第一章−2
招待状を貰って3日。
未だに出席という返事をしない私にツインズの攻撃は熾烈を極めた。
「ブス、パーティー出ろ」
「嫌」
「ブス様、パーティーに出て下さい」
「もっと嫌!!つぅか消えろ!!」
「「嫌だよ、あっかんべー」」
まるで人を小馬鹿――いや、心の底から馬鹿にした様な態度に私の怒りもピークに達した。
殺る。今日こそ潰す。
「華依璃、そんなにじらしたって何もでないぞ?」
「そうそう、じらすっていうのは凄く綺麗で可愛い子がやってこそ価値があるんだぜ?」
「ならそういう可愛い子を招待しなさいよっ!」
「「珍獣も欲しいし」」
思い切りハモった二人の声。
その言葉がもたらす破壊力も二倍に増えたのは言うまでもない。
「ってか何だって私なんか招待するのよっ!!ほんものの珍獣持ってくればいいじゃないお金持ちなんだからっ!」
「お金は節約してこそ貯まる物だよ」
「そうそう、目の前に本物の珍獣よりも凄いのが居たら捕獲するのがハンターだろ」
「………………………」
「「だから来いよ」」
「いや」
「「華依璃っ!!」」
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン
「あ、お昼休みが始まったみたいだからお昼ご飯を買いに行かなきゃねvv」
「「昼食の方が大事なのか?!」」
後ろで二人が叫ぶのを無視し、私は教室を出て行った。
「さ〜てと、行きますかvv」
行き先は勿論、購買部である。
巨体に似合わぬ早さで駆け出し、校内の一階にある購買部へと向かうと既に多くの生徒達で賑わっていた。
その隣には、校内に設置されたコンビニがあり、やはりそこにも大勢の生徒が居た。
「はい、何にしますか?」
「えっと!焼きそばパンとコロッケパン、メロンパンにジャムパンにカレーパンと、えっとそれとそれと」
置かれた商品をぐるりと見回し、私更なる注文をする。
「シーザーサラダと豆腐サラダ、それにコーヒー牛乳とオレンジジュース!あ、あとピザパンも追加で!!」
「畏まりました。合計1500円になります」
お金を払い、商品を受取ると人の波から這い出て壁際へと辿り着く。
見れば、まだ購買部では争いが繰り広げられていた。
「さてと、今日は何処でご飯を食べようかな〜」
久しぶりに外に出てみようか。バラ園はもう無理だが、庭園ではコスモスが見頃となっている。
「あ、どうせだから蒼麗達も誘って……」
と、そこで気付いた。
そういえば、蒼麗は今日の昼休みはクラブの集まりがあると言っていた。
聖も、生徒会の集まりで今日は生徒会室でご飯を食べると朝に言ってた気がする。
しかも明日は生徒会の所用で学校を休むと言ってた。じゃあ明日は蒼麗と二人でご飯か。
「仕方ない。今日は一人で食べようかな」
教室に戻れば他の友達もいるが、あそこにいればまた那木達が来るだろうし、お昼ぐらいゆっくりと食べたい。
そうして庭園と足を進めようとした時だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!葎様っ!!」
「葎様、私お弁当を作って来たんです!!受取って下さいなっ!」
え?葎様?!
聞こえてきた葎と言う名に振り向くと、此方に向かってくる集団が見えた。
女子生徒達に囲まれながら優雅な足取りでやってくる彼――葎様に私は喜びに胸が高鳴った。
「り、葎様……」
葎――本名は騎馬 葎という彼は、天桜学園中等科3年の天宮クラスの先輩である。
甘いハンサムな外見という、顔よし、頭よし、運動神経よし、更には家柄も良く名家の子息であり、
今この学園で最も女子生徒に人気のある男子生徒の3として注目されている存在だった。
因みに1位と2位は言いたくないが、あの那木と椎木である。
二人が入ってくるまでは葎様が一位だったのに、二人が頭角を示しだしてからは3位に追いやられてしまったのだ。
それを知った時には周囲はなんて見る目がないのかと酷く憤ったものだ。
葎様ほど優しい人はいないというのに!!
