入学式は波乱に満ちて-7
それは今から1年前の事だ。
その日、とある小学生がある特殊な人工物質を発明した。
『タルテトギストス』
そう呼ばれるその物質は、テニスボールほどの大きさをした、透明味を帯びた青黒色をしていた。
一見すれば、何処にでもある宝珠みたいなそれ。しかし、普通の宝珠では比べ物にならないほどの力と能力を有していた。
というのは、その物質には『超害射性物質』を無力化する力を持っていたのだ。
超放射性物質――それは、とある世界では、超射能という有害な力を持つ物質のことを言う。
そしてこれを人体が浴びる事を被爆といい、その量によっては死にも直結した。
とは言え、同時にこの物質は使い方を一つ変えれば素晴らしいエネルギー物質として働き、また医療関係に特に役立っていた。
この物質のお陰で、大勢の命が救われているのも事実であった。
しかし――残念な事にこれらの物質は平和利用だけではなく、兵器として利用される事も多かったのだ。
そしてそれらは死の兵器と呼ばれ、その一つで多くの命を死に至らしめる事が出来た。
お陰で、その世界の国々はこぞってそれらを作り上げ、国の絶対的な切り札として利用してきたのであった。
だが、その小学生が作った『タルテトギストス』はその『超害射性物質』を無力化してしまう。
つまり、兵器として絶大な力を持つ死の兵器の効力自体が無力化されてしまうのである。
それに慌てたのが、その死の兵器でもって他国を牽制していた国々達だ。
それらの国々では、その物質について多くの議論が交わされた。
それもそうだ。
もし、その物質を別の国が手に入れれば、自分達の持つ絶対的な切り札は何の意味もなさなくなる。
それでなくとも、現在どんどん周囲の国々の情勢は悪化の一途を辿っていた。
何時自分達の国が攻め込まれ、焦土となってしまうかと怯える日々を送る毎日たる夫々の国々。
それ故に、いかに他者を牽制して自国の平和を維持するかに人々は全力を注いでいた。
死の兵器という武力を使う事によって――
話会いは1年もの長さに及んだ。そして長い話し合いの末、国々はその方針を決めた。
自分達の世界に混乱を齎すであろうその『タルテトギストス』を破壊することを。
そしてもう二度とそれが作られないように、その製作者もまた抹殺する事を。
愚かな国々は、その物質の存在によって死の兵器を放棄して別の道を探すのではなく、
死の兵器を持ち続ける為に命と平和を守る為の物質を破壊する事を最終的に選んだのだ。
しかも、その存在だけは知っているものの、基本的に不可侵を条件とする別世界への介入をするという方法で。
本来、同盟を組み双方の同意がない場合、他の世界への介入は一般的に禁じられている。
だが、自分達の利益を守る事を優先し、常識も理性も捨て去った国々にそんなものは通用しない。
夫々の国々が別々に暗殺者を送り、何が何でも物質の破壊と製作者の抹殺を成し遂げようとしているのである。
「そしてその製作者が、私の通う天桜学園か、または蒼花達が通う聖華学園にいるっていう事?」
一通り説明された蒼麗は、蒼花達の話が終ると同時に口を開いてそう質問をした。
「ええ、そういう事よ。色々と調査した所、実はその物質は元々とある学園の授業か何かの一環で作られたらしいの。
で、当然ながら錬金術・開発部門でもって賞を授与される事となり、今回の入学式でもって表彰される予定となっているわ」
「そ、そうなんだ……って、あれ?なら、誰が作ったのかはしっかりと解かるんじゃないの?」
蒼麗の疑問も最もだ。
何故なら、錬金術・開発部門を初め、色々な部門の優秀さは名前やクラスの他に実家の住所などもきちんと聞かれる。
しかし、蒼花は首を振った。
「それが解からないの」
「へ?」
「理由は簡単よ。その代物自体が今回の表彰対象ではなく、その代物を元にして作った別の作品が表彰対象なの。
――しかもね……一番厄介なことに、そもそもその製作者本人が、自分の作った代物がそんな力を有しているとは
全く思ってないみたいなのよ」
というのも、知っていたら今頃は大変な騒ぎとなっていた筈である。
何せ、あの使い方によっては超有害となるものを無力化できるのであるから。
だが、そんな騒ぎは全くない。それこそ、『タルテスギストス』の存在自体が蒼花達にとって寝耳に水の話であった。
「そ、それは……」
「今も様子を見ているけれど、十中八九気づいてないわね。まあ、そんなお陰だからこそ、原材料の一つ程度に使われたに
過ぎないのだと思うけど。――いえ、元々はその別の作品を作る為にその物質を作り出したのかもしれないわね………。
まあその他にも、一応念の為に何度かチェックしたけれど、写真を見ても、到底『タルテスギストス』と同じ姿形をしているものは
残念ながら見つけられなかったわ」
「そ、そう………って、じゃ、じゃあ原材料リストの所で調べれば」
その偉大なる能力を知らず、その物質を別の物を作る為に原材料として用いた製作者。
それ故に、別の作品でもって今回の授与式で表彰される事となり、その物質自体は日の目を見る事はなかった。
それこそ、今回の問題が持ち上がり別世界でその価値を露にされなければ、一生闇の中に生まれてしまったかもしれない。
が、例え授与対象の代物で判断が付かずとも、原材料リストを見ればその名前で検索が可能かもしれない――いや、可能だ。
自分はその手で何度か解からない物質を検索した事がある。
だが、妹の言葉はにべもなかった。
というか、とんでもない事実も解かってしまった。
と言うのは
「無理ね。実は物質の名前の『タルテトギストス』という名前自体が間違っているらしいのよ」
「はい?」
名前が間違ってる?
作った本人が気づいてない上に、名前も間違ってる?
