第一章−3






 招待状を貰って5日目。
 放課後、帰る準備をしている中やってきた那木と椎木は私をパーティーに出席させる為泣き落とし作戦に出た。

「ねぇ、いいでしょう?」
「ねぇってばぁ」
「なんで女装するねんっ!!」
「「あ、そのツッコミ最高!!」」
「じゃかあしいどけいっ!!」


 何時もの制服ではなく、女子の制服を着て私の机の周りで泣き落としにかかる那木と椎木を怒鳴りつける。
 所謂女装状態の二人。これが逞しい普通の男子がやれば卒倒者だが、那木と椎木がやれば何処から見ても
極上な美少女にしか見えない。

 クラスメイト達から歓声すらあがる中、気をよくした二人は何時もの5割り増しのうっとうしさで私にしなれかかった。

「ねぇ?御願いvv」
「代わりにぼく達を好きにして良いから」

 おおぅぅぅ!!とあちこちから期待に富んだ声が上がる。
 何の期待だと張り倒してやりたい気持ちに襲われながら、私は席を立った。

「何処にいくの?」
「蒼麗の所。今日は部活は話し合いだけだった言ってたから一緒に帰る約束してるの」
「話し合いならまだすんでなかったから今行くと邪魔になるよ」
「あんた方に振り回されているよりはマシよ!!」


 そう言うと、私は鞄を手に取り勢いよく扉を閉めたのだった。











「あら、少し早いんじゃない?何時もは話し合いが終わる頃に来るのに」

 音楽室の前で待っていると、生徒会室から出てきた聖が此方に歩いてきた。
 しかも、手には鞄を持っている。

「あれ?今日は遅くまで残るんじゃ」

 確か、何か大きな議案があると聞いていた。
 生徒会長である聖はその中心となって会議を進めていた筈なのだが……。

「ああ、それならもう終わりました。だいたいの所は既に決まっていましたし、今日は細かい所を少し調整したんですの」
「そ、そうなんだ」
「だから私も帰りはご一緒しますわ」
「あ、それなら帰りはカフェにでも寄らない?凄く美味しい新作ケーキが出たんですって!」
「ケーキって……少し食べ過ぎじゃないですの?今日のお昼も中華丼と炒飯、ラーメンを食べて……」
「だ、だってお腹がすくんだもん」
「いくらお腹がすくからといって、このままでは大変な事になりますわ」
「そ、それは分かってるけど……」

 でも、前々から楽しみにしていたものだし……。

「全く……少しは食べるのを控えたらどうなのです?」

 大きくため息をついた聖が持っていた鞄を床に降ろす。
 と、鞄のポケットから出ている白いものが目に入った。


 封筒?

「あっ!」
「な、何ですの?!」

 驚いた聖が問いかけてくる。


 って、やばい!!

 葎様からの手紙を聖に渡すのを忘れてた!!


 昨日は聖は学校を休んでいて無理だったため、今日渡そうと鞄の中にいれたものの、学校に来てツインズの襲撃に
遭っているうちにすっかり忘れてしまっていた。

 危うく、渡さないままになる所だった。

「聖、あのね」

 その時、ガラガラと音楽室の扉が開いた。

 ガヤガヤと合唱部の生徒達が出てくる。
 その中に、蒼麗の姿を見つけた。

「あ、華依璃ちゃんごめん遅くなって!……って、聖?」
「私の方もさっき終わりましたの。一緒に帰りましょう」
「うん、それはいいけど。あ、華依璃ちゃん!実はさっき何時も行くカフェで新作のケーキが出たんだって!!
一緒に食べに行こう!!」
「え?!いいの?!」
「蒼麗っ!」
「何?聖」
「今私が華依璃に行かないように言っていたというのに」
「何で?」
「何でも何も」
「さあ、蒼麗行こう!!」

 このままだとカフェに行けなくなってしまうと悟った私は強引に蒼麗の手を掴むとそのまま走り出した。

「あ、待ちなさい!!」

 後ろから聖が追いかけてくる。
 だが、食べ物が関わったときの私の足に追いつける者は少なくともこの学園には存在しない。
 おかげで、私達は無事にカフェにつき、聖が追いついてきた時にはもう注文も終わっていたのだった。


