第七章−3
今までの人生の中で一番時間を掛けながら扉を開け閉めすると、用心深く周囲を見渡した。
周囲に人影が無いのを確認し、ホッと息を吐いた。
ただそれだけの動作に、全神経が異常なまでの緊張をしている。
見覚えのある廊下。
最初にこの医務室から出てこの廊下に立ったときは蒼麗達も一緒に居たのに。
蒼麗達は無事に客室に向かったのだろうか?
もしかしたら、私達みたいな目に遭ってないだろうか?
三津木さんは無事だろうか?
色々な思いが脳裏を巡る。
今の時点で行き先がはっきりしているのは蒼麗達である。
蒼麗達は客室に向かった。そして私と三津木さんも客室に向かうつもりだった。
みんなが無事に客室にたどり着けているのか今となっては分からない。
けれど、取り敢ずそこに行くしか手はないだろう。
「誰か無事な人がいればいいけど」
この船にはもう疑いようのない異変が起きている。
それだけは確かだ。
だから慎重に事を運ばなければ。一瞬の隙が自分の死へと繋がる。
これは考えすぎでもなんでもないれっきとした事実だ。
「確か客室は・・此処を進んでから右だったよね」
蒼麗達と別れた時に私達が進んだ方向とは逆の道を行けばいい。
すなわち、蒼麗達が進んだ方向を。
異様な空気が漂う中を私はゆっくりと進み始めた。
廊下を中頃まで進んだ頃だろうか。
足音を立てないように注意深く足を動かしているせいか此処までかなりの時間がかかった。
しかし、静寂に満ちた空間はそんな私の努力さえ嘲笑うかのように足音を響かせた。
カツンカツンと床を鳴らす高い音が辺りに木霊する。
その音は向こうから聞こえて・・・・
え?
私の靴音だよね?
そう思った瞬間、私の顔から血の気が引いていった。
なぜなら、あの靴音はどう考えてもハイヒールの音。
けれど私が履いているのは運動靴である。
あんな音が出る筈がない。
音はどんどん近づいてくる。
何かが此方に向かってきているのだ。
隠れなくては
震える足で私は踵を返すと一気に走り出す。
何とか医務室まで逃げ込めば。
しかし、医務室に辿り着く直前でそれに追いつかれた。
「いやぁ!!」
思い切り腕を振り上げて叫ぶ。
だが、それはしっかりと私の手を掴んで離さない。
というか、蝋燭に火はついている筈なのに。
私はめちゃくちゃに暴れた。
もう完全にパニックになっていた。
「大丈夫」
耳元で囁く声に私は暴れるのを止めた。
そうするほどにその声は優しさに満ちていたから。
そうして冷静さを取り戻した私はゆっくりと私を掴む相手を見た。
蝋燭の明かりに照らされたそこに立つ存在に思わず息を呑んだ。
白百合のような人だった。
美しく整った顔は一切無駄な部分がなく、白い頬は私の腕を掴む手と同じくまるで処女雪を思わせる。
背を覆う長く豊かな黒髪と同じ睫毛は密な上に長く、その下の澄んだ菫色の瞳に光を添えていた。
そんな彼女は首から下も凄い。
ほっそりとした長身の体は正しく蠱惑的としか言いようのない見事な曲線を描いているのが服の上からでも分かった。
豊かな胸、細く括れた腰、スカートから除く肉感的な足はそこから繋がる白い太ももを想像させる。
着ている物もまた上品であり、落ち着いた色合いのカジュアルなワンピースは、彼女が持つ凛とした美しさと
清楚でたおやかな雰囲気をよりいっそう際だたせていた。
「あ・・・」
「落ち着きましたか?大丈夫です。私は貴方の敵ではありません」
そう言うと、女性が私の手首からゆっくりと手を離した。
「無事で良かったです。三津木が心配していましたよ――華依璃さんですよね?」
そう問いかけられたものの、私は驚きの余り応えられなかった。
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