「な、何で……」
「何でも何も、本人の知らない間にその物質が勝手に向こうの世界に渡って勝手に問題視されて行動を起こされたからに
決まってるだろう?」
「………どゆこと?」
つまり、こうだ。
製作者は確かにその物質を作ったが、元々は授業の一環として作られたその代物に対しては、別の名前をつけていたらしい。
が、幾つか作られていたそれらのうち一つがどういうわけか別世界へと渡り、その過程で別の名前がつけられ、夫々の国々が
知る事となった。そして詳しく調査した所、その畏怖とも言うべき能力に、国々は大いに慌て、刺客を送った。
だが、そんな事は全く知らない――たぶん、自分の作品の一つが勝手に向こうに行ってしまっている事自体知らないだろう製作者は
自分がいかに大変なものを作り、いかにやばい自体に陥っているかなどこれっぽっちも考えていないだろう。
それこそ、単なる別の作品を作る為の原材料としか思っていないに違いない。
でなければ、即座に身の安全を図り保護を求めている。
きっと、今頃は自分の作った別の作品によって受けられる授与式を今か今かと待ち続けている事であろう。
自分の作った物質の本当の価値と能力、そしてそれに纏わる大騒動なんて欠片も予想せずに。
しかし、既に刺客は放たれ、此方に入り込んできている。
そしてその製作者の命を露と化す為に闇の中に身を潜め機会を狙っている。
「その連絡を受けたのは、今から数日前の事だった」
青輝は静かに語った。
製作者本人が自分の作品について理解せず、自分の関わらない場所でその騒動が起きてしまっている為、
本人からの申告は望めない。が、だからと言って、青輝達の方でも捜索はしたが、誰がそれを作ったのかは解からない。
唯、それを作ったものが『天桜学園』か『聖華学園』の生徒であり、今年の中等科の入学式の際に錬金術・開発部門において
賞を授与される一人だという事だけは解かった。が、それ以上の情報は得る事が出来なかった。
何故なら、一通りリストを見ても、それらしい人物が全く居なかったからだ。また、その物質に関しても、名前も違うし、
また本人がその効力を知らない上に、それを別の作品を作る原材料として使用したものの、その別の作品が何なのかさえ
解からないと言う事もあり、何の手がかりも掴めなかった。
一方、暗殺者達の動向に関する情報は面白いほどによく掴めた。
向こうの暗殺者達も青輝達が得た情報と同じものを得ているらしい事。その為、今回の入学式の授与式を絶好の暗殺のチャンスとしているとの事。
つまり、今回の入学式でその製作者を抹殺しようとしているという事であった。
「って――な、ならどうして入学式自体を取りやめなかったの?!そんな危ない事が迫ってるのにっ」
蒼麗は叫んだ。
なぜそんな危険なことが迫っているのに、入学式を強行しようとしたのだろうか?
「入学式を取りやめれば、当然ながら授与式は取りやめとなる。そうなると、此方も動きづらい。はっきりいって
製作者が誰か見当がついていない今、その可能性のある者達をバラバラに行動させると此方の負担も大きくなるからな」
何でも、向こうの暗殺者達もまた、授与式に出る資格を持つ者達の中に自分達の標的がいるとしか解かっておらず、
その為しばらくは綿密に調査を続けたらしい。だが、結局は誰かが解からず、こうなればその可能性のある者達を
全員抹殺する事に決めたのだという。つまり、全員殺してその中に製作者がいればそれでよしという事らしい。
そしてそんな者達にとっては、今回の授与式は正しく願ってもいないチャンスである。
授与式に出る者達が一同に介するこの場で、一網打尽にする計画を進行中だとの事だ。
「が、此方としても簡単に殺させてやるつもりもない。その為、両校の入学式を一つにした」
本来ならそれぞれの学校で入学式が行われる筈だった。だが、それでは青輝達の方でも戦力を二つに分断する必要がある。
が、先にも述べたとおり、それはそれで面倒である。よって、どうせ守るならば一つに固めて戦力を集中させてしまおうと
いう事になったらしい。
そして今回の両校合同入学式が実現したのである。勿論、両校の上層部は既に快諾済みだと言う事だ。
そうして、青輝達の指示通り、授与者達は一つの部屋に集められ、厳重なる警護を受ける事となった。
『タルテトギストス』の製作者もその中にいる事だろう。
「最終的には製作者を見つける事だが、既に暗殺者が入り込んでいる今となってはそちらを先にどうにかする必要がある。
何、二度目は送られてはこないだろう。既に父さん達が動いているからな」
自分達のテリートリーにずかずかと介入されて黙っている自分達の親ではない。
それ相応の報復を行うことであろう。いや、二度とそんなふざけた真似が出来ない様に完膚なきまでに叩きのめすかもしれない。
「じゃあ、そもそも私がクラスの皆から引き離されたのは蒼花の気まぐれじゃなくて――」
「お前も授与者だからだ。奴等は授与者を抹殺しようとしている。だから別室にて警護する筈だった」
が、それを蒼花は邪魔した。いつの間にか自分の子飼いを忍ばせて、蒼麗を自分の下に連れて来てしまった。
まあ、蒼花の実力からすれば、蒼麗一人を守ることなどどうって事はない。寧ろ、別室に連れて行くよりも安全かもしれない。
だが、そうは思っても許せるものと許せないものがある。
確かに、蒼麗の命は安全だ。
が、貞操は完璧に危機的状況となってしまうのだから。
「そ、そうだったんだ……」
此処に連れて来られた時、当然ながら今までの妹の所業を知っている蒼麗は、また妹の気まぐれな行動によるものだと思っていた。
ってか、妹の様子を見ているとそうとしか思えなかった。だが、たった今なされた蒼花と青輝による説明で、自分が、いや自分を
含めた受賞者達がいかに危険な場所に立たされていたのかを知り、蒼麗は青ざめるしかなかった。
もし、青輝達がその情報を掴んでいてくれなければ、今回の授与式では、多くの死者が出たかもしれない。
それを思うと、更に蒼麗の中に恐怖がこみ上げて来る。と同時に、それを未然に防ぐ為の
今回の処置は見事なものだと心から感心した。どちらの学校に受賞者がいるか解からない場合では、疑いのあるものを一箇所に