「はい、聖、ケーキ」
「はぁ……もう華依璃ってば」

 勝手に注文した聖の分のコーヒーとケーキを置くと、聖は疲れたように額を抑えた。


「聖、ケーキ美味しいよvv」
「いえ、美味しいのは分かっていますわ。けれど、私が言いたいのは」
「そんな堅い事言わないで。それより、聖に渡すものがあったの」


 今の聖はあまり機嫌がいいとは言えないが、このまま機嫌が良くなるのを待っていたらまた手紙を
渡し忘れてしまうと思い、私は鞄から取りだした葎様からの手紙を聖に渡した。

「これ、なんですの?」
「葎様から聖にって」
「捨てておしまいなさい」

 聖は手紙をパンっと机に叩付けた。


「葎様の手紙がっ!」
「お黙りなさいっ!!何が葎様です!あんな無礼男など名を呼ぶのも汚らわしいっ!!」
「聖、落ち着いてっ!!」
「華依璃も華依璃よ!!あれだけ嫌だと言ったのにどうして何時も何時も手紙なんて持ってくるのよ!!」
「手紙だけじゃなくて贈り物もよ」
「そんな事を言ってるんじゃないわっ!!」

 余計に火に油を注いでしまったらしい。
 切れまくる聖に私は固まった。

「ってかあの男も華依璃が断れないからって何時も何時も利用してっ!!」
「わ、私は利用されてなんかっ!」
「されてるじゃない!!貴方の恋心を利用して贈り物とかを私に届けさせてるでしょう?!」
「そ、それは」
「今後一切あの男との付き合いはやめて!!」
「っ?!そんなのいやっ!!」
「華依璃っ!!貴方はあの男に利用されてるだけよっ!!」
「それでもっ!!好きな人の望みぐらい叶えてあげたいもの!!」

 周囲の視線が此方に集まるのも構わず私は叫んだ。

「別に付き合いたいなんて思ってない!!遠くから見つめるだけでいいの!!けれど、そんな私に葎様は
声をかけてくれて、贈り物もしてくれたわ!それに、あの上級生に呼び出された時も助けてくれて………」
「華依璃ちゃん……」
「そ、それに聖だって手紙とか捨てるだけで一度もきちんとはっきり自分の気持ちを伝えてないじゃない!!
それこそ酷いわっ!!」
「私に許嫁が居ることはあの男も知ってることですわ!!」
「でも、それでも諦められない気持ちだってあるわ!!私だって………聖に手紙や贈り物を渡すように言われていても
葎様を好きな気持ちは変わらないもの」
「あんな男の何処がいいの?!それこそ理解できないわっ!!」
「そんなっ!あんな男呼ばわりしないで!!葎様が可哀想よっ!!」
「では私は可哀想ではないの?許嫁がいるにも関わらず、強引に贈り物を渡されて………私に許嫁を裏切れというの?!」
「そんな事言ってない!!」
「そう言ってるも当然ですわ!!私はもし緑翠が他の女性を可哀想に思って手紙を貰ったと知ったら凄く傷つきますわ。
だからそれを知っている緑翠は決して他の女性からの贈り物や手紙は受取りません。そしてそれは私にとっても同じ事」
「そ、それは……」
「華依璃は私とあの男のどちらが大切なのです?」
「そんな選択卑怯だよっ!!」
「私の友人を利用するあの男の方が卑怯ですわ!!」

 聖がガタンと席を立つ。

「とにかく、こんな手紙などいりませんわ」
「聖」
「気分が悪くなりました。帰りますわ」

 そう言うと、聖は代金を机の上に置くやいなや鞄を手に取り蒼麗の腕を掴んでその場を立ち去ってしまった。
 後には、食べ残されたケーキやコーヒー、そして受取られなかった手紙だけが残されたのだった。


「好きな人の願いを叶えて上げたいって思うの……そんなにいけない事なのかな?」

 聖の言いたい事はよく分かる。
 聖に対して酷いことをしているという事も。

 私は手紙を鞄の外ポケットにいれると、ウェイターさんを呼んでテーブルの上のケーキを下げて貰い
会計へと席を立った。


 夕日に紅く染まった道をとぼとぼと帰る。
 時折吹く木枯らしが傷ついた心を更に冷えさせた。


 だが、同時に私の頭も冷静にさせていく。



『私に許嫁を裏切らせるおつもりですか?!』



 違う、そんなつもりはなかった。




『あなたはダマされているのです!!』



 そうだろうか?



