第四章−2








 零と鴇を筆頭に、5人の子供がいなくなっていた。
 残りの子達はすやすやと眠っていて一安心だったが、居なくなった子の行き先を聞こうとすぐに叩き起される。
 だが、全く分からないらしく、両親の気迫にただただ怯えるだけだった。

 そんな中、運転手さんが屋敷の裏口が開いている事に気付いた。

 その後、子供達の靴も無くなっている事に、最悪の事態が浮かんだ。

「まさか、外に出たの?!」
「そんなっ!!」
「こんな時に外に出るなんてっ!!」
「きっと、雨と風が収まってるから大丈夫だと思ったんだわっ」

 窓の外を見ると、暖かな日差しさえ差し込んでいる。
 きっと、もう台風は何処かに行ってしまったた思ったのだろう。
 まだ小さな子供だ。学校で煩いほど台風の恐ろしさを言われている私とは違い、そう思っても仕方がない。

 だが、いくら私達が丈夫だといっても今回のような巨大台風に巻き込まれて無事で済むはずがない。
 いや、本来の私達であればまだいい。だが、此処に存在する為に多くの封印が施され、
普通の人間と同じぐらいの体力と能力しかない。
 それだけじゃない。例え力があってもあの子達はまだ幼すぎる。
 例え力が使えたとしても、その使い方を知らない。

 その時だ。
 あれほど穏やかだった窓の外が、再び風と雨に荒れ始める。

「ま、まさかっ!!」

 最悪の事態になった。
 此方が悠長としている間にこの地域は外れてしまったらしい。


  台風の目から出たのだ!!


 もし子供達が外に居るとなれば大変な事になる。

 居なくなってしまった子供達の両親達が青ざめる。
 誰かに発見されて何処かの建物の中にいればいい。


 だが、今この時外をうろついていたら・・・・もし川の側などにいたら!!



「あぁ・・」


 磨南夏さんが倒れる。
 それを皮切りに、他のお手伝いさん達もその場に座り込んだり倒れたりした。
 旦那さん達が慌てて解放するが、自身も今にも倒れそうなほど顔色が悪かった。

「せめて、何処にいったかさえ分かれば・・」
「何時もよく遊んでいる場所とかは?!」
「たぶん、公園かと」
「私見てきますっ!!」

 そう言うと、私はすぐに外に飛び出した。
 後ろから制止を叫ぶ声が聞こえてくるが構わなかった。










 目を開けるのも困難なほどの雨風に、持ってきた傘はさした瞬間折れ、来ている雨合羽も役に立たない。
 途中何度も風に押し戻されそうになりながらも、何とか公園に辿り着く。
 そこは、高台から海を見渡すことの出来る零達のお気に入りの公園だった。
 しかし、今は荒れ果てた黒い海が見えるのみ。

「零、鴇っ!!」

 名を叫びながら公園へを探し回る。

 しかし、誰もいない。
 何処かに隠れていないかと隅々まで探すがやはり見つからなかった。

「一体何処に・・」

 その時だ。
 公園の前を消防車が通り過ぎていく。

「何処かで事故でもあったのかしら?」

  こんな時に事故だなんて・・。

「零達を探さなきゃ」

 すると、また消防車が公園の前を通り過ぎていく。今度は3台続けてだ。

「お、多い」

  一体何処に行くんだろう?

 ふと気になり、私は消防車の向かった先を辿ることにした。

  それは一つの予感だったのだろうか?

 まるで誘われるように辿り着いたその先は、港だった。
 この都市でも最大の港と呼ばれる鎮守港。ここから、フェリーなどの客船から、貨物船、漁船などが出航する。
 が、今は台風。普通なら誰もいない筈だった。
 だが、今はそこに沢山の人々と消防車や救急車がかけつけていた。
 また、警察やレスキューの姿もある。

「一体・・何?!」

  何か起こったのだろうか?