集めてしまうのが最善の策である。しかも、そのお陰で式の事前説明とかで受賞者達を別室に案内するという行動が
ごく自然なものとして行われる事ができた。きっと、暗殺者達も自分達の存在がばれているとは疑ってもいないだろう。
たぶん、そこら辺の情報操作も青輝達ならば完璧だと思うし……って、両校合同入学式が妹の我侭によって
行われたものでなくて良かった……。
「全く……この馬鹿が」
そう言って、青輝は蒼花の頭を叩く。すると、蒼花も目尻を吊り上げて反論を始めた。
っていうか、怒鳴り散らした。
「うっさいわね!!どうせ別室に保護するんだから、私の所で保護したって何の問題もないでしょうがっ!!」
「報告の義務を怠ってでもか?本来いるべき場所に蒼麗がいないと解かれば、係りの者達がどれほど
慌てふためくのか解かっているのか?」
受賞者は別室にて保護。
その命により、受賞者達を別室に連れて行く係りの者達にとって、もし一人でも動向を掴めぬ者が現れれば。
それが、蒼麗だとすれば――彼らの心労は凄まじい事になるだろう。別に、他人などどうなろうと構わない青輝だが、
だからと言って無闇に混乱を招く事をするつもりはなかった。
なのに、この馬鹿はといえば
「ってか一々あんたは煩すぎるのよっ!!妹が姉と交流を深めて何が悪いのよ」
「その深め方が問題なんだ。てめぇの場合は禁忌に脚をかなり突っ込んでるだろうが」
「はっ!そんなもの、幾らでもまともな方に変化できるのよ。この私を誰だと思ってるの?」
「唯の馬鹿」
「煩いわねっ!!」
そうして睨み合う二人。氷よりも冷たい火花がバチバチと音を立てて散っていく。
と、見間違いだろうか?その火花が発生している場所が凍りついてる様に見えるのは――。
「ちょっ、二人とも落ち着いてっ!!」
何とか止めようと蒼麗は声をかけるが、それで止める二人ではない。
見る見るうちに、二人の間に渦巻く空気が変化していく。
動けば死ぬ
だが、このまま暴れさせるわけにはいかない。
(私が止めなきゃっ)
そう強く決意する蒼麗。そして大きく息を吸い込んで、制止の声をかけようとした時だった。
それまで言い争っていた二人が、ピタリと争いをやめた。
そして、同時に天井を見上げる。
「え、あの」
「「何があった」」
戸惑う蒼麗とは裏腹に、鋭い眼差しで呟いた二人のその様は、正しく圧倒的な存在感と絶対的なカリスマ性に満ち溢れた為政者そのもの。
それに応える様に、天井から声が聞こえてきた。
それは、青輝の側近の一人――緑翠のものだった。
「報告致します。先程、ホールの内部その他に爆弾が仕掛けられていたのを発見、無事撤去致しました」
思わず聞きほれてしまうその美しく凛とした美声がまるで歌っているように流れていく。
だが、その声の持ち主は更に美しく気高い。青輝にこそ敵わないが、その美しさは他の側近達――銀河達同様に目を
見張るものがあった。また、非常に頭がよく頭脳明晰な上、武術にも秀でており、仕事も優秀にして有能と言う事もあり、
かなり若くして青輝の側近についた彼は、主に医療関係の部門の長として働いている。だが、必要があればこうして他の仕事もしていた。
そしてそんな有能な彼は、青輝からもう一つの特命を銀河と共に受けていた。
それは
「緑ちゃん、帰ってきてたの?!」
蒼麗は、青輝が自分につけた護衛でもある彼に嬉しそうな声を上げた。
そう――緑翠が銀河と共に青輝から受けた特命。それは、青輝の許婚でもある蒼花を護衛する事。
但し、有事の時以外は影からを基本とする。
一方、聞こえてきた蒼麗の声に、天井裏の緑翠は優しく応え返した。
「はい、お久しぶりですね――蒼麗様」
その言葉に、自分の守りし相手である少女がふわりと微笑むのを見て、緑翠も天井裏で顔を綻ばせた。
「うん、本当に久しぶりですねvvあ、聖にはもう会って来たんですか?」
聖――それは、蒼麗の親友の少女の名前。だが、緑翠にとっては彼の愛する許婚の名前でもあった。
自分と青輝がそうであるように、彼らも幼い頃に双方の両親達によってその婚約が決められていた。
が、自分達とは違ってその仲は順風満々の至極円満なものであった。というか、相思相愛の仲であった。
きっと、年を経て二人が結婚すれば、それはそれは仲のいいオシドリ夫婦となる事はまず間違いない。
「いえ、聖にはまだ顔を合わせていません――残念ながら」
青輝に命じられた仕事により、3ヶ月ほど蒼麗の傍を離れていた事もあり、当然ながら許婚とも顔を合わせてはいない。
いや、帰ってきてすぐに顔を合わせようと思ったが、それを見計らったかのように今回の仕事を命じられたのだ。
すなわち、暗殺者達の動向を探る者達と、青輝達との間を取り持つ連絡役という役目を言い渡されたのである。
そして今、彼はその任務を遂行するべくやって来た。
だが、蒼麗にとっては親友の許婚であり、自分にとっても兄の様な存在でもある。
その緑翠との3ヶ月ぶりの再会に唯純粋に嬉しくなり、色々と話しかけた。
「そっか……じゃあ、後のお楽しみだね。ってか、話は変わるけど、爆弾って何?!緑ちゃんは大丈夫なの?」
嬉しさ一方、きちんと緑翠の報告を何気に聞いていた蒼麗は心配そうに声をかけた。
「ええ、勿論。というか私は唯の連絡役なので危険はないです」
「そ、そうなんだ……でも、爆弾って」
どれほどの規模のものかは解からないが、そんなものが爆発すれば受賞者達だけではなく、
別の者達まで巻き添えになる恐れがある。
しかも、緑翠曰くその数は一つではなく、少なくとも複数はあるようだ。
という事は、暗殺者達は既に手段を選ばなくなってしまったのだろうか?
そうして緑翠の身を案じる言葉をかけ続ける蒼麗に、丁度話の腰を折られた挙句、無視された形となった蒼花は
苛立ちを隠さなかった。
但し、その怒りの矛先が向けられたのは
「あ、あんの馬鹿側近が……」
当然、緑翠の方であった。
「側近の分際で……側近の分際で……っ!!」
報告義務を怠っているのは別にいい。そう、別にどうでもいい。
だが、自分の姉とあんなにも親しげに会話をするのは許せないっ!!
