第三章−2






「だから太るんですわ」

「だ、だって!!」

 天桜学園では週休二日制を取っている事もあり、土曜日である今日は学校はお休みだった。
 と言うことで、せっかくの休みに家に居てもと聖と蒼麗を誘って買い物に出かけた私は、お昼を取るために入った。
 そこで今日の朝の事について話た所、聖にばっさりとそう切り捨てられた。

「こ、断る事なんて出来ないし」
「それじゃあそのままブクブクになるわよ」
「う、うぅっ」
「聖、それって酷いよ」

 蒼麗が聖に指摘するが、聖はというと疲れたように嘆息した。

「酷いも何も、私は事実を言っているだけですわ。でなくとも、華依璃は元々食べることが好きですし」
「うっ」
「その性格ですから、1枚が2枚、2枚が3枚と出されれば全て食べるでしょう。でも、その結果がこれですわ」

 幼い頃はそうでもなかったが、小学校に入る頃には肥満予備軍となり、今では立派な肥満体型となってしまったこの体。
 聖の言うとおり、出されたものを無駄には出来ないと食べ続けた結果だ。

「あれだけ運動をしていてこれなのです。見ている方もハラハラのしどおっしですわ」

 沢山の武術を習ってきた為か、消費カロリーはかなりの量があった。
 が、それでもやせないという事は、それ以上のカロリーを摂取しているという事である。

「そろそろダイエットをしないとやばいですわよ。学校の制服のサイズもなくなりますわ」

 この前ワンサイズ大きめの制服にした事を知る聖はビシっと厳しく指摘した。

「だ、ダイエットします……」

  とはいえ、どうすればいいだろうか?

 このまま家に居れば今と同じく沢山の美味しい料理を食べさせられる。

「家を出るのはどうでしょうか?」

 聖の提案に私は目を見開いた。

  家を出る?

「そ、それは無理だよっ!!」

 家を出るなんてとんでもない。
 それが出来れば、今頃自分は寮生活を送っているはずだ。

「聖、無理だよ。華依璃ちゃんが自宅から通学する理由は知ってるじゃない」

 自宅といっても、本当の自宅ではない。
 私が今住んでいるのは、本当の自宅が遠すぎる為に両親が借りた仮住まいだ。


 元々、自宅が遠い生徒は寮に入るのが天桜学園の決まりだ。
 といっても、寮には定員というものがあり、入寮試験というものも存在している。
 それらに受からなかった生徒は、学園の外にある学園指定のアパートやマンション、または間借りなどを
させて貰わなければならない。

 因みに、自宅が遠かった私は学園寮の試験を受けるはずだった。

 しかし、それを知った両親が私の一人暮らしを猛反対し、強制的に此方に引っ越してきたのだ。
 そして私は仮住まいである現自宅から学校に通っている。
 まあ、両親の気持ちも分からなくはない。当初入寮しようとした時はまだ幼稚園という幼いときだった。
 普通の親ならば心配で溜まらないだろう。
 だが、その心配は中学に入った今も変わらず、再び入寮試験を受けようとした私を両親は必死で止めた。
 もう中学生だからという私の説得にも応じず、もし強引に寮に入るならば死んでしまうと泣く母に、
私は泣く泣く入寮を諦めたのだ。


 因みに、この騒動はうちのクラスの人達ならば全員が知っている。
 反応は様々だが、最終的には中学生もまだ子供と今は甘えておけという事になった。

 クラスメイトの中には両親に会いたくても中々会えない子もいるのだから、私は幸せな方だろう。

 しかし、聖は言う。
 このまま家に居れば余計に太ると。

「問題はそこですわ。どうにかしてご両親を説得しなければなりませんが……」
「難しいと思う。華依璃ちゃんのご両親は華依璃ちゃんの事凄く溺愛してるから」
「いや、貴方に比べれば」

 蒼麗に対する蒼麗の家族や幼馴染み達のあの溺愛っぷりはもはや凄まじいものがある。
 あのレベルに達するには100万回人生をやり直しても絶対に無理。
 いや、人生やり直す時点で記憶も消去されるから必然的に無理だろうが。

「私、お昼とかお弁当作ってこようか?ダイエット出来て体にもいいの」
「え?いいの?!」
「まあ!!ダメですわ蒼麗っ!!」

 ガシっと蒼麗の両肩を掴む聖の気迫は凄かった。

「蒼麗が作るお弁当は全て蒼花様達がお食べになる物です!!他の方はダメですっ!!」

「え?でも、蒼花ってダイエットしなくていいじゃない」

 蒼麗の言葉に彼女の双子の妹の姿を思い浮かべる。
 華奢な肢体にほっそりとした手足。それとは裏腹に豊満な乳房と括れた腰は、男達の情欲を
激しくかき立てる代物だろう。