そう、その優しさこそが私と葎様の出会い
私の中にあの時の思い出がよぎった。
初等科6年生のある大雨の日。
突然上級生に庭園に呼び出された私はもう二度と聖に近づくなと言われた。
既に学園の女王としてその呼び名が高く、多くの生徒達が崇拝している聖と私が仲が良かった事が
許せなかったらしい。
だが、そんな事を言われて付き合いをやめるほど私も弱くはなかった。
聖は大切な友人。
例え彼女が学園の女王だろうとなんだろうと私にとってはかけがえのない友達なのだ。
そう言うと、先輩達は怒り狂い、貴方なんて相応しくない只の豚じゃないとか、貴方のような人が
聖様の側にいるのは私達への冒涜だとか、とにかく嫉妬にまみれた暴言を吐き捨ててきた。
その興奮の仕方から刺激過ぎたと思った時にはもう後の祭り。
まさか、全員を叩き伏せるわけにもいかず、得意の護身術を封印していたのがいけなかった。
あっというまに地面に引き倒され、バケツで大量の水をかけられた。
そればかりか、私の頭を力一杯足でふんづけたのだ。
泥と水でぐちゃぐちゃになった私を先輩達はまるで汚いものをみるかのように嘲笑った。
そんなとき、葎様が来たのだ。
強い口調で先輩達を叱責し、泥にまみれた私にハンカチを手渡してくれた。
その後、蒼麗と聖が駆けつけてくれたが、お礼を言う私に優しい笑みを浮かべて立ち去っていった
葎様の姿は今も目に焼き付いている。
あれが私の初恋の始まり。
そう、私は葎様に恋をしている。
はっきりいって、学園でも有名な美男子である葎様と学園でも有名なブスである私では
釣り合いがとれない事は重々承知している。
しかし、思うことぐらいは自由な筈だ。
別に付き合って貰いたいなんて大それた事は思わない。
ただ、普通の少女が恋をするようにそっと影から見ていたい、何か行事があったときには贈り物をしたい、それだけだった。
前回もクリスマスやバレンタインディーの時は数週間前から考え抜き作り上げたプレゼントを贈ったりした。
勿論、優しい葎様はそれを喜んで受取ってくれた上にお礼までのべてくれた。
ああ、葎様こそ学園のナンバーワンになるべきなのに!!
「あれ?華依璃君じゃないかい?」
思い人の声に我に返れば、なんと私の目の前に葎様がいた。
「り、葎様っ?!」
葎様を取り囲む集団の視線が激しく痛かったが、それ以上に激しい胸のときめきが他の雑音を消していく。
「今からお昼?」
「は、はい!」
「あれ?今日は女王とそのお付きはいないのかい?」
お付き――その言葉に、ときめいていた胸がずきんと痛む。
葎様はこの学園の女王でもある聖の側にいる蒼麗をお付きと呼ぶ。
女王の側に居るのならばお付きだろうと彼女をそう呼ぶ人は多いが、それでも葎様にだけはそう呼んで欲しくなかった。
蒼麗は聖の友人だ。私でさえ羨ましくなる位に彼女たちの絆は深い。
しかし、周囲は聖と蒼麗の関係を対等だとは思わず、蒼麗は聖に付き従う存在としか見ない。
それか、聖につきまとう忌々しい存在だと。
葎様は蒼麗を馬鹿にするような事は言わない。
しかし、それでもお付きと呼ぶそこに少しだけ嘲りがあるような気がするのは私の気のせいだろうか?
…………いやいや、気のせい。
気のせいに決まってる!!