ってかあの姉の笑みは何?!私だってあんなにも親しげに笑いは見たことがないっ!!
この、三親等にすら入らないアカの他人が二親等のこの私よりも姉様と親しく振舞うなんてぇぇぇぇぇぇっ!!
そんな理不尽なまでの怒りにかられた蒼花は、ギリギリと持っていたハンカチを歯でかみ締めた。
一方、青輝はというと、蒼花とは反対に唯静かに蒼麗と緑翠のやり取りを見守っている。
だが――その背中からは黒いものが流出していた。それは、話の腰を折られたからか、無視される形となったからか、
はたまた彼らの姿に思う所があったのか……。
と、緑翠が主の怒気に気づき、会話を止める。
それと共に、蒼麗が青輝達の方を振り向いた。
「……どうかした?」
キョトンとした仕草に、蒼花はその愛らしさに鼻を抑える。駄目だ、気を抜けば鼻から血を噴出しそう――。
なんて、青輝から見れば何やってんだよお前的行動を取る蒼花だが、何をどう見間違ったのか蒼麗には別の仕草に見えたらしい。
よって
「あ、ご、ごめん!そういえば報告の最中だったよね!!邪魔してごめんなさい……」
そんな感じで、自分が報告の邪魔をしてしまった事に蒼花が困り果てていたという有り得ない見間違いをしてしまった蒼麗は、
すぐに部屋の隅に駆け寄っていた。そして近くにあった椅子を持ってきてそこに腰を下ろした。
どうやら、今度は反省して静かに事の成り行きを見守るつもりらしい。
そんな姉の下に今すぐ飛び込みたい衝動にかられるものの、青輝の視線に止められた蒼花は忌々しそうに舌打ちをした。
が、そんな事をしていても先には当然進まない事も重々承知である。よって、とっとと報告を終らせようと緑翠を促した。
「爆発物の置かれた場所は、式場のホール内、ホール建物の裏口、ホール建物の正面玄関、そしてその他内部の数部屋です。
唯、配置の仕方から、受賞者達だけを狙うのではなく、やはりこの建物内の者達全員を皆殺しにする意図が伺えます」
蒼麗が息を呑む。
やはり、先程の懸念通り、暗殺者達はだれかれ構わずに行動を起こそうとしているようだ。
「ふぅん……過激に出たわね?まあ、それもこれも向こう――本国からせっつかれているからでしょうけど。
にしても、本当に結構要領が悪い暗殺者達よね――しかも、ターゲットを確定できなければ受賞者全員を皆殺しにと
考える様な短絡的思考の持ち主達だし」
「仰るとおり」
「で、でも……どうして……だって、受賞者達だけを狙っていたんでしょう?ターゲットの存在は解からないけれど、受賞者達の
中にいるのだからって……それなら、受賞者達だけを……ってか、最初はそう決めていたのに……なのに、どうして今になって
建物内に居る他の人達にまで危険が……」
口を挟む蒼麗に、天井から声が降ってきた。
「それは、受賞者達に暗殺者達が近づけないからですよ。というのも、部屋に出入りする者達は頻繁な反面、付き人に変じた
護衛の者達があの手この手で上手く邪魔をして暗殺者達を近づけさせないようにしているんです。まあ、強引に押し入るという
案もありますが、広い室内に受賞者達以外の者達も多くおり、下手に動けば確実に失敗します。そもそも暗殺で一番重要なのは
目撃者を出さず、証拠を消す事です。ですが、受賞者達だけになる時間は今の所なく、下手をすれば目撃者が多く出る。
その上、受賞者達が居る部屋のセキリュテイは他とは比べて格段に高く、そもそも外からの物の持ち込みが出来ない為、
室内に入って爆発物を置いてくる事も出来ない。とまあ――いっしゅの八方塞状態ですね。なのに、本国からは煩いほどに
せっつかれている――」
情報では、そのせっつかれ度もかなりのものとなっているらしい。
暗殺は上手くいかず、後ろからはせっつかれ――故に、暗殺者達の苛立ちもピークに達してきているのはまず間違いないだろう
それこそ、受賞者達だけではなく、ホールの全てを爆発させ、そこにいる者達全員を葬ろうと考えを変え始めるほどに。
「ってか、そんな事したらそれこそ大変な事になるんじゃ……」
ホール内の者達全てを暗殺などとなれば、その犠牲者はかなりの数に上る。受賞者達の人数など問題にすらならない。
しかも、両校の学生達には、家族がかなりの地位に就く者もおり、まず間違いなくそのバックが切れる。
大規模な外交問題となる事はまず間違いない。だが、そんな蒼麗の心配を、天井裏の緑翠はやんわりと修正した。
「それは大丈夫でしょう。というか、元々暗殺者達はこの世界の者達ではありません。暗殺さえ上手くいけば、此方の世界の追求を
受ける前にさっさと向こうの世界に戻ってしまえばいいのですから。そして只管知らないといい続ける。それこそ、双方の世界に
無闇に干渉しないという原則を持ち出せば、かなりの確率で上手く逃げ切れると思います。だからこそ――それを知っているからこそ
こういう大それた行動に移り始めたのでしょうが」
「それで、爆弾を撤去した事で暗殺者達の動向はどうなった?」
秘密裏に仕掛けた爆弾は撤去された。当然ながら暗殺者達もそれを知った筈だ。
自分達の行動を見抜かれ、阻止された――それは、暗殺者達のプライドを激しく傷つけた上、更に怒りをあおる結果となっただろう。
既に過激な行動に出た暗殺者達。次は何処まで過激な行動に走るか……。
