第五章−1







「うわっ!!なんだよこのブス」

「すんげぇ〜〜、こんなブス初めて見たっ」

「ってか、本当にあの人の妹なのかよ?」


 少女を取り囲み、同い年ぐらいの少年少女達がからかいの声を上げる。


「本当にお前ってあの家の子供なのかよ?」

「ってか捨て子じゃないのか?」

「そうよ。貴方みたいなブサイクがあの家の子じゃないわっ」

 子供達は残酷に笑った。



「本当に、どうしてあんな子供が」

「信じられませんわね、あのような容姿の醜い子が」

「せめてもの救いは、もう一人の令嬢が非常に優れた美しい子だという事でしょうか」


 いつの間にか大人達も集まり、少女を好き勝手に批判する。

 思わず私は少女の元へと駆寄った。


「やめてっ!!」


 少女を抱き締めた私は彼らを睨付ける。
 しかし、まるで私の存在などないかのように、彼らは少女を罵倒し嘲笑う。




  醜い子、出来の悪い子





  ならば、綺麗で出来のよい子はそんなに素晴らしいのか?





  努力してもそれらを得られない人の存在価値は認めて貰えないのか?!






 その時だ
 キュッと私の服を掴む感覚に、私は腕の中に視線を向け






 目を見開いた






 そこに居たのは

















 私


















 にそっくりな少女だった









「あなたは――」



 その先は言葉にならなかった。
 白い光が私を包み込み、視界を覆っていく。
 次の瞬間、体を突き刺す冷たさが私を襲った。


「っ?!」
 ジャボンと水をかく音が聞こえ、私は勢いよく瞼を開けた。
 まだぼんやりとした瞳に、一面灰色の地面が写り込む。

 それが灰色の雲に覆われた空だと知った瞬間、私は完全に覚醒した。
 脳裏に意識を失う前の状況が蘇り無意識に呟く。

「流されたの・・?・・私」

 首から下全部が海水に浸かっていた。
 けれどそれでも水の中に沈まなかったのは、何処で手に入れたのか分からない木の板に私が
掴まっている状態だったからだろう。
 とはいえ、木の板は薄く、私みたいな巨体が乗るにはちょっと・・いや、かなり不安があった。
 唯一幸いなのは、波は荒れて居らず、時折軽く波打つ以外は本当に穏やかだった事だ。
 しかし、海の水の冷たさに私は凍えそうになる。
 水の中の方が温かいとう場合もあるが、今は極寒の寒さだった。
 体がガタガタと震え、手はかじかみ掴まっている木の板から何度も滑り落ちそうになる。
 しかも、体力もかなり消耗しているらしく、全体的にだるかった。
 少し気を抜けば、また気を失ってしまうかもしれない。


 ふと左側を見れば、遙か向こうに岸らしきものが見える。
 が、そこまでの距離は黙認するだけでもかなりあった。
 泳いでいける距離ではない。

「どうしよう・・このままじゃ」

 このままでは確実に沖に流されるだろう。
 となれば、ダメでもこの木の板に掴まって泳ぐしかない。

 それに、私の中には一つの希望があった。
 私が流された時、港にはレスキュー隊の人達が居た。
 そして私が流されたのを見たはずだ。
 となれば、既に港から捜索の船が出ているかも知れない。

「それに、こっちの方は風や雨が収まってるみたいだし」

 あれほど凄かった台風の面影など全く伺わせないほど穏やかな風と水面に私は思う。

 だが、それはここら辺がすでに台風が去った後であって、まだ港の方は酷いのかも知れない。

 となると、捜索はまだ後になるかも。
 そこまで考えつき、私は絶望的な面持ちでため息をついた。
 その時、視界の端を茶色いものがよぎる。

「え?!」

 前をゆっくりと流れていくのは私が掴まっている木の板と同じぐらい長い居た。
 だが、私と違うのは、その木の板に人が乗っていた。


  それも

「蒼麗っ!!」

 全身ずぶ濡れとなった蒼麗が、仰向けでその木の板に乗っている。
 私は自分の木の板に掴まりながら、必死に泳いだ。

「蒼麗、蒼麗っ!!」

 ようやく辿り着き、その木の板に掴まる。
 見れば、木の板の厚さは15センチほどあり、人がもう一人乗っても大丈夫そうなものだった。
 また、幅も広く、私は蒼麗を落とさないようにしながら木の板に乗り上げた。

「蒼麗っ!!