「聖は生徒会で、蒼麗は部活の集まりがあってそっちに行ってます」
「そうか………残念だ」
そう言うと、葎様は何かをごそごそとブレザーの内ポケットから取り出す。
「これを女王に渡して貰いたいんだけど」
「あ……」
それは一枚の封筒だった。
だが、中身を見ずともそれが聖宛だとすぐに分かった。
なぜなら
「今回も御願いするよ。いいだろう?前回も届けてくれたし」
葎様と知り合って以来、私はこうして聖宛の手紙やら贈り物やらを届けていた。
私が聖と友人だという事を知ると、御願いがあるといって聖に渡してくれるように頼んできたのだ。
『頼む、どうしても渡したいんだ』
その熱意に負けて私は聖に渡した。
また、この事が私の葎様への思いを心に留める事となった。
葎様は聖の事が好き。それはごく当然のことだった。
男ならば誰もが憧れる美貌と才能を持った聖。
外見だけではなく、内面も素晴らしい彼女を多くの者達が恋い慕う。
だから葎様が聖の事が好きだと分かった瞬間、私は納得した。
しかし、それでも彼の事が好きだったから、聖に葎様からの手紙を渡すのはとても勇気が必要だった。
手紙を受取った聖が私には婚約者がいるからとその手紙を破り捨てたとき何処かホッとした私は
今思っても嫌な子だと思う。
だが、葎様は諦めなかった。
聖に婚約者がいると知っても尚、彼は聖に贈り物をする。
本人に直接渡せなければ、私に頼んできた。私を通じて聖に渡して欲しいと。
何度か説得しようとしたが、やはり彼の熱意に負けた。
また、好きな人の望みを少しでも叶えたいという気持ちが聖への友情に少しだが勝ったのだ。
勿論辛くなって蒼麗の方が渡しやすいといった事もあったが、蒼麗は聖に常につきまとっていて
頼み込む機会がないと納得してくれなかった。
そうして、続けられる私を介しての聖への贈り物。
近頃では、私と会う度に葎様は頼んでくる。
時には、呼び出してまで………。
言い換えれば、それほど聖への思いが強いと言うことだ。
しかし
『いい?私には婚約者がいるのです。だからう他の殿方の贈り物などは貰ってこないように!!』
この前、聖に言われた言葉を思い出す。
心底うんざりしている様子の聖はそう言って私に釘を刺した。
と、腕を掴まれる感覚に私は我に返った。
気付けば、先程よりも更に近づいた葎様は私の手を掴み手紙を握らせていた。
「華依璃、いいよね?」
葎様が顔を近づけ私に囁く。
その声は麻薬のように私の思考を奪っていく。
気付けば私はこくりと頷いていた。
「………はい」
差し出された手紙を受取ると、葎様が艶やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、華依璃!君は本当に優しいね」
その優しさが私を苦しめるんです。
私は切なさに心が痛むのを感じた。
しかし、手紙を無下に扱うわけにも行かず、それをしわにならないように持ち直す。
「ああ、そうだ。君にもプレゼントがあるんだ」
「え?」
「はい、これ」
「あ……」
渡されたのは小さな手鏡だった。後ろに薔薇の模様が刻まれている優美なものだ。
「これ……」
「君にぴったりだと思ってね、この前買ったんだ」
周囲の女子生徒達が騒ぎ出す。
私にだけプレゼントをしたといって葎様をせめるのではなく、葎様からプレゼントを貰うなんて
とんでもないとばかりに私にきつい視線を向けた。
しかし、私の心は喜びに包まれそんな視線すら気にならない。
「あ、ありがとうございます!!」
「いやいや、何時もお世話になってるし……それに、ぼくも華依璃の事が好きだからね」
「っ?!」
葎様が………私のことを好き?
それが男女の仲のものではないと分かっていても、私の心は高ぶった。
そんな私に葎様が笑った。
「うん、好きだよ。と、何時までも引き留めておいたら食事が遅れてしまうね。それじゃあ、またね」
葎様が取り巻きとなっている女子生徒達と去っていくのを頬を赤らめながら見守った。
「葎様……」
渡された手鏡を見つめながら葎様の名を呼ぶ。
ああ、この思いをどう表現していいのか
「「何?この趣味の悪い手鏡は?」」
「うわっ!ツインズっ!!」
「さっきのって葎?」
「相変わらず煩いのを連れて来てるね?」
「ちょっ!葎様を悪く言わないで!!」
「何が葎様だよ」
「あんな自己中ナルシスト男の何処がいいんだよ」
「自己中はあんた達でしょうがっ!!葎様はナルシストなんかじゃないっ!!」
「ナルシストだって!あいつの家に沢山鏡あるの知ってる?あれって全部葎が自分の姿を映すためのものだって」
「よく画家に自画像をかかせてるって話も聞くぞ。いや、実際に美術部の連中に自分の絵を描かせていたって話だ」
「そんなの噂だけよっ!!」
「いいや、あいつは真性のナルシストだ」
「しかも変態だって」
「ふざけないでっ!!」
「それより、早く昼食食べないと時間なくなるよ?」
「庭園で食べるんだろう?ほらさっさといくよ」
「はぁ?誰が一緒に行くって……ってちょって待って!!」
「「早く早く♪」」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
しかし誰も助けてくれなかった。
ああ、世の中って厳しい(泣)
こうして私はお昼休みにツインズにつきまとわれたのだった。
しかも、その疲れから葎様から渡された手紙を渡し忘れたことに気付いたのは就寝前のことだった。
top/next