「爆弾撤去に関しては、今から10分前に気づいたもようであり――当然ながら、プライドを傷つけられ怒り狂っています。
ってか、たかだか一人暗殺するのに一体どれほど時間をかけているんでしょうね?しかも、ターゲットが解からないから
全員殺すという計画の杜撰さ。それを上手く行えないと解かれば、ホール自体の爆破に移るという無謀な行動。
はっきり言って馬鹿です馬鹿」
緑翠の言葉に、青輝と蒼花は揃って頷いた。
「そうね――馬鹿だわ」
「お陰で此方は迷惑だ。ってか、馬鹿ほど何をやらかすか解からないからな」
綿密緻密な陰謀でも張り巡らせてくれたほうがよっぽど解かり易く対応し易い反面、
そんなものを全く考えられない素人が動く場合は一体何をやらかしてくれるか全く予想が付かない。
その為、ありとあらゆる事態に備えて多くの人員をそちらに割かなければならなくなる。
全く――此方はスケジュールがびっしりだというのに。
「ってか、いっその事お姉様を除く受賞者全員を爆死させた方が良くない?」
「蒼花?!」
突然とんでもない事をさらりと言う蒼花に、蒼麗は絶句した。
しかし、そんな姉を他所に蒼花は先を続けていく。
「私達も暇じゃないの。はっきり言って、こういう事に時間も人員も割きたくないの。つぅ〜〜か、他の受賞者達が拷問されようが監禁されようが
抹殺されようが私にとってはどうでもいいの。そう――お姉様さえ無事ならば私は満足なのっ!!」
「何馬鹿な事言っちゃってるのよ蒼花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
鬼畜なんてレベルは最早超え、人でなしという言葉すらも遥かに超えてしまうほどに非道すぎる妹の本音に、蒼麗は絶叫した。
が、そんな姉に対して
「っていうか、その方が色々と都合も良いしぃ?ほら、大量虐殺の現行犯っていうか?相手を抹殺するには当然暗殺者達も姿を見せるから
一網打尽に出来るし、その為には当然ながら尊い犠牲はつき物だしね〜〜vv」
「今回の暗殺者どもは逃げ足だけは速いからな」
遠くから観察する分にはいい。しかし、一度捕まえようとすればゴキブリ並の逃げ足を持つ。
その上、隠れる技術も素晴らしく、数十人に上る暗殺者達の半分はその姿をまだ確認してはいない。
「青輝ちゃん達でも無理なの?」
彼らの持つその情報力の凄まじさを知り尽くしている蒼麗は、そう質問した。
「無理っていうか………まあ、無理だな」
何だ今の間は?!と蒼麗は心の中で突っ込む。が、それを口に出して言った所で青輝は絶対に答えないだろう。
「け、けど……どうしよう……このままだったら大勢の人達が犠牲になっちゃうよ……」
最初の計画は「ターゲットの抹殺」。しかし、それが無理な為に急遽決められた「受賞者達全員の抹殺」。
けれど、それも上手く行かない事に苛立ちを覚え、最後に立てられた計画は「ホール内に居る全ての者達の抹殺」
それも、時間が経過すればするほど過激なものとなっていく暗殺者達の動向に、蒼麗は頭を抱えた。
ってか、もしそれも失敗するか、上手く行かなければ今度は都市ごと破壊するんじゃないか……。
「にしても、どうして一つの計画に粘らないんだろうか」
時と場合によっては、計画を色々と変えていく必要がある。
だが、今回の暗殺者達の計画変更はそれとは違うだろう。うん、完全に違う。
と、暗殺者達の計画変更にため息をつく青輝達に、蒼花が恐る恐るといった感じで質問する。
「……そ、そんなに……その、計画をコロコロ変えちゃったり…してるの?」
いや、コロコロとは言いすぎだろう。
しかし、そんな蒼麗の言葉に彼――緑翠はと言うと
「ええ、それはもう素敵なまでに」
きっぱりと同意してくれた。
更に、そう言い切った言葉には清清しさと共に、その暗殺者達への侮蔑がしっかりと含まれていた。
ってか――怖い。
「…そ…そうなんだ……」
「そうなんです。因みに、そのコロコロと変わる経緯を蒼麗様にも分りやすいように説明させて頂きますと――まず初めに向こうの世界で
受けた命令である『ターゲットのみの暗殺』は此方に来て1週間後にずさんな情報収集をするものの終には見つけられなかったという事実をもって、第二段階の「受賞者達全員の抹殺」に変わりました。が、それもその3日後である今日この日、何時まで経っても上手く計画が進まない事に
怒りを覚え、「ホール内全員の抹殺」に変わっていきました。いやぁ〜〜、この短期間での素晴らしいまでの計画変更には恐れ入ります。ふふ、もう本当に馬鹿ですね」
緑翠のにこやかな声音に、青輝と蒼花はそれぞれ口の端を引き上げた。
その笑みは、嘲りという表現が一番相応しかった。勿論、その嘲りの対象は言うまでもなく暗殺者達である。
「ふふ、本当に困りものよね?ってか困ったちゃんは当然お仕置きをしなきゃねぇ?もちろん、その為にはとびっきりの餌を用意しなきゃ」
隠れてばかりのシャイな暗殺者達を誘き寄せる為の餌――受賞者達を
再び話がそこに戻り、蒼麗は慌てて蒼花を止めた。
「まさか?!本気でやるつもり?!」
「あらんvvお姉様、私は何時も本気よ!!」
「こういう時には本気にならないでっ!!って、そんなのは絶対に反対っ!!」
「うふふふふvv楽しみだわぁ〜〜。自分達のターゲットを無事に仕留められた時のその達成感に満ち溢れた笑顔!!