『あんな卑怯な男!!』



 私はただ、好きな人の思いを叶えたかっただけ




 ただ、それだけだった




 けれど、それをすることによって聖は傷ついてしまった




 聖の言うとおり、私は利用されてるだけなのだろうか?




『私あの男のどっちが大事なの?』



「そんな選択を提示させる私って友人失格だよね」


 聖だって言いたくていったのではない筈だ。
 けれど、どれだけ言ってもやめない私にそう言うしかなかったのだろう。




「………やっぱり、謝ろう」



 自分がどんなに身勝手なのかを思い知り、罪悪感が込み上げてくる。


 いくら好きな人の望みを叶えたいからといって、大切な友人を困らせていいわけがない。


「よし、今から聖の所に行こう」


 もしかしたら断られるかも知れないが、その時はその時だ。


 そうと決まれば側実行。
 鞄を抱えて走り出す。


「聖、寮に帰ってるかなぁ?」


 と、その時だ。


 突然目の前に誰かが現れる。
 だが、走り出した足は止まらずそのままぶつかっていく。



  ドンっ!


「うわっ!!」
「きゃっ!!」

 私にぶつかった誰かがその場に転がる。
 その相手を見て私は青ざめた。

「り、葎様っ?!」
「ったく、いてぇな――と、あ、華依璃君かい?」

 何だろう?今、何かとんでもない事を聞いた気が……。

「一体どうしたんだい?そんなに慌てて」
「あ、その」
「ん?これ」

 葎様が地面に落ちていた白いものを手に取る。
 って、それは葎様の手紙っ?!

 見れば外ポケットには何も入って居らず、ぶつかった時に落としてしまったのだと気付いた。
 だが、もう取り返すのは遅かった。

「これ、聖様に渡したんじゃないの?」
「あ、えっと……渡すには渡したんですけど」

 受取って貰えなかったと続けようとした時、私の耳がそれを捉えた。

「満足に手紙を渡すことさえ出来ないのかよこのウスノロが」
「え?」
「いや、何でもないよ。それより、聖様には受取って貰えなかったんだ」
「あ、は、はい」
「そっか………手紙ではやっぱりダメなんだね。となると、自分の口で言う方がいいのか」
「り、葎様」
「じゃあさ、聖様に明日の放課後に音楽室に来てって言ってくれる?」

 直接会って告白がしたいという葎様に私の心が痛んだ。
 それも当然だ。
 好きな人が別の人に告白する。しかもその呼び出しを私に頼むなんてこれ以上残酷な仕打ちはないだろう。

 込み上げてくる涙を必死に堪えるが、もし今一言でも声を出せばあっという間に泣き声が漏れてしまうだろう。

「やっぱり、こういうのは直接会って言わなきゃね」
「……そう……ですね」

 嬉しそうに笑う葎様に私は必死に悲しみを堪えながら言った。
 だが、一言一言口に出す毎に心が悲鳴を上げ、ひび割れていく。

「でも、それなら……自分で聖を迎えに行った方が……」

 もうこれ以上惨めになりたくないとばかりに提案するように言いながら顔を上げた。

「っ?!」

 そこには私が憧れていた葎様の姿はなかった。
 何時もの紳士で優しい笑顔を浮かべている顔には、まるで嘲るような笑みが浮かんでいた。
 それは、他の人が私へと向ける侮蔑の表情と全く同じだった。
 けれど、声は何時ものように優しかった。

「ん?もう一度言ってくれる?」

 言えるはずがなかった。
 今まで信じていたものが音を立てて壊れていく。
 その絶望に私は凍り付いた。

 私は一体この人の何処を見てきたのだろう?

 好きだなんて、一体何処を見てそう思ったのだろう?