  もしかしてっ!!

 そんな最悪な想いもよぎったが、蒼麗はきちんと呼吸をしていた。
 脈も正常で、どうやら疲れ果てて眠っているだけのようだった。


 蒼麗の瞳がゆっくりと見開かれる。

「華依璃・・ちゃん・・」
「蒼麗っ!!どうして此処にっ」
「華依璃ちゃんが波に浚われた時、私も港に居たの」
「え?」
「港に辿り着いた時、華依璃ちゃんがちょうど波に飲み込まれて・・私も飛び込んだの。必死に掴んで・・・
何とか海面に上昇したんだけど・・ごめん」
「蒼麗?」
「空間の狭間に巻き込まれたみたい」
「空間の狭間?!」
「台風で時空が少し歪んでいたのかも。突然、海の中に発生して・・引きずり込まれたの。気付いたらこの海域にいてね・・」

 その後、何とか木の板を見つけて私を乗せた後、蒼麗もこの木の板に倒れ込んだらしい。
 ・・・って、目を覚ました時私の体の大部分は水の中に沈んでいた。

  ・・・もしかして落ちたのかも。

「蒼麗、私のために・・」
「元気そうで良かった・・・ごめんね、港に戻れなくて」
「そ、そんなこと・・って、空間の狭間に巻き込まれたと言うことは、ここは」
「現世界だと思う。結界を通り抜けた感覚があるから」

 そう言うと、蒼麗が首からさげている水晶のペンダントを持ち上げた。

「これがたぶん守ってくれたんだと思う」
「それって、蒼麗の家族がくれたお守り?」
「うん、でなければきっと今も次元の狭間をさまよってた」

 空間の狭間というのは、時折出来るブラックホールのようなものだ。
 が、これに吸い込まれると大抵が別の次元に出来た空間の狭間へとはき出され、別世界へと飛ばされてしまう。
 しかし、時折これがうまく行かず、次元の狭間の中をさまよう事がある。

 何処の世界に出るのでもなく、ひたすら何もない空間をさまよい続ける。
 それは、死よりも苦しい。

 もし普通の人間であれば、奇跡でも起こらない限りそこから抜け出せない。

「今回のは、他の世界に飛ばさないタイプのものだったから」
「蒼麗ちゃん・・・」
「大丈夫。もう少ししたら迎えが来るよ。私が港に着いたとき、聖も居たから」

 そして彼女は飛び込まなかった。
 蒼麗が、聖に助けを呼んできてと命じたから。

 聖はきっと助けを呼んでくるだろう。

「そっか・・・・・巻き込んでごめんね」
「ううん、華依璃ちゃんが無事で良かったよ」

 蒼麗がゆっくりと体を起こす。
 だが、体力の大部分が失われているらしく、ふらふらとした様子に私は慌てて抱きとめた。

 何処かゆっくりと休める場所があればいいのだが。

「・・風?」

 先程まで穏やかだった風が少しずつ強さを増していく。
 それに伴い、水面が波立ってきた。

「な、なに?!」
「もしかして・・・台風」
「え?」
「私達の街に今来ている台風の影響は現世界にも出るわ。もしかしたら、ここが影響の出る場所なのかも」
「そ、それってやばいんじゃっ!」
「うん、かなり」

 かなりなんてものじゃない。

「ど、どうしようっ!!」
「とにかく転覆しないようにきゃあっ!!」

 突然背後で鳴り響いた汽笛。
 それに驚いて振り向けば、遙か彼方に見えた岸の方から此方に向かってくる小さな黒い影が見えた。
 それは、みるみるうちに大きな陰となり

「・・う、うそ・・」

 それは、大型フェリーだった。
 風に煽られ、少し船体が揺れてはいるが、たぶん此方の世界では最新式のタイプだろう。



 それは、私達の近くで止まった。


 看板に人影が見え、声がふってくる。



「おぉい大丈夫かぁ!!」



 ほどなく降ろされた救助船によって私達は救助されたのだった。





top/next