第七章−2





  ドサっ!!


「い、イッタァ!!」


 上手く金網を外したものの、最後の最後でもって通気口から床に落ちた私はしばし痛みにもんどり打った。
 って、もう体の至る所があざだらけになっている気がする。


「はぁ・・って、ため息をついている場合じゃないっ!!」


 いくら此処に偽物がいないからといって、何時此処に入ってくるか分からない。
 私は大急ぎで周囲を見回しあるものを探した。


「う〜ん・・無いなぁ・・・」

 戸棚もガタゴトと音を立てながら探すが中々目的のものは見あたらない。


「こっちかな・・・きゃっ!」

 棚の扉を開けた途端、中から何かがゴトンと落ちてきた。

「うわっ!!とっと」

 それをすんでの所で避けると、それは私のつま先にコツンとあたった。

「何だろう?・・・・蝋燭?」


 それは紅い色をした蝋燭だった。
 血のような・・・というよりは、まるで炎を凝縮したかのようなそれは触れただけで火傷しそうに思える代物だ。

「・・・明かりとして使用したらダメかな?」

 恐る恐る手に取るとそれは普通の蝋燭であり、火傷なんてしようがない。
 ただ、手触りから蝋燭の側面に何か掘られているのが分かった。
 大きさも、普通のものとは違いかなり大きい。赤ん坊の腕と同じぐらいの太さのそれは、30センチぐらいの長さがあった。


「あ、マッチあった」


 棚の中に何かないかと探してみれば、そこにはマッチがあった。隣にはライターもある。
 私はマッチをすると、蝋燭に火を点けた。



 ぼんやりと室内に明かりが灯る。
 蛍光灯の明かりには比べるべくもないが、それでもかなりの明るさだ。

「うと、蝋燭立てはないかな・・・あ、あった!」


 棚の中を更にあさると、丁度良い大きさの蝋燭立てを見つけた。
 しかもこれは持ち運び可能なタイプであり、しっかりとした造りをしていた。

 それを取り出し、私は持っていた蝋燭をそこに立てた。


「これで、よしっと」


 それを近くのテーブルの上に置き、私は捜し物を続けた。
 探していたのは蝋燭ではなく、別のものだ。
 しかし中々見あたらない。


「え〜と・・ってまあ蝋燭だし」


 同じような蝋燭が棚の奥に何本もあった。


 と、そこで私はようやく目当ての代物を見つけた。


 それは、メモ帳とペンだった。


「あ、あったぁ!!」


 喜びの余りぴょんぴょんと飛び跳ねる。
 これで何とかなる。


 私はすぐさま蝋燭の明かりの下、その紙にペンで字と印を描く。
 そうして出来上がったそれを部屋の入り口である扉と、もう一枚を通気口へと張った。


「これで一安心だね。少なくとも1日は持つでしょう」



 これがあれば、他の人は出入りが出来ない。
 一つの安全地帯が出来上がった。


「はぁ・・ようやく一段落出来た」


 ぺたりとその場に座り込み大きく息を吐く。
 今まで気を張っていたからか、力を抜いた瞬間体は一気に脱力した。

グギュルルルルルル

「・・・お腹も減ったみたい」


 といっても、此処には食べるものなんて何もない。
 その時、私はポケットに何か入っているのに気づき手を突っ込み取り出した。


「これって・・ドロップ缶?」

 そこで思い出した。
 調理場の人から貰ったものだ。

 封の切られていないそれを開けて缶を振ると、中から幾つものドロップが飛び出してくる。
 一つだけ選び、他を戻して蓋を閉める。
 白――ハッカ味のそれを口の中に放り込んだ。
 爽やかな甘さが口の中に広がった。

「・・美味しい」

 甘さが体の隅々までに染みこんでいくような気がした。

 疲れ果てた脳に、体にエネルギーが注がれていくようで、私はもう一つ取り出すとそれも口の中に放り込む。

 今度は苺味。苺の甘酸っぱい甘さが口の中に広がっていく。


「後は残しておこう」


 この先何が起きるか分からない。
 唯一の食料となるドロップは大切に持っておかなければならない。
 普通のよりは少し大きめのそれは、50粒ほど入っているらしい。
 今二つ食べたから残りは48個。

「出来ればお水とかも欲しいけど・・・」

 辺りを探るが見あたらない。
 が、机の一つの引き出しを開けるとそこにはペットボトルに入ったお水が数本入っていた。

 しかも、何とファミリー用の小さなチョコレートが沢山入った袋と、飴とグミが沢山入った袋まであった。

「すごっ!!」

 これは凄い。

 何だ、結構色々なものがあるみたい。

「幾つか持って行こう」

 何時までも此処にはいられない。
 本物の三津木さんを探して景さん立ちと合流しなければならないのだ。
 それに他の人達も探しに行かなければ。


 その為には、使えるものを少しでも探す必要がある。


 そもそも此処を出て、三津木さん達の所に向かうまでは一筋縄ではいかないのは目に見えている。
 特に、あの偽物の三津木さんが私の事を諦めたとは思えない。
 今も何処かで私を捜しているに違いない。