 この人も同じなのに………。

 そして気付いた。


 ああ、私は利用されていたのだと。
 聖の言うとおりだったのだと。

「御願いだよ。いいだろう?手紙を渡せなかったんだし」

 葎様の言葉が傷ついた私の心に塩を塗る。
 何時もなら私が悪いんだと思うものの、今は理不尽だという気持ちしか浮かばない。

 だが、葎様はそんな私にまるで気付いてないかのように先を続けた。
 そしてその言葉が私の中に決定的な不快感を生み出す。

「ああ、勿論お付きの子には内緒にしてね。あの子が来ると言えるものも言えなくなるし」

 邪魔されるのがいやなんだよねと呟く葎様に私は思わず言っていた。

「蒼麗はお付きじゃありません!蒼麗は聖の友達ですっ」

 何時も思っていた。だが、今はもう我慢出来ない。
 何時も何時も蒼麗をお付きといっていたが、それが嘲りから産まれたものだと今はっきりと理解した。

「蒼麗は凄く素敵な子です!!それこそ聖と同じぐらい素敵な子なんです!」

 私は何とかして蒼麗の素晴らしさを伝えようとした。
 だから気付かなかった。

「蒼麗は優しくて、明るくて、聖と同じぐらいきゃっ!」

 バシンっと頬が張られ私はその場に倒れ込んだ。
 衝撃を受けた場所はあっという間に晴れ上がり熱と痛みを持ち始める。
 かなり強く叩かれたのだと気付いたのは、葎様が私を叩いた手を大事そうにさすっていたのを見たときだ。

「ぼくはそんなお付きの事なんて聞いてないよ。なんだい?そんなどうでもいい事をぺちゃくちゃと。あんな子が
聖様に相応しいと本当に思っているのかい?」
「……え?」
「ってか君も君だよね。聖様を呼び捨てにして、自分を何様だと思っているんだい?君みたいな醜い豚が
あんな美しい方と何時も一緒に居るなんてどれほど周囲が腹立たしく思うか……全く目が腐るよ」
「っ?!」
「まあ、君みたいな子が側に居るおかげで聖様の美しさが余計に引き立つというメリットもあるけど、それ以上に
腹が立つんだよ。どうしてあんなにも美しい聖様の側に君や、あのお付きの子みたいなどうでもいい奴らがいるんだ?」
「ひ、酷い……私はともかく、蒼麗は違いますっ!!」

 葎様が私に下した評価、それは全て本当のことだ。
 だが、蒼麗の事は違う。
 蒼麗の何処が聖に劣るというのだ?確かに成績などでは完全に負けているが、その内面の資質は素晴らしく、
どんな事でもくじけずに頑張り、それでいて周囲への気配りを忘れない。

 そんな子が他にどれだけいるというのか?

 この人は一体何処を見ているのかと問いたくなる。
 聖にしてもそうだ。美しい美しいと言うが、その一本調子の言葉に外見だけしか見てないのかと言いたくなる。

 そして気付く。
 私もこの人の外見だけしか見ていなかったのかもしれない。
 勝手に心の中で理想の王子様に仕立て上げて………それに、私自身何時も自分の外見ばかり気にして……。


 ああそうか……私も人のことを言える資格はない。


「まあ、そろそろぼくとしても限界に来てたからね。手紙もろくに届けられない役立たずなんて必要ないよ。
なんだよ!君が聖様と仲が良いっていうから声をかけてやったり、物を恵んでやったりしたのにさ。もし聖様と
知り合いじゃなければ視界に入れるのもおぞましい化け物のくせに」
「ば、化け物?」
「化け物じゃないか。鏡で見てないのか?そのブサイクな顔!食べ過ぎて巨体の体!!もう豚だよ豚!!
ああ、気持ち悪い。しかも人をはね飛ばして……もう女じゃないよ」

 女じゃない。その言葉に何時しか私の瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちてきた。
 視界が霞み、喉からは嗚咽が込み上げてくる。
 そんな私を葎様は嘲笑った。