それを、絶望と恐怖の色に染め上げるその時がっ!!」
「蒼花っ!!」
本気で怒りを露にする蒼麗に、目を輝かせてウットリと語っていた蒼花はくすりと笑った。
「ふふ、優しいお姉様vvでも――お姉様だって解かるでしょう?あの警戒心の塊みたいな暗殺者達の隙を最も付けるのは、
暗殺を成し遂げた後だと言う事を。その時が最も奴等の気が緩む時だと」
時の経過と共に膨れ上がる焦りと怒りと重圧でもって、今やその計画は悪いほうにどんどんと転がっていく。
それは、緑翠からの報告でも既に解かりきっている事。このままでは、本当にやばくなるという事も蒼麗には解かっていた。
でも
「蒼花の……いう事を……私は納得できない」
頭での理解は十分出来る。けれど、心で納得する事は出来ない。
とは言え――普通ならば、普通の者ならば蒼花の過激発言を冗談だと思うだろう。
そこまでするわけがないと思うだろう。けれど、蒼麗は知っていた。蒼花が発する過激発言の殆どがそのまま遂行されることを。
自分が行う事に付きまとう犠牲など、過程の一つにしか過ぎないと豪語する妹を知り尽くしている。
だからこそ、大勢を犠牲にするという蒼花の言葉に真っ向から、真剣に反対しなければならなかった。
でなければ……簡単に言い含められる。
人の隙を付き、気づく暇もなく相手を意のままにするのが得意な蒼花に生半可な気持ちで対応する事は不可能だ。
その視線に、その笑みに、その華奢な体から香る芳しくも妖しい芳香に意識を絡め取られそうになるのを必死に堪えながら、
蒼麗は妹の顔を見つめ返す。
今回の受賞者達全員を知っているわけではない。
けれど、それでも無闇に傷つけさせるわけには行かない。
命を捨てさせることなどもってのほかである。
そんな強い決意をその瞳に宿す姉の瞳に見つめられ、蒼花はクスリと微笑んだ。
何時もより3割り増しにしてみた他者を惑わす色香と魅力。
本来ならば、老若男女問わずに傀儡としてしまえるほどだが、姉の蒼麗はそれを真っ向から弾き飛ばす。
他の者達のように、その心を明け渡すことはない。
それは、蒼花にとっては非常に好ましく嬉しくありながらも――思いどおりにならないその様に、もどかしさと苛立ちを覚える。
姉様には、私だけを――私達だけを見て感じて思って欲しいのに
それは決して有り得ない事だと解かっていながら、蒼花はそう願ってしまう。
そう――決して有り得ないというのに――
愛するものも、憎い者も、それらの感情すら無限に増えていく姉の心を独占する事の難しさを、不可能さを知っている
けれど、それでも――
蒼花は静かに目をつぶり――そしてその美しい瞳を見開いた。
塗れた薔薇の如き紅唇がゆっくりと言葉を形作る。
「本当に――お優しいのね。でも、優しさだけではどうしようもない事もあるのよ?」
「そんな事――十分すぎるほど知ってるよ!!」
今まで、優しさだけではどうにもならない事を沢山経験してきた。理不尽だと思うことも沢山あった。
正しい事をしているのに、その為の手段を間違えてしまった者達の事だって沢山沢山見て来た。
見て来た――けれど、それでも自分は変われないのだ。
蒼花達のように、合理的に考えられない。どうしても感情が先行する。誰かが犠牲になりかけていたら、そこまで走っていって
助けたいと思う。危険な場所に立たされていたら、手を引いてそこから共に逃げたいと思う。
って……こんな考えだからこそ、自分は人の上に立って統べるだけの器量がないんだろうけど……。
当主候補から外された事実を思い出し、蒼麗の心は暗くなった。
人を切り捨てることも、冷徹な判断を下すことも出来ない自分。それ故に、当主候補から外されてしまった。
最初にそれを知った時には仕方がないと思ったけど……けど、同時にその事はあんたなんて必要ないと言われているようでもあって……。
って、駄目だ。考えがずれてきてる!!今大切なのは、受賞者達の事である。
受賞者達も、ホール内の人たちも、ましてや『タルテスギストス』の製作者も誰も殺させたりなんてしないっ!!
けど――その為にはどうすればいいんだろう?
青輝達でさえ、製作者の情報を掴む事は出来ず、また暗殺者達の中の数人はその姿さえ掴む事が出来ていない。
(ってか、此処で身の危険を知らせる為に受賞者達に全部真実を暴露したとしても)
絶対に大騒ぎになる。パニックになるかもしれない。そればかりか、何処かで見張っている暗殺者達がそれを最大の好機とばかりに
襲い掛かってくるかもしれない――却下だ。
でなくとも、暗殺者達の怒りはピークに達してきており、何をしでかすか解からないのだ。
(う〜〜ん……あ、受賞者達をまた別の場所に運ぶとか)
って、それも無理かも。そもそも、運ぶための理由付けが必要になる。
下手におかしな理由をつければ、それこそ混乱が起きる。そしてそれに不審抱き、自分達の存在がばれたと暗殺者達が解かれば……。
「確実に危険な事態に陥るな」
「って人の思考を勝手に止まないでよっ!!」
思い切り人の思考に対して答えた青輝に、蒼麗は腹の底から叫んだ。
プライバシーの侵害だって!!
「なら読まれないようにガードしておけ。何時も言っているだろうが」
「その前に読まないでっ!!」
「まあ、それはさておき――散々邪魔されてこけにされている暗殺者達の理性を繋いでいるのは、やはり自分達のプライドと暗殺者としての自負の高さ、そして――まだ自分達が優位にいるという思い込みだ。その最も大きなものとしては、自分達の存在がばれていないというものだろう」
「って、爆弾撤去したんならその時点で気づいてない?」
蒼麗の言う事は最もである。だが、青輝は嘲笑を浮かべた。
「こっちの側近も馬鹿ではないんでな。そこは上手くやった」
「どんな風に?」
「簡単だ。あちらがそれはそれは爆弾だと気づかれないように置いてくれたから、こちらも爆弾だと気づかずたまたまそれを
別の件で撤去してしまったという偶発的な撤去を装ってやった。お陰で、奴等は気づく所か、たまたま設置した時と場所が悪かっただけ。
それどころか、自分達の存在がばれていないと信じてさえいる。まあ――プライドに関しては激しく傷ついただろうが。
ってか、ばれれば暗殺も何もないからな。いや、暗殺は出来るが難しくなるだろう」
「そ、それは……」
言いよどむ蒼麗に、青輝は淡々と告げた。
「それで、どうするんだ?皆を守りたい。けれど、そう言っているだけでは駄目だ。言うだけならば幼稚園児にだって出来る。
大切なのは、その思いをどうやって成し遂げるかだ」
「う……」
「やっぱり、尊い犠牲になってもらいましょう」
「それは絶対に駄目!!」
蒼花の嬉しそうな言葉に、蒼麗は即座に反論した。
「あら?じゃあ、どうするの?お姉様」
「う……そ、それは……」
妹の視線を受け、蒼麗の中に焦りが生まれ始める。
って――どうするって聞かれても………
どうするって聞かれても……
聞かれても………
しかし、青輝の追求は止まない。どころか、半ば追い詰めるようにさえなってきた。
そうして何時しか蒼麗の中にふつふつとこみ上げて来るそれ。必死に押さえ込んでいるにも関わらず、どんどん量を増していった。
落ち着け、落ち着け私!!そう思うものの、一度こみ上げてきたそれらは抑え付ける手をすり抜けて上昇を続けていく。
なのに――
「一体どうするつもりか聞かせてみろ」
トドメとばかりに、それはそれは素晴らしいまでに偉そうな青輝のお言葉。
お陰で、終に――許容範囲を超えたそれは爆発した。
「こんな短時間で決められるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それの名は怒り。見事な爆炎を上げて怒りの溶岩が蒼麗の中を流れていく。
そもそも、自分はつい先程まで『タルテスギストス』の存在どころか、そんな事が別の世界で起きている事など全く知らなかった。
しかも、別世界の者達が此方の世界に暗殺者を送り込み、自分を含め、受賞者達の命が危機に晒されている事も気づかなかった。
それを知らされたのは、今から数十分前。けれど、その間に状況は刻一刻と危なくなってきているという。
早く動かなければやばい。だが、突然齎された驚きの真実の数々を受け入れるだけで精一杯の自分に、
聞いただけで大して知らない暗殺者達をどう止めるか、そしてどうやって受賞者達を助けるかなどすぐに考え付くはずもない。
事前にその情報を収集し、計画を立て、あらゆる事態に対応出来る様に備えている青輝達と自分は違うのだ。
「いや、それは違うぞ蒼麗」
思い切り地団駄を踏む蒼麗に、青輝は言った。って――また人の思考を勝手に読まれたしっ!!