  ……………うん、ダイエットなんて全く必要ない女性の誰もが憧れる完璧なスタイルだ。

 それは聖も同じだったのだろう。

「当たり前じゃないですか!!蒼花様に無駄な部分などありません!!あの方は全てが完璧なのですっ!!」

  うん、そうそう。
  蒼花にダイエットは必要ない。

  って、あれ?話がずれてるような気が……。

「って、そういう話ではないですっ!!」
「だって、ダイエット弁当を蒼花達に作って上げてって事でしょう?」
「ダイエット弁当ではなく、蒼麗が作るものは全て蒼花様達に捧げられるべきという事ですわっ!!」
「それは違うわ。蒼花達にだっていらない物はあるもの」
「なっ?!」
「それに前に蒼花達に渡してくれって言われて渡したプレゼントは全て捨てられたし」
「それは何処かの勘違い達のものだからですわっ!!」
「……二人とも、落ち着いてよ」

 このままではらちがあかないと私は宥めに掛かった。
 すると、聖達もこのままでは話が進まないと気付いたらしく落ち着きを取り戻した。

「とにかく、聖の言うことも最も。ダイエットをするわ」
「けど、どうやって?」
「……え〜と」
「……まあ、ぼちぼち頑張りなさいな」
「う、うん」

 大きくため息をついた聖に私はポリポリと頭をかきながら応えたのだった。

「けど、那木君と椎木君、辛いよね」

 唐突に蒼麗が呟く。

「それって、昨日のことですの?」
「うん、お母さんやお父さんに関心を持たれないって……」
「そうですわね〜〜……私も前に聞いた事がありますわ」
「那木君達のこと?」
「いえ、あのツインズのすぐ上のお姉様の事ですわ。私は直接会ったことがないんですけど………実はですね、
その方。銀河お兄様の後輩ですの」
「えぇ?!あの銀河様の後輩?!」


 銀河――それは、聖の兄の名前である。
 直接あった事はないが、以前遠くから見かけた際には、柔らかい物腰と優しげな雰囲気を漂わせた
 優美な美貌をした人だった。また非常に有能で、20才という若さにも関わらず仕えるべき主君の直属の
側近の地位についており、将来有望と多くの女性達から秋波を送られているとか。
 縁談の数も許嫁がいるにも関わらず全く減らないと聞いている。

「ええ、学年は2つほど違うけど、同じ部活だったとか。因みに部活は天文部」
「天文部……」
「で、銀河お兄様が中学3年生の時に1年生で入ってきたらしいけど……」
「どうしたの?」
「ううん、なんか以外だなって思ったの。銀河兄様、その海璃さんっていう人をとても可愛がっていたんですって」
「あの銀河さんが?!って、その容姿に――」
「まあ、簡単に言えばブサイクで太めなその海璃さんをですわね。けど、昨日兄様とその方のお話をした時ですわ」


 とても優しい目をしてましたの


 聖はそう言った。

「容姿も、能力的にも低かったのは確からしいですが……とてもお優しい方だったんですって」

よく怪我をしていたが、それさえも他人や動物を守るためにつけたもの。

「本当に心が純粋で……いえ、ただ純粋なだけじゃないんです。なんというんでしょう?その方は自分の
負の部分も認めていたと」
「負の部分?」
「ええ。嫉妬や怒り、悲しみ、憎悪、そんな人にとっては忌避したい負の部分をきちんと認識した上で、
それらの感情を認めていたんです。決して綺麗なだけではない。光があれば必ず陰がある。そんな風に、
汚くてもろい部分もきちんと認めていた方だと」

 聖がちらっと蒼麗を見る。
 その視線に私は蒼麗も同じだという事を思い出した。
 蒼麗ははっきりいってコンプレックスの固まりみたいな所がある。
 けれど、それでも彼女はきちんと分かっている。光があれば必ず陰があるその意味を。

「お兄様はその方がとてもお気に入りで、まあ妹のように可愛がっていたそうですわ。それは、他の部員の
方達も同じでした。皆海璃様よりも容姿的に綺麗な方達ばかりで……その、周囲からは醜女と美男美女と
言われていたそうですが、それでも何だかんだと楽しくやっていたそうですわ。その……海難事故が起きるまでは」
「………………………」

 聖の瞳が何処か遠いものを見るかのように輝きを曇らせる。

「最初は、乗っているとは思わなかったそうです」
「……どうして?」
「なぜなら、その日はお姉様と空嵯様――現在の瑠水様の夫である彼との婚約パーティーが
行なわれる日だったからです」