「おい、早くしろっ!!」
「あぁ!!このままじゃ流されちゃうわっ!!」
「誰かっ!!あの子達を助けてっ!!」

 その言葉に、誰かが――子供が流された事を知った。

  っていうか、こんな天気の中何で子供が海に・・

『台風の後は魚が打ち上げられるの』
『でも、危ないから近づいちゃダメよっ!!』

 脳裏に、午前中のやりとりがよぎる。

  まさか・・

「あ、お嬢ちゃん危ないぞっ!!」

 側に居た人が止めるのも構わず、私は海側に駆寄った。

「零っ!!」

 波に漂う見覚えのある子供に思わず悲鳴をあげる。

「くそっ!!近寄れないっ!!」
「あの子だけだ!あの子が最後の子だっ!!」

 レスキュー隊の人達の叫びに、私は震え出す。
 高波にめちゃくちゃにもまれる零の姿は消えたり現れたりした。
 だが、消えて現れる度に零はグッタリとしていく。
 このままでは、暗い海の中に消えるのも時間の問題だ。

「あぁ、誰か・・」

 普通ならこんな時は神に祈るだろう。
 だが、自分達は祈れない。
 なぜなら、自分達は

 その時だ。
 零の姿がまた消える。

 そう、今までと同じように


「お嬢ちゃんっ!!」


  何故だろう?


 その時私は確信した。



 これが最後だと。


 これが、零が浮かんでくる最後なのだと。


  ここで助けなければ確実に零は死ぬ!!


 私は迷わず防波堤から海へと飛び込んでいた。


「いやぁぁぁぁぁぁああっ!!」

 防波堤に居た人達から叫び声が上がる。
 だが、私にはそれは聞こえない。
 体を引きちぎられるような荒れ狂った波にもまれそれどころではなかった。

  零

 そう叫ぶが、それさえも声にならない。
 下手に口を開けば塩辛い海水が喉を焼く。


 既にどちらが上なのかも分からない状況で、私は必死に体勢を整えた。


 普通服を着たまま泳ぐのは素人では難しいが、幼い頃より水泳を習い、数ヶ月前には蒼麗に誘われて
服を着たまま泳ぐ講習を受けていた事から、何とか沈まずにいれた。
 とはいえ、このままではいつ海の底に引きずり込まれるか分からない。

 早くしなければと焦り始めた時だった。
 何度目かの高波を受けた時に、私の前にそれは現れた。

 先程波に飲み込まれた零の小さな体が私のすぐ目の前にある。

 無我夢中で手を伸ばし、自分に引き寄せる。
 腕に激しい痛みを感じたが、気にしてなどいられない。


 そして何とか海面に顔を出す。
 すると、上手い具合に岸に向かう海流に乗っていたのか、防波堤のすぐ近くにい私達は居た。

「おぉっ!!居たぞっ!!」

 防波堤の上から歓声があがる。


「早くっ!!」


 防波堤の上から梯子がおろされる。
 それを伝って、レスキュー隊の人が降りてきた。

「零をっ」

 零の体をなんとか渡し、梯子に掴まる。
 だが、波が強く中々上れない。その間に、零を連れたレスキュー隊の人が上から叫んだ。

「待ってろ、今行くからなっ」

 その言葉にホッと安堵しつつ、体が波に浚われないようにしっかりと梯子を掴んだ。

「さあ、もう大丈夫だぞっ!!」

 そう言ってレスキュー隊の人が手を差伸べてくれた時だった。

 手を掴もうと伸ばした私の手が宙を掴む。


 え?と思ってレスキュー隊の人を見上げれば、私の顔を凝視していた。

「・・・・・・・・・・・・・」

 それはとても小さい声だったが、確かに聞こえた。


 こんなブス見たことない


  あぁ・・


 まただと思った。


 昔から、私を初めて見た人は私の容姿に驚き、陰で笑い蔑む。


 忘れてない。


 忘れられる筈がなかった。


 ついこの間もそれで私は痛い目を見た。


 私を影で嘲笑いながらも甘い顔をした葎に騙されたのだから。



 レスキュー隊の人も私の想いに気付いたのだろう。
 ハッとした顔をした後、バツの悪そうなそぶりを見せながらも手を伸ばしてきた。
 だが、それを掴まなければならないのに、私の腕はあがらない。



  どうせならこのまま消えてしまえばいいのに



 そう思った時だった。
 防波堤から聞こえてきた悲鳴に、後ろを振り返った私の体が水の中に引き込まれる。





 暗い、真っ暗な海の奥底に











  華依璃っ!!











 誰かが呼ぶ声が聞こえてくる。










 ゆっくりと目を開けた私の瞳に、暗闇でもその輝きを失わない優しい光が見えた。












top/next