「どんなに短時間だろうと、どんなに用意不足だろうとそんなものは関係ない。寧ろ、どんな短時間だろうと、用意不足だろうと
その不利な部分を補い、更には此方に有利に事を運びつつ有事を治めるのが一流というものだろう?ってか、人の命が
危ない時に、時間がないなんていう言い訳は通用しない」
「うっ!」
厳しい青輝の言葉に、蒼麗はたじろぐ。
ってか、反論すら出来ない。いや、そもそも青輝の言葉は薄っぺらなものではなく、とても重みがあり深いものだ。
その上、大抵青輝がそう言うからには、彼自身はそれらをきちんと完璧にこなしており、下手に「青輝ちゃんは出来るの?!」
なんて反論などしようものなら「俺はやった」と切り替えされて即撃沈する事だろう。
青輝のモットーの一つは有言実行。自分が言った事はきちんとやるし、またやっている。
それは蒼麗もよく知っていた。青輝の仕事の手際のよさと完璧さの数々を。
それこそ、時間がない、用意が不十分、突発的で何の心構えもしていないなどという言い訳は一切しない。
何の心の準備もなしに有事が起きれば、すぐに頭を回転させて計画を立て、そこにあるものを使って事を収めてしまう。
そう――青輝は臨機応変にもとても優れていた。
だが、何度も言うように自分は青輝の足元にすら及ばない。
当然ながら、青輝と同じ様にやれと言うのは無理である。
けれど……
青輝の言う事も最もであるのも事実で……
だからこそ、悔しい!!
言い返せない自分が悔しすぎるっ!!
ってか、青輝ちゃんの言う事が自分の目標の一つでもある分、時間が足りないという言い訳に逃げた自分に腹が立つっ!!
「……どうした?何か反論があるのか?」
黙ってしまった蒼麗に、青輝は声をかけた。
――が、答えは返ってこない。しかし……よくよく見れば、その肩が小刻みに震えている。
手も、白くなるほど握り締められていた。また、うつ伏せで分らないが、その唇も強くかみ締められている事は間違いない。
――…………暴れる――か?
他の名門の娘のようにしおらしく大人しく、楚々と振舞う事など完璧皆無。
寧ろ、楽しい時には声を上げて笑い、悲しい時には涙ぐみ、腹立たしい時には目を吊り上げて怒る。
そんな風に喜怒哀楽がはっきりとし、表情と感情が豊かで起伏に富んでいる蒼麗は、時折ストレスがたまると暴れる事がある――らしい。
というのは、人前では滅多にやらないからだ。それが見れるのは、親しい者達だけ。因みに、自分達の前では余りやらない。
って事は、自分達と蒼麗は親しくないのか?
いや、そんな事はない。
けど、何故か自分達の前では余り暴れない。
でも、親しくないわけではない。
と言う事で暴れる事を祈ってみる。
ってか暴れろ。
でなければ、お前のクラスメイト達に馬鹿にされるし。
まあ、暴れたら暴れたで気絶させるけど。
そしてその間にさっさと暗殺者達を抹殺するなりなんだりしちゃうけど――勿論、被害も犠牲も一切気にしないで。
――と気づけば、青輝の中では受賞者達がどうなろうとそれで暗殺者達を全員確保抹殺できるならそれでもいいかなぁ〜〜と
いう思いが生まれ始めていた。はっきり言って暗殺者達も顔負けの切り替えである。
いや――そもそも受賞者達に対してそれほど義理もないのだ――自分達個人としては。
別に死のうが生きようが、それこそ此方は痛くもかゆくも勿った。
唯一守らなくてはならないのは蒼麗だが、彼女はきちんと此処に居る。
と、そこで思う。
今考えたら、こうして蒼花が蒼麗をこの部屋に連れ込んでくれていたのは良かったかもしれない――と。
下手に、他の受賞者達と一緒にした後では、勘の鋭い蒼麗は簡単には一人で出てこなかっただろう。
しかし、蒼花が先に此処につれてきたことで、そんな面倒な事はしなくてもよくなっている。
別にどうなろうと構わなくなってきた――そんな受賞者達
さて、どうしようか
まあ――確かに『タルテスギストス』の精製方法は惜しいし、他の受賞者達の作品の完成度から見ても、その才能は惜しいと思う。
けど、それよりも面倒くさいという思いが生まれ、今も尚留まることなく増してきている。
ってか、何が何でも受賞者達を助けろとは言われてないし
向こうの世界の暗殺者達や要人達には地獄を見せてやれとは思い切り言われたけれど。
と、そう考えたら結構事が楽になってきた。
そもそも、こうも面倒な事を色々と考え実行してきたのは、すべては犠牲者を0にする為。
受賞者達を含めて誰一人犠牲者を出さない為である。
だが、それも時が経つにつれて面倒になってきた。
それには、暗殺者達の思いの外素早い身のこなしも関係している。
すぐに全員の素性が分るだろうと思っていたにも関わらず、ゴキブリ並の隠れっぷりでもって、未だに暗殺者達の一部はまだ
その顔すら良くわかっていない。とは言え、それらは青輝達がもう少し本気を出せばすぐに分るだろう。
けど、果たしてそこまでする義理があるのかどうか………
つぅか、そもそも『タルテスギストス』の製作者がきちんとそれを保管していなかった事が大きな原因だし
そう――そんなものを、いや、そんなものと知らなくても作ったものは自分できちんと保管するべきである。
ってか、そこまで面倒は見切れない。いや、面倒を見る義理すら元々ない。
それどころか
受賞者達全員がどうなろうと知ったことでは
ない――そう心の中で呟いた
瞬間
だった
「ふふふ……」
俯いたままの蒼麗から、そんな笑いが聞こえてくる。
「とうとう可笑しくなったか?」
「煩いですっ!!ってか、そんなに言うならやってみせますっ!!」
は?