 しかし、海璃はそのパーティーには出席しなかった。

 パーティーが始まる少し前に、テレビはその放送を流した。

「そこで瑠水様は倒れられたそうですわ」

 元々体が丈夫ではなかった姉は、その報せに意識を失った。
 妹が乗っていたフェリーが行方不明。体が丈夫でも気絶ものの報せだ。


「それでも、最初はすぐに見つかると思われたのです。何せ、蒼海守家はそのフェリーが遭難した海域を
含めた7つの海の支配者ですからね」


  しかし見つからなかった。
  どれだけ探しても、どんなに呼びかけても。


 遺族達は海を司る者達に詰め寄ったが、司る者達自身も自分達の力の及ばない事実に混乱を極めた。

「1年、2年と月日が経ち……あの日、とうとう捜索が打ち切られました」

 巨大な陣を描き創り出されたそれによっても見つからない。

 まるで船ごと神隠しにでもあったかのように、フェリーと乗客達は居なくなってしまった。

「殆どの遺族達は諦めました。でも……海璃さんのお母様は諦められなかった」

 海の女王の一人として、死にものぐるいで娘を捜し続けた。
 まるで何かにとりつかれたように。

「……どうして……」
「詳しくは知りませんが……海璃さんと言い合いをしてしまったそうです」

 その罪悪感は娘を思う気持ちと混ざり合い、何年経っても諦めることの出来ない半ば妄執とも言える行動を続けた。

「……そして、とうとうその日……お母様は狂われたそうです」

 ある日のことだ。海岸に流れ着いたペンダント時計。
 表蓋のついたロケットタイプのそれは、姉の瑠水とおそろいのものであり、しっかりと海璃の刻印がなされていた。
 それを拾ったのは、空嵯とその親友である銀河の二人。

 しかし、その情報はすぐに母親にもたらされ




『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!』





 そのペンダントに残された記憶。
 沢山の悲鳴と沈み行く船。
 周囲は嵐ともいえる暴風雨と霧の中、乗客達の絶望の声が響く。


 それを母親は感じ取ってしまった。


 そして娘の死を確信してしまった。


 もう、娘はいない。


 ずっと信じ続けていた望みが断ち切られ、絶望が支配する。
 それは、母親の心を壊すのに充分だった。

「お兄様は今でも言ってますわ。あのペンダントを見つけなければ……と」

 壊れた母は娘の身代わりを認めた。
 必死に懇願する愛しい存在に、夫は抗うことが出来なかった。
 唯一窘められるはずの姉は妹の死に半ば心を閉ざして引きこもる身。
 そうして産まれたのが那木と椎木。しかし渇望したのは娘の身代わりとなる女の子。

 母親の関心はいともたやすくなくなった。

「名を呼ばれず、抱き締められることもなく、どんなに愛情を求めても視界にすら入れて貰えないという
日々はどれだけ辛かった事か」

 姉が母親代わりをしてはいたが、どうしたって限界がある。
 父親も無関心で何の愛情も示してはくれない。

「那木と椎木の性格がああなったのは、たぶんそれが大きな原因かもしれませんわね」
「「人を性格破綻者のように言うな」」
「うわぁっ!!」

 後ろから聞こえてきたハモり声に思い切り悲鳴を上げる。
 だって、なぜなら今聞こえてきた声は

「那木、椎木、どうして此処に居るの?!」
「ぼく達が此処にいちゃ悪いの?」
「仲間外れはよくないね」

 そう言うと、那木と椎木はウェイトレスを呼び止め席を用意するように言った。
 頬を赤らめるウェイトレスに貴方ダマされてます!!と思いつつも、両隣に座った那木と椎木に
挟まれ口から出ることはなかった。

  ってか……なんか怒ってる?

「機嫌悪い?」
「「別に」」
「いや、絶対に怒ってる」
「「怒ってない」」
「怒ってる」
「「怒ってない」」
「怒ってる!」
「「怒ってない怒ってない怒ってない」」
「怒ってる怒ってる怒ってる!!」

 押し問答が始まりどちらも引かなくなる。

  ってどうしてこう強情なのか!!

「絶対に怒ってる!!」
「だから怒ってないって!」
「華依璃の気にしすぎだよっ!!」
「嘘っ!!私知ってるんだから!!あんた達怒ると私と目を合わせなくなるでしょう?!何時もなら
きちんと目を合わせるものっ!」
「「っ?!」」
「へぇ〜〜、華依璃ちゃんってよく見てるんだね」
「当たり前でしょう?!敵を知るからにはきちんとした情報収集が必要だものっ!因みに那木はすねると
無口になるけど、椎木は多弁になる。那木は悲しくなると瞬きが多くなるけど、椎木は目つきが悪くなる。
それはどっちも涙を堪えてるから!!」

「「・・・・・・・」」
「おぉ〜〜」

 黙りこくる那木と椎木とは反対に、蒼麗がパチパチと手を叩く。

  ・・・・・そんなに驚くことか?

「凄いね〜〜、那木君と椎木君愛されてるね〜」
「はぁ?」
「だって、普通だったらそこまで気付かないよ。やっぱり長年一緒だからだね」
「いや、蒼麗も一緒じゃない」
「私は小学校からの付き合いだもん。幼稚園の時からの付き合いの華依璃とは長さが違うもの」
「でも、そこまで分かるのはやっぱりきちんと見てないと難しいよ――って、那木君、椎木君?」

 蒼麗の声に視線をずらすと、ツインズがゆらりと近づいてくる。

 って・・このパターンって。
 私の中に昨日の悪夢がよぎった。

「「お腹すいた、華依璃ご飯」」
「そこでそれかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 太っているというのは何も悪いことだけではない。
 やせている時に比べて発声量が増した私は腹の底から怒鳴り散らした。
 しかし、きゅう〜〜と、本気でお腹が減っているらしいツインズの腹減った攻撃にとうとう私は屈することとなった。

  しかも・・

「「華依璃の手作りがいい」」
「おぉいっ!!」


 人を労働させる気満々だった。







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