「何?泣くの?ってか君みたいのが泣いたら余計に醜くなるだけじゃないか。泣くなら何処か余所でやってくれない?
あ〜あ、君みたいな子、あの時助けなければ良かったよ」

 初めての出会いすら拒絶され、もう耐えることが出来なかった。

「ねぇ?悔しい?悔しいならさっき言った奴聖様に伝えてくれない?」
「つ、伝えたらどうするんです?」
「勿論、付き合って貰うように説得するよ」

 その時だ。葎様が浮かべた残忍な笑みに私はハッとした。
 私の中の警鐘が激しく打ち鳴らされる。

「嘘」
「ん?」
「嘘です!!きっと聖に危害を加える気でしょう?!」
「例えば?」
「そ、それはっ!」


「あ?葎じゃねぇか?ん?その化け物って、聖様への連絡係じゃなかったっけ?」


 葎様の背後から聞こえてきた声に視線をずらせば、そこにはあまり良くない感じのする男子生徒達が居た。

 ただし、制服がうちの学校のものとは違っている。外部の生徒だろうか?

「って事は頼んだのかよ?明日の事。ってか相手はあの才色兼備の聖様だろう?俺も味見させてくれよぉ」
「勿論、お前の後でいいからよ!あ、俺二番!!」
「何言ってるんだよ!俺が二番だよ!」
「ってか、聖様って許嫁がいるんだろ?って事は処女はその許嫁が……ちっ!処女の時の聖様と犯りたかったぜ!」
「あんだけのスタイルの良さだ!きっと楽しませてくれるんだろうなぁ?」


「なぁ、お前と付き合うようになってもたまには貸してくれよ?」


「……どういう事ですか?」


 彼らの言葉から、葎様が聖に何をしようとしているのかを悟り青ざめる。
 だが、それでもまさかそこまではと問質そうとしたその時だった。


 地べたに座り込んでいた私の顔に葎様が蹴り上げた足がめり込む。
 その衝撃に思い切り後ろに吹っ飛ばされた。

「おいっ!何してるんだよっ」
「ゴミ掃除だよ。もうこいつは利用価値ないからな。ったく、素直に言うことを聞いていれば良かったのによぉ」
「あ?じゃあこの子知らないの?明日の聖様輪姦計画」
「聖様は俺だけのものだ!!だから犯るのは俺だけだ!!」
「聖様と結婚するのお前だって分かってるよ。だから時々でいいって言ってるだろう?仲間だろ?俺達」
「そうそう、今回だって危ない橋を渡って手伝うんだ。お前が聖様を犯っている時の見張りや、脅迫用の
ビデオや写真撮影してやるんだし」
「けど可哀想だよな?そんなのが流されたら許嫁とは破局だ」
「それがどうした?聖様が結婚するのはこのぼくだよ。それにいくら許嫁とはいえ、聖様の側に何時もいるわけでも
ない男が何時も側に居るぼくに勝てるとでも?ぼくなら何時も一緒に居てあげるのに」
「何時も犯ってやるのにの間違いだろう?!」
「でも、その許嫁は結構名門の家だって聞いてるぞ?」
「ぼくの家も名門だよ!!それに財力だってある!」
「まあ、確かにお前の家は名門だしな。それにお前自身顔はいいし。許嫁の方はどうなんだ?」
「さあね?見たことないけど、もしかしたらすっごくブサイクかもな?所詮ぼくに勝てる相手なんていないよ」
「性格は最悪だけどな!」
「そうそう、聖様ももっと早くに許嫁を見限っていればぼくに優しく愛されたのに。全てはぼくをじらすからこういう風な
手段をとらざるをえなかったんだよ。でも、大丈夫。そもそもぼくと聖様は結ばれる運命だったんだから」
「明日強引に犯す相手にそれを言うのか?お前も趣味が悪いね」
「何とでも言ってろ。明日は楽しみだ」

「ふざけないでっ!!」

 葎と彼の仲間達の聖に対する侮辱的な話を聞かされ私の怒りはもはや頂点に達していた。
 鼻からは大量に血が流れ、怒鳴った事によって口の中にも血の味が広がったが、そんな事には構っていられなかった。


