け嘲笑うツインズ。
それは初等科に入学し、中等科に入っても続いた。
名門の家柄、豊かな財力、そして自身の高い才能が無くては入れない天宮クラスに所属しているくせに、
ことある毎に陰宮クラスに来ては人の事を馬鹿にする。
当然ながら私の忍耐はボロボロ。どれだけ繕ってもすぐに穴を開けられる。
「しかも、あいつらが毎日毎日くるせいで他の女の子からは目の敵にされるしっ!!」
この学校で最も優秀な人材の揃う天宮クラスの生徒。
頭も良く常に成績校内でも10番以内。
運動神経も抜群で、他に類を見ない美男子である那木と椎木は当然女の子達にも大人気。
しかも、他の女子には優しく穏やかで人当たりもいいと言うことからファンも多く、告白された数はもはや計測不能。
その人気は凄まじいものがあった。
なのにあのツインズはそんな女の子達に構うよりも私の所に来るもんだから、当然女の子達には面白くない。
例えそれが人を侮辱する為に来ているのだとしても、彼女達の怒りは治まらなかった。
そうして当然のように、私は嫌がらせを受けるはめとなっていた。
「これもそれも全部あいつらのせいだっ!!」
どれだけ逃げても追いかけてくる。
無視をしてもいつの間にかあいつらのペースに巻き込まれる。
このままでは私の人生はどうなってしまうのか。
「くっそぉぉ!!あいつらめぇぇぇぇっ!!」
「ボク達が何か?」
「あはははは!そんなしかめっ面してると余計にブスになるぞ〜」
「煩いわねツインズっ!!何時でもかずでもゴキブリのように出てきやがって!!」
いつの間にか現れたツインズこと那木と椎木。
モデルも裸足で逃げ出すような秀麗な顔に浮かべた不敵な笑みが心底憎たらしい。
普通の女性ならばあの悪そうな微笑みに腰が砕けるだろうが、私には腸が煮えかえるぐらいしかならない。
「今度は何?」
「暇だからブスと遊ぼう思って」
「暇つぶししようかと」
「黙れこのツインズっ!!とっとと消え失せろっ!!」
「「嫌だね」」
揃った二人の言葉に苛立たしさは頂点へと駆け上がる。
「まあまあ、そんなに怒るなって」
「そうそう、怒ると皺が出来るよ」
「蒼麗、私、殺人っていけない事だと思うの」
「え、うん」
「けどね、どうしてかしら?こんなにも破壊衝動が込み上げてくるのは」
「え、えっと……」
オロオロする蒼麗の様子に少なからず心が痛むが、それ以上にツインズへの怒りはわき上がる。
その口を何時か縫い付けてやりたい。
「何も用がないなら自分のクラスに帰って」
「用があるなら居ても良いのか?」
「私をからかう以外のものがあるならね」
そう言いつつも、彼らに私をからかう以外の用は無いことを知っていた私はさっさと彼らが此処から立ち去ることを祈った。
しかし、そんなに甘くなかった。
「じゃあ、これやる」
「は?」
那木が放り投げてきたものを反射的に受取った私は、手の中のそれに唖然とした。
「何、これ」
「パーティーの招待状」
「うちの家が主催するパーティの奴だよ」
「この前音楽コンクールで優勝された姉様を祝ってのね」
「ああ、貴方達の優しく美しく聡明なお姉様のお祝いパーティーね」
那木と椎木には、年の離れた姉が居た。
彼ら曰く、美しく優しく聡明な人で、それこそ人々が理想とするお嬢様像をそのまま具現化したかのような人物らしい。
余り体が丈夫ではないが、それすらも彼女の儚さを引き立たせるものであり、幼少の頃は縁談が降るように、
年頃になってからは数多の男達がプロポーズに長い列をなしたらしい。
おかげで、幼馴染みの男性との結婚が決まった後は、彼女を恋い慕う男達が悔し涙を流し続けたという。
「で、なんでこれを私に渡すの」
「姉様がせっかくだからお友達も招待しなさいって」
「ああ、勿論お前だけに配ってるわけはないよ。ただ、お前みたいな異色も取りそろえた方が楽しいと思って」
「帰れ」
「「嫌だね」」
正に珍獣扱い。
そんな事を言われてどこの誰が行くのか。
しかし、ツインズは来て当然といった顔をしている。
というか、招待されたのだから泣いて喜べという感じだ。
誰が行くか!!
「その日は私用事があるの」
「キャンセルしなよ」
「出来るかっ!!」
「出来るよ。ってか、パーティーの日は今から2週間後だしね。今ならキャンセルは可能だよ」
余りの身勝手さにふるふると肩を怒らせる私に蒼麗が慌て出す。
「あ、いや、その日は無理だよ。だって私と一緒に映画に行くって約束だし」
ナイスフォロー!!
しかし、那木達が顔を見合わせるとクスクスと笑い出した。
「ちっちっち!蒼麗、嘘はいけないよ」
「その日は蒼花様と買い物だろう?」
蒼花――それは、蒼麗の双子の妹で、文武両道、聡明で打てば響くような機知を兼ね揃えた、
もっっっっっっっっの凄く綺麗で可愛くて誰もが守って上げたくなるほどの美少女だった。
一度見たことがあるが、その愛らしさに女のわたしでさえ暫く眠れぬ日々を過ごしたものだ。
って、なんだって那木と椎木が蒼麗のスケジュールを把握してる?
「ボク達に分からない事なんてないよ」
「情報収集にかけてはボク達に勝てる人は少ないからね」
「ああそう。ならその素敵な記憶力にきちんと書き足しておいて。私は絶対に行かないって」
このままではらちがあかないとばかりに立ち上がり教室のドアへと向かう。
後ろから那木と椎木が何か言っているようだが取り合う義理もない。
バンっと後ろ手にドアを閉めると、私は怒り心頭のまま荒い足取りで廊下を駆け出したのだった。
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