第三章−1
『海璃………』
誰?
『私の海璃』
違う
『帰って来てくれたのね私の愛しい娘』
違う違う違う!!
私の名は華依璃で海璃なんて知らないっ!!
「はっ?!」
気付けば、見知った天井が視界に飛び込んだ。
(わたし………)
身を起こすと、自室のベッドの上にいた。
が、昨日ベットに入った記憶はない。あるのは部屋の扉を開けた時までだ。
とすると、そのまま倒れ込むようにして意識を失ったのだろう。
見れば、服は昨日のパーティーで着ていたワンピースのままである。
って、こんな所を家政婦さんに見られたらまた怒られてしまう。
「にしても……夢見がよくなかったわ」
昨日あんな事があったからしれない。
私を海璃と呼び続けた那木達のお母様。
その必死な姿が頭にこびりついて離れない。
『行かないで、私の海璃!!』
ズキンと胸が痛む。
あんな風に逃げるべきではなかったかもしれない。
夢の中でも必死に娘を追い求める母親の姿に、私は痛む胸を押さえながら込み上げてくる罪悪感にため息をついた。
「きっと那木達にあんな話を聞いたからだろうな」
「ぼく達の上にはね、瑠水姉様のすぐ下にもう一人姉様が居たんだ」
「海璃って言うんだ。姉様と同じく母様から一字を貰った名前」
「けど、あんまり出来が良くなかったんだって」
「容姿も悪かったんだって」
「綺麗で優しくて聡明な瑠水姉様とは雲底の差」
「で、その姉様はボク達が産まれる前に死んじゃったんだ」
「乗ってた客船がね、遭難しちゃったんだって」
「探したけど見つかるのは船の船体の一部だけ」
「他の500人の乗客と30名の乗組員の遺体は一切上がらない」
「船の大部分も、遺品も見つからない」
「それがいけなかったんだと思うんだ。遺体が見つからないから希望を持つ」
「何処かで生きてると。でも可笑しいよね?だって母様は海璃姉様が元気でいた頃は殆ど相手にしなかったんだから」
「見向きもしなかった。母様も、父様も」
「全ての期待と愛情は出来の良い瑠水姉様にだけ注がれた」
「なのに何年も経って海璃姉様が死んだことは間違いないと分かった瞬間」
「「あの人は壊れた」」
「海璃姉様の身代わりを求めた」
「その為に子供を孕んだ」
「そして産まれたのがぼく達」
「ぼく達は男。どちらもね。女の子が……海璃姉様の身代わりが欲しかった母様にとってはいらない子」
「生まれ落ちた瞬間から見向きもされなかった。一度も名前を呼ばれたこともなければ、抱き上げられた事もない」
「悪いことに、ぼく達を産んだ後に体も壊してもう子供が産めなくなった」
「可哀想だよね」
「可哀想だよね」
「父様は母様を愛してるから母様につきっきり」
「母様の思いどおりにならなかったぼく達を見てもくれない」
「姉様だけ」
「姉様だけがぼく達を愛してくれた」
「「だから、ぼく達は姉様が大好き」」
「まさか、そんな複雑な家庭だったとはね」
二人が何時も何時も姉様と騒いでいるのは知っていたが、それではあの二人もシスコンとなってしまう。
母からも父から顧みられず、身代わりとして求められた那木と椎木。
両親から見捨てられたと気付いた二人の心境はいかほどだったろうか。
「私なら……絶対に考えられないな」
その時だ。
扉をノックする音が響き、外から声が掛かる。
「華依璃様、起きていますか?」
それは家政婦の連珠さんだった。
「あ、はい!」
「もうすぐ朝食なので食堂にいらして下さい」
「分かりました!」
そう応えると、私は急いで服を取り出し朝のシャワーを浴びたのだった。
「おはよう、華依璃」
そう微笑むのは、母。
子供を一人産んだとは思えないほど若若しく、どう見ても20代前半。
私とは似てもにつかない儚い感じのする神秘的な美女だった。
その隣には、やはり美しい容姿をした父がいる。
此方は20代後半ぐらいの外見年齢であり、がっちりとした肢体をスーツに包み、その精悍且つ
すっきりとした美貌に優しい笑みを浮かべている。
「華依璃、昨日は遅かったけど大丈夫かい?」