 許せない。
 聖の意志を無視してそんな事を企んでいたなんて。
 しかも、その企んでいた事はもう言葉にするのも許せないぐらいの最低なことだ。
 どんな事があったって女性を無理矢理犯すなんてやってはいけない。
 強姦は最低なことだ!しかも輪姦までしようとしていたなんて!!
 にも関わらず、聖の許嫁を馬鹿にするなんて!!
 聖の許嫁はあんたなんかとは比べものにならないほど素晴らしい人だ。
 間違っても強引になんてしない。それに葎様の友人達にも腹が立つ。
 そんな企みを止めるどころか寧ろ悪のりして楽しもうとするなんて最低な人達だ。


 こんな最低な人を好きだったなんて自分に腹立たしさしか感じない。
 きっと聖はそんな本性を見抜いていたのだろう。

 私が馬鹿だった。
 彼のうわべだけにダマされて、危うく犯罪の片棒を担ぐところだった。
 いや、そんな事はどうでもいい。それよりも聖を危険な目に遭わせるところだった!!

 もし、私がダマされて聖を明日呼び出していれば、聖は葎達に………

 その時、顔に強い痛みが走る。
 が、今度は腹部にも痛みが走った。
 葎達に蹴られたのだ。

「黙れこの死に損ないっ!!」
「あはははは!!なんだよこのぼろ雑巾!もしかしてサンドバックのなれの果て?」
「ってかすんげぇブサイク!!」

 罵倒されながらも私への攻撃は止めない。
 蹴られ、時には殴られる。

 だが、その痛みを私は受け入れた。

 聖はたぶんもっと痛かったはずだ――心が。
 好きでもない相手から押しつけられるようにして渡される手紙や贈り物。
 どんなに拒んでも受け入れられず、そればかりかそれらを届る友人はいつまで経ってもそれをやめない。


 私は知っていた筈なのに。


 好きでもない相手に告白されたり、贈り物を贈られたりする事を聖が心底嫌がっていたことを。


 聖は確かに人気がある。
 多くの男性達の心を虜にし、沢山告白される。
 そして時には、葎のように実力行使をしようとした者達も多くいると聞いていた。
 私は聞いていただけで、実際に見たことはなかった。だから、余計にそれらを軽く考えてしまったのかもしれない。


 それがどれだけ聖を傷つけているのかをこれっぽっちも理解してなかった。


 だから、その報いが来ているのかも知れない。


 下手をすれば聖を危険な目に遭わせていたかもしれない私。


 聖が嫌だという事をやめなかった私。



 相手の外見だけにダマされてた馬鹿な私。



 その報いがこうして来てしまったのだ。


 もしかしたら殺されるかも知れない。


 そう思ったが、もはや体は動かなくなっていった。
 けれど、それも仕方がない。
 もし私が目を覚まさなければ明日聖に行なわれていたかもしれない事を思えば、この程度の痛みなんて。


『せめて……………最後に聖に謝りたかったな』


 それに、蒼麗にも嫌な思いをさせた。
 カフェで、聖に引っ張られていく蒼麗の悲しげな表情が浮かんだ。


「ごめん、聖、蒼麗……」

 霞始めた視界、薄れていく意識。
 既に痛みも感じなくなり、葎達の罵声すらも遠のいていく。

「なあ、死んじまったらどうするんだよ」
「そんなもん、埋めるに決まってるだろう?」
「「お前をな」」



  え?



 まさか此処に居るはずがない。
 そう思いながらも聞こえてきた聞き覚えのあるハモり声に私は最後の力を振り絞って顔を上げた。



 そして見てしまった決定的瞬間。



 葎の整った顔にめり込む二つの拳。
 その拳の持ち主達を認めた瞬間、私は絶叫した。


「ひぃ?!那木、椎木っ!!どうして此処に?!」

 ゴホッと血で咳き込みながら私は二人を見上げた。


 相変わらず何時もの飄々とした態度の二人はにこやかに笑っていた。
 但し、目は全く笑ってない。目は口ほどに物を言うという諺を実証しているかのようだった。

 バタンと二人の足下に葎が倒れ伏す。が、息つく暇もなく二人は仰向けに倒れた葎の腹部を足で勢いよく踏みつけた。
 いつもは女性を惑わす甘い声が発せられるそこから蛙が潰れたような呻き声が出た時には思わず笑いが込み上げた。
 しかし、笑うと傷に響きすぐに顔をしかめた。