その意味を優れた情報処理能力を有している青輝が理解する間もない程の速さで、言い切った蒼麗はすぐさま駆け出し、
部屋から飛び出してしまう。しまったと青輝と蒼花が廊下に出た時には、既にその後ろ姿は見えなかった。
「青輝――」
その言葉と共に向けられた視線は、体を蝕む様な闇を含んだ何処までも冷たかった。
だが、己が守りし少女から向けられた方はそれに怯む事はなかった。
「大丈夫だ。緑翠が直ぐに追いかけた」
現在の役目さえ放って、蒼麗の護衛という己が誇るそれを優先した。
きっと、その時の緑翠には、既に現在の役目など完璧に忘れていただろう。
本当に――すっかり変わってしまった。昔の緑翠ならば――蒼麗を疎んじていた時の頃ならば決して有り得なかったのに。
なのに、近頃は蒼麗の為ならばこの主君たる自分に意見さえしてくる。
だから、緑翠ならば――そして、もう一人銀河も蒼麗を守るだろう。
気を探れば、銀河も異変に気づいたらしく、蒼麗達の方へと移動を始めている。
勿論、蒼花もそれに気がついているだろう。だが、眉間に寄せられた皺が消えることはなかった。
「どうした」
「……嫌な予感がするのよ」
その言葉に、青輝は顔色を消した。
「それは――『星の姫巫女』としての勘か?」
巫女達の頂点に立つ三人の巫女。
その一つである『星の姫巫女』の名を戴く蒼花の巫女としての力の優秀さは、青輝も重々承知している。
『星の姫巫女』はその名の通り、星を司る。新しい星を創星し、今ある星々を見守り、星の命が尽きる時その死を看取る。
が、その他にもその瞳は現在起きている全てを見通し、現在を生きる全ての者達の心を感じ取り、その耳でその声を聞き届ける。
故に、今起きている事ならば蒼花は全てを知る事が出来た。
但し――それは、向こうに居ての事。此方に来て――此方に降りてきている今は、その力の殆どは封印されてしまっている。
それも、此方に来る時に下された代償。創星も見守る事も看取る事も出来ず、今起きている事の全てを見通す力は格段に落とされている。
但し、本来強大な力を持つ蒼花である。巫女としての力と、本来生まれ持ってきた元々の能力の大半を強力な封印で封じられてはいても、
その力は常人よりも遥かに強く、その勘は研ぎ澄まされ、あらゆる能力に長けていた。
その為、蒼花の言う言葉を戯言と聞き流すのはとても危険であった。現に、彼女がこうして呟くときは、大抵その通りになってしまう。
でなくても、蒼花の力を持っても現在まで暗殺者の姿を全員確保する事が出来ず、製作者の姿も見えては来ないという今。
決して油断は出来ない。
と同時に、此方に来た事による代償を忌々しく思う。力さえ封じていられなければ、今頃はとっくの昔にこんな騒動は収拾に向かっていただろう。
が――同時に、青輝の中にもある一つの違和感を感じていた。蒼花の力は強大だ。幾ら力の殆どが削られているとはいえ、
別世界から送られてきた暗殺者達の動向も姿も全てを捉える事は可能だっただろう。また、製作者に関しても同じだ。
なのに、捉え切れない――そんな事があるのだろうか?
と、その時青輝の中で一つの見解が生まれた。
「まさか……な」
考えられる可能性は――他者の介入。誰かが暗殺者達に力を貸したか――
それも、自分達の目をくらませられるほどの存在が――
その時だった。青輝の脳裏に一人の存在が蘇る。
この世の中で、青輝が最も嫌いなベスト5に入るほどの嫌いな相手
あの、男の存在が――
「青輝っ?!」
蒼花の悲鳴。
瞬時に我に返った青輝は、すぐさま蒼花を守るようにして己の腕に抱く。
と共に、空間が歪み始める。
「ちっ!術か――」
何処かにでも仕掛けられていたのだろう。突如発動し、空間を歪め始めたその術を見つめながら、青輝は蒼花を抱く手に力をこめた。
今まで、自分達に感づかれる事無く完璧に隠された術。
その術の中に微かに見え隠れするその残された気配に、その術の使い手の気配を感じ取った青輝の中に怒りの炎が生まれた。
あの、男――
生半可ではない、強力な術が青輝達を歪み形成されていく別空間へと取り込んでいく。
最早此処までくれば、術の解除は遅い。そればかりか、此方に反動が来る。
これはもう、術を最後まで発動させてしまった方がいいだろう。急がば回れ。
その言葉通り、回り道をして安全な道を進む事に青輝と蒼花は決めた。
だが――
「よくも……この俺に喧嘩を売ってくれたものだな」
静かな声が、廊下に響くのを最後にその場から二人の気配は消えた。
と共に、その場の歪みは消え、元の静けさに満ちた光景があるのみだった。
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