昨日は帰宅予定である午後10時を大幅に超え、0時近くに帰宅してしまった。
私帰りを今か今かと待ち構えていた両親は、遅くなった私に抱きつき母などはそのまま泣きだしてしまった。
母は体が弱い。
生まれつきのものらしく、普通に生活していく上で多くの制約がかけられていた。
その一つに子供を産むことは無理というものもあったが、愛する父の子供を産みたいという母はその制約を破り妊娠。
長いつわりと陣痛、酷い難産の末にようやく産まれたのがこの私だった。
両親は産まれた私に酷く喜んだという。
しかし、その代償は大きかった。無理をした母はその後二度と子供を産むことが出来なくなった。
おかげで、私は両親の唯一の子。
その為か、両親は昔から過剰と言えるほどの愛情を私にかけてきた。
私が欲しいといえば何でも買い与え、習いたいといえばどんな習い事でもすぐにさせた。
また私が欲しいと言わなくても色々なものを与え、どんな我儘でも聞こうとした。
しかし、それでは人間はダメになってしまう。
あるときふとそれに気付いた私は両親にそれらの事を止めて貰うように頼んだ。
勿論、両親は嫌がったが、「私がダメになっても良いの?!」と凄みようやく了承させた。
可愛がってくれるのも愛してくれるのも嬉しい。
しかし、それだけでは子供はまっすぐには育たない。
時には叱り、時には怒り、時には悲しむ。
そして共に喜び笑う。
それは物を与える以上に大切なこと。
しかし、同時にそれが無理なことも私は知っていた。
母は体が弱く寝込みがちであり、父は会社を幾つか経営していて仕事で忙しい。
一緒に何かやるという事は殆ど無理だった。
「華依璃ちゃんにプレゼントがあるのよvv」
そう言うと、母が机の下からゴソゴソと紙袋を取り出す。
そこから現れたのは、一着の白いワンピースだった。
「華依璃ちゃんの瑠璃色の髪に生えると思って一目で気に入っちゃったのvv」
「お、お母様……」
「うふふふvv私ね、華依璃ちゃんがこのワンピースを来てくれるのをすっごく楽しみにしてるの」
御願いvvと可愛らしくお強請りされると私は弱い。
「あ、ありがとうお母様……」
そのワンピースはふんだんにレースが使われた代物で、上品さの中にも華やかさがある素晴らしい代物だった。
が、はっきりいって私のような太った相手が着れるような代物ではない。
というか、一種のお笑いだろう。ってか、サイズはあうのか?
ああ、こんな事ならダイエットしておけば良かった……。
小さい頃からふっくらしていたが、今のこの体型になったのは間違いなく自分のせい。
ストレスを全て食欲に向けてしまった為に今がある。
おかげで、同い年の女の子方がファッションやら色事に命をかけているにも関わらず、私は大きめの
サイズの服を探して服屋をまわる日々だ。
「気に入らなかった?」
「え、えっと……いえ、その、サイズが」
「サイズ?」
「その、私って凄く太ってるから」
「まあ!!何を言うの?!華依璃ちゃんは太ってなんかいないわ!!ねぇ、あなた?」
「うん、ふっくらとしてるけど太ってはいないよ」
尊敬する両親だが心底目が腐ってるんじゃないか?!と心の中で呟く。
「いえ、太ってます」
「まあ華依璃ちゃんダメよ!!今時の子みたいにガリガリにダイエットする気だったら!!」
「なっ?!だから近頃あんまり食べてないのかい?!」
「え、いや」
必死に否定しようとするが遅かった。
そんなのダメ!!と騒ぐ母が家政婦さんを呼びつけ更なる料理の追加をする。
「華依璃ちゃんは細いんだからもっと食べなきゃっ!!」
「え、え〜と」
「さあ、これなんてどう?はい、あ〜〜んvv」
この年で食べさせられる私って……。
しかし、母の期待に満ちた眼差しに私は拒否する事を諦めたのだった。
そうして、追加された5皿もの料理は全て私の胃袋へと納められたのだった……。
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