「黙って見ていれば調子に乗っちゃってvv」
「人の玩具で勝手に遊んでいいなんて誰が許したの?んん?」
「誰が玩具だっ!!」
「「勿論華依璃が」」
「な、なんなんだよ貴様等っ!!」
「痛い目にあわされてぇのかっ!!」
「それは此方の台詞だと思いますが」
「華依璃ちゃんになんて事をっ!!」


 再び聞こえてきた聞き覚えのある声に顔を向ければ、そこにはカフェで別れた聖と蒼麗が立っていた。
 二人とも、顔に怒りの形相を浮かべているばかりか、後ろには憤怒のオーラが立ちこめている。
 それには、大の大人でも逃げ出したいほどの恐ろしさがあった。


「私を犯す?輪姦する?ふっ!出来るものならばやってみなさい!!この私に敵うものならば!!
返り討ちにしてやりますわ!!しかも、私のことだけじゃなく緑翠の事を侮辱し、蒼麗の事を馬鹿にし」


 聖がカッと目を見開き叫んだ。

「私の友人の華依璃を利用した挙げ句傷つけるなんてっ!!」
「聖………」
「元々貴方の事は嫌いでしたけれど、それ以上に華依璃の事を利用する貴方が大嫌いでしたわっ!!」
「聖……私……」
「貴方が私に近づく為に華依璃を助けたことも知ってましたわ。そして華依璃の恋心を利用して私に贈り物を届けさせて
いることも、そして近頃は何か良からぬ事を企んでいることもっ!!けれど、それでも私が何も言わなかったのは
どうしてだと思います?」


 聖が笑った。
 それも普段なら決して浮かべないような残忍極まりない壮絶な笑み。



「何時か貴方の本性を引きずり出して華依璃の目を覚まさせる為ですのよ!!なのに、貴方は最悪の形で
自分の本性をさらけ出した。その上、華依璃をこんな風に痛めつけて」


 聖はガンっと地面を踏みならした。



「覚悟は出来ていまして?私は友人を傷つけられて黙っているような女ではなくてよ」
「な、な、俺達に勝てるつもりか?!」
「そ、そうだ!!女の身で逆らいやがって!!輪姦されたいのか?!」
「ちっ!計画が早まったがやっちまおうぜ!!」
「ああ!!おい、聖様だけは無傷で捕まえろ!!他はボコボコにしちまえっ!!」
「へぇ?それって、蒼麗様もボコボコにするのか?」

 あれ?この声って。
 前に何回か遠くで聞いた事のある声に私は思わず聞き入った。
 この耳に心地よい爽やかささえ感じさせる美声は一体誰の者だっただろうか?と、ふと視線を転じれば、
聖が固まっている姿が見えた。
 私の方に駆寄ってきた蒼麗も、少し手前でその足を止める。
 そして彼女が振り向き固まった方に視線を向け………私も固まった。
 だが、口汚いことを叫ぶ男子生徒達は新たな闖入者に全く気付いていなかった。

「あの地味な女の事か?当たり前だ!!聖様とやるのはいいが、あんなガリガリなんてやる気も起きやしねぇ!!」

 あ、いっちゃった……。
 確か、あの人は蒼麗を実の妹のように可愛がっているって。

「じゃあ死ね」

 その人はそれはそれは美しく笑い男子生徒を殴りたおした。

「おいっ!どうし………」

 男子生徒達が言葉を無くす。
 中にはガタガタと震えだし、泡を吹き出した者さえいた。


「人の女を輪姦すだとか犯るだとか言ってるだけでも腹立たしいのに蒼麗様まで馬鹿にしやがって………しかも、だ」


 バキバキと指を鳴らしながらその人は言った。


「お前等みたいに女をよってたかって痛めつける相手が俺は一番嫌いなんだよっ!!」


 阿鼻叫喚の図がそこに出来上がった。



 新たな闖入者――緑翠様の怒りの激しさに私達はただただ見守るだけであったのだった。








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