第二章−1




「あ〜〜……来ちゃったか、とうとう」


 今更飾り立ててどうこうなるわけではないブサイクさを誇るこの容姿。
 だが、だからといって着古した服で来るわけにも行かず、よそ行きのワンピースに身を包んだ私は
向こうに小さく見える那木達の屋敷の門を見つめ大きなため息をつく。
 那木達の屋敷の門まで後50メートルはあるだろうか?
 走ればすぐに着く距離だが、足は重く歩くのもやっと。その上一歩歩く毎に気が重くなった。


 彼らの家は、街の中心部から少し離れた海を一望出来る小高い丘の上にあった。
 街から離れているから結構不便かと思えば、近隣まで開発が進み、大型スーパーを始めとした店類が建ち並んでおり、
人通りも多い賑やかな場所だった。
 といっても、名門と名高い蒼海守家が庶民が愛用するスーパーで買い物などしないだろうが。

 蒼海守家は炎水家縁の名門一族で、伯爵の地位を持つ歴とした貴族だ。

  しがない男爵家でしかない自分の家とはそれこそ雲泥の差がある。
しかも、名ばかりではなく財力や幅広い人脈も持つ蒼海守家はもはやその名自体が一種のブランドとなっていた。
 政財界では蒼海守家と縁組みをしたいという人達が大勢いるとお父様がよく言っていた。

 因みに、那木と椎木が私の所に良く来ているのを知ったその世界の人達が冗談半分でお父様に
縁組みさせてはどうか?と言った事があるそうだが

『そんな冗談はやめて下さいよ!!蒼海守家の子息
程度私の娘に相応しいと思うのですか?

 と言って、その場を凍り付かせたという。

  何を言ってるんだお父様!!
  うちの家の方が格下なのにそんな事言ったら潰されるだろうっ!!

そんな事があった事を今日家を出る前にうちの家政婦さんから聞いてしまった身としてはすぐにでも帰りたかった。
失礼なんてレベルの話ではない。

と、いつの間にか足が止まっていたらしい。
隣を歩いていた蒼麗が心配そうに声をかけてきた。

「華依璃ちゃん?どうしたの?」

 キョトンと首をかしげる様はとても可愛らしかった。
 しかも、手作りのワンピースに身を包んだその姿は何時もと変わらず渦巻き眼鏡をかけていてもなお可憐さが漂う。
 時折ちらりちらりと同年代の男の子達が此方を見ては頬を赤く染める姿が見て取れた。知らぬのは本人ばかり。
 那木と椎木に半ば強引に渡された招待状を手に項垂れていた私をみかねて着いてきてくれると言ってくれたのだ。


 これには、流石の那木と椎木も文句は言えなかった。
 例え二人といえど、蒼麗を怒らせることは出来ない。
 怒らせればどうなるかを身にしみて分からせられている彼らは蒼麗の笑顔の前に泣く泣く頷く形となった。
 そして、そんな予想外の同行者はもう一人いた。

「ふ〜ん、まあ立派な方に入るわね」

 漆黒のドレスに身を包んだ聖が興味なさそうに呟いた。
 が、そんな聖は逆に周囲の視線を釘付けとする。
 大きく開いた胸元から覗くのは、たわわに実った白く形良い豊満な乳房。
 コルセットを使わずも細く括れた腰にふんわりと広がるレースのスカートから除く白い足首はどんな厳しい修行を
積んだ聖職者すらも堕落させるほどの危うい妖しさを漂わせる。
 露わとなった背中に周囲の視線は集中し、一瞬たりともそれは離れなかった。

 当然だ。
 着る者によっては下品にもなるそのドレスを見事なまでに上品且つ可憐に着こなす聖は
同じ女である私から見ても何とも言えない妖艶さを漂わせていた。

 一人は可愛い系。
 一人は綺麗系+美人系。
 それに挟まれているのはブサイクな子。

「華依璃、どうしましたの?」
「いえ、なんでも……」

 顔で笑って心で泣く。

  が、心で流す涙が許容量を超えた場合はどうするのだろう?
  やっぱり全身の汗腺から吹き出させなければならないのだろうか?

「華依璃ちゃん、どうしたんだろう?」
「疲れているんじゃないのかしら?」

 ぼそぼそと言い合い二人に私は大きなため息をつくと、気が重いまま再び那木達の家へと足を進めだした。

 屋敷の入り口である門の前には、車を降りた多くの招待客が列をなしていた。
 守衛だろうか?黒服を着た男性二人が渡された招待状を一枚一枚、けれど素早い動きでチェックしていく。

「うわ〜〜、凄い家ね」
「凄いといっても、所詮は伯爵家じゃない」

 聖が興味なさそうに呟く。
 彼女の家は大戦前からの名門で、大戦後は侯爵の位を頂いている超が着くほどの名門。
 それこそ、爵位を持つ者達からしても驚きの余り言葉を失う事はまず間違いないだろう。

「それで、どうするの?」
「え?」
「何時までもここにボケッと立ってはいられませんわ。行くならさっさとしましょう」

 聖に促された私は半ば引っ張られるようにして招待客の列に並んだ。
 並んで30分ほどした頃か。ようやく私達の番が回ってくる。

「ようこそいらっしゃいました。招待状を――」

 私の顔を見た黒服の男の人が言葉を止める。
 一瞬見開かれたその瞳は、信じられないといった様子だ。


 まさか、こんなブサイクが


 そう、口が動くのを確かに私は見た。

 ああ、まただ。
 幼い頃から何度も言われ続けた言葉。
 あの美形の夫妻からは信じられないほど容姿の悪い娘と誰もが哀れんだ。
 この容姿をネタに同い年の子達から沢山馬鹿にされ、何時も意地悪された。
 どんなに鏡を見ても決して変わることのない私の顔。
 もう慣れた筈なのに、心がキシキシと音を立てた。

「何か?」

 後ろに居た聖が一歩前に出て男の人達に声をかける。
 それにつられるようにして男の人達が聖に視線を向け――目を見開いた。
 その瞳はさっきとは違う、嬉しい驚きに溢れたもの。
 まるでこの世の者とは思えないとばかりに、聖の美しさに見入る。
 それは、他の招待客の人達も同じ。
 聖の美しさに、清らかで神々しささえ感じるその美貌に誰もが虜となる。

「招待状は宜しいでしょうか?」

 聖のとびっきりのスマイルに、男の人達がまごまごしながら頷く。
 それに優雅な会釈を行なうと右手で私の手を、左手で蒼麗の手を掴みしとやかに、
けれどしっかりとした足取りで敷地内を、そして屋敷の中へと入っていったのだった。





top/next