「明かりも持ってかないと・・・懐中電灯があればいいんだけど・・」

 しかし見つかるのはあの紅い蝋燭だけで、懐中電灯どころか電池すら見つからない。
 あるのは最初に此処を出るときに全部持って行ってしまったようだ。


「この蝋燭しかないか・・」

 私は部屋を照らす蝋燭を見つめた。
 これだけは棚の奥に沢山あった。

 それこそ10本ほど持って行っても全く気にならないほどに。

「けど、この蝋燭は何なんだろう?」

 蝋燭に描かれている不思議な絵を見ながら呟く。
 その絵は、美しい女性と男性が手を取り合っているものであり、その足下には魚や亀や蒼海の動物が描かれている。
 それは一種の芸術とも言うべきものであり、その美しさと華麗さ、そして繊細で優美な色彩と絵柄は
もはや美術館におかれても不思議ではない。こうやって燃やすのなんてとんでもないほどだ。
 とはいえ、どれだけ美しくても今は明かりの方が大事という私の合理的な部分がそんな芸術品を
ためらいなく蝋燭として使い、火を点ける。
 ・・・・こんなんではまた那木と椎木に馬鹿にされるかも知れない。

  ・・・・

「那木と椎木は今頃何してるんだろう」

 二人と別れたのは数日前だというのに、もう何年も昔のことに思える。
 そういえば二人と台風が終わった頃に家に行くと約束してたっけ・・。

 果たしてその約束は守れるだろうか・・・。


 ついつい弱気になってしまう自分を諫める。

 こんな事ではダメだ。

 私には待っていてくれる人達が居るのだ。

 
  零――私が助けたあの子は無事だろうか?


 その無事を確かめることは出来なかったが、無事でいて欲しい。


  無事な姿を見たい

  また一緒に遊びたい


  蒼麗と一緒に元の世界に帰るんだ!!



 私は自分を奮い立たせると、両頬をバチンと勢いよく手で叩いた。
 傷みに涙が出そうになるが、萎えそうな気持ちは奮い立った。


 私だって端くれなのだ。

 出来る事は沢山あるはず。

「そうよ、明かりになるものだってあるし、大丈夫」

 私は蝋燭を幾つか貰っていく事にした。
 この暗い闇の中では明かりが必須となる。


 とはいえ、蝋燭だけを裸で持つのは難しいので何か入れるものがないかと再び辺りを見回した。
 すると、丁度良いリュックサックが棚の中にあった。それは非常袋と書かれていた。
 中には缶詰が3,4個と軍手が入っているだけで、まだまだ中に物を入れるスペースがある。
 それに蝋燭を10本ほど入れる。
 そして予備にと2,3本ほどを近くにあった大きめの巾着袋の中に入れて腰から下げられる形にした。

「火を点ける道具はマッチ箱とライターがあるし。・・・あれ?」


 他に必要な物はないかと探していると、本棚の中に気になる背表紙の本を見つけた。
 気になるといっても、特におかしい部分はない。けれど何かがひっかかった。


それを手に取り中を開く。


 適当に開いただけだったが、そこに描かれていたものに私は息を呑んだ。

 そこに描かれていたのは紅い蝋燭――それも、私が戸棚で見つけ今この部屋を明るく照らしているものでもあった。


 蝋燭の横には、蝋燭の名らしきものが記されていた。



   海守蝋



 下に説明が書かれている。



『海守蝋。遙か昔海に多くの魔が居たその時代、多くの人々が死んだ。時には津波、時には漁業時の船の転覆。
それらの多くに魔が関わり、彼らは贄を求めて暴れ回った。困り果てた人々は海の神に祈りを捧げると、そんな
彼らの前に一人の神が現れ一本の蝋燭とその作り方を与えた。強い守護の力を宿したその蝋燭はあっという間に
魔を退けた。それ以降、人々は神に祈りをささげ、彼らが漁に行く際には何時もその蝋燭が常備される事となった。
但し、この蝋燭は火を点けている間だけその効果を発揮し、火が消されればたちまちその効果を失う。
魔は雨を降らせ波で襲いかかり火を消そうとする。決して火を消してはならない。火が消えた時、再び魔は
その力を振るい始める』

 そこで文章は終わっていた。

「海守蝋・・・」


 私は蝋燭とその文章を見比べる。


  この蝋燭って・・・実は凄いものだった?

「じゃあ、これがあればっ」


 百万力の助力である事は間違いない。
 だが、問題は

「此処に書いてある事は本当だろうか?」


 全ての問題はそこだった。
 別に真っ正面から疑う気はないが、此方も身の危険がかかっている。
 それにこういう類のものは全てが全て本物というものではない。
 中には偽物だってある。


 これが学校の先生ぐらいになると真贋を見極められるが私ではまだ無理だ。
 しかし、今はこれぐらいしか使えるものはないだろう。

「他に武器はなさそうだし・・・これも何処まで使えるか分からないけど、ないよりマシだよね」

 その後、私はその説明文が載っていた書物もリュックサックに入れると、テーブルの上から
いまだ炎を燃やし続ける蝋燭の載った蝋燭たてを持ち上げて外へと繋がる扉を押し開いたのだった。






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